477話 秘策
王宮の一室。
貴族であれば借りられる部屋の中で、一番上等な部屋。
そこに、綺麗な姿勢で佇む少年が一人。
「この度はよくおいでくださいました」
ペイストリーである。
彼は今日、お茶会のホストなのである。
レーテシュ産茶葉の最高級品を用意し、ペイスお手製のお茶菓子を用意したお茶会。
モルテールン家の用意できる、最高の持て成し。
この、ペイスが手を回したお茶会。
参加者は、バチバチとにらみ合う犬猿の仲。
エルゼカーリー=ミル=プラウリッヒ第一王妃と、エミリア=ミル=ウー=プラウリッヒ第二王妃である。
ちなみに、普段なら金魚の糞のごとくついて回る取り巻きはいない。
二人だけを招待した。
先日の乱闘のことも有った為、王妃二人はペイスの招待にそれぞれ快諾してくれた結果、今日のお茶会開催と相成った次第である。
「この度はご招待いただきありがとうございます」
「ペイストリー=モルテールン卿のご招待とあって、喜んで伺いましたわ」
護衛の騎士はそれぞれにつけたままの二人を、お茶会の為に席へと案内するペイス。
といっても、それほど広い部屋ではない。
序列通りにまず第一王妃の椅子を引いて座って貰い、次に第二王妃を椅子に案内してエスコートする。
ちなみに、テーブルは円卓。
中華料理でも出てきそうな大きな円卓だが、残念ながら回転テーブルは載っていない。
白い布でテーブルを覆い、更にその上には三段重ねのトレイでお菓子が並び、ついでに花も飾ってある。
実に見た目的に華やかな場である。
ペイスも椅子に座り、全員の前にお茶が給仕されたところで、お茶会が始まる。
ちなみに、本日の給仕は王宮からのレンタルである。
「モルテールン卿、改めて本日のご招待感謝いたします。そして、先日の件、心から謝罪致します」
「私からも同じく、ご招待頂いたことに感謝し、ナータ商会での一件について真摯に謝罪致します」
王妃二人が、しっかりとペイスに対して頭を下げる。
それを受け、ペイスもしっかりと笑顔で応える。
「お二方とも頭をお上げ下さい。本日は楽しくお話出来ればと思ってご招待した次第です。先日の件は、ご丁寧に謝罪頂きました以上、済んだことと思っております」
ありがとうございますと、両者の口から礼が述べられる。
そして、お茶会はまず無難な話から始まった。
「モルテールンと言えば、お菓子が有名でしょう? 今日のお茶会にどんなお菓子が出るか楽しみでしたの」
エルゼカーリー王妃が、とても楽しそうな顔になって会話の口火を切る。
ペイスの作るお菓子の美味しさは噂になっているので、きっと今日のお菓子も美味しいだろうと期待していたという。
実際、噂になっていたのは真実であるし、モルテールンのお茶会というなら新作のスイーツが有るのではないかと期待しているところもある。
「今日は、折角でしたので温かいスイーツを幾つかご用意いたしました」
「まあ、温かいスイーツなんて嬉しいわ」
「本当、とても季節に合っていると思います」
ペイスが用意したスイーツは、どれもペイスが直前に焼き上げ、或いは作り上げ、魔法を使って運んだもの。
まだ出来たたてで、どれも熱をもったまま配膳される。
例えば、アップルパイ。もといボンカパイ。
リンゴがこれ以上ないほど柔らかく煮られ、それに温かくとろみのある餡のようなジェリーが覆い、パイ生地に包まれている。
とろっとろの中身が、パイ生地のサクサク感と合わさってとても美味しい。
リンゴの酸味と、砂糖の甘さと、そしてパイ生地の塩味。
三位一体の混然とした味わいは、贅沢に慣れた王妃でも口元をほころばせる程美味い。
他にも、幾つかペイスが手作りしたスイーツが並んでいる。
タルトタタンも並んでいるし、パネットーネも並んでいる。
ラインナップは、今までモルテールン家が売りに出してきたものが多い。
折角の機会だから、商品の売込みに活かすという腹積もりなのだろう。
「それで、先日の件ですが」
「あれは申し訳なかったと思いますわ」
「謝罪は頂きましたので、もう良いのです。私は、先だっての件がなぜ起きたのかを正確に知りたくて、今日お二方をご招待した次第です」
「そうでしたの」
第二王妃が、若干バツの悪そうな顔をしたのを、ペイスは目ざとく目の端に捉える。
どちらが喋るか牽制していた風だったが、第一王妃の方が口を開く。
「実は、先日陛下からオランジェットなるものを下賜されました」
「はい、そう聞き及んでおります」
「あれはモルテールン卿が陛下に献上されたと聞きましたが、間違いないでしょう?」
国王にお菓子を献上する人間が、そう何人もいては困る。
特に、珍しいお菓子となると、出所はペイスである確率は百五十%だ。一度献上して、更におまけがつく可能性が五十%という意味で。
「はい。確かにオランジェットは僕が陛下に献上いたしました」
「やっぱり」
何か納得した風な二人。
「それが、どうかしたのでしょうか」
「あれは、素晴らしいものです。是非、他にもあるのなら私が買い取りたいですわ」
