533話 正体
ルミとマルクが不慮の事故によって、王家の禁則地に侵入してしまった事件。
ペイスは、事態の収拾に奔走することとなった。
まず最初に行ったことは、ピー助を叱ることである。
諸々の事情をマルクとリミから聞いたことで、ペイスはことの原因を『ピー助の悪戯』と断じた。
ピー助なりに“番い”に対して後押しをするつもりだったようなのだが、空を飛んでいる時にやるのは危険なことだと、ペイスはピー助を懇々と諭し、説教したのだ。
曰く、「人に迷惑を掛ける様な悪戯をしてはいけません」である。
この話には、事情を聞いた大人たちが口を揃えて「お前が言うな」といったとか言わなかったとか。
次にやったのは、事実の“隠蔽”とルミとマルクの口裏合わせだ。
隠蔽と言っても、国王陛下はじめ上層部には真実を伝えてある。問題は、学内への説明であり、その為の情報操作だ。
そもそも、大龍に乗って移動し、そして戦う騎士を育成する事業は、国王肝入りの勅命によって行われている。
今上陛下が直々に命じた事業にケチがつくということは、即ち王の威信を下げる行為となりかねない。これは国内の統制上好ましくないことであるし、罷り間違ってピー助を危険視して処分しろなどという意見が盛り上がっては国家にとって不利益しかない。第一、ピー助を危険視するような連中はペイスが許さないだろう。
故に、真実は少しばかり隠された上で報告されているのだ。
本当の報告とは別途、モルテールン教官からの訓練経過報告では『一部学生の未熟により当初想定域外に飛行したものの、大きな問題は無かった』とされた。
大嘘も良い所だが、正式な報告であげて承認されてしまえばこっちのものと開き直った人間は強い。
結局、ペイスが色々と裏工作に奔走しなければならず、ここしばらくはずっと忙しくしていた。
「そりゃまた、大変でしたね」
シイツ従士長が、久しぶりに領地に戻ってきたペイスを労わる。
事情を聞いて心底から面倒くさそうだと思った故の、偽りなき言葉だ。
「空挺部隊の創設は、まだ遠いです」
ペイスの想いは、中々道半ば。
今回のことで竜騎士の部隊を創設し認められれば、まずピー助の身柄の安全が確保される。身内愛に溢れたモルテールン家の人間として、ペイスは本気で竜騎士部隊の創設を目論んでいたのだ。
現状、ピー助に乗せられるのはせいぜい二人。タンデムで飛ぶのが精いっぱいだろう。しかし、ペイスは未来を予想している。即ち、ピー助が今後も成長するという予想だ。
伊達に大龍と命がけで戦った訳では無い。ペイスは、大龍が今後どれほどの大きさに成長するかを体で理解している。
さすれば、今後ピー助が大きく成長した際、何も手を打っていなければ、間違いなく危険視する勢力が増えると確信していた。
何せ、大きさが大きさだから。
人を食べる生き物が、家より大きく、小山程もある大きさに成長したなら。幾ら人間に懐いていようが、必ず恐怖感を煽る。誰だって怖がって当たり前だ。
虎やライオンであっても、人が飼って幾ら懐いていようと、襲われたときの恐怖を感じずにはいられないもの。ならば大龍となれば、人間の本能的な恐怖を感じないようにすることは不可能と判断するべきだ。
大龍を恐れられない存在にするのは不可能。ならば、恐れられながらも活かすメリットが多大であれば、生きる道が開かれる。
勿論、ピー助の鱗は富を生む。これは大きなメリットであろう。しかし、経済的な利益というものは代替が存在する。龍の素材とは、どこまでも高級品。つまりは、贅沢品だ。
高額なぜいたく品というものは、無くても生活できてしまうもの。
ダイヤモンドの鉱山が有ったとして、ダイヤモンドを我慢すれば安全が買えるとなれば、我慢できてしまうのが贅沢品というものだ。
本気で恐怖を感じられてしまえば、多少の不便、少々の損失は享受しても、ピー助を殺せ、処分しろという人間は出てくるはず。
ならば、ピー助は“無くてはならない存在”とせねばならない。
ペイスは、将来を見越してそう考えた。
その上で、ペイスは『大きくなる大龍』に付加価値を持たせるべきだと考える。
ピー助が成長することは止めようがないし、成長した結果恐れられてしまうのはどうしても仕方のないこと。
ならば、成長することにより大きな価値を持たせられるならば、ピー助の成長を喜んでくれる人間も生まれるのではないか。そういうポジティブな意見を大きく出来れば、恐怖や不安といったネガティブな意見を抑止できるのではないか。そう考えた。
そうして出てきたのが「竜騎士」の創設であり、その先の「空挺団構想」である。
「何すか空挺って。初めて聞きやしたぜ」
「空から身を挺するから空挺です。良い名前でしょ」
竜騎士が現状五名の候補生。
仮に全員が龍に乗って戦えるようになったとして、ピー助は一体しか存在しない。
今後竜騎士を増やそうにも、大龍の方も増えねば意味が無いという意見は生まれるだろう。
そこで、竜騎士というものを更に「空挺団」という括りで定義し、集団で移動して空から降下する部隊として運用する。
こうすれば、ピー助が大きくなり、二人や三人といった少人数ではなく、十人二十人といった纏まった部隊を運用できるようになるではないか。
