505話 禁書目録
「禁書目録?」
「はい。一覧は作っておきましたが、これもかなり人目を憚るもの。ペイストリー様に直接ご報告するまではと、プローホル殿にも黙っておりました」
「そうか」
ニューメイ館長が、図書館の最奥にペイスを誘い、相談を持ち掛けた。
その内容は、館長が図書を整理していて見つけた、表ざたに出来ないと思われるものについての相談だった。
新しく建てた図書館の蔵書は、国内でも指折りの数と質を誇る。
何せ写本が労力要らずで出来るペイスの魔法を使って、神王国中の目ぼしい書籍を揃えたからだ。網羅と言って良い。モルテールン家の影響力と人脈を駆使し、普通ならば手に入らないようなものまで集めまくった。
図鑑の類や、伝記の類に始まり、没落した貴族の日誌であったり、大陸中を戦い歩いた傭兵の手記などもある。
更に、元研究員の伝手も利用して、王立研究所の研究論文なども出来る限り取り寄せてあるし、レーテシュ家やボンビーノ家にお願いして海外の本も仕入れてきた。お金とは、こういう風に使うのだと言わんばかりに金貨で殴りつける買い物である。仲介をしたレーテシュ伯やボンビーノ子爵もごっそり仲介手数料をガメたが、それを差し置いても貴重な海外の文献は確保しておきたかった。
その上、王家との太いパイプを使い、王城に置いてある古今東西の様々な文献や、過去の行政文書までコピーしてきたのだ。
はっきり、量だけは世界一の規模を誇っていいだけの書籍や文献が揃った。
後世の研究者からすれば狂喜乱舞のラインナップが揃っている訳だが、基本的にどの書籍も閲覧制限はない。供託金さえ預ければ、貸出もする。
大体が本をレンタルして回る際に、人に見られて困るようなものは借りられなかったからだ。モルテールン家の人間に見られて困るようなものは、写本用に貸してくれなかった。
存命の人間の、過去のポエム帳などはペイスとしては是非とも欲しかったのだが、若気の至りの黒歴史を見せて回る剛の者は居なかったらしい。
本来であれば、誰でも全ての本を見られる図書館になるはずだった。
しかし、ペイスがやらかした事件のせいで、ちょっとばかり厄介なものが図書館に収蔵されることになったのだ。
それが「ナヌーテックの王城からの戦利品」である。
先の北部戦線において、ペイスは奇策を行った。
それが「魔法防備の最も手厚い場所をあえて魔法を使って襲う」という策。
奇策というなら、これはもうお手本のような奇策であろう。
魔法防備を単騎で無効化出来る戦略級決戦兵器ピー助の活躍が有ったとはいえ、戦争真っただ中に敵の本陣中の本陣、首都の王城に吶喊という真似をやらかした訳だ。どこの物語でもそこまでやれば現実味が無いと馬鹿にされかねない、非常識極まりない行動である。
また、普通ならば奇襲を成功させたならその戦果だけで満足する。軍事目的を達成したのなら、敵地のど真ん中にいつまでも居座らずに即座に撤収するのが常道。
ところがどっこい。転んでタダで起きるペイスでも無いので、相手にとことん痛い目を見てもらうべく、ついでとばかりに王城のお宝をごっそりかっぱらってきた。
目ぼしいものを略奪するのは戦場の習いであると、堂々とした開き直り。無理矢理殴り込みに行って手当たり次第に財宝を掻っ攫う。これはもう押し込み強盗の上位互換である。
由緒ある宝剣だの、歴代王の王冠だの、非常時に備えてある金銀だの。
それはもう、一国の王が何代も掛けて貯めてきたものを根こそぎである。
ナヌーテックの王が顔色を青くさせたり赤くさせたりと忙しかったのは言うまでもないが、そのお宝の中には「蔵書」も含まれていた。
本が貴重品な世界である。蔵書も立派なお宝。
厳重に管理されていたところから、稀覯本やらも何十冊と手に入れている。
なまじ、城の中の秘密通路などに詳しい“協力者”も居たことで、略奪もとい戦時調達は大いに捗った。捗り過ぎた。
問題はその蔵書の中に、明らかに世に出してはいけないであろう本が含まれていたこと。
館長が差し出した目録は、そんな“禁書”の一覧である。
「確かに、これは危険ですね」
「はい」
ざっと一覧に目を通したところで、ペイスは天を仰ぐ。
館長が秘密にしていたというのもとてもよく分かる目録に、悩まし気な様子のペイス。
