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おかしな転生  作者: 古流 望
第39章 読書のお供はフルーツサンド

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504話 図書館開館

 モルテールン領立ザースデン図書館。

 現在、愛称を募集中。

 ペイスが甘ったるい名前を付けそうになったのを却下して、一般公募することになった施設である。

 危うく、アイスクリーム図書館だの、アップルパイ図書館だのになりかけたのだから、止めた人間はファインプレーだろう。

 グラサージュあたりは褒められて良い。シイツが休んでいる間は、ペイスに面と向かって否定的意見を言える人間は貴重だ。


 図書館の位置は、領主館からほど近い。歩きながら鼻歌の一曲も歌ってる間に着く距離だ。

 開拓最初期に井戸を掘っていた場所を中庭兼休憩所として、そこを囲むようにして建てられている。

 この休憩所のある場所は、嫁いでいったモルテールン姉妹たちには思い入れのある場所だったらしく、特に井戸やその周りに植えられていたベリーなどの植物が無くなってしまうことに非常に強い反発が有ったとか、なかったとか。

 開拓初期、或いは姉妹が幼い頃は、水というのは本当に貴重だった。本当に本当に貴重だったのだ。標準よりかなり深い場所まで掘って、ようやく湧き出た井戸の水は、モルテールン領にはかけがえのない真水であったのだ。

 一滴も無駄にするまいと、井戸の周りに食用の植物も植えられた。こぼれてしまう水で育てる為にだ。

 領内でも数少ない、植物が豊かに育つ場所。花が咲く場所。多くの人が集まり、ワイワイと会話を楽しむ場所。農作業で疲れた時に、心と体を潤す一杯を呑める場所。そんな場所であった。

 嫁いでいった姉妹も、この井戸には兎に角色々な思い出が有ったらしく、壊すかもという話が出た時に大反対の書簡を大量に送ってきた。何なら直接出向いて直談判するぞという勢いであった為、また珍しくカセロールからの直接指示もあった為、井戸とその周りの環境を残して休憩所としたのだ。

