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おかしな転生  作者: 古流 望
第39章 読書のお供はフルーツサンド

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508話 暗躍

 アナンマナフ聖国。

 シエ教を国教として祭政一致の政体をとる宗教国家であり、南大陸でも最古の歴史を誇る大国である。

 この国の特徴は、何と言っても魔法強国であること。

 宗教が政治と一致していることから、宗教と関わりの深い魔法が国の深いところまで根付いているからだ。

 魔法は神から与えられるものであるとされていることから、魔法使いに対する尊敬の念は篤い。魔法と呼ばず聖法と呼び、魔法使いではなく聖法使いと呼称すべきと叫ぶ過激派も居る程度には、魔法使いというものが一段格上の立場として崇められている。

 魔法は、特別な儀式を受ければ如何なる階層の人間でも授かる可能性が有るもの。平民だろうが貴族だろうが等しく同じように授かる。

 確率が二万人に一人と言われるほどの低確率であっても、いやだからこそ、人生の一発逆転を儀式に賭けるものもいるのだ。魔法を使えるようになれば、人生一発逆転。聖国では、魔法使いの待遇が良い分、逆転度合いもまた大きい。

 他の国に比べて、儀式を受けたがる、或いは受ける人間の比率が圧倒的に高いのはその為。

 そもそもの儀式希望者が多いゆえに、魔法使いの数も、そして質も、他の国に比べて上であるというのが聖国を大国たらしめる理由だ。


 この魔法使いという存在。

 聖国においては、更に魔法使い同士でも上下がある。他の国は魔法使いの数自体が少ないので、魔法使いの中で序列をつける意味があまりない。しかし聖国では魔法使いの数が他の国より多い分、魔法使い同士でも序列をつけるのだ。

 より有用な魔法、より豊富な魔力、より優秀な人間ほど、より良い待遇を受けることが出来る。格差社会と階級社会のハイブリッドのようなシステムである。

 最底辺の魔法使いでも一般人より裕福な暮らしが出来るのは確かだが、上の方の魔法使いとなれば、贅沢をし放題。酒池肉林でも思うが儘だ。


 聖国の魔法使いのトップオブトップ。

 十三傑と呼ばれる十三人の魔法使いは、聖国でも格別の立場をもって遇されていた。


 「厄介な任務だ」

 「ビターがそう言うってことは、相当だね。なになに? どんな任務?」


 十三傑の第一席次。

 聖国魔法使いのトップとも言うべき男が、顔を顰める。

 ビターテイスト=エスト=ハイエンシャン。二十代前半の若さながら、聖国の魔法使いたちの上に立つ男。

 彼の魔法はかなり特殊であるのだが、第一席次に座る理由は魔法だけではない。幼少期から類まれなる英邁っぷりを見せつける神童であり、聖国内でも名高い軍才を認められているからだ。


 魔法使いとは個人の能力。どれだけ有用で強力な魔法であっても、結局は個人のものである。

 早ければ十代で魔法を授かる訳で、十代そこそこの若者が強力な能力を得てチヤホヤされたなら、まずほとんどの場合傲慢さが育つ。それはもう、にょきにょきとプライドや優越感が育つのだ。そして出来上がるのは鼻が天狗のように伸びきった、我がままなガキンチョ。

 この天まで届きそうな鼻っ柱の高さを折るのが、ビターテイストという男が信頼される理由でもある。

 個人行動をしがちな魔法使いを従え、集団行動を教え込んで、上意下達の組織の歯車にしていく。序列一位は伊達では無いのだ。


 数多くの魔法使いを従え、ありとあらゆる任務に応えてきたビターの元に、届けられた依頼。

 それが今もって頭を悩ませる原因である。


 「なんでも、聖本が見つかったらしい」

 「聖本? なにそれ」


 ビターの傍に居た少女リジィ=ロレンティが、素朴な疑問を口にする。


 「シエ教が管理する、国宝級の本だ。その中の一つ、暗号聖本とも呼ばれる、難解な古代文字だか異国文字だかで書かれた、読み解くのも難しい本の所在が分かったと連絡があったんだ」

 「聖書とは違うものなの?」

 「聖書は神の御言葉や聖人の教えを書いたもの。聖本は貴重な内容が書かれた写本が難しい本だな」

 「へえ」


 ビターの説明に、リジィはふむふむと頷く。

 内容が分かっているかは怪しいが、リジィとて伊達に十三傑には入っていないはずとビターは説明を続ける。

 聖書と聖本の違いは、貴重性にある。

 聖書はあくまで神の代理人が神の言葉を記したものであり、数はかなり多い。また時期によって内容が変化していて、版の違いで微妙な差異がある。

 布教の為にも使われる本なので、神学生などが修行の一環として写本することも珍しくない。小遣い稼ぎで写す者も居るし、教会の図書管理部門であれば何十冊と保管してあるもの。

 対し聖本とは、存在自体が貴重な本を指す。

 シエ教はかなり古い宗教ではあるが、人類創生と共にあった訳では無い。布教が始まる以前に作られた書籍も、少ないながらも現存しているのだ。

 千年以上前の古い書物というのは、そもそも文字からして今現在使われているものとは違う。

 千年も有れば言葉などは容易く変化するのだから、本に記された言語も同じではない。

 要するに、写本しようとしてもそこらの学生や素人では不可能ということだ。

 自分たちが使ったことも無い文字。例えるなら、ヒエログリフや楔形文字を写すようなもの。文字としてではなく、絵を模写する感覚に近しい。写したところで、それが正しいかも分からないし、同一性の担保も確認しようがない。

