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おかしな転生  作者: 古流 望
第37章 オランジェットは騒乱の香り
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467話 呼び出し

 モルテールン家の王都別邸。

 モルテールン子爵の執務室に、息子が呼ばれた。

 王都と領地、離れていても密に連絡を取り合えるのは、モルテールン家の持つ強みの一つである。


 「父様、お呼びと伺いましたが」

 「うむ」


 執務室に居るのはカセロール。

 そして、補佐役としてコアントローがいるが、寡黙な性質の彼は少し離れたところで黙っている。

 モルテールン家ではよく見る光景だ。


 「いつも急に呼び出してすまないな」


 申し訳なさそうにするカセロール。

 元々自分が中央に呼ばれて一軍を預かる宮廷貴族となったせいで、領地運営の方は息子に任せきりになってしまっている。

 領主稼業も中々に大変なことは自分がよく分かっているため、短期間に何度も王都へ呼びつけることに少々の罪悪感があった。


 「いいえ。必要なことであると理解しておりますので、いつでもお呼びください」


 しかし、息子の方は大して気にしていないという態度だ。

 他の家であれば頻繁に呼ばれると移動だけでも大変なのだろうが、モルテールン家の、そしてペイスの場合は、魔法という反則的な力が有る為大して負担ではないのだろう。

 バツが悪そうなカセロールだが、息子の元気そうな顔を見ると喜ばしい気持ちも有る。


 「そうか。領地の方はどうだ。何か問題は起きていないか?」

 「特に大きな問題は起きていません」

 「そうか」


 領地経営が上手くいっているであろうことは、聞かずとも信頼している。

 そもそも、赤字続きで万年貧乏体質であった領地を改善し、大きく黒字経営が出来るようになった今のモルテールン領があるのは、誰よりも息子の功績が大きいと、父親は理解していた。

 それこそ、息子が言葉を喋り始めたころから天才児であった事実を、親としてよく知ってる。

 だからこそ、領地経営“程度”であれば、ペイスなら何も問題なく出来るだろうという確信が有った。

 それでも念のため、確認の意味で尋ねる。

 領地経営の状況を、細かに報告するのも良いことであるとペイスは普通に運営状況を報告する。


 税収は上々であること。

 人口の増加ペースが想定より上振れしていること。

 新村での移民の受け入れが容量的に限界に近付いており、古くからの新村住民を本村ないしはチョコレート村に移住させるよう促していること。

 隣の男爵領からの移民が、盗賊被害を訴えていること。

 レーテシュ伯から頻繁に社交のお誘いが有り、殆どを断っていること。

 商業的に発展してきていて、王都の大手商会がいよいよ土地の地上げを始めたこと。

 質の悪い連中が増えてきたので、一斉取り締まりを近く計画していること。


 などなど。

 報告事項は多岐にわたったが、基本的には良いニュースばかり。

 問題が有っても、対処可能であるという報告だ。


 「ただ、農政の方で少し懸念事項があがっていました」


 唯一、ペイスが顔を顰めた報告が有った。


 「懸念事項?」

 「カカオの生育と生産を試していたことはご存じかと思いますが」

 「うむ、聞いている。チョコレートの原料だな」

 「はい」


 ペイスは大きく頷く。


 「そのカカオの生育が、思わしくないとの報告があがっています」

 「ふむ」


 チョコレート村でカカオの大々的栽培を試そうとしていたのだが、代官から思ったほどうまく育っていないという報告が上がっている。

 カカオの輸入は継続して行えるようになったし、モルテールン家の製菓産業でも一番の売れ筋であるチョコレートの製造に関しては問題はない。

 ただ、今後チョコレートの需要が増えていけば対処しきれなくなることも目に見えている。

 出来ればカカオを内製化し、モルテールン領で自給できるようにしたかったのだが、現状は捗々しくない。


 ペイスの報告に、カセロールは少しばかり考え込む。


 「解決は出来そうか?」


 農業に関して、それも全く新しい作物の生育に関しては、カセロールは知識を持たない。

 分からないことだらけなので全面的にペイスに任せているのだが、自分で聞いていても解決しないだろうという気持ちがあった。

 簡単に解決できるなら、目の前の息子がわざわざ問題視するはずも無いからだ。

 ことお菓子に関する事業については、放っておいても最大限のパフォーマンスを発揮するのだから。


 「不明です。モルテールン領は、やはりどこまでいっても土地が悪いですから、限界が有るのかもしれません」

 「大分豊かになっていると思うのだが」

 「水に苦労はしなくなりましたが、元々が砂漠のようなやせた土地です。肥料を撒いて土地を肥やすにしても、元々豊かな土地ほどにするにはまだまだ掛かります」

 「そうだな。幾らお前でも、時間の制約を越えることは出来まい」


 今まで幾多の問題を解決してきたペイスであっても、不可能なことは存在する。

 時間を超越することなど、その最たる例だ。

 元々草木も碌に生えなかったモルテールン領である。土地を改良していくにも、豊饒の土地と呼ぶにはまだまだ時間が掛かるだろう。

 マメ科植物を始めとする作付で、窒素不足の改善。動物の糞などから作る堆肥によるリンやカリウム不足の改善。石灰や草木灰による酸性土壌の改良などなどを、今までずっと地道に行ってきた。