 休憩所以外にも、建物そのものにも気を使っている。

 本に日光はあまり良くないのだが、さりとて暗い建物にしても湿気が問題になる。その為、北に開放的なコの字型の建物となっていて、おまけに三階建てのレンガ造りだ。

 遠目から見てもかなり立派な建物であり、領主館と左程変わらない大きさ。真面目に一部屋づつ見て回れば、一日では終わるまい。

 領主館がショボい訳では無いので、図書館が立派だと言うべきなのだろう。


 「良いですね。領内に図書館が出来ると、ぐっと文化的になった気がします」

 「そうですね。蔵書の数も国内一と言っても良いですし」


 そんな自慢の図書館に、ペイスが視察に来ていた。

 ようやく出来上がって、あとは開館を今や遅しと待ち構える図書館。

 モルテールン領立。すなわち、費用は全額モルテールン領の領主が出している。

 モルテールン家が出した訳では無い。ここが大事なポイント。

 神王国でも平民は知らない人間も多いのだが、領主としてのモルテールン家と、宮廷貴族としてのモルテールン家と、単なる貴族家としてのモルテールン家とは別物だ。

 特に、領主としての立場と、宮廷貴族としての立場は明確に区別されるし、お財布も別である。

 領地からの税で運営される領地経営者としての立場と、官僚としての行政官の立場ではまるで意味が違うのだ。

 ある意味、公務員が副業で大家をしている感じに近しい。領地経営は大家業のようなものである。

 収入を最終的に合算してまとめるにしても、会計単位としては立場毎に別のもの。

 従って、この図書館は領地経営者としての出資である。

 そこになんの意味が有るのかと言えば、領主家が出資したということで、領民が自由に使えるように出来る点が違う。

 貴族家としての立場であれば、図書館はモルテールン家の私物。お小遣いで買った駄菓子のようなもの。

 領主家として予算を組んで、領地運営のお金から建設費等々を捻出したのだから、領民は納税者として施設利用の権利が有る、という理屈になる。


 「分館はまだ先でしたよね」

 「計画だけは提出しています。蔵書に関しては今後も収蔵を続ける予定ですので、蔵書の入れ替えと保管の為に倉庫兼用の分館をとの要望を出しています」

 「計画の前向きな検討を約束しましょう。図書館の充実と拡張は、領民の知的水準と文化水準の向上に寄与します。目指すところは世界一の大図書館といったところですか」

 「そうなってくれると嬉しいです」


 図書館建設の提案者であるプローホルが、嬉しそうに笑った。

 彼の要望で建てられたのだから、それが評価されるのは素直に嬉しいことである。

 図書館の建造と運営に関してはプローホルがかなりの部分を任されているので、案内がてら同行した形。


 「ようこそいらっしゃいましたペイストリー=モルテールン卿。閣下にお越しいただき、光栄に存じます」


 図書館の建屋に入ったところで、ペイスたちは出迎えを受ける。


 「ペイス様、紹介します。こちら、図書館の館長をお任せすることになるニューメイさんです」

 「ニューメイ=チャヤと申します。閣下のご尊顔を拝し、誠に嬉しく思います」

 「歓迎痛み入ります。今日はただの視察ですから、気楽に願います」

 「承知いたしました」


 ニューメイ=チャヤ。

 朽葉色の髪を雑に刈り上げた短めの髪型をしていて、髪よりは少し明るい胡桃色の目をした中年の男性。

 知性を感じさせる落ち着いた風貌ながらも若干腰は曲がり気味。猫背が癖になったような、インドア派の雰囲気がする人物である。


 「それでは、館内をご案内いたします」


 館長の先導に従い、ペイス達一行は出来たばかりの図書館内を歩いて回る。

 コツコツと響く靴音が、図書館の蔵書棚の間でこだまするのが心地よい。


 「まず、入口から入ってすぐのここが受付となります。図書館内もそれなりに広うございますから、常時人を置いておくつもりです」

 「ふむふむ」


 木で出来たカウンターに、人が三人ほど座れるスペース。

 カウンターには開館と併せて受付人員を雇うそうで、探し物の手伝いもするとのこと。

 取りあえず最初は迷う人も多いだろうことから、領民が図書館に慣れるまでは複数人で対応するらしい。


 「こちらが本の貸出と返却を行う場所になります」

 「広いですね。それに、かなり厳重ですが」

 「はい。供託金を扱いますので、それなりに警護を付けることになります」


 貸出と返却は、銀行窓口のような場所で行うようだ。

 二十センチほどの段の上にカウンターがあり、カウンターの側には兵士が詰める場所も有る。

 下手なことをするとしょっ引かれるという威圧感が、ヒシヒシと感じられる。実にぶっそうであるが、必要なことなのだろう。

 製紙業や出版業が発展している現代ならともかく、神王国においては本は貴重品だ。

 それこそ一冊で金貨が何枚要るかというレベルの本もある。知識が口伝で伝承されるのが主流の社会において、体系だってまとめられた知識というのはぶっちゃけて言えばお金になるので、盗まれる危険性は極めて高い。

 特に、植物図鑑などは人気かつ窃盗リスクマシマシになりそうだというのがプローホルの説明だ。

 薬用やら食用やらの植物は、採取出来れば実に美味しい。食事の足しにして食費を節約するのは勿論のこと、薬になる植物なら採取すれば売れる。

 どの植物がどういう薬になるのか。調べられる図鑑というのは、持っていればそれだけで収入になるということ。

 それはもう、盗まれないと思う方が間違っている。

 そこで、図書館では供託金制度を設けた。

 制度設計をしたプローホル曰く、本のランクごとに供託金の額が違うそうだ。

 ランクの高い本は、借りていこうとすると本を買うより高くつくほどの供託金を預けなければならないらしい。勿論、本が返却されれば供託金も返ってくる。詐欺が無いよう、供託金の返金は数日掛けて念入りに確認するという話もある。

