497話 ペイスの静かな怒り
暗殺騒ぎあってから次の日、というよりはその日の朝。
モルテールン領で情報収集の結果を整理していたペイス達。
集まったのはシイツ従士長、コアントロー王都情報担当、グラサージュ領内政務担当などなど。
要は、重鎮揃い踏みだ。
「よく集まってくれました。急ぎ集まって貰ったのは、例の件について。続報が有るからです」
「坊、例の件ってなあ、ジョゼお嬢んとこのガキンチョが殺されるかもしれねえって話ですかい?」
「ええ。懸念は的中し、スプレは暗殺者に襲われました」
ペイスの言葉に、従士たちは騒めく。
「それは大変なことじゃないですか。お坊ちゃんは無事だったんですか?」
「勿論です。暗殺者は【隠蔽】の魔法を使って暗殺を謀りましたが、事前の対策のお陰で魔法が不発となり、暗殺も失敗。身柄を拘束されました」
ペイスが、本日未明に起きた事件について説明していく。
まず伝えるべきは、ボンビーノ家令息の安否についてだ。
ここに集まった古株連中は、ジョゼのことを赤ん坊の時から知っているものばかり。末娘で活発なジョゼは笑顔を振りまき、領内でも人気者だった。なんならファンクラブのようなものまであったほど。
おっさん連中からしても可愛らしく思って見守ってきた訳で、守るべき主家の娘ということと同時に、親戚の娘のような感覚だ。
そのジョゼの第一子が暗殺されかけたというのは、一同が怒りを噴気するのに十分な情報である。
「暗殺者を送り込んだのは、ジュジャブ・サミ・ゴビュウ一等爵。こっちじゃゴビュウ公爵という方が通りがいいですが、王族にも連なるナヌーテックの大権力者です」
「相当に上の方の人間が動いたということですか」
「そうなります」
はじめにペイスがボンビーノ家は暗殺の対象だと危惧した時は、みんな笑ったものだ。考え過ぎであると。遠く北の連中が、何故軍とも関係の無いボンビーノ家を狙うのかと。
しかし、こうして起きてみると、非常に的確な狙いだったと言わざるを得ない。
もしも本当に暗殺されていたら、南部はハチの巣をつついたような騒ぎになっていたはずだ。
ましてや、二の矢三の矢が有ったかもしれないと思えば、背筋と首元がぞっと寒くなる。
「狙いはやはり、後方攪乱ですか?」
「間違いないかと。暗殺後……坊の機転があって“赤ん坊を隠した”ところ、北の方の動きが活発になったと報告が有ります」
暗殺が失敗に終わった後。
真っ先に動いたのはペイスだった。
捕まえた暗殺者に“暗殺成功”と知らせるよう命じたのだ。
何故か既にジョゼに対して従順になっていた暗殺者カマルはこれを承諾。
ペイスが赤ん坊を目につかない所に隠す一方で、ボンビーノ家内部で「スプレンドーレが死亡した」という噂を流した。
今頃、真偽を探るべく上から下まで大騒動になっているだろう。
真実をしるモルテールン家は高みの見物である。
そして、敵に流した偽情報も、効果を発揮している。
ナヌーテックは神王国南部を混乱せしめ、東部と西部も遠からず混乱させるつもりのはず。
策が成ったと思えば、喜び勇んで活発に動くだろう。
「それで、例の暗殺者はどうしたんですかい? 当然死刑ってもんでしょうが、どのタイミングで死刑を公表するか、バレねえようにしねえと」
シイツの常識論に、従士皆が頷く。
モルテールン家は軍家。舐められるのは外交に大きく響く。身内を殺されかけたというのなら、犯人の死刑は勿論のこと、首謀者への報復も行うべきだろう。
シイツは、上手な報復のための手段として、犯人の死刑について聞いた。
しかし、返ってきた答えは従士たちの予想外のもの。
「ジョゼ姉様の下で、今頃はメイドをやってるんじゃないですかね?」
「ん゛ん!? 坊、今なんて言いました?」
「暗殺者はジョゼ姉様の部下になりました。メイドとして今も働いている。そう言いました」
「んな!!!」
従士たちが、驚きの声をあげる。
自分の息子を殺そうとしてきた相手を、メイドとして雇う。意味が分からない。
「お嬢も、坊に影響されて非常識を身に着けてるんじゃねえですかね」
「失礼な。僕はジョゼ姉様より常識人でしょう。少なくとも僕は、暗殺者には適切な罰をと求めましたよ?」
ジョゼはジョゼで、ペイスと似たような非常識な対応をする。
従士たちは心底から姉弟の血の繋がりを感じていた。血は水よりも濃いとは言うが、何とも姉弟揃ってそっくりだ。常識をゴミ箱に入れ、当たり前を蹴り飛ばし、奇想天外と握手し、支離滅裂とハグをするのがこの姉弟なのだろう。
自分は姉よりはマトモだと主張する弟に、部下たちはいっせいに首を横に振った。それはもう、反射の域での否定である。
「こほん。まあとにかく、相手の策が読めたのは幸いです」
「そうですね。守りを固めるにも、役に立ちます」
今回、暗殺者を自分たちが抑えたことで、ナヌーテックの狙いが相当程度読めた。
確かに、確実に暗殺出来るだろう暗殺者を手元に置いているのなら、それに頼った策も考え着くだろう。
「今後、どうします?」
「うちの身内に手を出したんです。痛い目を見せてやらないと」
ペイスは、じっと考え込む。
嫌な予感がすると、従士長たちは戦々恐々である。