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おかしな転生  作者: 古流 望
第5章 天使の歌声
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050話 天使の歌声

 舞踏会が始まる十数時間前の事。

 日が出たばかりの早朝から、王都の都内では盛大な観閲行進(パレード)が行われていた。

 儀仗兵と音楽隊を一定間隔ごとに挟みながら、国王自慢の近衛兵達による二列縦隊の行進。町の端から端まで行進する為に、相当に早い時間から動き出していた。


 近衛兵は国王直下の実力部隊であり、全員が騎乗を許可されている。従士階級の者も二名含まれ、総数はきっかり百名。大前提としての戦闘能力と、国王への忠誠と献身をもって任命される精鋭中の精鋭。魔法を使える者も三名を数える。

 人々の憧れとも言え、男の子たちにとってはまさに将来の夢の体現である。


 近衛兵の後ろには、各方面軍のエリート。その後ろには名だたる貴族達が自領の精鋭をもって一団を形成する。カドレチェク公爵家や、フバーレク辺境伯家、レーテシュ伯爵家なども、ここに堂々と加わっていた。


 そして、貴族の領軍の最後方の位置には、カセロールを始めとする弱小貴族達がぞろぞろと付いて回る。これはパレードのおまけである。少なくとも、当のモルテールン準男爵自身はそう思っている。


 「盛況ですなあ」

 「そのようです」


 カセロールに話しかけてきた男はラツェンプル騎士爵。村が二つほどある領地を運営する領地貴族。

 先々代までは、主要な街道沿いに村があった事情も手伝って、非常に裕福な家であったのだが、戦乱後の復興期にあたって、潰された街道や新設された街道の影響があり、また多くの領地境で再編も進んだために人の流れが激変。一転して大都市からの交流が途絶えてしまった事情を抱えている。

 それでも慎ましく暮らせるのならばよかったのだろうが、生まれ育った生活習慣を変えられる器用な人間などは珍しいわけで、豊かであった頃の暮らしぶりを続ける為に借財を重ね、今現在では社交の度にあちらこちらに融資を願い出ては断られることを繰り返していた。


 ラツェンプル騎士爵は、こげ茶の髪に、緑をのせた茶色い目。鼻は少々高めだが、細身な顔と体つきから、貧相な感じを受けてしまう。見た目からして金に縁のなさそうな雰囲気を醸し出している。

 故についたあだ名が『金欠騎士』だ。


 「モルテールン卿の御身の安全は、私が守りますので大船に乗ったつもりでご安心下され。かっはっは」


 先日の手紙の通り、無理押しで護衛につくと言い張り、不要と断っているにも関わらず周囲にへばりついて護衛と主張していた。有事でない限り、貴族同士ではお互いに命令権を持っていないわけで、嫌だと思っていたとして、自領以外では他家の行動を指図する事も出来ない。

 これはカセロール達にとっては心労にしかならないのだが、かといって善意の協力者を無体に扱えば、今後そういった協力が必要な時に困ってしまう羽目にもなりかねない。痛し痒しな状況。断りたくても断り辛い。


 「我々も、御守りいたします」

 「左様ですな。閣下の御身は国の宝です故」


 そして何より、同じように、あくまで善意と言い張る護衛集団が何組かカセロール達の周りに居た。どれもこれも、小さな家の小勢ばかり。共通点があるとするなら、どの家も金欠で苦しんでいる家ばかりという事だろうか。

 彼らなりに精一杯護衛しているつもりらしいのだが、信用できるはずもない。

 どういう思惑があってモルテールン家家人の周りに(はべ)っているのか。単なるご機嫌取りやゴマすりならばよいが、よからぬ企てでもあるやもしれずと、パレードの最中であるにもかかわらず、モルテールン家の人間はピリピリとしていた。

