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おかしな転生  作者: 古流 望
第38章 優しいくちどけは戦いのあとに
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481話 暗躍

 ナヌーテック。古代の現地語で新しき大地を意味する言葉。現在では大陸北部の大国を指す言葉。

 新しきというその名の通り、ナヌーテックが国として産声をあげてからそう長い歴史が有る訳では無い。周辺の諸外国からすれば半分にも満たぬ歴史であろう。最も古い歴史のあるアナンマナフ聖国などと比べれば、幼児の如き若々しい国だ。


 大陸でも北方にあるここは、冬の時期はとても寒い。神王国やサイリ王国ほどには森林資源に恵まれておらず、必然寒暖差の大きい土地柄となる。

 日照時間も季節による変化が大きいからか、白い肌の人間が多く、また体格も総じて大きく、そして民族的に気性は極めて攻撃的である。口さがない聖国の人間などは、ナヌーテックの人間を指して野獣と呼び、野蛮な奴らだと見下すことも珍しくない。

 しかし決して蛮族などではなく、彼らは彼らなりの文化を持ち、彼らなりの秩序を構築して土地を治めている。

 民族性と言ってしまえばそれまでだが、お国柄としても強い者が正義とする傾向が非常に強い。

 故にこそ弱いところをどんどんと征服した結果、今の繁栄が出来上がったのだ。

 強いことはいい事である。

 少なくとも、弱さ故に怯えて過ごし、強者からの搾取を受けるよりは遥かに良い。大陸においてはどの国でも大なり小なり同じような思想を持つものであるが、ナヌーテックの民は弱肉強食の思想が他と比べても強いということだ。

 大切な者たちを守るにも、力が必要。力無き正義はどこまでいっても負け犬の遠吠えにしかならないし、誰も耳を貸さないもの。故に強さこそ正義。正義とは力。

 どこまでいっても現世主義であり、現実的であり、冷笑的。

 神を信仰し、理念的であり、博愛を旨とする人道主義的な聖国などとは、根本的に真反対だ。

 この国の人々の考え方は、ある意味でシンプル。弱肉強食にして優勝劣敗だ。


 ナヌーテックの王都。

 ここにある城は、荘厳という言葉も霞むほど、贅を凝らした作りになっている。

 金銀は隙間が見当たらないほどに使われていて、柱の一本一本に至るまで手の込んだ細工がつけられていて、そして何より巨大だ。

 東京ドームが三つか四つはすっぽり収まりそうなほどの敷地面積があり、街の中に街があると言っても過言ではない広さ。高さは聳えると表現するのが相応しいほどに高く、この世界では珍しく六階建てで建てられている。

 ナヌーテックの国王が如何に富貴であり、どれほど強大かを分かりやすく表現する建物。ナヌーテック人の美意識というものを極限まで集中した煌びやかな宮殿。


 町中に建つ贅沢の権化の中。

 無駄にだだっ広い部屋で、二人の人間が会話していた。

 一人はこのナヌーテックの王。アーフミド・ジョモ・グワン三世。

 赤茶色の髪に筋骨たくましい体躯。身長は二メートルを越える堂々たる偉丈夫。まだまだ壮年と言ってもいいほど活力に満ちており、じっとしているだけで周囲を圧する威がある。

 弱肉強食をモットーとしている大国の主に相応しく、威厳と野生を兼ね備えた猛々しい王だ。


 「状況はどうか」


 国王の言葉に、臣下の一人が立ったまま答える。

 ジュジャブ・サミ・ゴビュウ。ナヌーテックでは一等爵と呼ばれる地位に座り、他国であれば公爵とも称される立場にある男。

 国王の妹婿という関係にあり、王が最も信頼する部下の一人だ。

 彼もまたナヌーテックの支配層に相応しく、背は高く逞しい。

 ひげをたっぷりと蓄え、金糸や銀糸で飾られたど派手な服を着ている。

 詫び寂びの対極にある着こなしで、王に対峙していた。


 「あまり、良くはないですな」


 ジュジャブが無表情のまま、状況を報告する。

 報告しているのは、対神王国の侵攻計画についてだ。

 定期的に計画について見直し、計画をより確実なものにするべく積み重ねてきた。内容は幾度も書き直され、その度に神王国の強さを思い知る。

 特に最近は一層強さを増している様子であり、計画の大幅な修正を余儀なくされた。ここ数年は修正に次ぐ修正で、国王も、そして計画立案を担当するジュジャブも、忍耐を試されることが多かった。


