438話 救出
ペイス達は、シンが怪しいと感じた現場で検証を行っていた。
「なるほど、確かに痕跡がありますね」
魔法使いは、他人が魔法を使ったことを感じることが出来る。具体的には、魔力の残滓を感じることが出来る。
強い磁力を持っていると、鉄を近づけた時に磁力を感じる様な感覚と言えばいいだろうか。魔力を吸収しようとする力が有ると、力に引き寄せられるものを肌感覚で感じ取ってしまう。
つまり強い魔法使いであればあるほど、感知能力はより顕著になるわけで、世界でも指折りの魔力を持つペイスには、はっきりと魔法使用の形跡が分かった。
間違いなく、魔法が使われていると。
「どうにかなりますか?」
シンは、不安そうに聞いた。
いざモルテールン教官に頼るとしても、大丈夫なのかという一抹の不安が有るのだ。
元々人に頼るのが得意でない人間として、自分に何もできない状況で人に任せきりというのがもどかしいというのも有る。
自分が魔法を使えるのならば先ず自分で動いて率先して解決できるものを、などと考えてしまう。
「余人ならいざ知らず。モルテールン家の力を使えば、簡単なことです」
「お願いします。モルテールン教官」
自信満々に答えるペイスに対して、不安の心が薄れるシン。
「しかし……」
「しかし?」
「モルテールン家の力を使うということは、この件に関して、貴方がモルテールン家に借りを作ることになります。それでも構いませんか?」
改めて問うペイス。
白紙の契約書にサインするような行為、流石にペイスとしても良心が咎める。特に、優秀で将来性豊かな若者であれば。
「構いません。俺に出来ることならば、何でもやります」
「良い覚悟です。男が本気で、守るべきものを守ろうとする覚悟。実に好ましい」
シンは、問われたことに即答する。
守るべきものを守れず何が騎士だと、ペイスの目を見て答えた。
ペイスは思った。
彼は、今日初めて騎士になったのかもしれないと。
寄宿士官学校は、貴族子弟の為の学校。
神王国においては貴族とはあまねく騎士であり、戦うものである。
そして、人々を守護するものである。
若き青年は、もしかしたら今まで本当に守りたいものが何なのか、守るべきものが何なのかを分かっていなかったのかもしれない。
ただ漠然と、与えられる課題を熟していたのかもしれない。
しかし、守るべきものを見定めた男というのは、一皮むける。
シンの有り様は、まさに騎士として正しき成長をしていると言えた。
騎士を育てんがために作られた学校。そしてそこの教官として、ペイスは一人の学生を導けたことに満足感を覚える。
「結構、そういうことならば、今回の貸しはツケにしておきましょう。出世払いで後日請求です」
何でもするという言質をとったが、そこに付随する覚悟も確かに確認した。
本気で、命さえ懸けて自分に出来ることをやろうとしている決意と覚悟。騎士の一人としてみるならば、実に心地よく頼もしい。
下手な相手ならばケツの毛まで毟りかねない人間であっても、甘さを見せる程に。
出世払いで良いというペイスの言葉。
これは、精算するのは本人次第だということ。いつか借りを返してもらうことも有るかもしれないが、これで苦しめる意思の無いことの現れ。
モルテールン家なりの好意の現れである。
無性に機嫌のよくなったペイスは、早速魔法を発動して見せた。
覚悟が無ければ使うつもりも無かった、ペイスの切り札の一枚。
「その魔法は?」
「追跡の為に便利な魔法ですよ」
ペイスが使った魔法は鳥を使役して操る魔法だ。
ボンビーノ家に属する魔法使いの十八番ではあるのだが、ペイスは“何故か”使える。不思議な話だ。
ペイスが使って見せることで秘密が漏れかねないのだが、先ほどの見事な覚悟に敬意を表して、ペイスも秘密を一つ明かしたことになる。
鳥使いも、応用範囲が広く色々と“使える”魔法
まず、鳥というのも色々と種類が有る。
目の良いもの、飛ぶのが早いもの、長く飛べるもの。個性や特徴は様々だ。
その中でも、嗅覚に優れた鳥というものもある。キツツキの仲間などがそうだ。
或いは、腐肉を漁る種類の鳥には、何キロも離れたところから腐臭を嗅ぎ取る能力を持つものもいる。ハゲタカなどが代表例だろうか。空を飛びながらでも餌の匂いを嗅ぎ取り、まだ体温も残る内から腐肉を漁るのがハゲタカだ。その嗅覚はかなり鋭い。
