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おかしな転生  作者: 古流 望
第37章 オランジェットは騒乱の香り

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460話 帰還報告

 黒下月の終わり。

 今年も一年が過ぎようとしている年の瀬の最中。

 モルテールン家の王都別邸では、モルテールン領領主カセロールが息子を待ち構えていた。報告を聞く為に。


 先般、息子のたっての願いも有り、王宮に根回しに動いて海外渡航の許可をもぎ取ったのも記憶に新しい所。

 まだ年若い息子を海外に送り出すということは、この世界ではかなり異常なことである。

 そもそも海外に行く人間すらまれであり、多くの人間にとって外国というものは未知の世界だ。

 現代で言うなら宇宙に行くにも等しい、「行ったことがある人も居るらしい」という感覚の場所である。

 自分たちの権力も一切通じない、情報が殆どない場所に息子を送ることに、幾ら豪胆で知られるカセロールと言えども不安を感じずにはいられなかった。

 故に、戻ってきた息子を直々に迎え入れるのだ。


 「父様、ただいま戻りました」

 「うむ、よく無事で戻ってきたな」


 少々海で日に焼けた様子の息子。

 幾ら規格外の愛息子と言えど、いやだからこそ、不測の事態は大いに有り得る。

 世の中には人間の力ではどうしようもないことも存在するのだから、可愛い我が子が無事に戻ってきたのは喜ばしい。

 報告に来た息子に、笑顔を向ける父カセロール。ゆっくりと息子の頭に手を伸ばし、髪の毛をくしゃくしゃにするように撫でる。


 「それで、陛下に報告する前に、お前からの話を聞いておこうと思う」

 「はい」


 わざわざ許可を特別に取ってまで行っていた海外。

 その成果を確認するのは、父親としても領主としても、或いは王宮貴族の一員としても必須。

 防諜機能をこれでもかと取り込んだ執務室で、カセロールとペイスの親子は向かい合わせに座る。


 「まず、外交的成果について」

 「うむ」

 「これに関しては大成功だったと思っています」

 「ほほう」


 外交の為に、海外に出向く。

 その為の許可をわざわざ取って、海の外に旅立ったのだ。

 成果として報告出来るものがあるのは、許可を取った甲斐も有るというもの。宮廷貴族の一人としては、まず一安心といったところだ。

 信じていたとしても、やはり実際に息子の口から成功だったと聞くと実感がわく。相好を崩すカセロールに対して、ペイスはにこりと笑みを浮かべる。


 「詳しく聞こうか」

 「はい」


 父の言葉に、軽く頷くペイス。


 「まず、森人との関係構築について。友好的な関係を結ぶことに成功しました」

 「うむ、それは良い。外務閥も喜ぶことだろう」

 「はい」


 領地経営における外交関係とは、現代的な関係で言えば会社の営業活動に近しい。

 自分の領地の産品をより有利な条件で売りつける交渉を行うものであったり、或いは他所の領地の産物を出来るだけ良い条件で手に入れようとしたり。

 はたまた、敵に対抗するのに味方になってもらうようお願いしたりもするし、同じ利益の為に手を結んだりもする。

 これら全ての基礎にあるのは、友好関係と信頼関係。どこまでも属人的な、人付き合い。

 外交の全ての基本が人間関係に根差すのは、この世界の常識である。

 最終的な決定権を持っているのが領主や家長一人に集約されていることが当たり前であり、個人の好き嫌いが大いに意思決定に関係するからだ。

 恨みすらある大嫌いな人間と、とても仲のいい友人や親戚と、両方から同じ頼みごとをされてどちらかを選ばねばならない時。

 大嫌いな方をわざわざ優先しようと考える人間は居まい。普通は、仲のいい人間の方を選ぶ。条件が余程極端に偏っていない限り、嫌いな人間を優先することはあり得ない。

 つまり、外交関係の初手は、友好関係の構築となる。まずは話し合いの出来る程度の関係性と信頼を築いてから、交渉を行うものだ。

