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おかしな転生  作者: 古流 望
第38章 優しいくちどけは戦いのあとに
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480話 報告

 冬は、農閑期である。

 大陸でも比較的温暖で、近年は雨量と共に湿度も高めで推移するモルテールン領は寒さに凍える様な領地では無いが、それでも農作物の生育が悪くなるシーズンであることには変わりない。

 気温だけではなく、日照量なども季節性のものだからだ。日が長く、高い位置にお日様が有るほど、一般的な植物の成長には良い。逆もまた然り。太陽が低い位置にあるときは光量も少なくなりがちで影も出来やすい。一般的な植物にとってはよろしくない条件である。

 よって生まれる、必然的な農閑期が今だ。

 年中何かしら仕事は有るものだが、農業に手がが要らなくなる時期ともなれば、モルテールン家の従士も仕事が減るシーズンでもある。

 モルテールン家の持つ領地、モルテールン領の主産業は製菓産業。しかし、その根底にあるのは畜産と畑作を主とする農業である。小麦、砂糖モロコシ、生乳などなどの製菓原料を領内で自給し、それを加工することで小麦粉や砂糖、牛乳やバターといった製菓材料を作っている。

 モルテールン領内で作られたお菓子の材料は、領内での消費以外では王都やレーテシュバルなどの主要消費地にも送られ、ナータ商会などで抱える職人が美味しいスイーツに加工し、モルテールンブランドに箱詰めされて売られていくのだ。

 一次産業から三次産業まで、原料生産から商品加工を経て流通販売まで。一貫して自前というモルテールン家の商売。それぞれの工程で得られるであろう利益を独り占めしているのだから、それはもう儲かる。モルテールン家は他家に先駆けて、システマチックに商業流通を整備しているのだ。

 上流から下流まで全てが有機的に連結しているモルテールン家の商売。

 だからこそ、農業が暇になるシーズンは連動して仕事の量も減るというもの。

 常日頃から業務過多を懸念する家中にあって、ようやく人心地のつくような状況が生まれる訳だ。

 忙しさで後回しになっていたことも、この時期に片付けてしまおうと考える上層部によって、今日は従士たちを集めて状況を相互確認する日になった。


 「おお、久しぶり」

 「お前も元気そうだな」


 モルテールン領々主館のロビー。

 集まっているのはモルテールン家に雇われている従士たち。

 かつては数人であったのだが、増員に次ぐ増員で今では百を軽く超える。かなり人数の増えた従士で、冬場なのに暑いぐらいの熱気が篭っていた。日々仕事に追われてなかなか会うことも無い者も居る中で、銘々に旧交を温める。


 ざわついていたロビー。

 その中に、若い銀髪の男が入ってくる。モルテールン領の領主代行、ペイストリーだ。


 「それじゃあ、集まったことですし、少し早いですが定例報告会始めましょうか」

 「うぃ~す」

 「あいよぅ」

 「うぇぇぇい」


 気の抜けたような返事が返ってきたが、モルテールン家の家風は元よりこんなものだ。従士長が気だるげに、或いはリラックスした状況で、点呼を取っていく。

 一人一人、年長者から順に名前を呼ばれ、呼ばれたものが返事をする。

 年嵩の先輩たちは返事も適当で、若くなるほど返事がしっかりしているのもまたお家の色合いというものだろうか。


 「うっし、休んでる奴は産休の二人だけだな。あとは外に出てる三人は出席免除と。他、全員出席だ」

 「中々の出席具合ですね。いいことです」


 神王国ではモルテールン家にだけ存在する産休制度の利用者と、特殊な仕事をしていて手が離せない人間を除き、全員出席との確認が取れた。

 とても良いことであると、領主代行のペイスは満足そうに頷く。


 「そりゃもう、俺が鍛えてますんで。部下が真面目なのは俺のお陰でさあ」

 「シイツ、部下の手柄を横取りしてどうするんです」


 部下が真面目なのは自分のお陰で、不真面目な態度をしてるのはペイスのせい。シイツ従士長が億面無く言ってのけた言葉に、それは逆だろうとペイスが反論する。

 けらけらと笑うトップたちの様子を見ながら、若手も含めた従士たちも肩の力を抜く。


 茶番じみた漫才も終わったところで、ペイスは皆を見回し、報告会の開始を告げる。


 「まずは、人事からいきますか」

 「人事なら俺だな」


 衆目を集めたシイツが、領地における人員配置の現状を報告していく。

 治安維持、裁判、領境警備、経理、森林管理、畜産や畑作、工業や商業、製菓産業、水資源管理、魔の森の開拓、駐屯する国軍関連、諸領との外交、諜報活動や情報収集活動、王都との連携と駐在人員の交代などなど。人員状況がそれぞれ報告され、今後の見通しについても語られる。


