459話 お宝探しは南国の味
ペイスが幻のフルーツを手にして一週間。
発酵を終えたカカオ豆が、ペイスの手によって加工される日がやってきた。
幻とも伝説ともいわれるフルーツの実。
「まずは、この発酵させたカカオの豆を使います」
「ふん。実を使わぬとは何も分かっていないな」
「大丈夫。美味しいお菓子を作って見せますから」
鼻歌を歌いながら、カカオの焙煎を行う。
ローストして香ばしさを出し、更には油分をしっかりと出させることが焙煎の真意。
カカオ豆独特の香りが、焙煎している豆から漂い始める。
「更に、この焙煎した豆をチョコレートにしていきます」
焙煎されたカカオ豆は、皮をむかれてすり潰される。
ねっとりとペースト状になるまで練り、しっかりとチョコの元を作っていく。
カカオマスと呼ばれる柔らかな塊が出来れば、カカオバターを抽出して準備は出来上がり。
「これに砂糖などを混ぜて、味を調えます」
チョコレートには、カカオ九十九%などというふざけたものも有るだろうが、基本的にカカオマスに砂糖やカカオバター、乳製品を加えてチョコレートとするもの。
「更に細かく練り、滑らかにしていきます。味と舌触りに繋がる、重要な作業ですね」
乳鉢のようなものを持ち出し、ごりごり練り練りと、必死にチョコの元を混ぜる。
ここで出来るだけチョコを細かく粉砕しておけば、舌触りも全然違ってくるのだ。
中にはあえてそういう荒っぽい舌触りを好む者も居るのだが、やはり基本に沿って滑らかさを追求する。
十分な感じにチョコレートの塊が出来れば、精錬作業。
よりチョコレートをチョコレートらしくする作業だけに、丁寧に行う。
「さて……ここで」
ペイスは、出来たばかりのチョコを金属製の型に流していく。
型は魔法でこっそり冷やしているので、うまい具合にまん丸のチョコレートが出来ていく。
「秘蔵のお酒をちょいと詰めて」
「何!? 酒だと!!」
ペイスは、良く知っている。
森人達は、お酒をとても嗜むと。量もそうだが、味にも拘って酒を楽しんでいる節が有る。
そこで、折角だからと中に蒸留酒を詰めていく。少しづつ様子を見ながら酒を流し込み、あとは酒入りチョコレートの穴を塞げば、これで完成。
「むむむ……」
「ウィスキーボンボンと言います」
悔しそうな老人たちに対し、ペイスはどや顔で見せまくる。
誰に宣伝しているのか。
「ウィスキーボンボン?」
ウィスキーボンボンとは、チョコレートなどの側に対して蒸留酒を入れて完成するスイーツ。
酒のチョコレート包みと言ってもいい。
チョコレートの中は酒飲み集団おススメの酒である。
学生にはおススメできないおやつであるが、これはペイスの同僚が必死で作ったものも含まれる。
「さあ、食べてみて下さい」
「……ちっ」
老人たちが、それぞれにウィスキーボンボンを食べ、そして蕩ける。
チョコがでは無い。大して仕事をしてない年寄り連中の口の中のチョコがである。
一口入れた時にはチョコレートの甘さで強烈なパンチを食らわせ、そうかと思えばやってくる蒸留酒の味と香り。ガツンと来る感じが、酒飲みには実に素敵。
誰もが、本気で美味しいものだと思った。口にこそ出さないものの、嘘をつくでも無く、皆が皆じっと大人しい。
美味い。そう一言が言いたくて、何度となくウィスキーボンボンを口にしていた。
「我々は、あなた方の持つものを、より高度に加工する技術が有ります」
ペイスは、族長を始めとする森人達に語り掛ける。
「モルテールンならば、貴方たちのもつものにより多くの付加価値を付けて広めることが出来る。それは、あなた方にとってもプラスになることだと考えますが」
その日、ペイスは神王国人として初めて、ジュナム族を筆頭とする森人達との通商条約を結ぶことに成功した。
