525話 成長
「で、こうなったと」
「まさか、あそこまで大きくなるとは分かりませんでした」
ピー助が、大きくなった。
脱皮というものはそういうものなので仕方ないと言えば仕方ないのだが、ピー助の大きさが巨大な馬。いやさ、車並みに大きくなってしまった。
大龍の成長速度を称えるべきか怒るべきかに悩ましいところではあるが、起きてしまった現実から目を背ける訳にはいかない。
ペイスが父親に報告に出向いた際。
ピー助の脱皮の件と併せて、一点無視できない報告が混じっていた。どういう状況だったのかと説明を受けても、はっきり納得が出来ない報告。
現場を確認しないことにはどうしようもないという結論に至り、カセロールは無理やり時間をひねり出して領地に戻ってきていた。
妻アニエスを王都に残し、コアントローを始めとした部下たちもそのまま王都別邸の守りに置いたまま、単独単身でのとんぼ返りを予定している。
つくづくモルテールン家の【瞬間移動】は便利だ。普通ならば王都と南部辺境の行き来など、一ヶ月や二カ月は掛かるもの。日帰り出来るのはモルテールン家の強みであり、カセロールが英雄として重宝される理由でもあるのだろう。
久方ぶりの領地。モルテールン領は、カセロールの目から見ても発展していた。
農地は広大となり、街区は整備され、商業は発展し、人口も明らかに増え、村の一つも新たに出来ようかという活況、そして大龍が飛んでいた。
大龍が飛んでいた。
ザースデンの人間はモルテールン領の非常識に慣れているのか、最早大龍が頭の上を飛んでいるぐらいでは驚きもしなくなった。
良いことなのか悪いことなのかは別として、モルテールン子爵領は日を追うごとに非常識に染まっていっているらしい。
中央軍の重鎮として王宮でも存在感を高めるカセロールであるが、本気で王宮の職を辞して領地に戻ろうかと思ったほどだ。このままペイスに領地を任せていては、とんでもない魔境になってしまうかもしれない。いや、今更手遅れだろうか。
子育ての難しさと同時に、自分の息子の優秀さと非常識さに頭を悩ませる。どちらも飛びぬけているため、叱るに叱れない。褒めるに褒められない。
発展と隆盛と混沌が支配するモルテールン領ザースデン。自分がそこの領主だという事実に、カセロールは頭を抱えたくなった。実際、抱えた。芸術家が今のカセロールの彫像を掘れば、タイトルはきっと『苦悩』であろう。
そして何より、今回の帰還の目的は、大龍である。頭を抱えているのも時間が惜しい。
ご機嫌に空を飛び回っているペイスのペット。神王国の至宝とも言われ出した、国力を大いに底上げした存在。モルテールン領を混沌化している原因の一つであろうが、カセロールの記憶にあるピー助はもっと小さかったはずである。
卵から孵ったときは子犬か子猫かと言わんばかりの大きさで、手乗りのサイズ感だった。それが馬並み、いや、家並みと言えるほどに大きくなっているとなれば問題の大きさも体躯に比例するだろう。
「ペイス!!」
「父様、お帰りなさい」
「大将、よく戻ってきてくれやした」
領主館の執務室に飛び込んだカセロールは、そこに腹心と愛息子の姿を見る。
さっと椅子から立ち上がったペイスのあけた椅子に、代わって座る領主。
ペイスはあくまでも領主代行。モルテールン領の正式な領主が居るなら、執務室の主役はカセロールである。
「大将、色々と報告があるんですが」
「細かい報告は別途にしてくれ。今は収支報告だの領政報告だのを聞く時間が無い」
「へいへい」
従士長シイツが手に抱えていた領内の詳細報告は、一旦脇に置かれる。緊急を要する事案でもないし、今ここで領主が決めなければならない仕事でも無いからだ。後でペイスが仕事に埋もれれば解決する問題ばかりである。
そう、ペイスが処理すればいいのだ。カセロールもシイツも、少々今回はペイスに対して叱らねばならないと思っていた。
「それで?」
カセロールが、ペイスに尋ねる。目つきはきつく、態度は硬い。
「報告は速報で送った通りです。まず、ピー助が暴れたという一報が有りまして」
「うむ。それは事後報告を受けた。いつの間にペットに屋敷を与えていたのだというのはさておいても、だ。大龍が領内で破壊活動を行ったというのは見過ごせんな」
「はい」
大龍については、神王国内でも危険視する勢力は根強い。何なら将来の禍根を断つためにも、今のうちに殺しておけばいいという人間も居る。モルテールン家のピー助を危険視する勢力はどちらかと言えば多数派に属するが、目下のところ一枚岩という訳では無いためカセロールでも対処できている。
見過ごせないとカセロールが言ったのは、ペイスも理解は出来た。何せ、これでピー助をぶっ殺せという勢力が勢いづきかねないからだ。
身内には甘いモルテールン家の次期領主としては、身内であるピー助を守る為に全力を尽くす所存。その為に、カセロールを巻き込むつもりで報告をあげたのだから。
「それで確認してみると、脱皮が上手く出来ていない様子でした。その為不快感から暴れたと判断しました」
「……不快というだけで家を壊すのも問題だな」
「取り急ぎ治療の為に、大きな火を熾しまして」
「ふむ」
「ピー助ごと火の中に飛び込ませまして」
「うん?」
「結果的に、脱皮不全は治り、綺麗な脱皮後の鱗も手にしました。今回のものは前回の脱皮の時と比べて、量も増えています」
