044話 陞爵
「陞爵した。だから舞踏会に参加することになった。ペイスも一緒にな。ちなみに、陛下直々の勅命なので拒否権は無い」
「はい? 父様、いきなりすぎて、どういうことかさっぱり見えないのですが」
王都の貴族街に最も近い宿屋。諸外国の来賓であったり、国内の有力者であったり、時には貴婦人方の秘密の逢瀬に使われる、高級宿。
その一室で行われることになった、モルテールン家の面々による会議。参加者は、領主カセロールと息子のペイス。そして筆頭外務官のダグラッド。
城から戻るなりのいきなりの宣言に、ペイスやダグラッドの頭の上にはクエスチョンマークのハテナ印が飛び交っている。
説明を求めた息子の声に、一つ頷いて父親は語る。
「うむ、実はだな……」
◇◇◇◇◇
「面を上げろカセロール」
「はっ」
「相変わらずの様子で嬉しいぞ。久しぶりではないか。こうして会うのも十年ぶりだったか。お前も少し太ったか?」
「諸事にかまけご挨拶もままならぬこと、身の至らなさを感じております。陛下におかれましてもご健勝の御様子、何よりのことにございます」
王宮には、数えるのが面倒になるほどに部屋がある。
多くは国王家族の私室であり、侍従や侍女、或いは警護の近衛以外はほとんど入る事の無い部屋。
それ以外にも、人と面会する為に用意された部屋が幾つもあり、それぞれが格式の差をもって区別されている。
最も高位な部屋が、金竜の間。国王の戴冠式や、王族の冠婚に用いられる部屋であり、この部屋に入れるのは男爵位以上の貴族のみである。
或いは青狼の間。外国の王族や、国内の重鎮をもてなすために用意されている部屋で、時には社交の場としても使われる為、かなり広い部屋になっている。この部屋は、貴族以外に入ることは許されない。
或いは白兎の間。ここは平民でも特別に許可を得れば入る事が出来る場所であり、商人が物を売りつける時であったり、爵位を持たない貴族子弟の接遇であったりに用いられる。
他にも、女性だけが入室を許される部屋や、或いは逆に男性のみが入室を許される部屋もある。未成年の立ち入りが禁じられている部屋であったり、役職ごとに入室の権限が違う部屋だったりも多い。
今、国王が居る部屋は、緑竜の間と呼ばれている。主に、国内貴族に対して面会する時に用いられる部屋であり、少人数用の部屋の為に、護衛もし易く出来ている。
国王にとって信頼できるものを呼ぶ部屋として使われるため、この部屋に入ったことがある人間は指折りで数えられる程度である。
部屋の中には、楕円のテーブルがあり、椅子が数脚備え付けてあるが、それこそがこの部屋がくつろぐための部屋である証左でもあった。
その部屋で、偉丈夫が跪いている。カセロール=ミル=モルテールン。旧姓ベニエ。現モルテールン領領主にして、初代モルテールン家当主。
とりあえず座れ、との王の言葉に、件の騎士が王の着座を確認の後に、自分の椅子に座る。
国王の脇には、ジーベルト侯爵が立ったままで控える。この場は、侯爵は補佐以外の何物でもない。形式としては護衛兼任という事になるのだが、もうすぐ高年になろうかという中年には、腕っぷしを期待してはいけない。そもそもカセロール相手には、万の兵を護衛にしたところで無意味なのだ。
「して、統治状況の報告をしたいという事だったな」
「はっ、陛下と交わしましたる約定を、果たしに参った次第です」
「……二十年前のあれか」
カリソンは、フッと遠い所を見るような目になった。
激動の時代であった二十年を、振り返るような遠い目。
国王は思い出す。
今から数えて二十一年前。
王国存亡の危機に際し、当時は騎士爵家従士として参戦していたカセロールの奮戦殊勲もあって、窮地を脱した。
比類なき大殊勲。カセロールの戦後の処置については、他に類のないことであったために議論が紛糾し、まとまる気配を見せなかった。
戦後の不確かな権力基盤の上では、如何に第一王子といえども旧体制下の権威者たちを無視することも出来ず、彼らの権利を削るわけにはいかない。かといって、実際に手柄を立てた者たちを冷遇するわけにもいかない。
当時のカリソンとしては、カセロールに対しては二位階特進の準男爵位か、或いは一挙に男爵位の叙勲を考えていたのだが、当時の情勢下では準男爵位や男爵位に見合う余った土地など無かったのだ。それこそ、広さだけはあるモルテールン領以外には。
