491話 面接と出会い
ボンビーノ子爵邸に、五十人ほどの男女が集まっている。
年のころは様々だが、若くても二十そこそこ。一番年上で四十の一、二といった感じ。
彼ら、彼女らが集まった理由は一つ。
ボンビーノ子爵家の使用人募集への応募である。
「かなり集まりましたね」
「うちも人気の就職先になってるってことよ。良いことじゃない」
「確かに」
領地貴族が幅を利かせる神王国において、人を雇うのには基本的にコネが物を言う。
警察も無い世界だ。手癖の悪い人間を雇ってしまって、大切なものが盗まれても自己責任。
或いはものを壊すような人間だったり、仕事をさぼりまくる人間だったり、家の中のことを他人に吹聴しまくる人間だったりするかもしれない。
そんな人間を雇ってしまった場合、やらかした人間が責任を取れない時には、泣き寝入りしかない。
壊したものが高級品でも、壊した人間が貯金も無い貧乏ならば弁償のしようがないし、変な噂が流されてしまっても、当人が噂の払拭など出来るはずも無いのだ。
故に、身元を確認してから人を雇うのが当然視されるし、人を雇う場合には紹介制であることが殆ど。
紹介制の良い所は、紹介する側にも一定の責任が発生すること。紹介された人間が不祥事を起こしたなら、紹介した人間が被害を補償することが可能。
だからこそ雇う側は信頼できる人間から人を紹介してもらおうとするし、雇われる側も良い雇用主を紹介して欲しいと頼むもの。
ところが、今回の雇用に際しては面接で決めることとした。
ウランタも段々と非常識に染まっていっているらしく、王都で目ぼしい貴族に募集を伝えたのだ。
それで集まった人間は、必然貴族の関係者ということになる。
ある程度の身元の確かさが保証されているはずと、ウランタは満足げに頷く。
「とりあえず、一人一人面接していこうか」
「そうね」
集まった人間を取りあえず控室に入れて、一人づつの面接を行っていく。
五十人ともなると大変な作業だが、産後の為ジョゼはロッキングチェアに半分寝転がりながらの面接である。
「失礼いたします」
「まずは名前と、簡単な自己紹介をしてくれるかな」
「はい、私は……」
最初の面接者は、二十五歳の男性。ニューロと名乗っていて、出身は王都のハシュク騎士爵家。
軍系に属する騎士爵家の次男ということで、長らく実家の部屋住みだったらしい。この度長男に無事子供が生まれ、家を出るにあたって就職先を探している時にボンビーノ家の使用人募集の話を聞いたという。
腕っぷしには自信が有るとのことで、実際紹介者からは武芸の腕は相当だとある。
ボンビーノ子爵家は軍人も欲しいところ。使用人の募集というなら、少々勿体ない気もすると、ウランタは面接者に尋ねる。
「働く職種に関して、希望は有りますか?」
「出来れば警護のような仕事を任せていただきたいです」
「なるほどなるほど。ちなみに、将来の従士としての採用を見越して、兵士として雇うことは抵抗ありますか?」
「いえ、有りません」
従士としての採用を匂わせたことで、面接者は目を輝かせる。
腕っぷしに自信のある人間にとっては、使用人よりも従士として戦いに出る方が手柄を立てられるし武腕を活かせると考えがち。
他にも幾つか質問したところで、ウランタは交代を告げる。次の人間を呼んできて欲しいと、面接していた男を控室に返す。
「あれは、駄目ね」
「え?」
「腕に自信があると言っていたけど、それほどじゃないわ。父様やペイスの訓練見てたからわかるの。足の運びがなっちゃいないわ」
「……基準が高すぎると思うけど、なるほど」
ジョゼの意見に、ウランタは苦笑する。
武芸の腕前についての基準をモルテールン家の人間にしてしまうと、恐らく大多数の人間は不合格だ。世に聞こえた大英雄と、それに負けず劣らずの息子。どちらも神王国でトップと呼べる腕前。比較対象が悪い。
次にやってきたのは、十五歳の女性。
付き添いに、三十を超えた男性がいる。