一応相互の認識をすり合わせる為ということで、目録と現物を置いて館長が説明していく。
「まずこれですな。ナヌーテックの王家や貴族系譜の捏造を記録したもの」
最初に館長が出してきたものが、既に特大の厄ものである。
「表に出したら、まずナヌーテックから徹底的に攻撃されますね。晒しても得は無いものですし、禁書のまま禁書庫で封印ですね。禁書庫を作ることから始めねばいけませんが」
「それがよろしいでしょうな」
「魔法対策も要るでしょうし、龍金の在庫を確認しなければ。はぁ、また仕事が増える」
「お察しいたします」
貴族というのは、何故偉いか。それは、偉い王からお前は貴族だと任命されたからだ。
ならばその王は何故偉いのか。偉いから偉いのだ。
これはトートロジーのようではあるが、実際問題として貴族の権威は酷く曖昧なものだし、王の権威というものもかなり不安定なもの。
とりわけ、神に選ばれたのだ、などという建前を持てる神王国や聖国と違い、ナヌーテックは強さが偉さの基準。強い奴が偉いという、基本理念が存在する。
強いから偉いし、偉いから強い。卵が先か鶏が先かのような話だ。貴族であるから政治権力を持ち、領地を治め、軍隊を組織し、幼少期から鍛えられる。小さい時から働く必要もなく訓練を積めば、そりゃあ強くもなれるし、軍隊を従えている奴は強力な力を持っていて当然。
ところが、最初にその地位を不当に得ていたなら。今ある力というものも、全て借り物という理屈になってしまう。強くも無いのに偉くなり、偉くなって強いと威張っている。これは、ナヌーテック人には許しがたいことであるし、庶民にバレればクーデターでも起きかねない。
ナヌーテックの貴族の中で、幾ばくかの貴族家は過去を遡るとかなり怪しい出自になる。
どの国であっても似たような話はあるのだが、系譜を捏造しているのは当人たちには大問題だろう。
反逆も含めて重罪を犯した犯罪人が近しい身内に居たであるとか、実は異母兄妹で血も繋がっているのに血縁を隠して近親結婚しているであるとか、王の血筋を謳っておきながらその実まったく血が繋がっていないであるとか、過去の偉人の子孫と言っておきながら赤の他人であるとか、養子縁組を駆使して他人の家を乗っ取ってしまっているとか。
どれ一つとっても本人たちにはバレたくないことであろう。
記録として隠しておいた理由もよく分かるのだが、これを利用して利益を得るのは難しい。
いや、正しくは利益を得るのは簡単だが、得るための手段が脅迫にしかならず、得られる利益に比べてリスクが高すぎる。
万が一の際には遠慮なく脅しの道具に出来るから持っておくのは持っておきたいが、持っているとバレたくはない。封印しておくのが最良だろう。
「系譜の捏造も酷いもんです。下層民の生まれで母親が売春婦。誰が父親かも分からないが、貴族の御落胤を名乗って金の力で三等爵の三男の非嫡出子ということにして、そのまま養子になり、そこから同じ三等爵の婿養子に収まり、更には婿に行った先の三等爵の家族を皆殺しにして当主に収まっています。完全なお家乗っ取りですよ。そこから二等爵に出世して、一等爵家から嫁を貰ってと……なんともまあ、暗闘もここまで行くと恐ろしさを通り越して凄みが有りますね」
「王家は調べていたということですから、何かの際には失脚させるつもりだったのでしょう」
「そうでしょうね。汚れ仕事を押し付けて、成功すれば良し。失敗すればこの件を表ざたにして丸ごと潰すつもりだったのでしょう。ナヌーテックの内情も、かなりドロドロしてますよ。いやあ、うちにはそんな暗闘が無くて良かった」
「はい」
モルテールン家はモルテールン家で色々と他家を奈落の底に突き落としていたりするのだが、秘匿資料を見ればまだお綺麗でお上品な部類だったらしい。
目ぼしい貴族と軒並み浮気していた女性の記録などは、どう使うつもりだったのやら。
「そしてこれ。こちらは恐らく聖国からの盗品か、或いは戦利品だろうと思われます」
「これは、厳重に管理すべきでしょうね。図書館の禁書庫建設を急がせますか」
ペイスの手にあった一冊には、伝説が事実である証拠が書いてあった。
『世界の秘密を暴かんと欲する者は叡智の扉を開くべし』





