473話 大発見のお知らせ
とある晴れた日。
モルテールン領ではごく普通の光景が有った。
すなわち、誰かが大慌てで領主館に駆け込むという光景だ。
トラブルが日常、騒動が平常、非常識こそ常識なのがモルテールン領である。
今更一人二人がドタバタと慌てていたところで、領民は思う。いつものことかと。
今日駆け込んできたのは、研究所所長のソキホロ。
身嗜みにはあまり頓着しない中年男が、年齢を忘れたような全力疾走をしていた。
「ペイストリー=モルテールン卿!!」
従士も見慣れている相手ということで、屋敷に飛び込んできた男を呼び止めるようなことはしない。
誰何もされずに執務室に通された男は、部屋に入るなりペイスに詰め寄った。
「実験結果で、面白い結果が出ました。世紀の大発見ですよ!!」
「ほほう」
開口一番、笑顔で宣う。
研究者という生き物は、とかく話の内容が分かりにくいもの。
自分の専門分野の専門用語をまくしたてたり、話の前提をすっ飛ばして話始めたり、話の流れがポンポン飛んだり。
ソキホロも、自分の発見したことをいち早くペイスに伝えようと慌てた様子であり、話始めた内容がよく分からない支離滅裂なものだった。
「所長、落ち着いて下さい」
「……はあ、はあ、申し訳ない。少し興奮しすぎたようで」
少しどころではない興奮具合だったが、ひとまず落ち着かせる為にお茶を用意させるペイス。
執務室は防諜対策万全の為、話を聞くならここが良かろうとソファーにソキホロを座らせた。
お茶がきて、ひとくちふたくちと口を湿らせれば、ようやく研究ばかも落ち着きを取り戻したらしい。
何が有ったのかと、神妙に尋ねるお菓子ばか。
「まずはこちらをご覧ください」
「これは……先日の速報の追試験結果ですか」
「はい。その結果、実に興味深い結果となりました」
所長が鼻息を荒げてペイスに伝えた実験結果とは、先日魔力の豊富な土地では作物がより早く育つのではないかという仮説を確かめた実験である。
結論から言えば、先の予想は完全に間違っていた。
実験結果的に、仮説の完全否定である。
にも拘らず、所長は実に嬉しそうだ。
「二十日大根などは、間違いなく成長促進の効果が有るように見られる一方、他の根菜では成長促進の効果が一切見られなかったと」
「より正確には、成長が促進されていると言えるほど、有為な差が見られなかった、です」
「ふむ」
てっきり、魔力的な効果でラディッシュが成長を速めていたのかと思ったのだが、違ったのだろうか。
或いは、魔力的な効果を顕著に受けるものと、そうでないものがあり、ラディッシュがたまたま影響を受けやすいものだったのか。
ペイスは、頭の中で色んな可能性を考えつつ、報告の続きを見る。
「ん? 成長が通常より遅くなったものもある?」
「はい。芋類などの一部がそのような傾向を見せました」
「それは困りますね……」
成長が早まるか否かであれば、やってみて駄目だったとしても普通の収穫。モルテールン領内で試す分にも問題はない。しかし、逆効果になることもあるとなると、話は途端にややこしくなる。
とりあえずやってみよう、というのが出来ない。
相当にネガティブな、残念な結果のはず。しかし、所長は笑顔のまま。
理由は、次の続きにあった。
「成長の遅かったものは、実の数と大きさが五倍!?」
「はい。葉の成長が遅い割に、収穫で見るなら十倍では効かない量が収穫出来ました。時間が仮に倍掛かるとしても、収穫量は格段に向上すると思われますな」
ソキホロが実験したのは、芋である。
ジャガイモと里芋の間の子のような、神王国でも一般的な芋。
割と神王国内どこでも育てていて、特に山がちな領地では盛んにつくられている。
ダバン男爵領などがその一つで、ワイン用の葡萄を育てる傍ら、山がちで急こう配な場所に段々畑を作ってこの芋を育てている。
ペイスなどはジャガイモと呼んでいるが、恐らく生物学的、植物学的に区分するなら別物のはずである。
山の土地というのは、基本的に痩せているもの。土中栄養素は、雨が降った時には高い所から低い所に流れて行ってしまうものだからだ。下から上に栄養だけ昇ってくることは無い。必然、痩せた土地が多くなる。
瘦せた土地でも育つ作物で、そこそこカロリーが高くて主食になるのが芋。
どこの領地でも作られているというのは、伊達ではない。
この芋を魔力豊富な土で育ててみたところ、葉や茎の成長は明らかに遅くなった。すわ失敗かと思っていたところ、掘り返してみるとびっくり。芋が信じられないぐらいごろごろ出てきた。
追試結果も同じ。
明らかに、魔力の影響で“収穫量”が増えた。
「……どういうことです?」
「他にも色々な作物で試してみました。味がとても良くなったもの、茎が遥かに高くまで伸びたもの、棘が頑丈になったものなど、実に様々です」
所長は、試してみた作物を列挙していき、その結果も併せて伝える。
慌てて駆け込むだけのある、驚きの結果だ。
