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おかしな転生  作者: 古流 望
第37章 オランジェットは騒乱の香り
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479話 オランジェットは騒乱の香り

 広大な農地が広がる。

 神王国でも屈指の大農園だ

 王家直轄領クリュシュの郊外にあり、その広さは地平線が見える程に広大である。

 水はけのよい、それでいて豊饒であるこの土地は、古来から農業の適地として知られた場所だ。

 中でも葡萄を始めとする果樹栽培は有名であり、王都に届く果物の多くがこの土地から生産されたもの。王都の食料事情を支える柱の一本と言ってもいいだろう。

 豊饒の精霊が昼寝をしているとも言われ、王家の直轄地として財政にも大きく貢献してきた一等地である。

 しかし、良いことばかりではない。

 どこまでも優良な土地だけに、権利関係は相当に複雑になっており、王家を筆頭に幾つかの貴族家が利権を持っていた。

 土地からあがる税収は王家、農作物の取り扱いは内務系の宮廷貴族、管理する代官は軍家貴族の常設ポスト。

 後宮の力関係でいうなら、王家、第一王妃派、第二王妃派が拮抗して権益を持っているような、厄介な土地。だった。

 そう、この厄介な状態は、過去形になった。


 「ここを、モルテールン卿に進呈致しますわ」

 「おお!! 感謝いたします」


 農地に目を輝かせる銀髪の少年に対し、言葉をかけるのはエルゼカーリー王妃。

 この広大なクリュシュの直轄領をモルテールン家に下賜すべく動きに動き、国王陛下に直談判までして見せた才媛である。

 誰しもが目を向けてしまいそうな恵体をもって胸を張り、自分の言葉の重要性を分かっているが故の自慢げな態度。堂々たる振る舞いである。


 本来、王妃としての立場は、政治的な介入をしない方が好ましいもの。

 船頭多くして船山に上るとの言葉があるように、国の政治を動かす上で、動かし方に口を出す人間が多ければ多いほど、迷走してしまうものだからだ。

 王妃というのは、最終的な決定権を持つ国王に対して強い影響力と直言出来る立ち位置を持つ。

 これは、王妃がその気になって、かつその時の王の意思が弱ければ、国政全てを王妃が動かすことも有り得るということ。これを危険視しない人間は居ない。

 また、王家に嫁いで以降は王族として扱われるとしても、嫁ぐ前は実家の影響下にあった訳で、所謂外戚と呼ばれる人々の影響力もある。

 故に、王の妃という立場は厳しい目を向けられがちで、黙って奥に籠っているならまだしも、表に出て政治を動かそうとすれば、宮廷の中に居る貴族たちは出る杭とばかりに盛大に叩く。過去、そのように宮廷貴族の直接的、間接的な圧力に負け、引きこもってしまった王妃というのも存在するし、その数は数えきれない。

 幸いにして当代の国王は名君で知られる意志の強い人物であるし、エルゼカーリー第一王妃も慎みを知る女性であった。

 出来るだけ王妃は表に出ることを避け、あくまで王を立てて、自分は静かにしておくことが大事だと、よく知っている。


 ところが最近、モルテールン子爵家の過去の功績について、とりわけ恩賞について、再考するようにと第一王妃が積極的に動いた。

 これは、どう見ても政治的な動きであるし、モルテールン家に肩入れしていると受け取られかねないものである。政治的中立を放棄しかねない、或いは放棄したと思われても仕方ない行動である。

