500話 優しいくちどけは戦いのあとに
モルテールン領ザースデンの領主館の一室。
執務室で、トラブルメーカーとその部下が情報を交換していた。
先の騒動の一件を、従士長に伝えておくのはペイスの役目だ。
「それで、敵地に乗り込んで解決しちまった訳ですかい?」
「父様に、また一つ武勇伝が増えましたね」
解決したばかりの暗殺事件。
ボンビーノ家嫡子にして、ペイスの甥っ子に当たる赤ん坊が暗殺されそうになった事件だ。
その目的は後方攪乱。北の大国が、神王国内部の混乱を目的に仕掛けてきた策謀であった。
特に中央と南部の両方に影響力を持つモルテールン家の影響力低下と混乱を見越して仕掛けてきたのが事件の大凡である。
明確にモルテールン家とその近縁に狙いを定めて仕掛けてきたことに対して、モルテールン子爵カセロールとその息子の怒りの度合いは凄まじかった。
絶対に許さんとばかりに首謀者を洗い出し、血祭りにしてやるとばかりにいきり立ったのがカセロールだった。
シイツ従士長も、孫を殺されかけてカセロールの奴が黙ってるわきゃねえよなと理解を示し、ペイスが動き回るサポートをしていたのだ。
後始末の結果を聞くぐらいの権利はあるだろうと話を聞いたのだが、既に聞いたことを後悔しそうなほど頭が痛い内容だ。
まず、敵国の魔法的な防備を根底から意味の無いものにしてしまったこと。
大龍のピー助という唯一無二の存在あってこそだとはいえ、魔法を防ぐための仕組みをそっくり丸ごとゴミクズにしてしまったのだ。
これはもう、周辺諸国揃って阿鼻叫喚となるに違いない。
そもそもモルテールン家が恐れられていたのは、いきなり現れて襲ってくるという理不尽なまでの奇襲性による。
防ぐために各国は知恵と工夫を凝らし、金も資材も人員も使って対策してきた。
貴重な金属による防護エリアの確保というのは、その中でも最も重要視されたもの。
かつては軽金、今では龍金を使って一定の区画を覆い、魔法の発動が出来ないような空間を作り出す技術。オークションにおいて龍金がとんでもない価格で奪い合いのように買われていったのも、モルテールンのような存在に対する恐怖感が無かったと言えば噓になる。
そして、ほぼほぼカセロール単独の少数で、一国の戦争をとめてしまったこと。
報復は苛烈な方が抑止力になるというのは分かるにしても、あの親馬鹿は何をしくさったと頭が痛い。
ただでさえカセロールは一軍に匹敵すると言われていた。何十人、何百人、或いは何千人もの兵士で行うであろう軍事作戦を、一人でこなせてしまうことからそう言われていた。
しかし今後は、一軍どころか一国に匹敵すると言われることだろう。
一つの国が総力を挙げて出すであろう成果を、仮に少数とはいえほぼほぼ個人によって行えるとなった時。味方にすればこの上なく頼もしいが、敵からすれば恐怖の権化である。
神王国だけは、何かあれば一方的に殴りつけられる状況。
ここから生まれるのは、モルテールンの排除である。
真正面から戦っても勝てない相手に、それも一国にも匹敵する強大な戦力相手に、驚異の排除を考えるなら。対抗手段はテロリズムとゲリラ戦だ。
今後はカセロールの身辺に護衛を張り付けておかねばならないだろう。
そして、モルテールン領やモルテールン家の従士も、テロリズムの標的にされるに違いない。
真っ当に戦って勝てないのだ。真っ当でない手段で対抗するしかない。真っ当でない手段とは、往々にして抵抗手段を持たない人間が無差別に対象とされる。
今回の暗殺事件。
一応は上手く片付いた結果となった。
しかし、今後は同じような事件が頻発するだろう。敵からすれば、それ以外に対抗する手段が無いのだから。
思い切り下手に出てご機嫌を取るか、ほぼほぼ無関係とも思えるようなところでも襲い掛かるか。