 一人を除いて。


 「いやあ、壮観ですね、父様」

 「ペイス、お前はもう少し警戒というものをだな……」

 「王都の衆人環視の中で、そうそう襲われることも無いでしょう。今から気を張って疲れてしまえば、舞踏会まで持ちません。恐らく、そういった部分も“誰か”の思惑の内なのでしょう」

 「面倒な話だ」


 ペイスは、嫌がらせのような現状を、何者かの大きな思惑の一部だと感じていた。

 何か大きな目的があって、それを達成する為に、ネチネチと嫌がらせのようなことをして、此方の疲労を誘っているのだと看破する。

 それは(しか)して、敵方の思惑の一部には間違いなかった。だが、全てでも無かった。


 パレードを進む男達。

 そんな彼らの目に、一人の怪しげな人物が目に留まる。

 人ごみの中で、明らかに頭一つ飛びぬけていて、遠目からでも縦に長い風体が見て取れる。


 「おい、あいつ……」

 「ああ、間違いない」


 最初に気付いたのは、やはりというべきか、さすがというべきか。カセロール達のモルテールン組だった。


 二年ほど前から、南部の辺りに逃げたと言われていた盗賊。目立つ風体とあわせ、多くの貴族家に手配の情報と回状が回っていた賞金首。賞金額は三百クラウン。それなりに豊かな男爵家あたりでも簡単には用意できないほどの金額といえば、どれほどの大金か分かる。

 先だってモルテールン領を襲った盗賊の頭目に掛けられた懸賞金とほぼ同額と考えれば、分かりやすい。


 モルテールン家の家人や、その領民兵には、(にわ)かに緊張が走った。元々、気を張っていた中に、あからさまに怪しい人物の発見。これで気を張るなと言っても無理な話であり、まさに臨戦態勢。

 そしてその緊張は、周りに伝播する。


 「おお、あいつこそ手配の賞金首だ。噂通りではないか。者ども、かかれ!!」

 「ええい、平民ども、そこをどかぬか!!」


 ところが、カセロール達にとって想定外の動きがあった。護衛のはずの連中の一部が、目の色を変えてにわかに動き出したのだ。

 いや、ある意味では想定通りと言えるのだろうか。


 「うわぁ、そうきましたか」

 「何だ?」

 「気を付けろ。何か始まったぞ」


 護衛もそっちのけで人ごみを混乱させ始めた、ラツェンプル騎士爵をはじめとする面々。目が血走っていて、恐ろしいほどの形相で賞金首を追いかけはじめた。

 それを見ていたカセロール達は、モルテールン領兵を統率し、集合させる。


 「周りを囲め。絶対に余所の人間を近づけるなよ」


 何かが始まる。

 それは、戦場の経験を持つ者達に共通した感覚だった。戦場独特の、明らかに何者かの意図を感じる混乱と争乱。

 モルテールン家の私兵としては、ここで最優先すべきは、カセロールの身の安全の確保。次いで、ペイスやリコリスといった貴族子女の保護である。護衛対象が固まっていた方が良いと、密集隊形のど真ん中に押しこめられる。


 「どうやら、賞金首が出没するという情報が漏れていたようですね。或いは、あの賞金首自体、誰かが飼っていた手駒なのかも」

 「後者だろうな。見ろ、あの様子。やせ細って力なく逃げる様。長い間鎖に繋がれていた人間独特の走り方。おおかた、逃げ切ったら無罪放免とでも言われているに違いない。金欠騎士は、賞金をチラつかせられて煽られた口だな」