 外務系貴族などはこの点を秘伝として代々教育してきたほど、基本中の基本である。

 初手で敵対的になってしまえば、そこから友好的な関係を構築するのは極めて難しい。大事なのは最初。初対面の印象が大事だ。


 「実にいい人たちばかりでしたね」

 「そうか。外国についてはあまりよく分からないが、仲良くなれたのなら当家にも利益はあろう」

 「ええ」


 ペイスから見て、森人と呼ばれていた人々は、善良に見えた。

 悪く言うなら単純で頑固。良く言うのなら素直で意志の強い人々である。

 極一部にはそもそも神王国人を見下す蔑視の感情が有ったようではあるが、指導者層の、とりわけトップとは間違いなく友好的な関係を築けたと自負するところ。

 初手としては、外交的に見ても大成功だ。


 「更に、交易について」

 「うむ」

 「これも、当家の窓口を作ることに成功しました」


 ほう、と思わずカセロールが声を漏らす。

 特に親しくも無く、初対面の相手に対して友好的に接触できただけでも御の字。その上で、交易についても話を纏めてきたということに、驚いたからだ。

 自分の息子の優秀さに、改めて感心するカセロール。


 「喜ばしい結果だな」

 「はい」


 今後森人と神王国人が交流を持ち、交易を行うとするのなら、モルテールンが窓口になることは確定した。

 先に述べた通り、外交関係は初手が一番重要だ。人間関係で第一印象が悪いと以後ずっと引きずるように、外交において初見で失敗すると取り返しがつかない。

 故に、新しく森人といい関係を築いて交渉事を行いたいと考える人間は、既に友好的な関係性を持っている人間に、口利きを頼む。つまり、ペイスだ。

 外務閥が一派を築いている所以でもあるが、既に仲のいい人間から紹介されるというのは、何もないところから関係性を作るより何倍も楽だ。

 今回、ペイスはわざわざ現地まで足を運んで関係性を作った。これは、レーテシュ家でも出来ていなかった交渉の窓口をこじ開けたことに他ならない。

 交易権の確保までしているのだから、以後神王国人が森人からものを売り買いするなら、モルテールン家を通すのがベストということになる。


これは、これから領地経営を盛り立てていきたいと考えるなら最良の成果だ。

 何せ、南国の珍しい産物を独占で取り扱えるし、神王国の産品を独占して売りつけられる。

 折角無理矢理こじ開けた外交のパイプだ。大事にしたいものである。


 「交渉は“少々”難航したのですが、結果として継続しての交易権を得られたことは、大きな成果だと思っています」

 「そうか。……その少々の部分が気になるな」

 「大したことではありません」

 「ほう」


 ペイスは、自分が経験してきたことを、出来るだけ詳細に父親に伝える。


 「まず、最初に出向いた時。実はかなり相手方も排他的でした」

 「……ふむ?」

 「向こうの感覚では我々は未開の蛮族になるようで、かなり差別的な態度をとるものもおりました」

 「あり得ることだな。どこにでもそういう人間は居る」


 差別は良くないのでやめましょう、などという価値観は、この世界には存在しない。

 王様や貴族が居て、奴隷も普通に存在するのだ。しかも、魔法という存在も有る。

 優れたものと劣ったものが居るという価値観は非常に根深いし、自分たちは優れているものであると考えるのも人として自然なこと。

 神王国人の中でも、仮に森人が居たら「遠くの島の蛮族」と見下す人間は居るはず。

 森人たちが神王国人を下等だと見下していたとしても、お互い様だろう。


 「しかし、族長はそれなりに差別意識も低い、話の分かる御仁でした」

 「それは良いニュースだな」

 「父様の勇名も知っていたらしく、モルテールン家であれば話ぐらいはいつでも聞く、という態度で」

 「うむ? 私の勇名?」


 思わぬ言葉に、聞き返す父。


 「はい。レーテシュ家に乞われ、海賊相手に暴れたことなどは、南でも影響があったらしいです。僕が生まれる前の話ですよね?」