「よろしくお願いします」
「はい。ではまず自己紹介をお願いします」
「はっ! この子はナシャタと言いまして、ブールバック男爵様にお仕えするコモンス家の娘でございます」
自己紹介と言ったはずなのに、付き添いの男性が滔々と語り始めた。
紹介しているのは横の女性の、いや、女の子のようなので、面接を受けているのは彼女のはずだ。
饒舌な付添人が語るには、ナシャタは見ての通り美しく、ブールバック男爵家でも是非にと請われていた人材なのだとか。
家事全般から政務まで精通していて、雇わないと損だとまでいう始末。
「なるほど、よく分かりました」
「はは、是非ともボンビーノ子爵閣下におかれましては、賢明なるご判断を賜りたく存じます」
最後は揉み手になっていた付き添い人だが、下がって次の人と交代しろとの指示には素直に従う。
「あれは、駄目だね」
「あら、ウランタもそう思ったの?」
「も、ってことはジョゼもそう思ったってこと?」
「そうね。だってあの娘、殆ど喋らなかったじゃない。誰が面接したって、あの男の口上が大げさで嘘っぽいことも分かるじゃない」
「まあ、そうだよね」
ウランタは、先ほどの女の子は採用しないとした。
バツ印を付けたところで、次の人が入ってくる。
そして面接を行い、合否をざっくりと決めて、次の人と交代。その繰り返しだ。
五十人からのの面接となれば、やってる方もかなりしんどい。
「次が最後かな?」
「そうじゃないかしら」
最後の一人は、二十代の女性だった。
部屋に入ってくるときも礼儀作法がしっかりしていて、立ち姿も堂に入ったものである。
椅子を勧められて座る姿勢も美しく、一部の隙も無い見事なもの。
「カマルと申します。ビューロー準男爵が父ですが、母は平民です。父からの認知は無いため貴族ではありませんが、教育は一通り受けていますので御家ではお役に立てるものと思っております」
「ほほう」
ウランタは、感心する。
母が平民で認知無しというのは、要するに妾の子だ。本来ならば白眼視される生まれではあるのだが、ウランタ自身はそのような些事を気にすることは無い。
悲しいかな、自分の兄が同じ立場であったからだ。
一時はボンビーノ家当主にと言われた存在が妾腹の出であり、同じ立場の人間を貶すのはどうにも憚られるという思いがある。
紹介者は特にないが、貴族の間の噂を聞いて募集に応じ、ボンビーノ領までくるというだけでも一般人とは少し毛色が違う。そもそも平民と貴族では喋る言葉も多少は違うもので、彼女が貴族家出身であろうことは察せられる。少なくともただの平民ではない。
理路整然と話す知性や、落ち着いた物腰など、総じて優秀さを感じる。
「得意なことは何ですか?」
「……掃除、でしょうか」
「なるほど」
ウランタは、カマルと名乗った女性の答えに好印象を持った。
「分かった。退室して次の人を呼んでくれるかな」
「畏まりました」
女性が部屋を出たところで、ウランタはジョゼに質問する。
「彼女は採用で良いと思うんだけど、どう?」
「そうね。能力的には申し分ないと思うわ。ただ……」
「ただ?」
「何か、隠していることが有りそう。どうも普通と違う感じがするわ」
ジョゼは、直感した。
カマルという女性は、普通では無いと。
散々普通とは違う人間を見て来たからなのか、普通とそうでない人間の違いについてはジョゼは詳しい。
経験則にてらしても、或いは態度や口ぶりが妙に貴族然としていたことを考えても、本人の言う通りの経歴かどうかは怪しいのではないだろうか。ジョゼは、自分の考えをウランタに伝えた。
「そっか……ならやめとく?」
「いいえ。能力は飛びぬけているもの。雇う方が良いと思うわ。それに……」
「それに?」
「どうしても、悪い子には思えなかったの。根っこの部分が、とても優しい子に思えるのよ」
「ジョゼがそう感じたんなら、採用だね」
カマルと名乗った女性は、無事ボンビーノ家に採用となった。