「……まあ治療法が妙なのは良いとして、そうか、また龍金が手に入るのか」
「はい」
「どこにどう分配するべきか……全く、仕事を増やしおって」
「ピー助の生み出すものについては、父様のご自由に」
「面倒ごとを押し付けているだけでは無いか。全く」
「大将、お察しますぜ」
シイツが、カセロールの苦労をねぎらう。
「それで、脱皮した後、かなり大きく成長しました」
「そこだ、それが問題になっている」
「と言いますと?」
カセロールは、今回戻ってきたのはピー助が巨大になったことにも関連すると説明しだす。
「まず大前提として、我が国には領地貴族と宮廷貴族という対立軸がある。そして派閥としては内務閥、外務閥、軍務閥と、三つの派閥に分かれる。ここまではいいな?」
「はい」
「領地貴族が経済的に発展することを、宮廷貴族は嫌悪する。つまり、大龍が辺境で飼育されて利益になっていることも嫌悪の対象だ。更に領地貴族同士でも、南部のみが利益を享受する環境を好ましく思わないし、南部の中でもモルテールン領近傍だけが儲かることを嫌う人間は多い」
「そうですね」
貴族の大枠を二つに分けた時、片方は完全に嫌われているし、残った一方もこと大龍に関しては味方とは言い辛い。
「更に、内務閥は軍人と敵対しがちだ。軍人の権力や発言力が高まれば、必然的に内政畑の人間は発言を抑えられるし、影響力も抑えられてしまうからな。軍家が伸長することを快く思っていない。当然、軍家閥のものとなっている大龍についても、良い感情は持っていない」
「そうですね」
「外務閥とて、諸外国から危険視される元凶の大龍に対して、良い感情はもてまい。外交カードとして、扱いが難しすぎる」
「分かります」
「軍家閥を見ても、我々の属するカドレチェク派以外は大龍を処分した方が良いと考えているだろうし、カドレチェク派の中にも当家が抱えていることに不満を持つ家が多い」
「……つまり、ピー助に関しては味方がいない?」
「そういうことだ。幸い私が矢面に立っているし、大龍以外の部分でそれぞれ駆け引きをやっているから、現状は優先度としては低いとされている。要は、見過ごされている」
「ふむ」
ことピー助に関して、モルテールン家の肩をもって味方をしてくれているのは、王家、ボンビーノ家、カドレチェク家、フバーレク家、あとはハースキヴィ家ぐらいだろう。
中立的なのはレーテシュ家やエンツェンスベルガー家などが有るが、国内において殆どの貴族は大龍に関して敵対的である。
他人が大儲けしているのを喜べる人間など居ないのだ。モルテールン家だけが儲けていることに、不満や妬みはかなり溜まっているとカセロールは見ている。
「お前の大龍が、政争の具にされかねない。そうなれば、処分しろという声も無視できない。出来るなら、大人しく息をひそめて欲しいというのも分かるな?」
「はい」
「にも関わらず。お前はなんてことをしとるんだ!!」
カセロールは、理路整然とペイスをしかりつける。
ただでさえ、国内政治の様相はピー助に対して厳しい。処分してしまった方が良いという意見は多いのだ。
モルテールン家から利権を減らしたいから、潜在的な脅威となり得るから、諸外国から敵失される原因だから。理由は様々ながら、ピー助がいなければ後腐れが無いと考える人間は増えつつある。
目立たずひっそりとしているのが、ピー助の為には最善。
父に言われるまでも無く、ペイスもその点は理解していた。
「仕方ないのです」
しかし、ペイスはやらかしてしまった。
「何が仕方ないだ。よりにもよって、“大龍に乗って王城の上を飛ぶ”など!!」
「痛い!! 父様、げんこつではなくせめて平手で」
「やかましい!!」
子育てにゲンコツというのがまかり通る旧態依然の社会。カセロールは、教育の一環でペイスの頭をどつく。
虐待だと言いたくても、そもそも自分がやらかした自覚のあるペイスとしては、甘んじて受けるしかない。
「そもそも、なんでそんなことをした」
色々と言いたいことはある。
王城の上を飛んで城を見下ろすなど不敬であるとか、いきなり空を飛んでくるとは何を考えているのかとか。
言いたいことが有り過ぎるほどだ。
カセロールの言葉に、ペイスは頭をさすりながら答える。
「ピー助が脱皮不全で苦しんでいたのが、快復したのは嬉しいじゃないですか。しかも、嬉しそうに鳴きながら飛び回るじゃないですか。僕も嬉しくなるじゃないですか。そして、大きくなったなら、ピー助の上にも乗れそうだなって思うじゃないですか」
「それで?」
「他の人なら振り落とされますが、僕ならピー助も快く背中に載せてくれるじゃないですか」
「それで?」
「ピー助も急かすので、乗ってみたんです」
「それで?」
「乗ったら、空を飛んじゃいました。テヘッ」
「テヘッ、で済むか、馬鹿者!!」
「父様! げんこつはもう受けました!!」
父親のげんこつを今度はスウェーでのけぞりながら躱したペイス。
親子のドタバタは、傍に居るシイツとしてはいつものことだと呆れるよりほかはない。
「はぁ、はぁ、兎に角、大勢に見られてしまっている以上、放置も隠蔽も出来ん。すぐにでも陛下や各尚書へ連絡を取らねば……直接面会して、説明する必要があるな」
「父様、ご苦労様です」
「お前も来るに決まってるだろ!!」
ペイスの顔が、しかめっ面に歪んだ。