 「そうだな。もうずいぶん昔の話だ」


 もう十五年以上前のこと。

 まだカセロールも若かったころに、レーテシュ伯に乞われて海賊討伐に参加したことが有った。

 恐らく聖国あたりの陰謀だったのだろうと推測されているが、普通の海賊にしてはやけに組織立っていて、被害も馬鹿にならないものになっていたのだ。

 当時はレーテシュ伯もまだ若く、しかも女性。海賊討伐に当たって兵士たちにも割と舐められていた。レーテシュ家の弱みを突いた策謀だったと言われる所以である。

 彼の家としても、舐められっぱなしでいる訳にもいかないし、ことを早急に治める必要があった。しかし、家中を掌握しきれていない女伯爵では軍事行動は難しい。

 そこでカセロールが傭兵として雇われ、海賊討伐を行ったのだ。

 カセロールの【瞬間移動】やシイツの【遠見】といった魔法は、だだっ広い上に目印も無い海の上ではとても有効である。

 当時のモルテールン騎士爵は、たった一人で敵の船に乗り込んだ。そして制圧してしまった。一人で一軍に匹敵すると言われるのは伊達では無いのだ。

海の上での武勇伝は、現モルテールン子爵の逸話としては有名なものである。

 ことが南の海を荒していた連中の討伐だ。神王国より遥か南方に住まう森人にも影響が有ったらしく、ペイスよりも父親の威光の方が強かったと、ペイスが語る。

 カセロールとしては、一人で突っ込んで行ってやらかした黒歴史なのだが、若気の至りと気まずそうに頭の後ろを掻いた。


 「友好的に関係性を結べたのは父様のおかげです。しかし、交易となると向こうも大分渋りまして。特に恒常的な交易は、断固として拒否する姿勢を見せるものがいました」

 「ほう」


 仮に森人達が交易に積極的なら、もう既に今までに交易を営んでいるだろう。

 自給自足で事足りる生活をしていて、交易を不要と考えているからこそ、ペイスが出張る羽目になった。

 カセロールの考えとしても、交易が断られるであろうことは事前に織り込んでいる。


 「そこで、交換条件を出しました。条件を満たしたなら、交易を許可するようにと」

 「ん?」


 息子が、またもや何か変なことを言いだしたと、カセロールは傾聴する姿勢を正す。


 「実は、森人の間で“幻のフルーツ”について伝承がありまして」

 「ふむ」

 「我々がそのフルーツを手に入れられればという条件で交渉し、無事にフルーツを見つけることが出来まして」

 「……交渉過程が意味不明だな」


 何をどう交渉して、フルーツを取ってきたら交易権を認めるという話になるのか。

 カセロールの理解が、追いつかなくなってきた。


 「ちょっと不思議な話を聞いたので、ちょっとだけ足を延ばしてみたら、少しばかり大きな亀が居て、美味しいフルーツを手に入れることが出来たんです。めでたしめでたし」

 「……さっぱり分からん。それのどこが少々なのだ」


 結局、ペイスの説明は肝心な部分を端折り過ぎていると、説明をし直す羽目になる。

 最後まで詳細に説明し、カセロールが内容を十全に理解する頃には、夜遅くになっていた。


 「全く。陛下に報告する私の身にもなってくれ」

 「頼れる父を持って、僕は幸せ者だと思います」


 ペイスのあからさまな煽て口上であったが、カセロールは満更でもなさそうに息子の髪をぐしゃぐしゃと搔きまわした。





おかしな転生最新26巻&コミックス11巻が同時発売。予約受付中。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『オランジェット』の章を2/14から 投稿を始めるとはお洒落ですね。 新章楽しみにしています。
[一言] 再開お待ちしておりました! この章も、きっと驚きと楽しさが溢れることでしょうね。
[一言] カセロールお父さんはますます親バカに磨きがかかりましたねこれで孫が生まれたら親バカ、孫バカになりますね
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