503話 同期の集い
「という話があったんだ」
気楽な同期の集い。
プローホルは、友人たちに先だってのペイスの話を聞かせていた。
「期待のホープってやつは違いますな」
「だな」
同期の面々が口々にプローホルを茶化す。
「将来のことって言っても、あんまり実感わかないでしょ」
「分かる分かる」
「結婚って言われても、なあ」
「ああ」
プローホルがペイストリー領主代行に言われたのは、きちんと将来のことを考えるということ。自分が結婚するかどうかを含めて、将来設計をきちんとしなさいということだ。
今後モルテールン領の将来を担う若手の代表として、しっかり先を見据えて教育していこうということなのだろう。先々を見越した教育を用意するにも、結婚願望の有無などは重要な要素。ずっと独身であったシイツ従士長なども、その点独身の良さを特に力説していた。
滅茶苦茶力説していた。
それはもう、必死になって独身というものが如何に素晴らしいかを説いていた。
そして、産休に入っていった。
家庭内ヒエラルキーが透けて見えそうな話である。
シイツ従士長に言われるまでもなく、プローホルはじめ若手の面々は結婚願望が薄い。
というのも、モルテールン家の従士階級はとても恵まれているからだ。
高給取りの上に家賃タダで部屋を借りられる。無駄に広いモルテールン屋敷の中にある一室を借りるならば、掃除まで下働きの人がやってくれる。食事も外食のお店が非常に増えてきていて、気づけば新しい店が出来ているので飽きることも無い。
至れり尽くせりだ。ぶっちゃけ、一人暮らしに何の不自由さもなく、むしろ自由を満喫できる。
親や親戚から強力な圧力を受けるか、或いは心底から惚れこむお相手でもいない限りは、独身街道を法定速度越えで爆走しかねない。
「まあさぁ、そうは言ってもプローホルは結婚しなきゃだよな」
「だなあ」
「相手はより取り見取りって話だしな」
「だなぁ」
若手は、プローホルを大いに弄る。
若手の中でも、優秀であり、領主家にも覚え目出度く、顔もそこそこ良くて、余計な親族が居ない上に、性格も極めて真面目で温厚となれば、まずモテるからだ。
ザースデンの若い女性の中には、本気でプローホルを狙っている女性もいるという噂もある。
羨ましい。ああ羨ましい、羨ましい。
同期の面々は、妬みと嫉みと憧れとやっかみを込めて、プローホルに絡む。特に、自分の片思い相手がプローホル狙いとつい最近知らされた一人は、恨みさえ籠っていた。
「あ、そういえば、ニコロさんに婚約者が出来たらしいって知ってるか?」
「え? そうなの?」
形勢不利を悟ったのだろう。
プローホルが、露骨に話題を変えようとする。
それを分かっていながら話の流れを受け入れるのが同期の良い所。
第一、話題も興味をそそられる内容だ。
「ああ。なんでも、他所の家のメイドらしい」
「そりゃまた……良いのか?」
モルテールン家の従士は、目下の婚活前線では人気の物件である。
モルテールン家自体が上り調子であるし、今上陛下の覚えもめでたい当主に、同じく有能で陛下の信頼もある次期当主が居る。縁を持ちたがる人間はとても多いし、従士を介して繋がれるというのなら立派な伝手になる。
また、従士の待遇も凄くいい。
給料は、他所の平均と比べたならば軽く三倍はある。仕事はかなり多いし、求められる能力の水準も高いが、その分手厚く遇するのがモルテールン家の方針。
住む家も福利厚生で確保してもらえるし、産休制度もある。
収入よし、将来性高し、身分は準貴族扱い、能力は保証付きで、モルテールン家へのコネとして優良な立場となれば、人気にならない方がおかしいのだ。
中には高位貴族がわざわざ自分の娘をどうかとアピールすることもあるのだから、相当な人気である。
こうして駄弁っている同期の面々でも、他所の家からのアプローチはあるという。
更に、ニコロは将来の幹部候補だ。
現在でも会計役の金庫番としてモルテールン家の財布を握っており、領主家の人間にも予算について物申せる立場。
人気の中にあって、更に付加価値の有るお買い得物件なのである。
そんじょそこらの貴族であれば、自分の娘に色仕掛けさせてでも縁を結ぼうとする相手。
そんな、貴族家が取り合うようなニコロに対して、たかがメイドが婚約者になるという。むしろ、よくニコロを落とせたなと感心するほどだ。
これは、どうあっても普通の婚約では無かろうと、優秀な若者たちは察するところが有る。
「若様と、ジョゼフィーネ様が結託して決めたらしい」
「え? ジョゼフィーネ様ってことは、ボンビーノ家の侍女なの?」
「そうらしい」
百歩、いや一万歩譲って、モルテールン家のお屋敷勤めが相手ならまだ、恋愛結婚という可能性もあるだろう。
しかし、普段ザースデンのお屋敷に籠りっきりになるインドア派の内勤者が、遠いところの他貴族家で相手を見つけてくるというのはあり得ない。しかも、相手がメイドというなら、そもそもどうやって出会ったのかという疑問も残る。
