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おかしな転生  作者: 古流 望
第37章 オランジェットは騒乱の香り
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461話 賭け事

 モルテールン領ザースデン。

 領主館の執務室で、領主代行の青年は上機嫌に仕事をしていた。

 海外から戻ってきて忙しいのだろうが、その割に楽しそうである。


 「ちゅうちゅうたこかいな、ちゅうちゅうたこかいな」


 机の上にバラっと適当に積み上げられた金貨の山から、人差し指と中指を使って二枚づつを手元に引き寄せていく。

 二枚づつをリズムに合わせて五回集めれば、全部で十枚。

 十の枚数ごとに縦に積み上げ、机の上の脇の方に整理して並べていく。

 金貨十枚の小さな塔が、二十出来上がったところで、小さめの巾着袋にざらりと入れれば一区切り。二百枚入りの金貨袋が完成だ。既に幾つか、金貨の袋が出来上がっている。


 「また坊が変な数え方してらあ」

 「失礼な。由緒正しき数え歌ですよ」

 「へいへい」


 ちゅうちゅうちゅうちゅうと、ネズミの物真似でもしてるんじゃないかとシイツ従士長は肩を竦めた。


 「やはり、交易は儲かりますね」


 小山だった金貨が綺麗さっぱりと、机の上から袋詰めに移動し終えたところで、端数はペイスがネコババもとい領主代行権限で使える臨時機密費(おこづかい)に繰り入れる。端数と言っても金貨であるから、中々に大きな金額である。ボンカが樽で幾つか買える程度には。

 大金を前に、満足げなペイス。

 大龍オークション以降お金に困ることは無くなったモルテールン家ではあるが、臨時ではなく今後も継続的に収入が見込めそうだとなれば話は別。

 オークションの収益は膨大だったとはいえ、どこまでいっても一時金である。一時金は、使ってしまえば減っていくし、いずれは無くなる。

 対して貿易による収益は、上手くすれば長期的に稼げるお金だ。

 交易によって今後も同じぐらい定期的に稼げるなれば、目の前の金貨の山にも重みがでてくるというもの。


 「向こうから持ち帰ったもんも高く売れましたしね」

 「ええ。売る方でも買う方でも。ちゃんとした航路が出来たならとても心強い」


 継続した交易。これには、継続した船の行き来が必要だ。

 ペイスあたりが魔法で移動させても良いのだが、その場合はペイスも貿易専従につきっきりであたることになる。

 ペイスを領地に縛り付けると意味では良いだろうが、他の目的であれば悪手になりかねない。


 「一番儲けが出たのは何ですかい? 参考までに教えて下せえ」

 「布ですね。とても珍しい生地で、模様も異国情緒たっぷりでしたから、ホーウェン商会の担当者が随分と高値で買ってくれました」

 「なるほど」


 ホーウェン商会と言えば、王都でも指折りの大商会。

 ここ最近、モルテールン領のほうにも支店を作っており、モルテールン家としてもこと宝飾品に関してはここが御用商人である。

 宝石の取り扱いには特に強みが有り、王都で出回る宝飾品のシェアでは百%に近しい独占的な取り扱いをしている商会だ。

 扱う商品が衣装全般ということもあり、とても珍しい海外製の布は仕入れ値のン十倍で売れた。

 貿易というのは、当たると実に美味しい。


 「ところで、王都はどうでした?」


 そういえば、とシイツが思い出したように尋ねる。


 「父様も母様も、元気そうでした。あと、御爺様をたまには王都に連れて来いとも言われましたね」


 海外渡航の報告も有り、王都に顔を出していた訳だが、久しぶりに会った親子の間で報告事項だけで済むわけもない。

 話す内容は色々と多岐にわたった訳だが、その中でペイスの祖父についても話題になった。


 「田舎で隠居してるってので良いでしょうが」

 「モルテールン領が、田舎とばかりは言っていられなくなったということでしょう」


 ペイスの祖父というのは二人いる訳だが、シイツとの会話で出てくる人物は母方の祖父。

 元男爵家当主で、現在はモルテールン領で“病気療養中”となっているクライエス=ミル=デトモルトのことだ。

 足腰も大分弱っているし、いつお迎えが来ても不思議はない年なのだが、だからこそ王都での社交の場に顔を見せる意味は大きい。

 モルテールン子爵カセロールが、妻の実家であるデトモルト家と仲が良いとアピールする機会になるからだ。

 かつては駆け落ち紛いに結婚したことで絶縁されていた関係ではあるが、近年ではモルテールン家の隆盛などもあって関係は修復されている。カセロールとしても、自分の若気の至りで起きた因縁をいつまでも引きずるのを良しとしていなかった訳で、今では普通の親戚づきあいをしている。