 「相変わらずか。忌々しい」

 「流石は、と褒めるべきでしょうかな」

 「彼奴等がデカい顔をしているのは腹立たしい限りだ」

 「然り」


 強い者が偉い。大きいことは良いこと。多いことは喜ばしい。

 大は小を兼ねるのではなく、大こそ小より優れていると考えるナヌーテック人。

 彼らは常に拡大志向であり、常に周辺国を我が物にする機会を狙っている。


 勿論、ただ単に欲しがっているだけではない。わがままな子供と違うのは、王としても拡大姿勢を取らざるを得ない政治的な状況があるということ。

 大国を個人の私欲で動かせるほど、政治という世界は簡単ではない。


 拡大政策をとる理由は大きく三つ。

 最初の一つは、部下や国民の統制。

 どんな組織でも、結束力を高めるために必要なのは明確な目標である。

 足並みそろえで向かう先を明確に提示していなければ、揃うものも揃わない。

 ナヌーテックにおいて、最もシンプルな目標。国民が全員望むのは、より大きく強大な祖国である。

 自分たちは常に強く、常に大きくあらねばならないという、強迫観念にも似た強い想いが、国民の中に根付いているのがナヌーテック。

 国王としても、国をもう少し小さくしましょう、などとは口が裂けても言えない。そして他国が強いから国の拡大を諦めましょうなどとも言えない。

 大きくなることは良いことなのだから、それを諦めるのは悪なのだ。ナヌーテック人にとっては。

 国外に敵を作ることで、国内の諸問題から目を背けるという意味も有る。

 いつの世も、共通の敵が居るときほど結束力の高まる状況は無いのだ。


 もう一つは経済。

 ナヌーテックの国内産業は、一次産業に大きく寄っている。

 農業や漁業、牧畜といった産業が主要産業であり、その割合は他国に比して多い。

 これは食料安全保障上大きな利点であると同時に、経済上の大きな欠点となる。

 暑さ寒さの気候変動によって国内経済が大きく揺らぎ、豊凶作によって景気が左右されるのだ。自然相手となれば、戦って勝てるものでもない。

 どうしても不安定になりがちな国内産業。これを安定化させようと思えば、余剰生産能力を抱えつつ、需要を国家が吸収するというのが最善である。

 食料が足りなくなることはそのまま死活問題になる以上、余裕をもって多めに生産する。保険的な意味合いでも、誰しもが当たり前にやること。ギリギリで生産してちょっとしたことで餓死者を出すぐらいならば、余るぐらい作っておこうと考えるものだ。つまり、生産余剰を抱える。

 そして、そのままだと農家は売れない商品在庫を腐らせてしまう。

 生産能力が過剰になっていると生産物の価格に対して下落圧力が掛かるわけだが、その余剰分を国家が強制的に買い上げて価格を安定化させるのが代々のナヌーテックの政策。

 買い上げた食料は、国が抱える消費主体。すなわち、軍に回される。軍の消費というのは備蓄も含めるものなので、余っている時は買い上げ、足りない時は放出するという調整弁のような働きが可能。

 ナヌーテックの経済とは、普段は余るほどに食料を生産し、それを軍が消費し、不作の時には軍の活動を縮小するという形で回ってきたのだ。

 しかしここ最近。農業技術に色々と革新的な進捗があったということで、農業生産力が国家で吸収しきれないほど過剰になりつつあった。尚、その農業技術は神王国からの流出であり、ナヌーテックが飼っている神王国貴族からの横流しであることは機密事項である。

 他の国であれば商業や工業で稼いだ金があるので農業が不安定になっても他で何とか補填も出来るだろうが、ナヌーテックはそうもいかない。

 農業不安は経済不安に直結し、経済不安は王家の信頼不安に繋がる。

 農作物が余り過ぎている現状を、どうにかせねばならない。

 経済的側面から見れば、ここで大量に物資を消費する状況になってくれた方がありがたい。即ち、軍事行動だ。

 人を集め、余り気味の物資を消費し、それで将来的に収入の増えそうな土地を確保できたなら。それこそ経済活動、投資活動としては花丸であろう。

 ナヌーテックの経済安全保障は、軍事的成功により一気に解決出来る。ナヌーテックの上層部はそう考えているのだ。


 もう一つは、感情的な問題。

 最早三十年近く前の話であるが、ナヌーテックは幾つかの国と足並みを揃えて神王国に攻め込んだことが有る。

 エンツェンスベルガー辺境伯によってナヌーテックの軍勢が阻まれはしたものの、元より北に目を惹きつけての包囲攻撃という戦略であった。

 本当にあと一歩のところで神王国を滅亡させられるところだった。王家を潰せば、邪魔なエンツェンスベルガー辺境伯家も混乱していただろうし、領土だってナヌーテックが好き放題に獲得出来たはずなのだ。

