520話 読書のお供はフルーツサンド
神王国王都のモルテールン家別邸。
「それで? 結局聖国とは戦いになりそうなのか?」
執務室の中、モルテールン子爵カセロールが息子に尋ねる。
「いえ。説明した通り、お互い全てが燃えてしまいました。証拠も海の底でしょうし、証人は一人も残っていません。何か言うにしても、水掛け論になるのは覚悟しておくべきでしょうね」
「腹立たしいことだ」
聖国の狡猾さに、腹を立てるカセロール。騎士として、他人を駒のように使った挙句陰に隠れる様な行動は、嫌悪感しか感じない。
「襲って来たのは、ナヌーテックの暗部であることはほぼ確定しています。こちらは死体が残ってますから、抗議することや賠償請求も出来なくはないですが……」
「念入りに身元を隠していたようだからな。暗部と言えば身寄りのないものを使うことが普通だ。これもしらを切られればどうしようもないな」
「はい」
今回の件では、それなりに街に被害が出た。
本来であれば犯人に対して損害賠償でも請求してやりたいところだが、実行犯が全員ハラキリか首ちょんぱの状態では誰にも請求できない。
これが動物であれば襲ってきて返り討ちにしたら毛皮の一枚や肉の一塊でも実入りが有ったのかもしれないが、流石にヒトは食えない。
しょっちゅう人を食った態度を見せるペイスであっても人間を食うことは無いし、何なら毛皮も無い。
大龍の餌にするわけにもいかず、さりとて放置して疫病でも広げられたらことである。
これもまた、火で燃やして灰にして、火葬とするのが良いだろう。疫病を防ぐのには火葬というのが、ペイスの言う常識。
最初から最後まで燃やして終わりとは、とことん火に縁のある事件であった。
「まあいい。争いにはならんというなら、しばらくは内政に専念しておけ。復興のついでに色々と整理も出来るだろう。街の中も大分ごちゃごちゃしていたからな」
「そうですね。今までの予定が全部白紙になっちゃいましたし、しばらくはゆっくり腰を据えて取り組みたいと思います」
「うむ。ではご苦労だったな。引き続き、領地のことは頼むぞ」
「はい、父様」
ペイスはカセロールへの報告を終え、モルテールン領に戻る。
【瞬間移動】で一瞬の移動。通勤時間三秒だ。実にスムーズ。
ザースデンの領主館に戻ったところで、早速とばかりに仕事を、とはならない。
幸いと言って良いのか、仕事の多くが火事のせいでスケジュールを引き直すことになったからだ。
昔であればペイスやシイツ従士長が顔を突き合わせてスケジュールの引き直しもしていたのだが、今では若手もそれなりに育ってきてる。上の人間が全部やってしまえば成長にはつながらないし、任せることを覚えるべきだろう。
第一、そんな難しいことはしない。
新しいことを一から始めるならともかく、今までのスケジュールを修正するぐらいであれば任せてしまっても大丈夫。作業が追加されている訳でも無く、ただただ後ろにずれ込むだけだ。各所との調整や資材のやりくりこそ面倒くさく修正しなければならないが、大半は考えるまでもない作業になる。
若手に任せることにしたとたん。ペイスの仕事はぽっかりとあいた。
忙中閑ありとでも言おうか。
新しくスケジュールが埋まるまで、ペイスは時間に余裕が出来た。出来てしまった。
そうなると、やることはいつも一つ。
「ふんふん、るるる~」
専用の厨房で、ペイスが鼻歌雑じりにお菓子を作っていた。実に楽しそうだし、雰囲気も明るい。底抜けに明るい、お菓子馬鹿の面目躍如である。
「今日は何を作るんですか?」
ペイスの側には、いつもと同じくリコリスがくっついている。
仲睦まじい若夫婦は、こうしてお菓子を作る時間が貴重な交流時間。お菓子作りデートの時間なのだ。ペイスが楽しくお菓子を作り、リコリスも同じように作ってみるのが最近のマイブーム。
「今日は、フルーツサンドを作り置きしておこうと思います」
「フルーツサンド? サンドイッチなら、教えてもらいましたが」
「ええ。それにフルーツを使うのがフルーツサンドですよ」
「美味しそうですね」
ペイスは、まず生クリームを用意する。