「いいえ、モルテールン卿。もしも残っているのなら、私が!!」
やはり原因なのだろうか。
オランジェットが残っていれば自分に欲しいと、二人が言い争い始めた。
乱闘こそ無いだろうが、ここは譲らないという気迫が両社から感じられる。
「ご両者とも、落ち着いてください。実はあのお菓子は、もう無いのです」
「え?」
「そうなのですか」
幻のカカオと呼ばれる材料で作ったチョコを使っているお菓子だ。
もう一つ作れと言われても、そもそも材料が無い。
厳密には、ペイスが研究用に確保している分は有るが、人にくれてやるような量は無いという意味だ。
途端に、心底から残念そうにする王妃たち。
「一体、何故そこまでオランジェットを?」
ペイス疑問は、そこに尽きる。
他にも過去色々なお菓子を献上してきたが、オランジェットだけをこうして目の色を変えて欲しがる理由は何なのかと。
「あのお菓子を食べてから、肌が十歳は若返りましたの」
「私も頂きましたが、同じく肌も若返って、身体も軽くなった気がしますの」
ペイスの背中に、冷や汗が流れる。
うっかり、とんでもないものを広めてしまったのではないかと。
もっと欲しい。有るだけ欲しい。
女性ならば、当たり前の感情だろう。ましてや、美しさが権力に直結する立場。
「本当に、もうないのですか? 二度と作れませんの?」
第一王妃の問いにペイスはうっと言葉に詰まる。ここで嘘をつくことは出来ない。バレたときに物理的に首が飛びかねない。
「残念ながら、献上したものはもうありません。しかし、もしかしたら似たようなものは作れるかもしれません」
ペイスの言葉に、二人の女性は気色ばんだ。
「本当ですの!!」
「その際は、是非私に」
「貴方は私より沢山食べたでしょう!! ここは私の番でしょう」
「そんなことは無いわ。序列から言って私に多く下賜されるのは仕方ないことだもの。それと新しいものは話が別よ」
二人の争いが再燃する。
「ご静粛に。当家としては、今後オランジェットを売りに出す可能性は有ります。しかしながら、売る場所はナータ商会になりましょう」
「……それは……困りますね」
ナータ商会は、馬車止めのスペースも広くない。
第一王妃と第二王妃が大勢引き連れて買いにくれば、いずれはまた鉢合わせすることになるだろう。
その先にあるのは、乱闘事件再びである。
「では、こっそりと買いに行くのはどうかしら。普通のお客に扮して、こっそりと」
「隠そうとすれば、必ずどちらかの御方々にご不満を抱かせることとなりましょう」
ならば、両者が来ていることを隠し、お忍びでくればいいのかと言えば、そうでもない。
お忍びで来るには事前に準備が必要で、騎士団や中央軍が市井の人間に扮してこっそり護衛することになっているからだ。
事前に不審者の排除や確認も行われるので、思いついてすぐにとはならない。騎士団の負担が非常に重たくなることを思えば、二人同時というのはあり得ない。どちらか一方の王妃がお忍びで動き、もう片方はその後にとなる。恐らく、一度行けば二度目は最低でも一ヶ月はあく。
つまり、第一王妃と第二王妃で、色々と日程を調整しなければいけないということだ。
頻繁にお菓子を手に入れようとすれば、騎士団もオーバーヒートすること間違いない。
頻度を減らせとなれば、必ずどちらかが欲しいのに買えずに我慢するという事態が起きる。
両者とも、それは不満が大きい。
「そもそも、オランジェットを一般にも販売するとなれば、効果のほどはすぐにも広まりましょう。そうなれば、当家としては両陛下に取り置くのも難しくなります」
「そんな」
「そこをどうにか。私の分だけでも」
「いいえ、私の分を」
自分鯛の分だけ、特別に確保して欲しい。
二人の願いは真摯であり、真剣だ。しかし、ペイスは首を横に振る。
「それは出来ません。当家のブランドの為にも、如何なる方であっても特別待遇はしかねます」
モルテールン家として、譲れない一線である。
「では、売らずに隠してしまえばよろしいのでは?」
「そうですわ。こっそりと私たちの分だけ」
いい考えを思いついたとばかりに、二人は喜ぶ。
だが、どうにも視野狭窄に陥っている様子だった。
「それでは、他の方にバレたときの悪意が、お二方に向かうことになります。隠すのは悪手中の悪手でしょう」
「それでは、どうすれば……」
隠していたのがバレた時、起きる悪意は隠していたことの大きさに比例する。
オランジェットが本当に美容に劇的な効果が有るとするなら、隠していた時、そしてそれがバレた時の反発は、とんでもないことになるだろう。
「お菓子の効能が確かで、欲しがる人は多い。世に出てしまえば、お二方が幾ら隠そうとしてもいずれは他の人にバレましょう。肌は隠せませんので」
「そうね、その通りだわ」
困った顔の二人に対して、ペイスはいつも通りのポーカーフェイス。
いや、いつも通りの悪だくみ顔である。
「ならば、隠さねば良いのです」
ペイスは、二人の王妃に“秘策”を授けた。