無理を押して、カセロールに男爵位と見合う土地を与えるとなると、誰かの領地を削ることにもなりかねず、反対論は根強かった。とりわけ、カリソン王子に対して敵対的な姿勢を見せ、後の手のひら返しで味方についた伝統貴族達の反発は過激な物であり、下手に押し通せば再度の内乱も懸念される状況にあった。こういう場合には、政治的な配慮が求められることになる。
また、仮にそれ相応の領地を与えたとして、カセロールの領主としての力量はまだまだ不確か。未知数であったことも反論材料にされた。
個人の武勇としては確かに類を見ない。だが、領地領民を守っていかねばならぬのに、個人でできることなどたかが知れている。領主としての力量が分からぬものに、いきなり大きな領地や高い爵位を与えても、もてあますのではないか、と。
その意見には、確かに筋の通った道理が含まれていた。戦乱の荒れた中では、ある程度の大きさの領地には早期に安定して欲しかったという事情もあった。
カセロールに与える土地をモルテールン領とし、爵位をそれに見合う騎士爵位としたのはこれが主な理由だ。王子は、力の無さを痛感するとともに、功績に見合った地位を与えられない自分を恥じた。
そこでカセロール=ベニエとカリソン王子は、約束した。
いずれ、カセロールがいっぱしの領地貴族として、領地を豊かにして見せた実績を積んだとき。胸を張って王子に報告できるとカセロールが思えた時。モルテールン領が他に見劣りしないだけの輝きを放つとき。
その時には、それが何十年後のことであろうと、改めて報奨を渡す。
公式な文書には何も残っていない、男と男の約束であった。
「陛下、あの時のお約束の通り、私は胸を張って報告いたします。モルテールン領は昨年度をもって、黒字の経営となりました。今後も発展させていける自信も持ちました。陛下の臣として、恥ずかしくないものになれたと自負する次第です」
「そうか……うむ、そうか!!」
喜色満面。まさに喜びの色一色となったカリソンの顔は、どこか少年の趣を感じさせるものであった。
本来はこのような喜怒哀楽は隠すのが国王と言うものであり、隠そうとしても隠しきれなかった喜びに、ジーベルト侯爵などは苦笑する。
真の友人は苦境の時にこそ分かるとの言葉もあるように、カリソンにとっては自らが最も苦しかった時に、最高の救いとなった同世代の騎士こそ、かけがえのない友人である。彼の騎士の誇らしい偉業は、国王にとっても誇らしい功績なのだ。
「詳しく話せ。あの土地のことは俺も知っている。どうやってあの地を治めたのか。他の者の参考になる事も多かろう」
「御意」
言外に、面白そうなことは包み隠さず話せ、という本音を隠しているのは、貴族であれば誰でも分かるだろう。国王は目を爛々とさせ、おもちゃの前の子供や、お菓子の前の菓子職人のような好奇心を見せていた。
「まず聞きたい。麦の作付けを減らして、代わりに豆を作って食糧増産に成功したことは聞いている。ここ最近に始めて、成果も出ているそうだな。それを考え付いたのは、どこからだ?」
「息子にございます」
「息子? 年端もいかぬ子供の何をみて、そんなことを思いついたのだ」
「いえ、息子を見て思いついたのではありません。息子に教わったのです。我が息子は私などには勿体ない天才であります。自分で家の裏に畑を作り、そこで豆を作ることで土地が肥えることを証明してみせたのです。私はそれを教わり、実践したことで食料の増産に成功しました。また、副産物ではありましたが、豆の低木は薪の代わりとして使えるので、燃料輸入の節減にもなりました」
「ふ~む、お前の息子が……か。どうにも変わった息子のようだな」
「自慢の息子です」
幽霊騎士、首狩り騎士、大戦の英雄、神出鬼没、逃げ一番、南部指折りの愛妻家。カセロールを指して呼ばれる呼称は多いが、“神王国一の親馬鹿”の異名もまた然りである。本人としては至って大真面目に息子を評しているつもりなのだが、周りからすれば特大の親馬鹿に見える。おおよそ自分の子供を称するとは思えない“称賛のお言葉”が並ぶのだから、それも当然だろう。
ため息が漏れたのは、カリソンか、ジーベルト侯爵か。或いは両方かも知れない。
「……まあいい、他にも問題があったろう。水の問題は解決したのか?」
「はい、大まかには解決致しました」
「ほう、どうやった。雨を降らせる方法でも見つけたか」
「我々が採った方法は、そのような奇抜なものではなく極々標準的な解決法です。大きめの貯水池を作ることで対応いたしました」
神王国において、水不足に悩んでいる土地は、モルテールン領以外にも多々ある。