 にも関わらず、動いた。

 これは、とても大きな意味を持つ。


 本来であれば、敵対している人間がこれ幸いと攻撃してもおかしくない。

 第一王妃として相応しくない振る舞いであり、罰を与えるべきだ、などと第二王妃辺りが主張しても不思議はないのだ。

 しかし、そうはならなかった。


 「私たちも、協力しましたから」

 「エミリアさん、その節はありがとう」

 「いえ。私たちもやりたくてやったことですので」

 「うふふ、そうですわね」


 エミリア第二王妃も、エルゼカーリー王妃の労いの言葉を素直に受け取る。

 今回の件は、第一王妃であるエルゼカーリーと、第二王妃であり犬猿の仲と言われていたエミリアが、共に協力していた。

 後宮の中にあって影響力を競い合い、時に争いすら起こしていた両者が、双方ともに歩み寄りの姿勢を見せて、譲歩した。

 モルテールン家に対する褒賞問題で、明らかにぶつかると思われた両者が合意を形成する。

 あり得ないことであると一部界隈では大騒ぎになったのだが、その理由は件のお菓子狂いにある。


 「モルテールン卿。これで、“例のもの”は安定して作れそうですか?」

 「はい、陛下。モルテールン領だけでは出来なかったことも、この土地であれば出来るかと思います」

 「それは良かった。頑張った甲斐がありましたわ」

 「ご配慮いただき恐縮でございます」


 例のもの。

 即ち、特別な効果を持つスイーツのことである。

 科学的な世界ではあり得ない、魔法のような効果がある不思議なスイーツ。食べると体が若返り、肌もハリを取り戻し、唇は乾燥とは無縁のプルプルになり、毛穴は目立たなくなってツルツルになり、皺やくすみまで消える。美容を気にする女性にとっては、喉から手が出るほど欲するお菓子ではないか。

 勿論、第一・第二の両王妃も欲する人間である。

 それはもう、このスイーツを今後も自分たちが手に入れる為であれば、敵対していようが喧嘩していようが、笑顔で握手するぐらいは容易いことだ。

 ペイスがペイスであったからこそ生まれたお菓子は、材料からして特別な育て方をせねばならない。

 その為には、気温も高すぎてはならず、かつ低すぎにもならずに安定していて、水利に恵まれていて、更には“既に樹木が有る”ことが大事なのだ。

 カカオの特性。

 陰樹ともいわれるこの特性は、ある程度大きくなるまでは日陰で育たねばならないというもの。

 強い直射日光を浴びてしまったりすると、生育がとても遅れ、時には枯れてしまう。

 モルテールン領は南部の土地柄、日光は大変強く当たるし、気温もそれなりに高い。しかし、湿度は低めだ。となると、どうしてもカカオの生育には向かない土地柄であったようなのだ。

 カカオの育て方などはパティシエの専門外であると、ペイスも知らなかった知識。

 しかし今回、王家直轄地を拝領した。

 既に有る程度の果樹が綺麗に整頓されて植えられていて、カカオを大量に植えようとするならこれ以上相応しい土地も無い。


 そしてもう一つ。

 ペイスが隠している事実がある。

 それが、カカオを育てるときに与える魔力についてだ。

 魔力を与えることで、育つ策物が有る程度通常と違った成長をすることは実験で確かめられた。

 しかし、狙った効果を生み出すには、モルテールン領では難しすぎたのだ。

 モルテールン領は魔の森に近すぎ、大龍が実際に住んで飛び回り、“魔法使い”が大量にいる。決められた土地を決められた魔力だけでと考えても、余計な影響が多すぎた。

外乱の多い実験は、失敗がつきものと相場は決まっている。

 故に、既存の魔力的な影響が薄い土地を切実に求めていた。

 魔法のカカオの為に。


 「では今後とも、若返りのお菓子はわたくし共に優先して納入するように」

 「そうですわ。収める質と量は、同じにしなさいね」


 二人の女性が、実に息の合った拍子でペイスに詰め寄る。


 「承知しております。今後とも、当家とナータ商会を御贔屓ください」


 ペイスは、完全な作り笑顔で愛想を振りまくのだった。



◇◇◇◇◇



 くつくつと、チョコレートが泡を作る。

 厨房に広がるのは、甘く美味しそうな香り。


 「ねえペイス、まだ出来ないの?」

 「ジョゼ姉様、もう少しですから大人しく待っていて下さい」


 今にもペイスの手からチョコレートの鍋を分捕りそうなジョゼを、ペイスが嗜める。


 「さっきからもう少しもう少しって、同じ答えばっかりじゃない」

 「姉様が堪え性も無く頻繁に聞くからです。みて下さい。ピー助でもじっと大人しく待ってるじゃないですか」

 「あれは餌付けされてるって言わない? リコちゃんが楽しそうにクッキー食べさせてるわよ?」

 「姉様も参加してくれても良いんですよ?」

 「ピー助の餌付けはリコちゃんの仕事よ。それより手を動かす!!」

 「はいはい。まったく……もうすぐ母親になるのに自覚ってものが」

 「なんか言った?」

 「いえ、何にも」


 モルテールン領で、新作スイーツが生まれたとの一報。それも、摩訶不思議な若返りの効果が有るという情報を得た時。

 ボンビーノ子爵夫人ジョゼフィーネは、すわ一大事とばかりにモルテールン領にやってきた。

 妊婦の癖に護衛も碌にない状態で街道を爆走してきたというのだから、お転婆もいい加減にしろと説教の一つもしたくなる。


 速攻で送り返そうとしたのだが、当のジョゼがリコリス達女性陣と久闊を叙し、会話に華を咲かせ始めてしまったので諦める羽目になった。

 わざわざやってきた実姉をすぐに追い返すのも風聞が悪いとの意見も有った為、なし崩し的にお泊りをすることになってしまったのだ。

 モルテールン家の内情をとても詳しく知るジョゼだけに、件のお菓子についてもかなり精密な予測をしていたこともあり、ペイスは若返るチョコレート菓子を実際に作って見せることになった。

