499話 交渉というナの脅し
「彼奴等に、報復をせねばなりません」
ペイスが、父の前で主だった部下に宣言する。
「うむ、それはその通りだ。うちの身内に手を出しておいて、ただで済むと思って貰っては困る。高くつくと思い知らせねば、同じことが二度三度と起きてしまう」
カセロールが、ペイスの言葉を肯定する。
身内には甘いのがモルテールンの流儀であり、カセロールにしてみれば娘と孫の命を狙われたのだ。怒って当然だし、そこには誰もが納得する正当性もある。
孫を殺されかけた報復をするのは、貴族として当然の権利。やって当たり前だ。
集められた部下たちも、そうだそうだと同意を示す。
「しかし、どうやって報復するんです?」
報復が必要なこと、仕返ししてやりたい気持ちはそれぞれ理解も納得もするが、方法が問題だとシイツ従士長が冷静に言う。
頭に血が上って今にも突撃していきそうなカセロールや、愛情深い性格故に激怒しているペイスに対して、抑え役になれるのはシイツしかいないのだ。
「それについては、僕が一計を」
「まともな方策なんでしょうね?」
仕返しのやり方については、制約も多い。
相手が外国の要人。それもほぼトップと同義の最上位に位置する人間であること。これは大きな制約だ。
下手に問題をこじれさせてしまえば、ことが完全な外交問題になりかねない。戦端が開き、攻められている状況なら猶更。
最悪なのは、軍事的に劣勢となる中でモルテールンの報復を受けて相手の態度が硬化し、和議を結ぶことも難しくなってだらだらと長期化すること。
モルテールンとしては留飲を下げられたとしても、神王国全体では国益を大きく損なうし、モルテールンに対して非難の目が向けられるだろう。
身内を害された人間からすれば理不尽に思える話だが、現実というのは厳しいのだ。
ことの発端でモルテールンに正義が有ったとしても、手段の部分で難癖をつける余地を与えてしまえば、それだけ批判の矛先はモルテールンに向く。
例えば財布を盗まれたからと、盗人の住む集合住宅を無関係な人間もろとも焼き払えば、窃盗云々では擁護されても燃やされた一般人は被害を訴えるし、燃やした奴が悪者にされるだろう。
報復の正当性は、全ての手段を肯定するわけではないのだ。
ましてや相手が相手だけに、よくよく手段を選ばねばならない。
シイツを始め大人たちは、ペイスの献策というのがどういうものか、傾聴する姿勢を取る。
「まず、少数精鋭で敵の本拠地に乗り込みます」
「……既におかしなこと言ってるぞ」
シイツがぼやく。
「次に、首謀者と国王を力づくで取り押さえます」
「……どんどんおかしなことになってるぞ」
更にぼやく。
「最後に、ナヌーテックの国王に非を認めさせ、適当に罰を与えます」
「それの何処が策だ。無茶苦茶ではないか」
ペイスの発言に、父親が大声を上げた。
流石に内容が支離滅裂で曖昧過ぎるという抗議だ。
「そうですか?」
「どう聞いてもそうだろう。周りを見てみろ。理解した顔をした人間が一人もいないぞ」
「むぅ、では細かく説明します」
「うむ」
ペイスは、自分の考えを話し始める。
「まず、今回の報復の対象は、ゴビュウ公爵。あちら風に言えば、ゴビュウ一等爵です」
「そうだな」
「そして、彼に報復した場合、どうしても国際問題になるリスクが付きまといます。そこで、我々としてはゴビュウ公爵に対して報復をした上で、速やかに手打ちにする必要が有る。この場合、手打ちについての決定権を持つのはゴビュウ公爵かナヌーテックの国王。国際問題にさせないのであれば、国王と話をつけることが望ましい。軍を引かせる決断も含めれば、必須と言えます」
「言わんとすることは分かる」
「理想はゴビュウ公爵の顔色を青ざめさせる報復をするその場に、ナヌーテックの国王が同席していて、その場で報復と手打ちが完了すること。付け入る隙を与えない為にも、報復と和議の間隔は短ければ短いほどいい」
「うむ」
問題を大きくさせることなく、どこまでコントロールできるかが大事だとペイスは言う。