鉱山があるので非常に裕福な土地ではあるが、山間の為に水が不足しがちなチワウ騎士爵領。そこそこの大きさを持つ島であり、近隣は豊かな漁場となっているものの、島の標高も低く川も無いレーテシュ伯領の飛び地、ゴンゴイ島。海が近い為に、井戸を掘ると塩水が湧いてしまうパッペーノ男爵領などが代表的な例だろう。
それぞれの土地毎で解決のための方策は考えられたが、多くの場合は雨の時などの水を溜めておいて、必要な時に使うという方策が採られている。モルテールン領以外では、降雨量も平均的であるからだ。
逆に言えば、モルテールン領では至極当たり前の対策すらも、とり辛かったということである。少なくとも今までは。
「あの雨の少ない土地でか。さぞ巨大なものになっただろう。一体どれほどの金と時間と人手が掛かったか想像も出来んな。大丈夫だったか?」
「これも息子のおかげで恙なく」
「魔法か? 確かお前の息子も魔法が使えると報告があがっていたな。どんな魔法だ?」
「息子の魔法のおかげであることはご想像の通りにございますが、詳しいことは本人にしか分からぬのが魔法でございます。私の口からは何とも申し上げにくく、別途の機会にさせて頂きたく思います」
「そうか。まあ、無理には聞かん。魔法の内容は隠すものだからな」
「はっ」
カセロールが息子の魔法の内容について口ごもった点は、気にならないと言えばうそになる。
ジーベルト侯爵にしてもカリソンにしても、彼の息子が魔法を使えるという情報は得ていた。魔法の内容が、恐らく絵を描く魔法であるらしいという噂も、それ相応に確度の高い情報として承知していた。というよりも、その点に関しては彼の少年本人が、社交界で積極的に売り込んでいるだけに、まず間違いない。
しかし、何が出来て何が出来ないのかを、本人のみが知るというのは言を俟たない。知らぬとすっとぼけられれば追及も出来ないので、それはそれと話を脇に置くしかない。
侯爵のみ、自分用の小さい石板に“後日要調査”とだけ書き記した。
「うむ。とにもかくにも、食料と水の問題に目途が付いたという事か。木材についてはどうなっている? 豆の木だけではたかが知れているだろう。建築材にもならんだろうしな」
「公爵閣下と息子の協力により、荒地でも育つ木を見つけました。貯水池の周りが森になる計画でして、順調に予定を消化中です」
「ほうほう……ああ、思い出したぞ。噂に聞くバロだな」
「はい。息子はニセアカシアと呼んでおりました。噂通りのもので、役に立ちそうです」
神王国では、ペイスがハリエンジュと呼ぶ木を悪木と呼び、忌避してきた風潮がある。何故なら、この木の環境適応能力の高さはそのまま、有用木の駆逐能力を意味するからである。
ハリエンジュ。ニセアカシアとも呼ぶそれは、単体ではそれ相応に有用な木だ。薪炭に向く木質で、ほどよく堅めであり、成長も早い。土地も肥える。
しかし、杉のように真っ直ぐ長い癖の無い木材になるわけでもなく、松のようにヤニが採れるわけではない。クヌギのように実をつけて動物を養うわけでなく、樫ほどに固くなるわけでもない。柿のように食えるわけでもなく、楢のように加工しやすいわけではない。
木そのものの欠点としても、有毒植物であり、針のような棘が多く、危険性も無視できない。また、大きくなれば倒れやすい木でもある。
木々の種類は非常に多く、ニセアカシア以上に有用な木などはごまんとある。その全てを駆逐しかねない植物である為、普通の木が育つところであれば、バロと呼ばれて駆除の対象になっていたのだ。
繁殖力の旺盛な雑草が、たとえハーブのようなものでも畑では嫌われるように、ニセアカシアもまた雑木として忌み嫌われる存在。
悪木の噂を聞いたペイスが大喜びした時、カセロールを始めモルテールン家の家人一同は、またペイスの不思議が始まったと呆れたという。畑に雑草が生えていると聞いて喜ぶ子供のようなものだから、それも当然だろう。ましてや、雑草を積極的に育てましょう、と言い出した場合には頭の出来を疑うのが普通。
ペイス以外が、雑木を育てようと思いつきもしなかったのは至極当然である。
「あの悪木が使えるとはな。物は考えようと、俺も感心したものだ。落ち着いて聞けば納得もするのだが、非常識なのも確か。目の付け所が余人とは違うのも間違いないようだな」
「光栄です」
実際、モルテールン領以外でバロの利用は極めて少ない。燃料として燃やすことが多いわけだが、成長の早さから大体が小さいうちから刈り取ってしまうものだ。また、人の入らない森の中に生えたとして、深い森ともなれば、葉の茂りの弱いハリエンジュは、日も当たらずにいずれ枯れる運命になる。先駆植物の悲哀である。