ただのメイドが、モルテールン領に来ることはまずない。そして、ニコロが他家に出向くことも殆どない。
時折、ペイスが無理に引っ張っていくぐらいだ。
「なんか、裏が有るよね、絶対」
「そりゃねえ……普通のメイドじゃないとか?」
「普通じゃない? 例えば?」
「お偉方の隠し子、なんてのは?」
「あり得そう」
貴族の社会でも、色恋沙汰のトラブルは良くある話。
自分が世話になっている上位の貴族家から嫁を貰い、嫁に頭が上がらない旦那がこっそり隠れて子供まで作っていた、などという話は三度も社交を開けば一度ぐらい耳にする。
貴族の隠し子が、身分を隠して貴族家に仕え、下手なところにやる訳にもいかないし、事情を隠し通せるだけの口の堅い相手が望ましい。
だから、ニコロに白羽の矢が立ったとなれば、なるほどそれなりに筋は通りそうだ。
「当人が凄いってのはあり得るのかな? うちの若様みたいな」
或いは、侍女の能力が何かしら秀でていて、どうしても手元に繋ぎとめておきたいからとニコロを宛がったという説も、同期達の支持を得る。
世の中にはとんでもない能力を持っている人間というのは存在するし、何ならその代表格みたいな非常識の塊が、彼らの上司だ。
「あの人が二人も居たら、大陸制覇でも出来そうだな」
「ははは」
ペイス並みの人間が二人も揃っていたなら、確かに何がしかの偉業を達成しそうである。
一人でも厄介なのだ。二人も居れば、それはそれは大変なことになりそうである。
若者たちは、半分冗談、半分本気で方程式を作った。
ペイスの二乗で求めるところの、イコール大陸制覇である。
「でも、若様みたいな魔法が使えるってのは可能性として有りじゃない? 魔法使いは隠すのが普通だし、こっそり侍女ってことにして匿う。それで、他所に取られないようにニコロさんを婚約者ってことにしておく」
「ああ、有りそう」
なるほど、と同期の一人が膝をうった。
言われてみると確かに、侍女が実は魔法使いというのは有りえそうである。
魔法が使える人間というのはとても貴重なものだし、魔法というものはどんな魔法であっても使い方次第で大きな力になるもの。
魔法で貴族に成り上がった実例だって、他ならぬモルテールン家には存在するのだから、魔法使いを大事にするのは当然のこと。
ただし、大きな力になるが故に、敵対する人間からすれば邪魔である。この上なく邪魔な存在になりえるのだから、ありとあらゆる手段で無効化してくるだろう。
そこには暗殺という選択肢も有る。
ならば、魔法使いであることを隠すというのは自然なこと。木を隠すなら森の中ともいう。魔法使いを隠すなら、モルテールン家の中に置いておくのは賢い選択だろう。
「もしくは、ニコロさんが一目惚れしたとか?」
「ぎゃははは」
それが一番可能性が高いんじゃねえかと、皆が笑う。
ニコロとて、女性に興味のある若者だ。滅茶苦茶自分のタイプの女性に出会って、一目惚れしてしまうというのは有りえそうだ。
もしそうなら、ニコロが自分から果敢にアプローチして、主家と主家の婚家を説得し、強引に婚約をもぎ取ったことになる。
これはこれで、良い酒のつまみになりそうだ。
「だったら、相手に惚れられたのかもよ。ジョゼフィーネ様も、自分のところの侍女なら応援しそうじゃない?」
「有りそう。姉上方に、うちの若様が押し込まれて折れるのも有りそうだ」
「若様も、お姉様方には強気に出られないしなぁ」
逆に、ニコロが惚れられるというのは有るのだろうかと、ワイワイ盛り上がる。
当家の誇る異端児にして、神王国きっての風雲児も、おしめを換えて貰っていた母や姉には頭が上がらない。
どうしたって情があるので、他の有象無象にやらかすような非情さに徹することが出来ないのだ。
ただでさえ元気のいい姉たちは、ペイスの弱点ともいえるだろう。
特に一番年の近いジョゼフィーネ子爵夫人であれば、ペイスへの押しも強いはず。
ニコロが相手に惚れられて、それをジョゼが応援して婚約に結びついたという可能性も、確かにあるじゃないか。いやいや、それは流石にどうなんだ。などと、賑やかな面々。
「結局、真実は一つだな。ニコロさんが婚約したって事実だけだ」
「だよなあ、裏事情は滅茶苦茶気になるけど」
貴族の血筋である説、実は隠して育てられていた魔法使い説、優秀な人間を囲っておくための政略結婚説、相手方が惚れた恋愛結婚説などなど。
どれが真実なのは、闇の中。
「案外、全部正解だったりして」
「そりゃないって」
「だよな。あはははは」
同期達の会話は、とてもとても盛り上がった。
夜も更けた頃。
楽しかった集まりも解散する段になって、同期の一人がプローホルにもう一軒いかないかと誘う。
「プローホルはこれからどうする?」
「明日の仕事があるから、もう帰って寝るさ」
「仕事って、若様の補佐か?」
「それもあるけど、一つ仕事が終わりそうでさ。そっちが大詰め」
「ああ、あれか」
男が、思い当たることで軽く頷く。
「そ。図書館が出来るんだ」
プローホルの発案した企画。
図書館の完成が、もうすぐ間近に迫っていた。