「目下、ゴビュウ公爵とナヌーテック王は、最も防備の堅い場所に居ます。我らモルテールンの奇襲を警戒していることも有りますし、それでなくとも暗殺を警戒して当然でしょうから」
「そうだな、一番上の人間を潰せば戦いは勝てるなどという簡単な話ではないが、指揮系統を混乱させるのは勝ちの目が非常に出やすくなる」
モルテールン家のカセロールが最も得意とし、かつ恐れられているのは、本来安全なはずの最後方の場所にいきなり精鋭が現れることにある。
将棋で言うなら、いつでも打ち込める飛車や金が持ち駒においてある状況だ。それも神王国側だけに。実に理不尽なことだ。
神王国側からすれば決定的なところでカセロールを動かしたいし、敵とすればどうにかして無力化したい。
無力化する方法で最も良いのは、魔法の使えない場所に篭ること。
ナヌーテック国は、世に知られた大国である。
仮に比較するとして現代の日本が神王国だとすれば、ナヌーテックはイギリスかドイツぐらいになるだろうか。
軍事力や経済力、或いは魔法力や文化力で差こそあれ格の違いは無い。優位劣位の差があったとしても、決定的に敵わないほどの差にはならないということ。
魔法技術に関してもそうだ。
近年神王国で龍金による魔法防護技術が発展している。元々軽金を使った魔法防護の技術は存在していて、それを応用した形で広まった。
神王国だけが魔法を防ぎ、ナヌーテック側は魔法を防げないのか。
いや、そんなことは無い。
ナヌーテックとて神王国に対する諜報活動は行っていたし、息の掛かった人間を経由して龍金も一定量確保していたのだ。
つまり、王宮の防備は耐魔法性能が十二分に備わっていると考えるべきだ。
「正攻法で真正面からいって、軍事力で相手の王都まで攻め上がり、城下の盟を結ぶのは現実的ではありません。ならば、我々としては【瞬間移動】で直接移動するのがベストでしょう。少数精鋭での本拠地襲撃。モルテールン家のお家芸では無いですか」
「……どうやって魔法防護を突破する気だ?」
「それは、うちの秘密兵器。いや、秘密龍? の出番ですよ」
ペイスの意見に、皆がハッとする。
確かに、魔法を防ぐ技術は存在するし、さほど難しい技術でも無い。高価な金属さえあれば、対策出来る。普通ならば。
だが、ナヌーテックは知らない。
常識の斜め上をスキップして歩く、一人と一匹の存在を。
大龍は“魔力を食う”のだ。龍金に蓄えられた魔力も例外ではなく、また龍金が魔法を阻害する効果自体が意味の無いものになる。
「ピー助、頼みますよ」
「きゅい」
「なるほど。ピー助に防備を破らせる訳か」
「こっそり行って、気づかれないように魔力を空っぽにしてやりますよ。そうすれば、敵の本拠地に直接乗り込むのも可能」
「なるほど!!」
ピー助の協力などというのは、流石にナヌーテックも想像していなかったことだろう。
相手の予想していないところに突然現れる精鋭部隊。これは奇襲としては完璧では無いだろうか。
「敵の本拠地に乗り込むのなら、出来るだけ手薄にさせたいところです。父様が偽装撤退をするのが良いでしょうね。あのモルテールン子爵が下がったとなれば、敵は必ず前のめりになりますその分、後ろへの警戒は疎かになる」
「偽装撤退か。やって出来んことは無いか」
「その上で、父様が居るように影武者でもたてれば、敵は騙されます。父様の偽物を作るのは、過去にもやったので、間違いなくいい騙し方が出来ますよ」
「やれやれ。あれは思い出したくないんだがな」
かつての東部での戦いにおいて、カセロールとシイツが負傷するほどの激戦があった。
その際、ペイスはカセロールの不在を隠すために別人をカセロールに化けさせた。【転写】の魔法は変装にも使えるのだ。
「隣国に【瞬間移動】するわけですし、大量の人員は送れません。少数で行くなら質を高める。少数精鋭の奇襲が最適解です。少数で行く以上、相手が人を集めてしまう前に決定的な優位を築かねば交渉も出来ない。つまり、最低でも国王の身柄を確保する必要がある」