更に、ピー助が大きく成長するほど、空挺団としての運用上弦も増える。
だから、ピー助の成長は神王国にとってプラスになる。というのが、ペイスの目論む狙いであった。
しかし、今回の事故があったことで、現状の単騎騎乗でも運用が怪しくなった。
これでは、集団の運用というのはどうあっても認可されないだろう。
残念だと、ペイスはため息を付く。
「空挺でも酩酊でも童貞でも構いやしませんがね。坊が学校にいってる間に溜まった仕事の処理、頼んます」
ペイスがピー助を守ろうとするのは良いことであっても、それで仕事が待ってくれるわけではない。
シイツは、ペイスの前に仕事を積み上げる。
モルテールン領の領政の決済が溜まっているのだ。
細かい経費の承認要求から、簡易裁判の行政措置の事後承認まで、或いは苦情の奏上や、要望の提示もある。
何にせよトップが裁可しないことには動かないことも多いので、さっさと仕事しろと従士長は発破をかける。
「もう少し向こうに居ればよかった」
「それならそれで、仕事が溜まるだけですぜ」
「分かってますけど、現実逃避です」
ペイスは、渋々と仕事を進める。
決済の一つ一つを確認し、不明な点や不審な点があれば差し戻す。
承認されたものはシイツが纏めて処理していく流れ作業。
「それで、ルミとマルクは無事だったんで?」
「ええ」
仕事をしながら、シイツとペイスは雑談する。
とりわけシイツが気にしたのはマルカルロとルミニートの二人のことだ。あの悪ガキ二人が生まれた時から面倒を見てきたシイツにとっては、二人は親戚の子供のようなものだ。
行方不明になったと聞けば、心配の一つもする。
「ちゃんと無事に見つかりましたよ」
「そりゃよかった」
「見つからなかったら、今頃まだ向こうにいましたよ」
「それもそうで」
けらけらと、シイツは笑う。
「で、あの二人がイチャついて、ピー公が暴れたんでしたっけ?」
「二人は急に暴れたと言っていましたが、前後の話から推測するに、二人がイチャついていたのは間違いないですね。二人きりで空の上から綺麗な景色を眺める。寄り添い合って、いい雰囲気だったことでしょう。自分のことを忘れるなと、ピー助が暴れたとしても、僕は驚かない」
「おりゃ驚きますがね。そこまでピー公がやきもちやきってことに」
「或いは、二人の雰囲気にピー助が協力しようと思ったのかもしれません」
「あん?」
どういうことだとシイツは顔をあげる。
手を動かしたままのペイスは、そのまま続けた。
「ピー助はとても賢いのです。人間でいえば、五歳児か。或いはもっと上の年頃ぐらいの知能が有ります」
「ほう」
「人間の言葉もある程度理解しますし、空気を察することもある。そろそろご飯かなと用意をし始めると、察してすり寄ってくるぐらいは当たり前の光景です」
「そりゃまた。そのまま賢くなって、仕事を手伝ってくれりゃ万々歳ですがね」
「そうですね。しかも、その賢さから、最近は他人の世話を焼くのが楽しいらしいのです」
「ほう」
「訓練中にそれに気づいたんですがね。人に命令を受けると反発するわりに、お願いすると意外と素直に聞いてくれる。何なら、困っている人ならそれなりに助けようとしてくれていまして」
「ほうほう」
竜騎士の騎乗訓練の際。
ピー助と信頼関係を築けなかったものの多くは、ピー助を家畜かペットの延長線上のように扱おうとした。
信頼関係を得られた人間は、ある程度ピー助の“人格”を認めて友達のように接した。
そこに違いが有ったとペイスは見ている。
要するに、モルテールン家の非常識さが身についていて、大龍相手でも人間と同じように扱う非常識さがあったかどうかだ。
その点、ペイスの薫陶篤きルミやマルクが、ピー助にすぐに信頼されたのは分かりやすい。先入観なしに、ピー助をペイスの家族として扱ったから、すぐにピー助も懐いてくれたのだ。
「つまり、身内同士が仲良くなれるよう、世話を焼いたんじゃないかと」
「なるほどね」
「あくまで想像ですけどね」
兄弟が言い争いをしていたら止めるように、親が喧嘩していたら仲裁するように、自分の身内扱いの二人が少し照れて距離を開けていたら、その距離を埋めてやろうとお節介を焼いた可能性はあるとペイスは言う。
「まあそれで遭難してりゃ世話はねえですよ」
「割とギリギリでしたね。狼にも襲われましたし」
「狼? 禁則地にですかい?」
「ええ。かなり大きな狼でした。あんな狼見たことが……」
見たことが無い。
そう言おうとして、ペイスはふと何かに引っかかる感じがした。
本当に見たことが無いのか。何か、見たことがあるような気もする。
そして、ペイスはふと思いだす。
「ああ!!」
「何です、いきなり大きな声を出して」
「そうか、そうだったんだ!!」
「は?」
ペイスがいきなり大声を出しながら立ち上がった。
何事かと目を瞬かせるシイツだが、ペイスが突飛にして奇妙奇天烈な行動をするのはいつものことだとすぐにも落ち着く。
「あの狼。例の暗号本の中に載ってたんです!!」
「はぁ!?」
「狼の正式な名前は、フェンリルです!! 魔法を使う、特別な生き物です。ピー助の仲間ですよ!!」
「はあああ!?」
シイツは、今度こそ本気で驚くのだった。