 あと少し。ほんの僅かなところで、神王国の反撃を許してしまい、作戦は失敗した。

 先代の王の時代ではあったが、当代のアーフミド王もゴビュウ一等爵も、当時の大人達が唇を噛み切らんばかりに悔しがっていたことをよく覚えている。

 人間、得られた利益よりも、逃した利益の方が大きく感じるもの。逃した魚ほど大きく思えるし、手に出来なかった後悔ほど悔しいものは無い。

 ましてや、あと一歩で成功していたのだから。あの時ああしていれば、こうしていればと、慙愧の念にたえない。

 いつかもう一度。

 そう思い続ける人間が、特に年配の人間には多い。ナヌーテックの王としても、利益ではなく感情の問題は落としどころが難しい問題だ。

 どこかで一度大きく軍事的成功を収め、やってやったと後悔を晴らす必要がある。

 神王国からすれば逆恨みも良い所だろうが、ナヌーテック人からすれば自分たちのものになるはずだったものが他人のものになっていて、しかも現在も豊かになっているというのは耐え難いものなのだ。


 部下からの状況報告には、渋い顔をする国王。


 「やはり、何とかせねばなるまい」

 「はい」


 では、今のナヌーテックの状況はどうか。

 そう問われれば、あまりいものではないとしか言えない。

 軍事力という点では、不足は無い。大戦時と比べても遜色が無いか、或いはそれ以上の兵力を整えている。

 神王国に隙さえあれば、いつでも攻め込めるだろう。

 だが、その肝心の隙が見当たらない。


 「やはり、短期間でとなると、邪魔になるのは南部だろうな」

 「うぅむ、目障りな」


 神王国を攻めるとすれば。

 何をおいても最も目障りな存在が、南部である。

 神王国の食糧庫とも言われ、豊饒の土地は神王国の軍備を支えているのだ。大喰らいの馬を大量に抱えていて、騎馬兵として騎士を多く抱えていられるのも偏に南部の豊富な食糧生産力あってのこと。

 また、いざとなれば諸外国から海を通じて物資を調達できる。海運によって支えられる兵站というのは、実に強力だ。

 更には、モルテールン家もいる。

 忌々しい魔法使いが、いざとなれば自分たちの首を取りに来るかもしれない。或いは軍の指揮官を狙いに来るかもしれない。

 勿論対策は取っているとはいえ、カセロール=モルテールン一人の為に、行動の制約が強くなるのも事実。

 腹立たしい。実に目障りである。


 「何とか出来ないか?」


 王の言葉は、何度目のことだろうか。

 いつもならば対策は無いと答えるところだが、今回はちょっと違っていた。


 「一つ、策がある。何とか手駒で動かせそうなものが出来た」

 「ほう」


 王は、部下の言葉に顔を綻ばせる。


 「例の奴が、それなりに使い物になってきた」

 「なら、いよいよか」

 「うむ。任せて頂こう」


 ジュジャブ・サミ・ゴビュウは、王に対して自信ありげに胸を張った。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんだか、二次三次産業をして加工食品で外貨を稼いで国庫に貯めて、不作為飢饉時の対策とする策をあまり重要視してないのかな。気温的に低い土地柄なら腐りにくそうだし、保冷機構も作りやすそうなのに。…
[気になる点] 嘗ては四方から攻め立ててしかも内部の裏切り者が有ったからこそ神王国も滅ぶ寸前になったと言うのにどうして単独で勝てると思うのか。 切り札に自信があるとしても相手も切り札を持っていると考え…
[気になる点] パパは軍事上のジョーカーだし無視出来ないけど 禁じ手というか白札が勇名を馳せてるのにそっちを主眼にしない辺り情報鮮度がかなり悪そうと言うか、前回の戦争でのあと一歩の勝敗を全体的に引き摺…
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