 最低ランクの本は無料での貸出が可能だから、それこそ盗難防止、破損防止の対策でしかないとか。

 利用者が増えれば扱う金額も結構なものになりそうとの試算から、警備もそれなりに手厚いものにしてあるらしい。


 「それでは、書架の方をご案内しましょう。かなり広いので、軽い説明となってしまいますがご容赦を」

 「それは仕方がないですね」


 館内の書架は、ジャンルごとに整理されて配置されている。

 このジャンル決めにも色々とすったもんだがあったし、いざジャンルが決まっても、ジャンルの区別が難しい本も多かった。

 自分の妄想を書きなぐったような日記などは、創作小説の棚に置くか、日記の棚に置くか、或いは閲覧注意の棚に置くかで悩んだり。書籍の出版が整備されていないので、ジャンルに分けるというのも初めての試みだった。何事も最初にやるというのは大変なものらしく、ペイスも少しばかり知恵を出している。


 「こちらが、植物のコーナーです」

 「多いですね」

 「はい。何分、書籍といえば図鑑、という意識の貴族様も多かったようで。集まった書籍でには図鑑も多くありました」


 ペイスが貴族の間を回って本を集めた時、一番多かったのは日記。次いで図鑑である。

 やはり、お金をかけてまで書籍に纏めようとするのは、便覧の為に行うことが多いらしい。

 植物図鑑や鉱物図鑑は領地貴族としても役に立つものなので、集めていたり、或いは研究所の人間に書かせたりという貴族も多かった。

 ダブりのようなものも有ったのだが、それを再整理したのは苦労もあったという。


 「こちらからは、子供向けの本を多く取り揃えました」

 「ほほう」

 「領民の為にというなら、やはり子供向けというのは大事かと思いまして」

 「素晴らしい知見ですよプローホル。やはり貴方に任せて正解でした」

 「ありがとうございます」


 図書館の一階は、子供向けも多い。

 子供に二階や三階を使わせると、まず走り回って下の迷惑になるだろうという配慮からだ。

 子供が広い室内に入って、走らない訳が無い。走るなと言っても走り回ること請け合いである。


 「大体、こちらが児童書をおくことになります」

 「良いですね。すぐ傍に、遊具の空間も確保しておきたいところですが……」

 「残念ながら、本を読めない年の子供は、ある程度利用を制限したく思っております。本も貴重ですし、何より静かに読書をしたい方にとっては子供の声が読書の妨げになりますので」

 「そうですね。図書館は静かに利用するべきでしょう」


 静かにするように言って聞かせられないならば、流石に他の利用者の迷惑になる。

 子連れの利用は今後の検討課題としておき、取りあえずはこれで良かろうとペイスも頷いて視察を続ける。


 ある程度視察を終えたところで、一息いれることにした。

 丁度休憩所の視察もせねばならないと思っていたペイスが、休憩所で一休みしていた時だった。

 館長が、少し人目を憚るような態度をとる。


 「ペイストリー様、一つご相談が」


 ニューメイ館長の腕の中に、幾冊かの本があった。



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表紙絵
― 新着の感想 ―
植物紙、と言うか某本狂いも作ってたロウ紙とか油紙とか菓子作り用に作りそうな気もするし、情報を残す事や転写の能力と安価な紙の技術は極めて相性がいいから作ってもおかしくないと思うけどね むしろ子供用や平…
図録なんかは普通に閉架&貸禁扱いのがよくないか?
宮廷貴族と貴族の区分けがわかりにくいが 領主と貴族であれば公的な面とプライベートな面かな あれ?これじゃ領主が大家で私で貴族が代官で公? 領主なら領民にも権利があり貴族ならないなら公と私が逆になりそう…
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