 しかし、他所の人間にはそこら辺は分かり辛い。

 モルテールン家の武勇伝は、悪評も含め盛んに流布されていること。かつて絶交していたことを、今でもイメージとして持たれていることも多い。

 出来るなら、デトモルト元男爵がカセロールやアニエスと共に仲良く談笑でもしているところを見せつけておきたいものだ。


 また、足腰が弱って無闇に出歩けないからという理由であれば、他家の人間をモルテールン家が呼び出せる。デトモルト家は伝統貴族なので、モルテールン家とは普段絡まない貴族を招待出来るのだ。新興の領地貴族としては政敵であっても、中央の軍家宮廷貴族としての立場では味方にすべき人物というのも居る。

 カセロールとしても、そろそろその辺の関係改善と足場固めをしておきたいと思っていた。クライエスは、絶好の“外交カード”になり得る。

 老い先短い老人が、最後にもう一度だけ世話になった人に顔を見て挨拶がしたいと言っている、末期の頼みだ、などと言われて、言われた相手は断れるだろうか。断れば、薄情だと言われかねないのに。

 きっとカセロールとは因縁も有るが、世話になったデトモルト元男爵の最後の頼みならと、モルテールン家に足を運んでくれるだろう。

 モルテールン家にとってはクライエスがまだ歩けるうちに、王都に来ることに大きな意義を見出していると、カセロールは言っていた。

 カセロールはカセロールで、中央で色々と貴族の粘っこい関係性を学んでいるらしい。


 「爺さんまでこき使おうってのは、大将も人使いが荒い」


 従士長が、けらけらと笑う。

 シイツの意見には、ペイスも大いに頷くところだ。


 「全くです。父様の人使いの荒さは、モルテールン家が小ぶりだった時からの悪癖ですね」

 「それには同感だが、坊が言っちゃ御仕舞でさぁ」


 人使いの荒さに関して言えば、カセロールに負けず劣らず、ペイスも中々荒い。どっちが荒いかと言えば、甲乙つけがたい。あえて言うなら、カセロールの荒さは肉体的な疲労があり、ペイスの荒さは精神的な疲労がある。

 どっちも御免こうむりたいもんだと、シイツ従士長は肩を竦めた。


 「そういや、プローホルの話。聞きやしたか?」

 「プローホルの話?」

 「あいつ賭けで大金せしめたもんで、家を買ったらしいですぜ」

 「当家の従士が、自分で家を? それは珍しい」


 プローホルと言えば、ペイスの海外渡航に同行した若手従士である。

 寄宿士官学校を首席で卒業している俊英であり、将来の幹部候補としてペイスやシイツも可愛がっていた。

 その青年は、船の中で船員たち相手に賭けをしている。

 内容としては「ペイスがお宝を見つけるかどうか」だ。

 金銀宝石よりも価値のあるお宝を見つけるという大穴に賭けたプローホルは、見事に一人勝ち。ごっそり大金をせしめている。

 その金で、何と家を購入したというのだ。

 モルテールン家では独身従士でも既婚従士でも、住居は福利厚生で貸し出してもらえるため、自分の家を持つというのは珍しい。

 住宅補助の福利厚生が無かった時代から仕えるコアントローやグラサージュぐらいしか持ち家というのは無かったはずと、ペイスは続きを促す。


 「借家より自分で弄れる方が良いってんで、設計からやらしてるらしいです」

 「良いんじゃないですかね?」


 福利厚生で住居費がタダだからといって、必ず用意された家に住まねばならない決まりが有る訳では無い。

 稼いだ金で自分の家を買ったところで、問題は無いだろう。

 ペイスはそう結論付ける。


 「でもって、それがどうやら、女の影がちらつくってんで、噂になってます」

 「女の影?」

 「そりゃ、独身の男が、寮代わりに部屋を貸してもらえるにも関わらず、自分の家を買おうってんですぜ? 嫁さんが横から口出したんじゃねえかってぇ、噂になるのも当たり前でしょうが」