治安維持に責任があるシイツ従士長としては、これまた頭を抱えそうな話である。
モルテールン子爵カセロールの英雄譚に新たな一ページが追加された。
第三者が話を聞くだけなら面白いだろうが、当事者からすれば溜まったものではない。
「ま、報復しない訳にはいきませんでしたから、その後に起きることは全て必要経費と割り切るほかないですね。そうでしょう?」
「そりゃそうですがね」
カセロールやモルテールン家が危険視されるのは厄介だ。しかし、舐められてしまえばもっと厄介だ。シイツとしても、報復して痛い目を見せるのは、必要なことだったとは理解する。
「苦労が増えるばっかりでさぁ。で、褒美は?」
軍人である以上は信賞必罰が当然。
今回、敵国を単独で引かせて見せたのだ。ご褒美ぐらい欲しい所だとシイツは言う。
「何のためにカマルを後で合流させたと思ってるんです」
「何のためって……相手に対する当てつけじゃねえんですかい?」
「そんな陰険な理由ではありません」
襲って来た暗殺者を返り討ちにするならまだしも、寝返らせて懐に入れるというのはそうとうに難易度の高いことだった。更に寝返り間もない人間に、元主人のところで手引きさせようというのだ。
当てつけるような意図があったと思うのは当然だろう。
だがペイスは、そんなことより大切なことがあったと言い張る。
そして、何処からともなくスッと一冊の本を取り出す。
「折角ですから、あの国のお城から。目ぼしそうな本や財宝をごっそり頂いてきましたよ」
「泥棒じゃねえですか」
「厳重に守りを固めていたつもりなのでしょうが、魔法が使えて、内情に詳しい元暗殺者の手引きが有れば、それはもう根こそぎです。戦後処理は父様や王宮の仕事ですから、どうなったかまでは知りませんが、講和が仮に五分五分で痛み分けになっていたとしても、うちだけはがっぽり儲かった訳です。国宝級のお宝や、門外不出の禁書まで、総攫いですよ」
「やり過ぎでしょうが。どこまで恨みを買うんです」
「どうせ恨まれるなら、とことんまでやった方が良いんですよ。迂闊に手を出すと怖いと思い知らさねば」
むふふんと自慢げなペイスのどや顔に、シイツはツッコミを入れる。
無断で自分のものにするのは泥棒であると。
「戦時に敵地での物資徴発は良くある話でしょう」
「にしても、本を奪うなんざ聞いたことがねえ」
「金貨や宝石なんてのは、財宝としての価値しかないじゃないですか」
「財宝として価値がありゃ、十分でしょう」
世の中の人にお宝というものが何かと聞けば、十中八九で金銀宝石をあげるだろう。
少数派の意見があったとしても、我が子や愛妻や恋人をお宝と言うぐらいではなかろうか。
更に希少な意見であっても、本をお宝と呼ぶ人間は居ないはずだ。神殿に篭った巫女見習いぐらいだろう。国でも一人、居るか居ないかのレベルだ。
「知識は、その財宝を生み出すもとになるんです。目の前の金貨より、将来の財宝です。知識こそ財産になるんですよ」
「……まあ、そうですかい」
言わんとすることは理解する。
これからモルテールン家が集めるべきは、金銀のような即物的なものではなく、知識と技術こそを求める。
そう、ペイスは言い切った。
「何にせよ、一件落着ってなら、世はことも無しってことで」
「お、良いですね。天下泰平。平和とは素晴らしいものです。僕が求めてやまない、平穏がやってきたのかもしれませんね」
「昼間に寝言が聞こえらぁ」
ペイスとシイツの二人は、いつもの通りに仕事に戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
一件が無事に終わった後。
ペイスは、事後報告も兼ねてボンビーノ家にやってきていた。
彼の見つめる先には、ベビーベッドの上ですやすやと眠る赤ん坊が居る。
世の中の動乱も騒乱も、関係ないとばかりに健やかな眠りだ。