 ペイスの推測に、父親が頷いた。

 ここで争乱を起こす目的として、一番可能性が高いのは陽動。明らかに不自然な状況を用意し、警戒の目をそちらに向けさせたうえで、別の目的を果たそうとする行為。

 そしてこの場合、別の目的がモルテールン家の家人や、その庇護下にあるリコリス嬢である可能性は極めて高かった。


 金欠騎士達も、一応は貴族家に名を連ねるもの。

 そんじょそこらの人間よりは、遥かに軍事教練が行き届いているらしい。極めて有効な包囲が行われ、件の怪しい盗賊が追い詰められている。


 「あれはそのうち捕まるな」

 「ですね。何も無ければ、捕まっておしまい。あっけなさすぎる気もします。もしかしたら、本当に偶然だったとか?」

 「さて、どうだろうな。警戒だけは怠るな。いざというときは転移して逃げる」

 「了解です。逃がす優先順位は?」

 「ペイス、分かり切ったことを聞くな。リコリス嬢と領民兵を優先。我々が殿(しんがり)だ」

 「普通は逆なのですが……父様なら、そう言うと思っていました」


 最早、捕り物にも終わりが見えはじめた。

 パレードの最中のちょっとした混乱、といった収拾になりそうで、まわりを囲む野次馬もまた、危機感なく集まってきたものだから、賊の動きを掣肘する肉の壁になっている。


 もうすぐ捕まりそうだ。誰もがそう感じた時だった。

 盗賊が、何かを燃やし始める。モルテールン家の家人にミスがあったとするなら、ここだろう。護衛対象を守るために囲ってしまった為、指示を出せるモルテールン準男爵やその息子の視界を遮ってしまっていた。

 その為、指示も完全に後手になる羽目になったのだ。


 「くそっ、なんだこれは」


 辺り一面にやや黄色く色付いた煙が充満しだす。


 「ゲホッ、ゴホッ。こりゃもしかしてハカラですかい?」

 「最初から、これを狙っていたか? ゲホッ」

 

 モルテールン家の家人には、その匂いに心当たりがあった。

 動物除けの草を乾燥させた、お香のような独特の臭気のある可燃物。火を付ければ、盛大に煙を発生させることで知られる薬草の一種。

 しかも、何かの薬品に漬けていたのだろうが、やけに喉に絡む煙。


 「全員、この煙を吸うな!! ゴホッゴホッ」

 「ケホッ、全員、目を瞑ってしゃがみなさい!! ケホッ、コホッ!!」


 カセロールやペイスが気付いたのは、この煙の効能。

 特にカセロールは、戦場で何度となく体感したことのあるものだ。催涙と呼吸不全を目的に、粘膜に炎症を起こす。

 風上をとられた時に、警戒するべき有害な煙だ。


 「一旦、退くぞ」

 「ええ」


 その場から、止む無く一旦退避しだす者達。

 周りの貴族家にしても、これは堪らないと煙の充満した場から離れる者も居た。そして、盗賊を追いかけるのに、煙の中を涙を流しながら移動する者も居た。


 酔狂な連中を横目でみつつ、モルテールン家の人間は全員、瞬間移動の魔法で離れた場所に転移する。


 「ケホッ、ケホッ」

 「ペイス、大丈夫か?」

 「喉をやられました。他の皆は?」

 「似たようなものだ。私も喉と目をやられた。さっきから右目だけ涙が止まらん。とりあえず、グラス、前に走って状況を報告して来い」


 パレード中の混乱と、その詳細。

 その情報は、当然パレード前方にも伝えられた。


 原因となった盗賊と、使われた薬草についてはもとより、問題そのものも早期終結であったとの続報もあった。盗賊は、金欠騎士を始めとする者達が、ここぞとばかりに張り切って捕まえたらしく、賞金を見込んで涙を流して勝鬨を挙げていたとのことだ。煙についても、周囲に自然と拡散して、報告が行き届く頃には特に問題がなくなっていた。

 それを聞いたパレードの責任者たちは、対して大きな問題は無かったと判断して、些事に拘らずパレードを続行すると決める。

 