 「今んところ、取りあえず何とか各部署が回ってるってとこですかね。ただ、二年後には徴税部門が再稼働しますんで、ここで最低二十人は必要ってみてます」

 「それは直近の課題としては重要課題ですね」

 「なので、坊が言ってた製菓事業拡大は、しばらくお預けってことで」

 「むむむ……むむむ……何とか一人二人だけでも捻出して」

 「無理だっての。それで捻出できるなら、配属したい部署は幾らでもありまさぁ」


 シイツ従士長も言葉に、ハードワークな部門に配属されている連中から強い同意の声が上がる。

 流石に現状を見るに、無理やり人手をお菓子の為に使うことは出来ないと、ペイスは泣く泣く諦めた。

 本当に泣きながら諦めた。

 取りあえず“しばらく”は諦めることにした。


 目下、モルテールン領は無税である。

 大龍素材の売却益が膨大であったことから行っていることだが、勿論期限を定めた時限性措置だ。

 領地経営では税金が高すぎても失敗するが、収入ゼロの領地というのも失敗である。将来の大きな収益の為に、肥料を撒いているような状況が今だ。

 より大きな実りの為に、土地を休ませつつ肥料を撒く。そうして出来た畑の実りは、さぞや素晴らしいことだろう。

 時限的ではあっても無税という美味しい話につられ、モルテールン領に移住してくる人間は多い。

 かつてであれば、モルテールンに移住してくるのはよっぽど生活に困った人間しか居なかった。盗賊に何もかも奪われ焼かれ壊された流民であるとか、事故や戦争で取り返しのつかない身体欠損を抱えた人間であるとか、生活できないほどの圧政に苦しめられた末の逃亡民であったりとか。