「ちなみにですが、息子が申すにはこの木も別名がございまして、ハゲシバリという名もあるそうです」
「ほう、面白い名だな」
カリソンは、ちらりと隣を見た。
具体的には、ジーベルト侯爵のおでこのあたりだ。その視線に気づいたのか、侯爵もまた、さりげなさを装いつつ、髪を撫でつけて少しでもボリュームを演出しようと試みた。失敗したようだったが。
カリソンはその様子を見ながら、くくと笑いをこらえ、カセロールに先を促す。
「ぷっくく。さて、それを聞けば黒字になったというのもよく分かる。あの難治の土地をよくそこまで豊かにしたと褒めておこう。しかし、単に領地経営が黒字というだけでは無かろう。それだけなら、土地の良し悪しはあるにせよ、他のボンクラ共でもやっていると反論もあろう。まだ何かあるのだろう?」
今後も発展させていける自信、とカセロールは言っていた。
そこについてこそが、今回の会談の本旨だ。ただ単に現状報告で終わるようでは、外交官としては三流も良いところ。
領地経営の黒字化、というのは、モルテールン領に限ってみれば快挙である。多くの人間は不可能と考えていたことだ。
しかし、モルテールン領以外で、となると珍しいことでも無い。むしろ、領地経営の黒字化は、領地貴族としては極々当たり前の最低ラインなのだ。赤字が続けば家がつぶれるのだから、自然と淘汰されて黒字のところのみが残る。
カセロールが胸を張れる、といった以上、最低限度ではないプラスアルファの何かがある。
国王は期待を込めて続きを促し、ジーベルト侯爵は細大漏らさず情報を得られるよう気を張る。
「陛下におかれましてはご明察の通りにございます。実は当家では、最近あるものを試作致しました。今後はその量産に向けて動くつもりであり、それをもってモルテールン領の特産としたく思っております。これが叶いますれば、当領は陛下の御世において他に替えがたい土地になり得ると考えます」
「勿体ぶるではないか。あるものとは何だ?」
「酒と砂糖にございます」
「ほほう、それはまた大きく出たな」
カリソンは、心の底から意表を突かれた。てっきり、領内に鉱山の一つも見つけたのだろうかと思っていただけに、驚いたというのが正直な心情である。
酒にしろ、砂糖にしろ、モルテールン領どころか神王国内見回して、新規に産業化出来るような所など、そうそう無い。その点、カリソンは名君と評されるだけあって、よく承知していた。
酒を造る、というのは簡単に思えて難しい。技術が秘匿され、知識伝達が口伝を主とする為だ。
ペイスならばいざ知らず、一般人には細菌についての知識や、酵母についての知識が無い世界である。どうやれば酒が出来るのか、という知識を始め、どういう道具が必要なのかも知識としては秘匿されている。経験に頼るのみ。
精々が、葡萄や麦から酒が造られているらしいという大雑把な程度が一般常識だ。
現代の日本で、本やインターネットで調べることも無く酒を作れと言われても難しいのと同じだ。醸造や蒸留の知識も皆無な人間ばかりなところにあって、酒を造るというのは存外に困難が多い。
砂糖などは、それ以上に至難極まる。
なにせ、どんな原料が必要なのか。どんな道具が必要なのか。どんな方法で作られているのかが国内では一切知られていないのだから。
人によっては、塩と同じく海から採れると考える人間すら居る。海の向こうからやってくるものだからだ。
出来上がった製品を輸入することはあっても、作ろうなどとは考えるだけ無駄である。
普通ならば。
「陛下。改めてお約束いたします。近いうちに、当家で作りましたる酒と砂糖を献上に参ります。その時には是非、陛下にご賞味いただければと願うばかりです」
「……くっくっく、あっはっは」
「陛下?」
右手を額にあて、軽くのけぞりながらも笑い出した国王に、訝しげな顔を向けたのは横に控えていたおでこ。もとい、ジーベルト侯爵である。
王は、ひとしきり笑った後、息を整えてカセロールに改めて向き合う。
「面白い、実に面白いではないか。本当にカセロールの所でその二つが出来るというのなら、確かに胸を張るに足る。まさか、そんな話を手土産に持ってくるとはな。こうして場を設けた甲斐もあったというものだ。……もしやとは思うが、それも息子の手柄か?」
「左様です。どちらも息子が試作を行いました。私も試してみましたが、確かにどちらもモノになりそうでした」