 シイツが、面白そうに笑う。

 自分の部下が、いよいよ人生の墓場に入るとなれば、野次馬根性が疼く。

 既婚者仲間が増えるというのなら、それはそれで大歓迎だと楽しそうである。


 「なるほど。男の大きな決断の裏には、女性がいるのではないかという、お決まりの風聞ですか」

 「風聞かどうかは、本人に聞かねえと。それで、こんどはプローホルがいつ結婚するかで賭けが始まってまして」


 ペイスの眉がぴくりと動く。


 「胴元は?」

 「俺です」


 自慢げなドヤ顔で、シイツが自分の胸に手をやる。


 「……シイツ、従士長ともあろう立場で、軽々しくそんな」

 「坊が言っても説得力ねえでしょうが」

 「まあ」


 ペイスとしては、モルテールン家の従士長にして、モルテールン領の重鎮たるシイツが、よりにもよってギャンブルを煽るような行動をすることに苦言の一つも言いたくなる。

 しかし、ペイスもまた賭けの胴元はしょっちゅうやっているので、止めろということも出来ない。

 プローホルの結婚がいつになるのか。

 賭けの対象としては、実に賭け甲斐のある内容では無いか。酒の肴にもなりそうで、悪い大人たちのおもちゃとしては相応しい。


 「で、坊はいつに賭けますかい?」

 「僕も参加して良いんですか?」

 「そりゃ勿論。一年以降二年以内ってのが一番人気で、二番人気は四年以降五年以内でさぁ」


 シイツが、何処からともなくメモを取り出す。羊皮紙に、誰がどこに賭けたかを記録しているのだ。


 「では、僕は二番人気に賭けておきましょう」

 「お、何口?」

 「キリよく二十四口でどうです?」

 「よし。それじゃあ記録しときますんで」


 従士長という責任ある立場で博打の胴元を堂々とする。

 モルテールン家の緩さを、これでもかと体現しているような話だ。ペイスが金貨一枚をシイツに渡す。一クラウンは二十四シロットであり、キリが良い。ちゃっかり、先ほど小袋に入れていた中からチョロまかしていたのはご愛敬だ。


 「結婚と言えば……ハースキヴィ家から、コローナについて連絡が来てましたぜ」

 「コロちゃん? 内容は?」

 「しばらく様子を見るし本人の意思を優先するのは理解するが、やはりいい人が居れば紹介してやってくれないかと」


 ハースキヴィ家に連なるコローナは、現在魔の森のチョコレート村で代官をしている。

 モルテールン家にとっても重役の一人となっていて、責任ある立場に就いている優秀な部下だ。


 「彼女は独身で仕事を続けたいという話でしたよね?」

 「ええ。覚悟が決まったと言ってました。でなきゃ代官なんぞにせんでしょう」

 「能力と意志が揃ってこその重職ですからね」


 封建的で男尊女卑の思想が根深く常識となっている神王国では、やはり独身の若い女性が結婚もせずに働いているというのは気になるらしい。

 本人の意思を尊重することに同意したものの、ハースキヴィ家当主としては、機会が有ればコローナを結婚させたいようだ。


 「コロちゃん代官は、現状で変えることは毛頭考えていません。村の経営の黒字化も、ロードマップが出来てますから」


 ペイスは、ハースキヴィ家からの要請を却下することに決めた。

 何せ、今はチョコレート村が独り立ちできるかどうかの瀬戸際なのだから。大事な代官を、私事で煩わせることは避けたい。


 「……蒸留酒でしょう。俺ぁ、今から楽しみでさあ。隠居して、旨い酒を楽しむ毎日ってのも」

 「お酒を楽しむだけなら、今でも出来るでしょう」

 「働いてる奴らを見ながら、昼間っから飲むってのが良いんじゃねえですか」


 うけけと楽し気に笑う従士長。

 元より無頼な生き方をしてきたシイツとしては、今の仕事を辞めたなら、昼間から酒浸りの生活をしてやると決めている。


 「性格悪いですよ、シイツ」

 「そりゃ、坊を見習ってますんで」


 性格の悪さを言うのなら、上司の方が格上だとシイツは言う。


 「僕を見習うなら、真面目に仕事をしそうですが」

 「どの口が言うんだか」

 「この口ですよ」

 「俺にはひん曲がって見えまさぁ」


 お互いに遠慮のない言い合い。

 今回は、ペイスが引くことにしたらしい。


 「では、真面目に仕事をしているところを見せますか」

 「ん? 何をやるつもりで?」

 「蒸留酒の確認をしてきます。コロちゃんに任せてあるので大丈夫だとは思いますが、しばらく海に居ましたからね。ここらで確認しておこうと思います」


 書類仕事だけでも飽きますしと、ペイスは椅子から飛び降りて背伸びをする。

 ぐぐぐと手を上に伸ばしながら、背中を反らせる。


 「お、それじゃあ、俺も御供しやす」

 「シイツはここで仕事ですよ。当り前でしょう」

 「そんな、殺生な」

 「シイツが酒の視察をすると、保存する前に飲んでしまいますからね。美味しい蒸留酒が熟成されるまで、目ぼしい幹部は接近禁止にします」


 蒸留酒の仕事に飲兵衛を関わらせると、天使の分け前が増える。

 これは、モロコシ酒作りで嫌というほど分かったことだ。

 故に、ペイスはチョコレート村の蒸留酒づくりについては、呑み助どもを近づかせないと決めている。


 「横暴でさあ」

 「職権乱用を防ぐ、事前防災ですよ。では行ってきます」


 ペイスは、早速とばかりにチョコレート村に【瞬間移動】した。


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― 新着の感想 ―
[一言] >蒸留酒の仕事に飲兵衛を関わらせると、天使の分け前が増える。 それは、エンジェルシェアとちゃう~。 デーモンシェアとかゴブリンシェアとでも呼ぶべき。w
[一言] クライエスなら未だ大丈夫なんじゃ?とは思う けどそれより現当主との仲はどうなんだろ? 念書程度の謝罪だし未だ思う所はありそうだな。 コロちゃん自分より強い相手を!!って言うなら 案外バッツ…
[一言] 車椅子とかストレッチャー使って 老人を色んな所に引っ張り出すなんて事態を起こすものとばかり
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