しゃかしゃかとクリームを泡立てつつ、砂糖もたっぷり。
甘い甘い、そのまま食べても美味しい生クリームを作る。
ボウルで混ぜながらなのに、やけに手際が良いのはペイスの熟練の技だろう。
「そして、フルーツも皮を剥いて……」
「色々ありますね」
「ボンビーノ家に顔を出した時に、ついでに買って来たんです。最近は珍しいフルーツも手に入るようになったと自慢されました……ジョゼ姉様に」
「うふふ、お義姉様もお元気そうで何よりですね」
「元気すぎますよ。ウランタ殿も大変でしょう」
フルーツは、柑橘類がメイン。
蜜柑のようなオレンジ色の果物の皮を剥いて、これまたボウルに張ったシロップの中に漬けていく。
或いは大粒の葡萄なんかを皮を剥いて、ついでに種を取ってシロップの中に投入。
ストロベリーやベリーなんかも、いれると美味しいですよとペイスはリコリスに教えるが、手は止まらない。
フルーツの非可食部分を剥いて、可食部分だけをシロップへ投入。それを繰り返す。
これだけでも美味しい、フルーツのシロップ漬けだ。
「それじゃあ、挟んでいきますか」
「私もやってみて良いですか?」
「勿論」
ペイスがサンドイッチを作ろうとパンを用意したところで、リコリスは自分もやりたいと主張する。
お菓子を作ることはとても楽しく素晴らしいことだと信じてやまないペイスは、勿論一緒に作る。
パンに生クリームを塗り、フルーツを載せていく。
そしてパンで挟んで軽く重しをしたら、断面が美しくなるように一気に切る。こればっかりは長い包丁と熟練の腕がいるので、ペイスがやる。
出来上がったフルーツサンドは、見た目だけ言えば花が咲いたような模様が出来上がっていた。
「うわぁ、可愛いです」
「でしょ? これは断面を綺麗に作るのが難しいんですよね」
ペイスは、手を止めることなくどんどんとフルーツサンドを作っていく。
花のような断面。動物のような断面、幾何学模様の断面。どれもこれも、実に美味しそうなフルーツサンドである。
「こんなに作って、食べきれますか?」
こんもりと小山になっているサンドイッチの群れを見つつ、不安を隠せない教師。
「まあ、足りないよりは余ったぐらいの方が良いでしょう」
「足りない? これでも? 一体なんのことでしょう」
「折角時間が出来たので、たまにはゆっくり読書でもしようかと思いまして。面白い本も手に入りましたし。読書の時は片手で食べられるものがあれば便利でしょ?」
「いいですね。私も一緒にいいですか?」
「勿論。図書館から借りてきた本で、面白い本が有れば一緒に読書しましょう」
和気あいあいとフルーツサンドをこしらえた二人は、読書に相応しい明るい場所に移動する。
何の因果か、そこは執務室である。
仕事を一切する気の無いペイスは、リコリスとともにリラックスタイムだ。
ソファーに行儀悪く寝そべりながら、読書の時間である。
「やっぱり、読書するには片手にお菓子が無いとね」
ペイスの手には、書籍と共にフルーツサンドがあった。
これにて39章結
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おかしな転生28 読書のお供はフルーツサンド
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さて次章
こっそり出し抜いて手にした暗号聖本であったが、中身はかなりの厄もの。
ひとしきり解読を終えたペイスは、改めて聖本を禁書として隔離することにした。
そんなとき、ペイスのペットに異変発生。
大龍の脱皮が始まり、いよいよ馬より大きな巨大生物に成長してしまう。
皆が戦々恐々とする中、ひとりペイスは大興奮。カッコいいと喜びつつ、折角ならとピー助に跨ってみることに。
皆が目にしたのは”空を飛ぶ”ペイスとピー助の姿。
明らかに目立つ行動に、流石に関係各所に報告せねばならない。
かくかくしかじかと説明していたところ、ひょんなことからピー助に乗ってみたいというものが現れて、更にはレーテシュ伯たちの思惑も絡み……
次章「ドラゴンたちには焼き立てを(仮称)」
是非ご期待ください。