「その息子とやらに、会ってみたくなったな」
「光栄の極みにございます」
カリソンは、国王位についてからも宰相と元帥と元首を置かず、三権において国王親政の体制を採ってきた。これは偏に、国内の権力基盤が不安定であったからでもあり、自身の裁量以上を任せられる人物に欠けていたためだ。
苦労を重ねてきた王として、常に難事を抱えて政務の日々を過ごしてきた。
だからこそ分かる。モルテールン領の抱えていた問題は、五年や十年で片付く問題では無かった。にもかかわらず、カセロールが今目の前にいる。
その不自然の大元はどうやら息子にあるらしいと知った時、カリソンは大いに興味をひかれた。
「そうだ、夏の終わりにルニキスの誕生祝いがある。舞踏会だ。そこにお前の息子を連れて来い」
「陛下、恐れながらそれは御考え直し頂きたく存じます。如何にモルテールン卿が国家の功臣であるとはいえ、騎士爵の子を参加させることは、これまでのことから考えましても前例がございません。臣が愚考いたしますに、臣下の間に不和と混乱を生じせしめる可能性が高うございます。特に、諸国の要人をお迎えすることが決まっております中であれば、陛下の御名が軽んじられることになります」
王の言葉に驚いたのがジーベルト侯爵だ。国務尚書として、典礼や儀典は自らが監督する業務。それ故、こと典礼に関しては、国王に意見することが許される立場にある。
王子の誕生祝となれば、王城で開かれるのが当たり前。臣下の屋敷に出向くのではなく、臣下を呼びつけるのが普通だ。
また規模にしても、国の威信にも関わる事であり、王族の権威にも関わる以上、盛大に開かれるのは間違いない。ましてや、舞踏の場となるという。
となれば、それを行えるのは格式や広さを考えても、青狼の間しかない。貴族以外は入れないと決まっている場所だ。
であるならば、公式の社交の場では無位無官の扱いとなるペイストリーは、カセロールとしても連れてくることは出来ないはずである。
国務尚書の諫言は、常識的なものだ。しかし、カリソンは首を振る。
「それならば無用な心配だ。何せ、カセロールは陞爵するからな」
「は?」
「国務尚書ともあろうものが鈍いな。余は国王として、余の地を豊穣の地としたモルテールン卿の功績を認める。その功績に対し、神王国準男爵位を授ける。任せる土地は引き続いてモルテールン領である」
「ははぁ!!」
国王の言葉に、国務尚書は深く頭を下げ、カセロールは地面に両膝をついて首を垂れた。
カリソンは、自らの前で跪く友人を見下ろす。
二十年越しの約束。それを果たした主従の間には、言いようのない感慨があった。
「陞爵の式典は後日行う。細かいことはジーベルトに任せるが、委細手抜かりの無いように」
「はっ」
「これで問題も無くなったろう。よいかカセロール。忘れずに息子を連れてこいよ。これは命令だ」
「御命、確と承りました」
嬉しさと、困惑と、懐かしさと、不安と。
数多の感情が混じり、カセロールはカリソンが退室するまで、立ち上がることが出来なかった。
◇◇◇◇◇
高級宿の一室で、カセロールはため息をついた。
一息に事情を話すだけでも緊張が戻ってくるようで、それなりに疲れたからだ。
「というわけだ。光栄なことだな。ペイスにも陛下からお声が掛かるかもしれん。恥をかくような真似はするなよ?」
「それなのですが父上、一つ大きな問題が」
「ん? なんだ?」
話を聞いていたペイスとダグラッドには、それぞれ違った表情が浮かんでいた。
ダグラッドは安堵の表情。初仕事も無事に終わったことが確認できたし、次の仕事は、王城に出向いてお偉方と話をすることもなさそうだと思ったからだ。
対してペイスは困惑の表情。今後の自分の対応に、困り切っている。
諸事について、要領のいい息子を知るカセロール。
騎士爵改め準男爵は、舞踏会程度ならば特に大きな問題など無かろうと考えている。剣にしろ、政務にしろ、他領との交渉にしろ、ペイスがそつなくこなしてきた諸々を知っているだけに、今回も問題ないだろうと判断した。
しかし、今回はその判断が誤りであったと知ることになる。
「僕は、踊れません」
「何?」
「踊り方を知らないのです。今まで習ったこともありませんので」
ペイスの言葉は、特大の爆弾だった。
おかしな転生の特別サイトが出来ました。
是非一度ご覧ください
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