458話 幻のフルーツ
「これが、幻の……」
ペイス達は、ジュラの街に戻ってきた。
ジョゼフィーネ号の船内は“冷凍保存されたフルーツ”で満載であるのだが、そのどれもが極めて珍しいものばかり。
モルテールン領では絶対に手に入らない果物の数々に、ペイスは狂喜乱舞したほどである。
とりわけ、ペイスが驚いたのが、亀島のほぼ中心部にあった木になる実。
カカオと思われる実がなっていたのだが、どうもその場は亀の魔力的な何かが働いていた場所らしい。
なっていた実が、僅かに発光していたのだ。
普通であれば気味悪がってもおかしくない場面なのだが、突き抜けたお菓子馬鹿にとっては気にもならなかったらしい。
「確かに、これは幻のフルーツだ。話に聞いていた通りであるし、何よりこの神々しさは間違い様がない」
手にしてきたフルーツをジュナム族の人間に見せたところ、伝説のフルーツであると判明したのだ。
族長の他に、大勢の人間が手に取るや間違いないと言い出す。
ペイス達は詳しい口伝の内容を知らされていなかったが、彼らジュナム族の中では口伝えでこのフルーツのことについて教えてきたことのようだ。
「おい、ちょっと見せてみろ」
男が、幻と呼ばれたフルーツを手に取る。族長の傍にいた老人で、ペイス達が幻のフルーツを捜索することに対して、明確に侮蔑していた人間だ。
神王国人を嫌う彼からすれば、目の前の事実は受け入れがたい。自分たちでも口伝でしか伝えられていない、幻のフルーツ。伝説の果物を、よりにもよってよそ者が採ってきたというのだ。
自分たちが出来なかったことを、こんな子供や女が纏める集団に出来るはずが無い。
絶対にそんなはずは無いと、自分の目で確認するため手に取った。
その瞬間、理解した。
分かってしまったのだ。このフルーツが、普通のものでは無いと。
明らかに、存在感が違う。
手に持った時、見た目以上に、重たいと感じた。
単純な質量が重たいのではない。絶対に落としてはならない、貴重なものであるという実感がそうさせたのだ。
実際の見た目以上に、ずしりと感じる。
どうあっても、本能が、直感が、過去培ってきた経験が、手の中のフルーツの価値を認めてしまう。
「くっ……本物だ」
「ええ、そうでしょうとも」
ペイスにしてみれば、今までものすごい数のフルーツを目にし、また口にしてきた経験上、見つけたカカオが異常であることは確信をもって断言出来た。
他の連中ならばいざ知らず、ペイスは過去の知識という比較対象が有る。
今回手にしたものしか知らないならば、幻のフルーツなのか、それとも単なるそういう品種なのかを判断は出来ない。
明確に、幻のフルーツを手に出来たのは、ペイスが断言したからだというのもある。
「しかし、どうやって手に入れたのだ」
「それは勿論。幻の島に行って、手に入れてきたに決まっています」
「そんな馬鹿な!!」
ジュナム族は、二度目の驚きで言葉を失う。
一度目は勿論幻のフルーツの実物を目にした時だが、二度目はペイスの言葉に対して。
自分たちでも探すことが難しかった島を、何故簡単に見つけられたのか。嵐の中にあるといわれる島を、どうやって見つけたのか。
そう、ジュナム族は口伝で伝えてきたのだ。幻の島を探すものは、嵐によって行く手を遮られる。無理に進めば船は沈められる。絶対に近づいてはならないと。
最初にペイス達の船をニヤニヤしながら見送ったのも、それが理由。どうせ沈んでしまうのだから、さっさと諦めてしまえという侮蔑を込めた笑いだった。
にも拘らず、神王国人は帰ってきた。幻のフルーツを携えて。
自分たちでも危険と感じる嵐を、乗り越えられるような船員をどうやって集めたのか。
本当に、幻の島にたどり着いたのか。
疑問は幾らでも湧いてくる。
しかし、目の前に本物が存在する以上、幻のフルーツを手にしたのは間違いない。つまり、幻の島に行ってきたというのも、嘘とは思えなかった。
あり得ない。
ジュナム族の誰もがそう思った。しかし、事実として成しえたことを否定も出来ない。
わいわいがやがやと、騒がしさは収まることが無い。
ジュナム族にとっては、自分たちの親や祖父母から聞かされていたおとぎ話の産物の現物を目撃しているのだ。
野次馬根性というだけでなく、物珍しさとありがたさが勝っているのだ。
あまりにも信じられないことの為、祈り出す者もでる始末だ。
「シュパル族長」
「何だろう」
「我々の成果を、認めて頂けますか?」
「それは勿論だ」
「賭けは我々の勝ちで良いですね?」
「……仕方あるまい」
族長は、ペイスと賭けをしていた。
幻のフルーツを見つけることが出来たなら、そして無事に持ち帰ることが出来たなら、恒久的な交易をしても良いと。
船一杯の金貨をペイスが賭け、族長は今後の交易権を掛けた。
結果は、承知の通り。ペイスの完全な勝利。
ジュナム族は、今後モルテールン家に対して優先的な交易を許可することになる。
定期的な南国フルーツの仕入れルートが出来たことに、ペイス自身はホクホクだ。
ざわつきも収まらない中。
一通り皆の目に幻のフルーツが触れたあたりで、ペイスは件の果物を手元に回収する。
「では、確認も出来たのなら良いですね。このフルーツは我々が持ち帰ります」