◇◇◇◇◇
「ただいま戻りました」
「ペイスさん、お帰りなさい」
「リコ、留守のあいだ家を任せてしまいましたね」
「いえ。これでもモルテールン家の嫁。ペイスさんの妻ですから」
ザースデンに戻ってきたペイスを迎えたのは、愛妻であるリコリス。
日頃からしょっちゅう家を空けるペイスではあるが、流石に聞いたことも無いような外国に行くというのは不安も有った。
無事に戻ってきた夫、安堵するリコリス。
「お土産もありますよ。三つほどあるので、順番に出しますね」
「ありがとうございます」
ペイスは、早速とばかりにリコリスへのお土産を広げる。
フルーツの類は、キンキンガチガチの冷凍状態で食糧庫いきだ。
既に運び込まれていて、美味しいお菓子にされるのを今か今かと待ちわびている。
「まずはこれ」
「これは、貝、でしょうか」
「ええ。綺麗でしょ。リコに喜んでもらえるかと思って、傷の無いものを一生懸命探したんです」
ペイスが最初に見せたのは、二枚貝。
貝の内側に真珠層が出来ていて、鈍いながらも真珠色に光っている。
「そして、これ」
「これは、お茶ですか?」
「ええ。レーテシュ産の最高級茶葉。非売品のものを、レーテシュ伯からもぎ取ってきました」
次にペイスがリコリスに渡したお土産は、レーテシュ土産。
お茶どころとして名高いレーテシュ領のお茶の、更に最高級品を交渉の末に手に入れたのだ。
王家やそれに準じる人間にしか渡さないという、レーテシュ家の人間すら飲むことが稀な貴重な品であったのだが、ジュナム族は外国の王族に準じるという建前の元で彼らに贈られ、更にそれをペイスが口八丁で購ったのだ。
普通は売られることも無い貴重品。お土産というなら、金塊のインゴットを数キロ贈るほうが安上がりなレベルである。
「そして最後は、これ」
「これ……何ですか?」
「チョコレートです」
「これが? そういえばチョコレートの香りがしますね」
ペイスが見せたのは、ペイスによって加工されたチョコレートである。
つまり、チョコレート細工が為されているということ。
夫が飴細工を嗜むことはリコリスも承知していた為、なるほどと頷く。
チョコレートでも同じようなことが出来るというなら、夫がやらないはずが無いと納得したのだ。
「あと、お土産では無いのですが……」
「これも、チョコですか?」
「ええ。チョコレートボンボンです」
「普通のチョコレートでは無いのでしょうか?」
「ええ、ちょっと特別なチョコです。食べてみますか?」
「はい」
リコリスは、チョコレートボンボンをぱくりと口に入れる。
するとしばらくして、溶けたチョコの中から舌を刺激する液体が出てきた。
「ん゛ん!!」
「ふふ、びっくりするでしょ」
初めてボンボンショコラを食べたことで、リコリスは思わず驚く。
口の中で混ざり合うチョコとお酒が、とても美味しいのだ。
「美味しいです!!」
「そうでしょう、そうでしょう。いっぱい作ってあるので、良ければどうぞ」
「嬉しいです」
ペイスとリコリスの二人。
確かな絆がチョコレートに包まれているのだった。
これにて36章結
ここまでのお付き合いに感謝いたします。
以下宣伝
おかしな転生25巻「お宝探しは南国の味」が来る10月10日に発売されます。
是非お買い求めください。
次章
スペシャルなフルーツを手にしたペイス。
早速とばかりにお菓子作りに勤しむのだが、出来上がったスイーツは思いがけない効能があった。
かつてないお菓子を巡って争い合うのは、高貴な女性たち!?
ペイス製のスイーツを巡って、女の闘いが激しさを増す。
国を二分する戦いの真っただ中。ペイスが思いついた奇策とは……
次章「オランジェットは騒乱の香り」
お楽しみに