例えば、ベリー。
甘くて美味しいことで知られるベリーを魔力のある土で育てたところ、今日ようやく実をつけた。食べてみたところ、味が格段に向上していたのだ。
それはもう、同じベリーとは思えない、全くの別品種かと思えるぐらい違った。
何なら、砂糖でもかけたのかというほど甘く、酸味は爽やかで後味すっきり。香りも香しく、新人たちと取り合いになったぐらいには美味かった。
或いは、豆。
蔓を伸ばして上に伸びる作物であるが、これはもうにょきにょきと伸びた。
普通は一メートル程度までの高さに留まるものなのだが、魔力の有る土で育てた豆は、四メートルを越えて伸びた。更に伸びそうだったが、物理的に観察しきれなくなったため今日、やむなくちょきんと切り落としたらしい。
豆が出来る程には時間を掛けられなかったが、このまま育てて花を咲かせ、豆の収穫まで行けばどうなるのか。
もしかしたら、わんさか豆が収穫できるかもしれない。
他にも、ハリエンジュの苗木を育ててみた。
これは食べられる作物でも無いのだが、貯水池近郊で森となっている木であり、薪炭に向く木質から、早く育つのならそれなりに役に立つ。
それで実験した結果、育ちは左程変わらず誤差の範囲だが、棘が物凄く頑丈になったらしい。
革の手袋を突き破ったというのだから、下手な金属ナイフぐらいの鋭さがある。
「どうです、面白い結果になったでしょう!!」
どうだと言わんばかりにドヤ顔をする中年男。
結果を聞く限り、困惑することが増えた気がするのだが、ペイスはじっと考え込む。
それなりに長いと感じ、ソキホロ所長がお代わりしたお茶を飲み干して三杯目に行く頃、ペイスは一つの仮説を思いつく。
「魔力の明らかに多い……或いは無理矢理に魔力を込めたような土地で作った作物には、色々と付加効果があるということですね。完全にランダムという訳では無く、作物ごとに同じ効果が出る」
「はい」
「もしかしたら、元々持っている性質が強まるのでは無いでしょうか」
「なるほど!! 確かに言われてみるとそうですな」
元々生命力が強くて繁殖力の有る芋が、より繁殖して収穫量を増やす。
元々甘みの強い実を作るベリーが、より甘くて美味しいベリーを作るようになる。
振り返ってみれば、二十日大根などは早く育つのが特徴だった。その性質が強まったとするなら、最初に実験して成長が促進されるのではないかと仮説が立ったのも道理だ。
「魔力が、魔法的な効果についてエネルギーとなることは明らかです」
「ええ」
魔法とは、魔力が無ければならない。ここらへんは所長としてもあえて確認するまでもない基本事項。一般常識の類だ。
「人間が、魔法の飴で魔法を使えるようになるのは確定した事実。ならば、他の動物でも、魔法の飴のようなものがあれば、魔法が使えるようになる……かもしれませんよね?」
「その可能性は高いでしょう」
動物の中で、人間だけが特別な存在だと考えるのは傲慢だ。
実際、魔法を使う人間以外の生き物は存在するのだから。大龍のピー助などはいい例だろう。
「なら、植物にも、魔法を使える能力があったとしても、おかしくないのでは?」
「ほう、確かにそうですな」
動物が魔法を使えるというのなら、他の生き物が魔法を使えたとしてもおかしくはない。植物とて生き物なのだから、可能性はあるはず。
「魔法を使う為の回路のようなものは、どんな生き物も持っている? そこに魔力が有れば魔法を使えるようになる……或いは、植物の場合は単純化されているのかも。複雑な意志を持って発動する魔法は無理で、その植物が特性として持つものが魔法的に強化される?」
どこまでいっても仮説ではあるが、魔力の豊富な土地の植物は、その植物独特の効果を示すようになるのは間違いない。
ペイスは、もう一度大亀の背中に植物採取に行きたいと思う。機会が有れば、是非ともプラントハンターになってみるべきだろう。
「仮に仮説が正しいとするなら……もしかして、狙った効果を思い通りにすることも出来るのでは?」
ふと、ペイスが閃く。余計なことを。
「抗酸化作用や代謝促進効果のあるカカオ。それに、同じく抗酸化作用やアンチエイジングに効果的なオレンジやアーモンド……」
ペイスは考える。
仮に、植物の効能を引き上げるのが魔力の性質なのだとしたら。
若返りの効果があるとされるカカオは、確かにその効果を元々持っていると。
老化を予防するとされる抗酸化作用や、若いうちこそ活発になる新陳代謝など。
これらが強化されたのだとしたら、確かに若返ることも有りそうな話だ。幻の大木の持つ若返りというのも、まんざら絵空事ではないような気がしてきた。
そして、我らが神童の優れたお菓子的頭脳は、もう一歩踏み込んだ発想を思いつく。お菓子に限ってはフルスペックを発揮するのがペイストリーだ。
「どうせなら、組み合わせて新商品にしましょうか」
彼の頭の中は、フル回転で回り続けていた。