 写本が難しい以上、オリジナルが唯一の存在であり、それを失えば書いてある内容ごと人類の歴史から消失する。

 学術的にも大変に貴重な本が聖本という訳だ。


 「暗号聖本は、内容の解読が難しいが、一部の解読は済んでいる。それによれば、本を読み解くならば世界の真理を得られる……という話だ」

 「え? 真理? 何それ」

 「知らん。あくまで言い伝えだしな。神の定めた真理に近づける手段になり得るということで、元々シエ教が管理していたものだ。人によっては聖書より貴重というものも居るらしいが……いつの頃からか行方が分からなくなっていたそうだ」

 「大事な本なのに行方不明になるんだ」

 「戦乱の時代もあれば、混乱の時代もあったからな」


 聖国とて、常に堂々たる大国であり続けた訳では無い。長く続いていれば、不合理も積み重なるし、邪なものも出てくる。利権構造が生まれればそれにぶら下がる既得権益が出来るし、既得権は一度手にしたらなかなか手放さないのが人という生き物。

 既得権益だらけになれば身動きも取れなくなるし、硬直化した組織はそのまま脆弱性を孕む。

 弱った大国というのは下剋上の温床であり、一時は大陸のほぼ全土を覆っていた聖国の威光も、新興国に蝕まれて縮小していった。

 縮小というのも、ただたんに小さくなるのではない。既得権を守ろうとするものと、それを打破しようとするものの、血で血を洗う生臭い戦いの果てに小さくなっていったのだ。

 そして、その戦いは今なお続いている。

 聖国の上層部には、かつてのように大陸全てを聖国のものにするべきだと考えているものも居るのだ。


 「それで、だ。この聖本はどうやらナヌーテックにあったらしくてな」

 「げ、私あいつら嫌い。野蛮人じゃん」

 「野蛮かどうかは知らんが、お前が嫌いそうだというのは分かる」

 「でしょ?」

 「ナヌーテックが隠し持っていた訳だが……先だって、ナヌーテックが神王国と争ったのはしっているか?」

 「うん、知ってる。いきなり始まって、いきなり終わってたからびっくりした。何がしたかったのかさっぱり分からないよ。やっぱり野蛮人だからかな」

 「……まあ、その戦いで、だ」

 「うん」

 「どうやら聖本を手に入れたところが有るらしくてな」

 「おお、どこどこ? プラウリッヒ?」

 「聞いて驚くなよ、モルテールンだ」

 「ええ!? 悪魔じゃん!!」


 驚くなと言われても、モルテールンと聞けば驚いてしまう。

 リジィもかつてはモルテールンを含めた神王国軍と戦った経験が有る。魔法使いとしてそれなりに腕の立つ方だと自負するところではあるのだが、モルテールンに関して言えば相性が壊滅的に悪い。彼女の魔法と【瞬間移動】は、相性的に最悪なのだ。

 聖国ではモルテールン家の悪名は極めて高く、異教徒の中の異教徒として知られる。首狩りの悪魔とも言われていて、聖国人からは兎に角嫌われているところだ。


 「そんな大悪党のところに大事な本が取られちゃったの? 駄目じゃん。取り返さないと」

 「お前と全く同じことを、枢機卿の方々もお考えになられた訳だ」

 「おお、流石」

 「それで、話は任務に戻る訳だが」

 「……モルテールンから、聖本を取り返せってことね?」

 「そうだ。最悪の場合は本ごと焼き払ってでも、聖本を異教徒に渡すなと仰せだ」

 「わぉ、過激ぃ」


 単に本が見つかっただけであれば、上層部も穏便に動いたかもしれない。

 しかし、こと相手がモルテールンとなると話が違ってくる。

 あの家には何度となく煮え湯を飲まされているし、当主は異教を熱心に信奉している生粋の異教徒だ。

 聖国人としては、絶対に相いれない恨み骨髄に至る不倶戴天の敵。

 憎き相手に、貴重な本が渡るというのは、とにかく許せないこと。大嫌いな男に初恋の女性が取られるぐらい辛いことなのだ。

 何としても、異教徒の手から聖本を救い出さねば、夜も眠れぬとばかりに憤っている者が居るらしい。


 「だが、そう簡単にいくことでもなかろう?」

 「だね。相手が相手だし」


 ビターとリジィがお互いに理解している共通認識ではあるが、モルテールンは兎に角手ごわい相手である。

 神王国では重鎮であり、当代の王の親友。下手につついて神王国丸ごと敵にしてしまうのはあまりに愚策が過ぎる。

 また、単独で相手どるにしても、いつでも聖国に飛んできてゲリラ活動出来るモルテールンを怒らせるメリットが少ない。相手の報復が、得られるメリットに比べて過大。バランスが悪すぎるのだ。

 そもそも、ビターは知っている。モルテールン家には絶対に甘く見てはいけない相手が居ることを。

 あの銀髪の男が居る限り、そう簡単に聖本を取り返したりは出来ない。出来たとしても安心できない。


 「つまり?」

 「相手はモルテールン。どうやって彼奴等から聖本を取り返すか」

 「真っ当にやるのは難しいかな?」

 「ああ。真正面から行くのはどうあっても厳しい」


 幾ら命令された任務とはいえ、真っ向勝負はどうにも分が悪い。かといって、隠密裏にことを運べるかも難しい。

 ならば、とビターは考える。


 「ここは、一つ策を講じるとしよう」


 男は、僅かに口角をあげた。


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表紙絵
― 新着の感想 ―
相変わらず聖国がペイストリーを何とも思ってないのホント笑う。アイツラが怖がってるのいつまでもカセロールじゃん。
HEY!このお菓子のルセット集とその本交換しようZE!の一言で済ませりゃいいのに
聖本が紛失していた事実をそもそも公にできない、よりにもよって相手は心底毛嫌いしているモルテールン。公に関わることができない以上、金で解決するという最も単純な手段が取れないのは敵方が可哀想な気がしますね…
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