 その中に一人、思惑通りだとほくそ笑むルンスバッジ男爵の姿があった。



◇◇◇◇◇



 「ば、馬鹿な。あれで踊れるはずが……まして歌など……」


 その呟きは、件の男爵からだった。

 彼の目の前には、文句のつけようのない見事な剣舞を披露する少年と、それにあわせて歌うフバーレク家令嬢の姿がある。

 今、男爵の頭の中は、信じられない、という想いでいっぱいだった。むしろ眼前の光景を、事実と信じたくなかった。


 貴重な手駒を使い潰し、金に困った連中を焚きつけ、自分に繋がらないよう細心の注意を払って用意した完璧な策。のはずだった。

 巻き込まれた事故を装い、モルテールン家の小倅とその周りを潰す。余興を台無しにしてしまう為の作戦は、成功していたはずだった。

 ぐっと悔しさを噛みしめ、何でも無い風体を取り繕いながら、彼はモルテールン準男爵の方を睨んだ。

 男爵からかなり離れた所では、剣舞を披露する少年の父親と、国王が会話をしていた。


 「ふむ、素晴らしい踊りではないか」

 「お褒め頂き、光栄です」


 王直々のお声掛かりともなれば、光栄な話であり、周りの人間の耳目も集まる。

 噂の英雄と、若き国王。時代を作ってきた者達の饗宴だ。


 「報告を聞く限りでは、捕り物の際に目や鼻を痛めた者が多かったそうだな。喉を痛めた者もそれなりに居たと聞いている。お前たちの所は渦中に居たとも聞いている。息子とやらも、目鼻や喉を痛めていたはずだが……とても、喉を潰された者の踊りとは思えん」

 「同感でございます。かくいう私も、喉を痛めておりましたが、息子の準備しておりましたこれのおかげで、何とかこの通り回復しました」

 「ほう、これは……砂糖菓子か?」

 「はい。息子が申しますには、のど飴というものだそうです。口内や喉の炎症の症状緩和に効果があるとか。実際の効果のほどは、見て頂いている通りです」


 国王カリソンは、具体性を持って驚いていた。単なる飴が、薬効まで持っていることに、である。


 剣舞は中盤に差し掛かったところ。

 大人たちの目の前で踊る少年は、転んでタダで起きるような殊勝な優等生では無い。むしろ、この手の妨害工作を事前に察知し、商品価値の向上と喧伝に使うぐらいのしたたかさを持っている。それは、父親とて同じ。


 シイツを始め、モルテールン家の知恵袋たちが懸念していたのは、直接的に襲ってくるのではなく、さりげなく巻き込まれる形で被害を受けること。

 その為の手段が幾つも挙げられていた中で、最も防ぐのが困難だったのが、今回のような手法だった。

 煙で燻す手は、王国では一般的なのだ。目や声を奪ってくる可能性は示唆されていた。

 それに対抗する手段として、目や喉の治療手段を用意していたのが、今回のモルテールン家の事前準備である。


 「なるほど、お前が親馬鹿になるのも頷ける」

 「はっ。よく出来た息子であると思っております」


 剣舞はいつの間にか、動きを速めていた。そろそろ終盤だろうか。

 もし喉を痛めていれば、ここからの激しい動きは難しい。呼吸のし辛い状況で激しい動きを行うというのは、ことのほか困難なのだ。マスクをして走るような難しさがある。

 逆に言えば、それだけ激しい動きが出来るという点を見ても、朝方の襲撃の影響は皆無であることが分かる。


 流麗でいて淀みのない剣舞。誰しもが感嘆の念を禁じ得ない秀抜(しゅうばつ)な踊り。年齢一桁の少年の踊りであることも相まって、見惚れる者が続出していた。

 踊りにあわせる歌もまた素晴らしい。息の合ったパフォーマンスであり、子供のものとは思えない完璧な余興。さすがは公爵主催の舞踏会であると、集まった者達は嘆賞(たんしょう)する。


 「踊りもまた見事だ。これからの我が国を担う良き才能、大事にしろよ」

 「御意」


 国王が見据える未来には、天使の歌声が響いていた。


5章結。

ここまでのお付き合いに感謝。


さて次章。

いよいよライバルが登場?


「パンプキンパイと恋の好敵手」


お楽しみに。

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