「スプレンドーレも元気そうですね」
「ええ。時々熱を出すことはあったけど、大きな病気も無く元気よ」
ジョゼが、自分の息子を見つめながら答える。
子爵家の細君として子育ては乳母が付く。夜泣きで起こされることも無く、四六時中張り付いている必要も無いのだが、やはりモルテールン家の生まれだけあって情が深いらしく、時間が有ればずっと息子の傍で子供の面倒を見ている。
「頼もしい護衛……じゃない、侍女も雇ったしね」
ジョゼが、ちらりと部屋の隅に目をやる。
そこには、言われても気づかないほどに気配の希薄な女性が居た。
「息子の命を狙ってきた相手を雇うとは。姉さまの肝の太さはどうなってるんでしょう」
ペイスが、呆れるように呟く。
本当に、ジョゼの肝っ玉はどの程度太いのか。ペイスが考えるに、極太サイズの特上級だろう。
「いい子かそうでない子かなんて、ちょっと話を聞けば分かるもんよ」
「僕にはとてもたどり着けそうにない領域ですね」
「あら、そうでもないわよ。私より、敵の本拠地ど真ん中に僅かな人間で突撃してくる人の方が、図太いんじゃないかしら。私もまだまだってことよね」
「見解の相違ですかね」
モルテールン家の従士が聞けばどっちもどっちだと答えるだろうが、腹を据えた時の精神力の強さは姉弟揃って最上級である。
姉と弟がお互いに下らない譲り合いをしていると、赤ん坊の泣き声がし始める。
おきゃあおきゃあと、実に可愛らしいぐずり方だ。
「あら、起きたのね。おお、よしよし」
早速とばかりに、ジョゼは赤ん坊を抱きあげる。
いい子だとあやしてあげれば、たっぷり寝てご機嫌に笑い始めた。
「それじゃあ、僕はこれで失礼しますね。お土産だけ渡しておきますので」
「素晴らしいわペイス。私、ペイスのお土産がとても楽しみなの。で、何のお菓子?」
ペイスのお土産と聞いて、お菓子を即座に連想する辺り、ジョゼフィーネもペイスのことをよく分かっている。
「たまごボーロを作ってきました」
「たまごボーロ?」
「ええ。乳離れしたぐらいからなら、食べられると思うので。美味しい焼き菓子ですよ」
「焼き菓子だと、のどに詰めたりしないかしら」
「ボーロは口の中ですぐに溶けますから、詰まりにくいと思います」
「へえ」
ボーロと言えば、乳児や幼児でも食べられるお菓子として有名である。
さっくりと焼き上げられた軽めの食感とともに、口の中でさっと溶けてしまうので小さいお子様でも安心安全に食べられる。
ペイスお手製のボーロは、味の方も間違いないと太鼓判を押す。
「くれぐれも、姉様だけで全部食べないようにしてくださいよ。それはスプレのものなんですから」
「分かってるわよ。ペイスは私を何だと思ってるのよ」
「そりゃ勿論。食いしん坊で肝っ玉な新米ママですよ」
「何よそれ!!」
怒りを込めながらお菓子を頬張るジョゼの傍。
元暗殺者の少女がそっとほほ笑んでいるのだった。
祝、五百話!
三十八章もこれにて結。
ここまでのお付き合いに感謝いたします。
さて、以下宣伝。
9月20日に、おかしな転生の27巻目になります
「おかしな転生27 優しいくちどけは戦いのあとに」
が、発売になります。
書き下ろしも頑張って書きましたので、是非とも読んでみて下さい。
各配信サイトでのアニメ放送
コミックス
ジュニア文庫
スピンオフ
オーディオブック
各種グッズ
などなども、それぞれ見て頂けると嬉しいです。
以上
ナヌーテックから貴重なものを強奪、もとい収集してきたペイス。
手に入れたものの中には一国を揺るがすお宝があった。
奪還を狙うもの、横取りをねらうもの。そして守ろうとするもの。
幾多の思惑が入り乱れる中、お宝を守るためにペイスが放つ予想外の一手とは。
次章 読書のお供はフルーツサンドで
では、またお楽しみに。





