478話 王妃連合対国王
その日、王宮の国王執務室に、珍しい訪問者があった。
「陛下、折り入ってご相談がございます」
国王に謁見を申し出たのは、女性。いや、女性たち。
王の愛するべき妻たちが、何やら真剣な表情で国王との話し合いを求めたのだ。
今までであれば、何かと張り合い、また反発していたはずの第一王妃と第二王妃。
そしてその派閥構成員の女性たち。
護衛も含めて、三十人は居るだろうか。
どちらか片方の陣営だけがやってくるのなら、すわ讒言かと怪しむところだが、後宮の二大派閥がこぞって来るとなれば、話は違う。
ずらりと並んだ女性たちに、国王としても後ずさりしそうな圧力を感じる。
どうにも、ただ事で無い雰囲気だ。
「いったい、揃いも揃って何事だ?」
「実は陛下、私共は、陛下に忠告を申し上げに参りました」
「忠告?」
第一王妃が、堂々と胸を張って直言する。
王の目線が、普段より少し下なのが、悲しい男の性であろうか。
「はい。忠告とは真に陛下とこの国を想って申し上げる言葉。受け入れがたいことを申し上げるかもしれませんが、なにとぞお聞き届けいただきたく、こうしてみな罷り越しました」
「……取りあえず、話を聞こう」
カリソンは、狭量な王ではない。部下の意見でも聞くべきものは聞いて来たし、だからこそ名君ともいわれる。
王妃が揃いも揃って直言というのは珍しいことではあるが、いきなり門前払いすることもない。
話を聞くだけ聞き、その上で判断する。カリソンは、それが出来る王である。
「さすれば陛下。先だって、この国に大きな幸福が齎されました」
「幸福?」
「この国を襲った未曽有の大災害。大龍の襲来で御座います」
「それが幸福か?」
ぴくりと王の眉が不快下に動く。
「大龍の被害そのものはとても幸運とは申せません。酷く悲しいものでございましょう。亡くなった者たちも多かったと聞きます」
「そうだな」
不快げだった王の顔が、緩む。
これで国民が死んだことまで幸運だと言い出せば、如何に愛妻と言えども叱責ぐらいは覚悟させるところであった。
「幸運というのは、その大龍を打倒した者がいたことで御座います」
「ふむ、なるほど」
妻の言いたいことに、首肯して同意するカリソン。
確かに、大龍が出たのは災害として諦めるにしても、それを倒せる人間が居たことは望外の幸運と言えるだろう。
「更に、大龍の血肉は癒しを齎し、龍の鱗は何やら大きな価値があるものであったとか」
「うむ、その通りだ」
オークションによってばらまかれた龍の素材は、王妃は知らないようだが龍金などの特殊な素材となった。
「大龍が出現したこと、それを倒せるものが居たこと、無事に倒せたこと。これはこの国にとって、大きな幸いでございましょう」
「それは、その通りだと思う」
確かに、列挙されれば幸運と言って良いだろう。
膨大な富となる怪物、怪物を倒せる英雄、倒したという名声。どれも、神王国としては突然もたらされたものであり、幸運というほかない。
「これを為したものは、大いに賞すべきでありましょう」
「うむ、故に称号を与え、大いに賞した」
「そこです」
「ん? どこだ?」
妻の言葉に、戸惑うカリソン。
「歴史に残る偉業を成し、前人未到の功績を挙げたものに与えるものが、あまりに少なすぎます」
「それは、あいつが辞退したからだぞ?」
実際、褒賞として下賜しようとしたものは他にもいっぱいあった。
だが、金は大龍の素材で大量に稼いだし、与えられるものが無かったのだ。名誉を与えたのは仕方なかった面もあったが、ペイストリー自身が望んだことでもある。
「辞退されたからなど、世人は分かりません。結果だけを見るのが常人というものです」
「うむ?」
「陛下とモルテールン卿の信頼関係を知っているものならば、モルテールン卿が辞退したというのも納得されましょう。しかし、他の者、特に諸外国の人間から見れば、陛下が無理に褒賞を辞退させたように見えるではありませんか」
「ん? そのようなことは無かろう」
カリソンは、どうにも分からないといった感じで応える。
結構力を入れて広報宣伝したことなので、モルテールンが褒賞を辞退したことは広まっていると思っているのだ。
「いいえ!! そう見えるのです!! 大きな偉業を為した英雄が、大して褒賞も貰わず満足すると考える人間の方が希少でしょう!!」
「分かった、分かったからそう大声で騒ぐな。確かに、その方の言うことに一理あることは認めよう。だが、褒賞をいらぬと言っていたのは事実だ。どうしろというのか?」
第一王妃の横に居た第二王妃が、大きな声を張り上げて王に詰め寄る。
両王妃は意見が完全に一致しているらしく、口角泡を飛ばす勢いで王に訴えた。
王としても、確かに一定数はモルテールンの褒賞辞退を信じない者はいるだろうと思う。
故に、王妃たちの意見が出鱈目だとも思えない。可能性の懸念という点では、正当な懸念である。
「そこで、私共は提案致します。王家直轄領クリュシュを、モルテールン卿に与えてはどうかと」
「それは無理だ!! あの土地は、王家にとっても極めて重要な土地だ」
「だからこそ、恩賞として大きな価値があるのではないですか。やれぬものをやるからこそ、意味が有るのです」
「むむむ……」
王家直轄領クリュシュといえば、王家直轄領の中でも上位に入る豊かな土地だ。
それを与えるというのは、かなり重要な政治決定になる。
王妃たちの言い分も分かるが、これは流石に今即断は出来ない。
「しかし、王家の直轄地を与えようなどとは……もう少し熟慮が」
断ろう。
カリソンがそう思っていたところで、女性たちが一斉に騒ぎ出した。
「何をおっしゃいますか!!」
「そうです!! これまでも数多くの功績を挙げたモルテールン卿に報いるというのに、何の遠慮がいるのです!!」
国王としてもたじろぐ勢いで、王妃たちは詰め寄って声を荒げる。
「分かった、分かったから。お前たちのたっての頼みとあれば、善処するとしよう」
「分かって頂ければよろしいので」
「おほほほほ」
カリソンは、国王として二十余年の治世を振り返る。
今日この日、彼にとって最も恐ろしい存在というものが、更新された日であった。
雛祭りですね