 大量の水を使えるようになったことで、塩害対策も行い始めている。

 土中の水分量改善が進めば、更に収量アップが見込めるはず。


 そう、収量増だ。

 モルテールンの農地改良は、基本的に作物をより多く収穫することを目的に行われてきた。

 従って、環境の多様性というものは極めて乏しい。どこの農地も画一的に、同じような土を作ってきたのだ。

 最低限、他の領地と同じだけの生産性をと邁進してきた。モルテールン家が投資する農業技術も、基本的にこの延長線上。

 インフラの投資に関しても、土地の整備等々を行う上で考えていたのは収量アップやコスト低減だ。

 水利をよくすることで収量をあげ、土地を綺麗に区画整理することで作業効率をあげて生産コストを下げる。

 どれだけ大量に生産できるか。どれだけ安定的に収穫できるか。どれだけ低コストの生産が出来るか。

 より多く、より安くを考えて土地を作ってきた。

 偏に、領民が飢えない為であり、諸領からの輸入圧力に対抗して外貨の流出を防ぐためだ。

 モルテールンの土地改良は、ある一面から見れば十分に成功していた。


 しかしこれが、カカオの生育に相応しいものであるのかどうか。

 ペイスの見込みでは、やはり怪しいと感じていた。

 出来れば元々カカオが生育していた環境を再現したいところではあるが、土の改良や環境の改良は、どうしたって時間のかかるものである。

 今でも土地改良は続いているし、土地の中の栄養バランスや成分バランスを整えるのには足して引いてを繰り返す必要もあるだろう。

 土地改良は、天秤にものを載せて量るのとよく似ている。

 最良と思われる状態が片側にあり、今の状態を反対側に載せてみる。傾いたところで、足りないものを足していく。やがて反対側に傾く。今度は多すぎたものを引いていく。

 徐々に徐々に足して引いて、理想に釣り合うように調整していくのだ。

 時間と根気のいる作業が土づくりと言える。


 「いっそ魔の森を切り開いて農地に出来ればとも思うのですが」


 全てをまっさらに、或いはごっそりと大胆に土地を変えようと思えば、失敗しても大丈夫な土地を使いたい。

 今現在農地となって食料生産している土地を、適当な実験に使う訳にもいくまい。それで農業生産力が落ちてしまえば、モルテールンの食料安全保障が危うくなるのだから。

 魔の森辺りに広い土地を確保し、実験農場として好き勝手に弄れればベストなのだろうが、チョコレート村は現状自給自足の足場を固めているところ。


 「……今はチョコレート村を安定させることが優先だろうな」

 「はい」


 急いては事を仕損じるという。

 カカオが欲しいからと言って開拓を無理に行えば、どこに落とし穴が待っているかも分からない。嵌ってしまってからでは遅いのだ。

 一歩一歩、十分に確認しながらやるべきだろう。

 確実に政務を行うよう。くれぐれも、くれぐれもお菓子に目が眩んで暴走しないようにと、カセロールは息子に念を押した。

 そして、更に念押しした。

 ついでにもう一押し、絶対に暴走しないようにと注意をしておく。


 「父様、そこまで言われなくとも、承知しております」

 「うむ、信頼している。が、心配は尽きないからな。何せ前科が多すぎる」

 「不本意な評価ですね」

 「正当な評価だ」


 息子が優秀なのは喜ばしいことだが、優秀過ぎるのも問題だ。

 ペイスが関わったトラブルを指折り数え始めると、指が百本あっても足りない。


 「それで、今日呼ばれたのは如何なる理由でしょう」


 会話の流れの悪さを悟ったのだろう。

 形勢不利と見て、ペイスは話題の転換を試みる。


 「実は先日、お前の海外渡航について報告に行ったんだが」

 「それはそれは、お手数をお掛けします」


 宮廷貴族として働く父が、本来しなくてもいい領地の業務の一環で動く。

 ペイスとしては、ありがたい協力だ。

 宮廷の関係各所のあちこちに、ペイスの海外渡航について成果報告をして回る。

 言葉にすれば簡単だが、内情は面倒くさいことも多い。

 嫌味を言う人間も多いだろうし、あの手この手でカセロールの失言を引き出そうとしたことだろう。

 或いは、海外渡航で何をしてきたのか、探りを入れられることも多かったはず。

 ペイスが自分で動くというだけでも、鼻の利く人間は儲けの匂いを嗅いで近寄ってくる。

 とりわけ宮廷貴族というのは、その手の利益についてはとても敏感だ。

 些細な利権でも後々大きく育つこともあるし、美味しい話に手を入れたくなるのは貴族の防衛本能というものだろう。


 カセロールが言いたかったのは、そしてペイスを呼びつけた理由は、報告をあげたことではない。

 その報告を受け、やんごとなき方が動いたからだ。


「伯爵から報告をあげて貰ったところ、詳しい話を聞きたいと、陛下がおっしゃられたそうなのだ。実に興味を持って話を聞かれたとのことだ」

 「なるほど」


 ペイスは、父の言いたいことが分かった。


 「身支度を準備して、四日後。改めて迎えが来るので、それに(したが)って登城するように」

 「分かりました」


 登城の命令に対し、子爵令息は慇懃に頭を下げた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 他の小説だと魔素溜まり近くは植物が繁茂しやすいとかいう設定が多いからね。
[良い点] 出していい報告と駄目な情報。取捨選択が大変ですね。最も重要なのは、相手が何を求めているか、ですか。 [一言] 更新ありがとうございます。
[一言] カカオって日陰で育つ植物みたいなんで、従来のやり方で普通に露地栽培して失敗してるんじゃ?とか思ったり。 かつての荒れ地も魔の森と繋がって今では高温多湿なジャングルのような気候に変化してるみた…
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