 ちなみに、対価はカカオの苗木である。

 領内に国際貿易港を持つボンビーノ家は、レーテシュ家ほどとはいかずとも、海外と貿易もしているのだ。その上、家中の従士やその部下が森人達と面識を持っており、カカオ豆がモルテールン家に高値で売れることもしっている。

 交渉材料として入手していたカカオの苗木の進呈を交換条件に、若返るお菓子の詳細な作り方を教えてもらうことになったのだ。

 ジョゼフィーネもモルテールンの娘だけに、実に強かな交渉をするものである。


 「うん、いい感じです。これにコンフィを付けて……」


 オレンジの砂糖漬け。コンフィと言われる乾燥したフルーツに、溶かしたチョコレートを付けるペイス。

 このコンフィも、勿論魔力を込めた土地で作った特製品を使っている。

 抗酸化作用が有って肌にいいオレンジを砂糖のシロップで煮ること数度。透き通るような色合いになったフルーツを乾燥させて、そのままでも食べられるようにしたものに、これまた魔力で血流改善効果などが強くなったチョコレートを掛けて乾燥させる。

 出来上がるのは、見た目も鮮やかなチョコレート菓子。オランジェットである。

 なかなかに上手に出来たと自賛するペイスの目の前から、ひょいとオランジェットが盗まれる。

 ジョゼのつまみ食いだ。


 「うん、美味しい」

 「姉様、お行儀が悪いですよ」

 「本当に美味しいわ。これでお肌もツヤツヤになるなら、言うことなしじゃない。リコちゃんも食べましょう」


 ピー助の傍に居たリコリスも、ジョゼに呼ばれてオランジェットを口にする。


 「本当に美味しいですね。ペイスさんが作るお菓子は、いつも素敵です」

 「そうでしょう、そうでしょう。そう言って貰えると作った甲斐が有りますね」

 「香りも素敵ですし、幾らでも食べられそうです」

 「それは危険ですね。食べ過ぎると太ってしまいますよ? 姉様みたいに」

 「増えたのはお腹の子の分だからいいのよ!!」


 口の中に広がるオレンジの香り。

 そして溶け出すチョコレートの甘さ。


 オランジェットの味わいは、更なる発展を予感させるものだった。





これにて37章結

ここまでのお付き合いに感謝します。


以下宣伝


おかしな転生の26巻目となります最新刊

『おかしな転生26 オランジェットは騒乱の香り』が4月15日に発売になります。

あわせてコミックス最新刊の11巻も同日発売となっています。

是非お買い求めください。


書き下ろしも読みごたえが有ると思いますし、楽しんで貰える内容が書けたと思っています。


また、三月の一日。

ジュニア文庫版おかしな転生の第五巻が発売になりました。

舞踏会でペイスが四苦八苦(?)する内容です。

どうぞこちらもよろしくお願い致します。



さて、次章

かねてより怪しい動きがあった隣国が、ついに動き出した。

本格的な戦いの中で、狡猾な相手に神王国は思わぬ苦戦を強いられる。

当初は傍観の姿勢をとっていたペイスであったが、とある事件をきっかけにして戦いの中に身を投じることになる。

その事件とは、実姉ジョゼフィーネの一大事。

身内に手を出す奴は許さないと、ペイスの智謀の一手が戦況を打開する。


第38章。

優しいくちどけは戦いのあとに(仮題)


お楽しみに

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表紙絵
― 新着の感想 ―
何故レーテシュがこの手の話題に食い付いて来ないんや!? 作者さん存在忘れとるやろう?
[良い点] この章の最後には新刊の表紙が載ってるから、より楽しく読めました。 金髪の方が第一王妃で、赤髪の方が第二王妃なんですね。 そして、オレンジのチョコがけが、オランジェットって菓子なのかー、知ら…
[気になる点] この騒動の最終的な落とし所は、単純に生産量を増やせる様にした、という事? 売られれば何れは入手出来るかもだけど、若干入手については不確実だし、その状態だとまた店先で揉めそうな。 という…
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