 誰彼にしろ、やむにやまれぬ事情を抱えた上で、現状を少しでも好転させられるならと覚悟を決めてモルテールン領に移住してきている。


 しかし近年は、特段の事情も無く移住してくる者が増えた。

 理由は幾つかある。

 一つは、悪い噂の払拭。

 元々モルテールン領は不毛の大地であり、人が住めるようなところではなかった。神王国人も、劣悪な環境だという噂を聞いてしまえば移住したいとは思わない。

 開拓も進み、劣悪な環境だという噂が無くなるにつれて、移住に前向きになる人間は増えていった。

 もう一つは次期領主の噂が流れたこと。

 誰であっても、どうせ住むのなら住みやすい土地が良いに決まっている。住みやすさの基準は人それぞれだろうが、落ち着いて生活できるに越したことは無い。

 腰を落ち着けた生活をするのなら、領主の次代が気になるのは当たり前だろう。

 神王国人にとって、善政を敷く領主というのはありがたいもの。住みやすい土地であればあるほど、一代限りではなく次の世代もそうあって欲しいと望む。

 カセロールが善政を敷き、そしてどうやらその次代も優秀で善政を踏襲するらしいという話を聞けば、神王国人にしてみればとても住みやすい領地に思える。

 更にもう一つ。

 やはり、無税のアナウンス効果が大きい。

 人間生きていく上で霞を食って生きる訳では無いので、稼ぎがあってなんぼ。しかし、幾ら稼いだところで、税が重ければ意味は無い。

 十稼ぐ人間と、百稼ぐ人間。前者が無税で、後者に九割の税が課されるなら、手取りとして残るのは同じだ。

 稼ぎの少ない人間であっても、他の土地と比べて手取りが多くなるとなれば、そりゃもう移住もしたくなるだろう。

 最後に、モルテールン家の外交政策の成功が有る。

 どこの領地にしたところで領民は出来るだけ土地に縛り付けたいもの。

 機械化が進んでいない世界においては、人口はそのまま労働力であり、生産力であり、軍事力であり、いざという時搾り取れる貯金箱である。

 領民の自由移動を禁じている領地は多いし、他領への移民などもってのほかだと領外への移動を取り締まるところが殆どだ。

 しかし、移住先がモルテールン家であれば例外とするところが増えた。

 モルテールン家の影響力が大きくなっているからであり、敵に回したくないという意思の表れ。

 技術者などの移住に関してもモルテールン家は積極的に推進し、何なら対価を払ってでも移住を進めているのだ。

 長期的に見れば領民が減るのは困るが、短期的にボンと大金を積まれれば、許してしまう人間も居るということである。


 モルテールン領の人口は、右肩上がり。出ていく人間が少ない一方で、入ってくる人間が増えているのだ。今後も人は増え続けるだろう。

 しかし、これは良いことばかりではない。

 特に、無税につられてきた人間は大きな不安要素だ。


 いざ税金の徴収を再開したなら。それはもう、人手はどれだけあっても足りない状況になることは目に見えている。

 行政の大部分は税をどう徴収するかと、どう使うかだ。

 人手不足故に、一番大きな行政負担である租税業務を無くしたという面もあり、それが復活するまでに人手不足の解消には道筋をつけねばなるまい。

 とてもとても、お菓子で遊ぶ余裕などないのだ。


 「何とか一人ぐらい……」

 「無理ですってば」


 無いったら無い。無い袖は振れない。


 「新規事業は当分凍結。人手に余裕を作ったところで税の部門を整えて、領地運営を通常に戻していく。はぁ、仕方ないですね」


 ペイスが諦めきれない様子でため息をつく。


 「分かって貰えりゃいいんですよ。くれぐれも、くれっぐれも、余計なことはせんでくだせえ」

 「大丈夫ですよ。暫くは大人しくしているつもりですし」

 「どうだか」


 ペイスの言葉に、従士長は投げやりに応える。

 この少年の大人しくしている宣言は、守られた試しがないのだから。


 「人事の次は軍備ですかね。領兵の状況については?」


 人事について報告の後、ペイスが確認することにしたのは軍備状況。

 こればっかりは、領地の安全保障上確認しておかない訳にはいかない。


 「それは俺から」


 発言を始めたのは、パイロン。シイツ従士長の古巣である傭兵団「暁の始まり」の六代目団長であり、現在はモルテールン家に長期契約で雇用されている人物。

 モルテールン領が貧しい領地であった頃は、兵士を常に抱えておくことは出来なかった。金が無かったからだ。

 私兵団として、日頃は領民として仕事に従事し、いざという時に徴兵される形で兵力を用意するのが通常の運用だった。

 しかし昨今はモルテールン領も大変に裕福となってきており、また領地の防衛と治安維持のために、兵士を常時運用する体制となってきている。

 元々傭兵であった軍事集団で、お行儀に関してシイツが睨みを利かせられる傭兵団というのは実に都合がよく、常備雇用の兵士として、パイロン麾下の面々は好待遇で雇われていた。

 定例の会議に参加しているのも、将来的には丸ごとモルテールン家の中に取り込んでしまいたいという思惑も有るからで、パイロンは組織内組織のトップとして会議に参加していた。


 「とりあえず、三百はいつでも動かせるようにしてます。それこそ真夜中でも大丈夫です。緊急事態なら鐘を鳴らして、百を数えるまでには完全に武装して広場に集まるように訓練してます」

 「ほう、それは良い」

 「元々私兵だった連中にも訓練つけて、連携できるようにもしてますんで。まあそうですね。こっちは少なく見て五百、多く見て千は動かせるでしょう。ただし、準備としては半日ぐらいは掛かるかね?」

 「上々です」


 常備軍三百、動員兵力で千数百というのなら、子爵家としては堂々たるものだ。

 逆に、これ以上を動員するような状況は、王家からも不審の目を向けられかねない。

 いつの時代も、中央から目の届きにくいところに強大な勢力を産むのは、独立と反乱の温床である。

 軍備状況が満足いくものであるなら、拡大する必要はなさそうだ。


 「軍で人手を増やさなくていいってのは朗報だな」

 「確かに。ようやく当家もまともに運用できる軍が揃った」

 「助かります」


 先輩格のものを中心に、パイロンたちを賞賛する声が上がる。

 予定している軍備の充足率が百パーセントというのなら、それ以上ない結果だ。

 人員も足す必要が無いのなら、人員配置としては悩む必要も無い。

 軍備というのはモルテールン家にとっていつも不安の種だった。そこに気を使わなくていいというのなら、特に内政を担当する従士たちは喜ぶ。


 「昨今、神王国の周辺情勢がきな臭いとの報告を受けています。父様に命じられて出動することもあるかもしれません。日頃から訓練を怠らないようにしてください」

 「承知」

 「結構。取りあえず軍事は問題なし。では次は……」


 その後も、粛々と報告会は続く。

 外交の状況、開拓の状況、治安の状況などもそれぞれに報告されていき、モルテールン家の内部での情報共有が進んでいく。

 そして、昼食を挟んでの夕方になった頃。


 「では、報告会は以上ということで。ご苦労様でした。解散」


 ペイスの一言で、一同は散っていく。

 尚、シイツ従士長はグラサージュ達年配者に捕まり、財布として酒場に連行されていった。シイツに二人目の子供が出来たからだとか。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] 投稿再開ありがとうございます。 これからも楽しみです!
[気になる点] 現在のモルテールン領の気候なら冬も作物作れるのでは? そもそも豆を植えて小麦の収穫増やしたのは幼少期のペイスの発案だったはず。 そうなると秋蒔きの冬麦を栽培していますよね? [一言] …
[良い点] 再開おめでとうございます。 楽しみにしてました。 [気になる点] お菓子の製作は、?いつの間にやら畜産から農業などの全てが時前になってたんだ… 色々と計算が合わない気もするけど?何年過ぎ…
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