「ふむふむ」
「龍金も軽金も高価です。何か所も防備を固めるのは難しい。ゴビュウ公爵は、国王と一緒に居る可能性が高いでしょう。一緒に捕まえて、あとは焼くなり煮るなりです」
「なるほど、確かにそうだな」
順を追って説明されると、確かにペイスの言い分も分かる。
本来なら一つ一つ積み上げるはずのものを、一気に片付けてしまおうというのが非常識なだけだ。
「身柄を確保したところで、交渉する。ゴビュウ公爵には金銭面や政治面でも痛い目を見て貰うとして、その場で国王に軍を引かせるよう交渉します。その場で和睦という形にして、ことの落着を図ります」
「ふむ、それらを纏めて言うとさっきのトンデモ発言になる訳か」
「トンデモとは失礼な。よく考えた上の言葉だと、分かってくれたのでしょう?」
「筋道が通っていることと、それが普通でないことは、並立可能なのだ。覚えておくといい」
「父様……」
カセロールの息子への態度に、従士たちは大きな笑い声をあげる。
親子のじゃれ合いは、いつものことなのだ。
「分かった。では早速動くとしよう」
「はい!!」
カセロールの号令一下。
諸々の準備が進められる。
先んじてペイスがナヌーテックの都に行き、夜陰に乗じてこっそり城の防備をピー助と共に剥がす。
すぐにも戻ってきたペイスとピー助を受け入れ、改めてカチコミ部隊が編成された。
「よし、それじゃあ【瞬間移動】するぞ。皆、準備は良いか!」
「おおおお!!」
カセロールの檄と共に、鬨の声が上がる。
気合みなぎる精鋭部隊が、ナヌーテックの最奥に飛ぶ。
魔法で飛んだ先。
ナヌーテックの城内についたところで、即座にカセロール達は行動を開始する。
幸いなことに無駄に豪華という分かりやすい部屋の扉を蹴り明けたところで、目当ての人物が揃っているのを発見した。
「アーフミド・ジョモ・グワン三世ですね。その隣はジュジャブ・サミ・ゴビュウでしょうか?」
「何奴!?」
いきなり扉が大きな音と共に開いたことで、中に居た大柄な男が立ち上がる。
「神王国十三代国王カリソン=ペクタレフ=ハズブノワ=ミル=ラウド=プラウリッヒ陛下が臣。カセロール=ミル=モルテールン。ここに見参!!」
「カセロールが子、ペイストリー。ちょっとお邪魔しにきました」
口上を格好良く決めたカセロールと、適当に気の抜ける喋りで口上を告げるペイス。
「誰かある!! 不届きものじゃ!! 出会え、出会え!!」
「敵襲だ、陛下を守れ!!」
国王とゴビュウ公爵の号令で、いきなり城が慌ただしくなる。
重要人物だけをさっさと確保出来ればよかったのだが、そうは言っても一国の主。それなりに備えも有ったらしく、武装した連中があっという間に部屋に満ちた。
だが、部屋に入る程度の数はモルテールン家の精鋭部隊の敵ではない・
「ピー助、ペイス、やってしまいなさい」
「きゅいい!!」
「はい、父様!!」
カセロールの号令で、ペイスはじめ十人ほどの人間が暴れ出した。
大龍であるピー助も散々に飛び回り、何人もの人間をピンボールの玉にして遊び始める。
「ま、まて」
「カマル、貴様裏切ったか!!」
暴れる連中の中には、ゴビュウ公爵も見知った人物が混じっている。
モルテールンの縁者を暗殺させに送り出したはずの、自分の手駒のはずの人物だ。
裏切ったのかと騒ぐゴビュウ公爵だったが、当の暗殺少女は涼しい顔をしている。彼女には、既に本当に仕えるべき主がいるのだ。元雇用主に対しての態度は酷く冷たい。
やがて、カセロール率いる小隊は、国王を捕縛する。
勿論ゴビュウ公爵も捕縛されていて、身動きの取れない状態になっていた。
粗方の兵も倒されたところで、モルテールン家の当主は満足そうである。
「さて、では交渉といきましょうか。王の命が惜しければ、神王国より兵を引きなさい」
ペイスの要求に、国王は渋々従い、命令を下す。
「……そうしろ」
この瞬間。
ナヌーテックと神王国の間で講和が成立した。