466話 工事監督と馬鹿話
モルテールン領チョコレート村。
崖を起点に半円状の外壁と堀に囲まれた堅牢な街である。
既に村と呼ぶのは実態にそぐわなくなってきている大きさなのだが、名前を付けて左程も経っていないことから未だに名称変更はなされていない。
この村の始まりの場所。
小さな囲みの崖側で、男たちが何やら行動していた。
「【掘削】!!」
ガン、という大きな音がする。
腹の中を前から後ろに殴りつける様な重低音とともに、地震と間違えそうな揺れ。
何人もの人間が、一斉に“同じ魔法”を使ったことによる、工事作業音だ。
チョコレート村では既に馴染みとなっているものでもある為、驚く人間は居ない。
今日もまた何か工事してるなと、遠くに音を聞くだけである。一般人は魔法が使われているとは思ってもいない。
若様が何か変なことしてるんじゃないか、ぐらいの認識である。
そしてその認識はあながち間違っていない。
いつだって、モルテールン領で普通じゃない何かが起きたなら、震源地はペイスである。
いつも通りの作業。いつも通りの騒がしさ。
しかし、今日は若干音が違っていた。
昨日までであれば、腹に響くような重低音は、町中にこだましていた。
ドンという音が響いた後、崖に音が反射してもう一度聞こえてくる。
堀や水路の工事などでは馴染みとなった反響だ。
ところが今日は、その反響が無い。というより、最初の重低音すらいつもと違った感じに聞こえる。
何故なら、いつも行っているようなところではなく、崖の中を工事していたからだ。
いつもがだだっ広い中で空に向けて広がる開放音だとすれば、今日は篭りに篭った引きこもりといったところだろうか。
数度の音が響いたところで、やがて音が止まる。
「これぐらいでいいでしょう」
「はい」
音を停めたのは、現場を監督するコローナである。
代官として現場の監督と直接の指揮を行っており、今日も今日とて忙しく指示を飛ばしていた。
うす暗い穴倉のすぐ傍に立ち、万が一に崩れてきても大丈夫なように安全策を取りながら結果を確認する。
魔法の一斉発動というのは何度見ても凄まじいもので、体育館並みの広さまで拡張された穴が崖の中に出来上がっていた。
「早速、壁面補強に入ります。二班は作業を始めるように」
「はい」
「一班は半鐘の休憩時間を取ります。鐘が鳴ったら集まるように」
「はい」
「三班は掘削で出た土砂を運ぶように」
「はい」
細かい班ごとの指示を都度出しながら、コローナは工事を続ける。
壁面補強は、【掘削】の魔法を画一化した弊害で生まれる作業。
魔法を手足のように使いこなし、魔力量が規格外に多いペイスであれば、魔法で穴を掘ると同時に掘った部分を強化することも出来る。
掘るときの掘り方というか、イメージのようなものが大切らしい。
しかし、一般人にはまず難しい。
魔力がただ掘るだけよりも多く消費される為、足並みを揃えるのに向いていない運用になるであるとか、上手く固められたかどうかの確認手段に乏しいであるとか、或いは固め方に個人差が生まれる為、大規模工事では逆に危なくなるであるとか。
理由はいろいろあるが、穴を掘るだけに留めておけば表面化しない欠点でもある。
それ故に、現状【掘削】の魔法で工事を行う際には、壁面補強工事は別に分けて行うようにしているのだ。
ツルハシでも掘れそうにない堅い岩盤を掘るのは魔法でしか出来ないが、掘った後を工事して補強するのは人海戦術で可能である。
魔力を回復する時間を待つのにも丁度いい。
魔法で穴を掘った後、快復するまでは身体を動かして肉体労働。その後回復したところでまた魔法を使うというループ作業。
効率も良いし、訓練にもなって身体を鍛えられるし、いいことづくめである。
掘った土砂の後始末も大事。
【掘削】の魔法は穴を掘れはするものの、残土が消え去る訳では無い。
これもペイスであれば【瞬間移動】を応用して一気に残土処理までしてしまえるのだが、魔法部隊の運用は単一部隊単一兵科単一魔法が基本。
一人が色々魔法を使い分ける運用よりは、一人が一つの魔法に習熟し、同じ魔法を使うもの同士で部隊を組み、必要に応じて部隊を入れ替える運用の方が効率的である。
一人が弓も盾も剣も持って、時と場合に応じて入れ替えるよりは、盾ならば盾、弓ならば弓と武装を固定化した部隊の方が運用しやすいのと同じだ。
訓練期間も短くて済むし、負傷者や傷病者の交代も手配しやすくなる。
堀った後に出る土を片付けるのも、これまた体を鍛えつつ適当な時間間隔をあけるのに効果的だ。
総じて、魔法部隊の工事というのは、実に合理的に行われているように見える。
「壁面の補強が済んだところから、棚を置いていきましょうか」
「うぃっ~す」
「ちょり~っす」
チョコレート村は、現在自給自足を目指して動いている。
同時に、経営安定化の為に現金収入の道を探っており、蒸留酒を特産品としようとしている。
蒸留したお酒を寝かせる為に、こうして穴を掘り、準備している訳だ。
穴を掘ったなら、樽を寝かせる為の棚がいる。
よく長期熟成ワインなども瓶詰にしたあと寝かせるが、その時は必ず棚に置いているだろう。
これは、斜めに、或いは逆さまに置くことで、栓をしているコルクがワインの水分を含み、瓶の中の密封状態を作り出すからだ。