「何!?」
ペイスの言葉に、ざわついていた野次馬を含め、ハチの巣をつついたような喧騒が起きる。
それも仕方ない。ジュナム族にとって、伝説のフルーツを他の一族、ましてや他国の人間に持って行かれるなどというのは想定外。青天の霹靂。
「この実は、ジュナム族のものだ!!」
「そうだ。この実は、此方で預かろう」
族長は、自分たちでフルーツの実を預かると言い、脇の男はペイス達に詰め寄る。
だが、幻のフルーツをペイスから奪おうとしたところで、ペイスに腕を極められた。
ペイスは護身術も捕縛術も、人並みに使えるのだ。
「くそ、何をする!!」
「何をするも無いでしょう。僕たちのものを勝手に取ろうとする強盗に対して、実力で止めたのです。良かったですね、ここが神王国でなくて。我が国で、貴族相手に強盗しようとすれば、その場で切り捨てられても文句の言えないところです」
「バカな、誰が強盗だ」
「貴方ですよ。人のものを盗っちゃいけませんって、親に教わりませんでしたか? それとも、ジュナム族では他人の物を力づくで奪って良いという決まりでもあるんですか?」
ペイスは老人の動きを関節技で止めつつ、族長に質問を投げる。
「いや、そのような決まりはない」
「だったら、何故止めないのです」
件の老人が動くとき、周りの連中は止めようともしなかった。
むしろ、それが当然であるかのように見ていたのだ。
「……我々にとって、その果物は特別なのだ」
「と言いますと?」
「遥か昔、我らの島が全て繋がっていた昔。我らの祖となる者が島に降り立った」
「昔話ですか」
「伝説だ。そして、我らは事実と信じている。島に住まうものにとっては、歴史である」
「ほう」
族長は、一つの昔話を滔々と語り出す。
ペイスも聞いたことが無い、文字にも残っていない、文字通りの口伝文学である。
「島に降りたったものは、島の中で特別な果物と、特別な魚と、特別な鳥を手に入れて、島で暮らすことになった」
「建国神話のようなものですか」
「そうだ。人はその時から森と海と空から実りを得るようになり、繫栄するようになったというのが、我らに伝わる祖先の話だ」
「ふむ」
それぞれの民族にとって、自分たちの祖先が如何なるものか、どうやって生きてきたのかを語るのは、重要な文化である。
建国神話や民族の神話として、代々受け継いできた話なのだろう。
どこの民族であっても、自分たちの民族が素晴らしいものであるという教えを残す。アイデンティティにも繋がるものだから、基本的にはこういった物語は美談になりがち。
大事なことは、ジュナム族はこの話を真実の歴史であると信じている点だ。
「大鳳は見た者に幸運を呼び、大魚は触れた者の病を食べると言われている。そして大木の実は……」
「大木の実は?」
「食べたものが若返る、と言われている」
「それはまた、眉唾ですね」
笑い飛ばさなかっただけ、ペイスは冷静だった。
若返りであるとか、不老不死であるとか、そういう話は現代的価値観からすれば嘘くささに満ち満ちている。
時間とは不可逆なものであり、人間は必ず死ぬというのが常識な考え方だ。
「この話が真実である理由は、先の三つのうち、二つが実在するからだ」
「……特別な魚と鳥ですね」
「ああ。特別な魚は『金の鱗を持つ大魚」、特別な鳥は『輝く羽を持った大鳳』、そして特別な果物とは『光放つ大木の実』と言われている。前者二つは、間違いなく存在する。大魚は居る場所が分かっているし、大鳳も極稀に空を飛んでいる」
「へえ」
ここにきて、新たな情報である。
幸運をもたらす鳥が飛び、病を食べる魚が住んでいるというのなら、是非とも捕まえて持って帰りたいところだ。
出来るかどうか、或いはジュナム族にとって大事なものであろうそれを持って帰るなど。戦争の理由となっても何の不自然も無い。
「ですが、この実は僕らが採ってきました。貴方方の力を借りるでもなく、独力で。ならば、貴方方に渡す謂れも無いですよ」
「それはそうだが、しかし、その実の存在を教えたのは我々だ。我々とて、その実が
ジュラの街から出ていくことには不満も大きい。祖のものであった以上、我々のものだと……」
「ならば、自分たちで採りに行けばよかったのです。他人に採られたからと、自分たちの勝手な作り話で所有権主張など、片腹痛い」
ジュナム族は、自分たちの祖先の話は事実だと思って信じている。
しかし、モルテールン家ではそのような伝説は迷信だと考える。
どこまでも議論は平行線だが、結局ペイスが幻のフルーツを手にした。
「くっ、神王国人ごときに」
老人が、悔しそうな声をあげる。
どうしても、外国人に宝物を持って行かれることが気に喰わないらしい。
「貴方たちにとって、このカカオの実が大事なのは分かりました。しかし、貴方方では宝の持ち腐れでしょう」
「何だと!?」
周りの大人たちが、盛大に言葉を荒げる。
自分たちが古くから食べてきたのがペイスがカカオと呼ぶ実。
果肉を始め、食べられそうなものが多い。
自分たちこそこの実について最高の料理が出来ると言い出した。
「僕が、この幻のフルーツを使って、最高のスイーツを作って見せますよ」
ペイスが、三度ジュナム族の一同を絶句させた。