瓶の底を舌にして置いておくと、コルク栓が上になり、また空気も出入りする。これはワインを酸化させ、劣化させることに繋がる。
故に栓をした口が下になって、コルクがワインに浸かるようにして保存するのだ。
蒸留酒の保管も、似たようなところが有る。
適当に保管していると、簡単にアルコール分や水分が揮発してしまい、酒が空気に触れて劣化が進んでしまう。
だから棚に並べて保管する必要が有るのだが、棚の設置まで魔法部隊を使ったりはしない。
魔法を使える人材は、難所に専念急いてもらう方が良い。
棚の取り付けなどという雑事は、一般の村人にさせても問題が無いだろう。
「何だその気の抜けた返事は!!」
「は、はい!!」
だが、一般の村人は、あくまでも素人。
軍事訓練を受けている訳でも無いし、仕事にやりがいを求めている訳でも無い。
適当な仕事でそれなりの報酬を貰って、時折酒を貰えたりする役得が有るから働いているのだ。
仕事をする態度は、コローナから見れば気が抜けているように見える。
代官にも関わらず現場で指揮を執っている理由でもあるが、コローナがビシバシ扱かねば、すぐにさぼろうとする人間が出るのだ。
「怖え……」
村人の一人が、女性代官の怒声を聞いて首をすくめる。
穴倉の中では、高めの声をした怒声がこの上なくよく響く。
いつも以上に迫力のある叱咤に対して、気楽な仕事のつもりだった男たちは身体をこわばらせている。
「あの人、魔の森でも普通に戦ってるらしいぞ」
「ホントかよ」
「マジマジ。俺の幼馴染が兵士にいるんだけどさ。化け物みたいなデカい猪相手に一人で戦ったんだと」
「すげえな」
男同士で、仕事をしながらひそひそと会話する。
噂話というのは、仕事をしている振りをしながら手を抜くときの必須スキルだ。
ちなみに噂話の内容は、コローナの戦歴について。
かつてモルテールン家の従士として戦場に立ったことも有るし、何なら実際に剣をとって敵を切り殺したこともある、完全な武闘派がコローナである。
まだ魔の森の開拓で壁も堀も未完成だったころには、戦闘要員として村人を守る為に自ら剣を取って戦ったりもしていた。
有名なところだと、家程もある巨大イノシシを相手に、国軍と共に戦ったというものが有る。
怒らせると怖そうだという意味で、男たちはコローナに対して恐怖心を持つ。
「モルテールンの従士ってのは、誰も彼も化け物みたいに強いって噂だ」
「へえ」
モルテールン家の精鋭主義は外交カードでもあり、割と有名な話。
数よりも質を重んじる家風。というより、沢山の従士を雇う金が無かった過去の事情から、一人一人が徹底して鍛えていた。
カセロールを筆頭に、シイツ、コアントロー、グラサージュといった面々は、皆が皆一騎当千の兵だ。
きっとコローナも、モルテールン家らしい豪傑に違いないぞと、男たちは噂する。
「あと、面白い噂がある」
「なんだ?」
「モルテールンじゃ、女の方が強い」
「ぎゃははは」
誰の言った冗談だったか。
或いは、冗談ではないのか。
本当にありそうで、なさそうという微妙なラインの噂話は、作業員たちの笑いを誘った。
「そこ!! 煩いぞ!!」
「はい、すいません」
コローナの叱責に、思わず条件反射で謝る男たち。
「他所の土地の話を聞く限りじゃ、ここは女が強えよ」
「そんなに強くてどうするんだって思うがね。剣を持って戦うのは男に任せときゃいいんだって」
一般人は、女は家で子育てと家事をしていればいいという感覚の人間が多い。
モルテールンは開明的な土地柄だが、それでも常識として戦いは男、家事は女がするものという意識の人間が圧倒的多数だ。
コローナに叱られるのは嫌なのか、割と陰口を叩かれることは多い。
「女には女の戦いがあるっていうぜ?」
「そりゃお前、ここじゃ縁のない話だって」
「モルテールンの若様を取り合ってるって噂も有るぜ?」
「ありそうだな」
「ぎゃははは」
ペイスが男前で、一般的な結婚で言えば適齢期に当たるのを知っている村人たち。
お偉い人達は嫁さんを複数貰っていて当然だという連中だけに、お偉いさんの色恋ゴシップは実に楽しめる娯楽である。
うちの代官も若様の妾なんじゃねえかなどと、根も葉もない噂を話して馬鹿笑いするあたりで、流石に監督者がやってくる。
「お前ら!! 無駄口叩く暇が有るなら手を動かせ!!」
「はいっ!!」
コローナである。
この世界の常識に則り、口で言っても聞かない不良労働者どもに、鉄拳制裁を加えた。
大の男に引けを取らない鍛えられたコローナのげんこつである。
された男たちは半泣きになって殴られた箇所をさする。
「全く……」
真面目が服を着て歩いているような性格のコローナだ。
真面目に働かない連中にはいつも頭を悩ませるが、それでも仕事自体は順調に消化されていく。
「棚はこんな感じで?」
「そうだな。出来るだけ隙間を減らして、かつ取り出しも便利なようにしておきたい」
「そのあたりは使いながら変えていくしかないと思います」
「一理あるな。ではここに」
棚の取り扱いを職人と相談しつつ、穴の中に棚を配置していく。
幾つか棚をならべれば、不思議と立派な酒蔵に見えてくるから不思議だ。
「出来上がりが楽しみだ。わが村の大きな力となってくれるだろう」
コローナの鼻を、樽の香りが通り過ぎて行った。