更に魔力で使役され、能力が強化されている部分もある。
魔法使いが魔法を使う時、使い方は色々と研究されるもの。鳥使いの魔法の最近の研究成果は、より多くの魔力で使役することで、鳥の能力が向上するというもの。
伝書バトのように場所を記憶する鳥が複数の場所を覚えることに成功した事例や、ハヤブサのように凄い速さで飛ぶ鳥が、飛ぶ速度とスタミナを向上させた事例など。
王立研究所で行われている魔法研究の成果の一端で判明したことであり、研究所に出資しているモルテールン家もその成果を得ていた。
他家の魔法使いの魔法研究に金を出す奇特な人間だと思われていたのだが、それも全てこういう時の為。いざという時に使える。手札を増やすためだったのだ。
「何か、姫の匂いが分かるものは?」
「それなら、これを」
シンは、そっと布を差し出した。
姫が見せてくれた赤いリボンである。
シンは知っている。このリボンは、姫が宝物と言っていたものだと。
常日頃、肌身離さず身に着けていて、匂いというなら間違いなくついているだろうことを。
じっと手の中のリボンを見ていたシン。
何がしかの決意を込めて、ペイスに渡した。
「十分ですね。では」
ペイスは、鳥をさっと空に放つ。
人間よりも遥かに鼻のいい動物が、痕跡に残された微かな匂いに反応した。
鳥を使役しているペイスは、鳥が匂いを追い始めたことを伝える。
見失う事は無さそうな大きさの鳥が飛ぶ。
ペイスやシン達はそのまま、鳥の飛ぶ方向に移動する。
空を飛ぶ鳥を追うのは中々に難しいものなのだが、そこは反則技の得意なペイス。【瞬間移動】の魔法を使う。
魔法の大盤振る舞いだ。
しばらく移動したところで、鳥がくるくると円を描き始める。
「あそこがそうです」
ペイスが指し示したのは、一棟の建物。
王都の外れにある、古びた倉庫のような場所である。いかにもといえば、いかにもな場所。
「ここは……」
「何かご存じなのですか、教官」
「ええ。この場所は、ヴォルトゥザラ王国の関係する場所。一層疑惑が確信に近づきましたよ」
ペイスは、先の使節団の際、補佐官として同行した。
補佐である以上、色々と関係しそうなことは調べていて、王都内のヴォルトゥザラ王国関連施設もついでに調べていたことが有る。
ここら辺一帯が去年あたりから買い占められており、地上げを行っていた商会が、ヴォルトゥザラ王国の一部と非常に親しい関係にあることまで突き止めてあった。
いよいよもって、怪しい。
「あの中に、姫様が居るのは間違いないようですね。鳥がそう言っています。しかも、ご丁寧に武装した集団が百ばかりいるようです」
「……さすがにそう簡単にはいかないか」
「我が国の王都で、随分と好き勝手してくれていますね」
魔法の力も有り、ペイスは姫の居所を確定させた。
間違いなく、目の前の建物の中に居る。
しかし、助け出すには二個小隊規模の武装集団を相手にせねばならないらしい。
シン、マルク、ペイスと入れても三人。
三対百では、どう考えても不利が過ぎる。
形勢判断についてもしっかりと講義を受けてきたシンやマルクは、手の出せない状況が痛いほど理解できた。
「俺が何とか隙を作って見せます。教官は、一旦援軍を呼んで」
シンは、涙を呑んでいったん下がるべきだと考えた。
しかし、彼は分かっていない。
彼が連れてきたのは、非常識の塊であることを。
「何を悠長な。たかが百人。父様なら一人で片づけます。それには及ばずとも、僕が半分受け持つので、マルクとシンは、もう半分を任せますよ」
「え?」
ペイスは言う。
敵の準備が整っていない状況こそ、奇襲には最適だと。
相手の混乱を利用することが出来れば、少数で対処することも可能であると。
シンまで混乱しているが、ペイスは更に言う。
「我々の目的は、姫様の救出。仮に大軍を援軍として呼べたとしても、あちらに人質として盾にされては、身動きはどうせ取れなくなります。少人数で何とか不意を突いて助けることになるでしょう。今やるか、あとでやるかの違いなら、機先を制するが吉です」
百人以上の敵の只中。
たった三人で突っ込むと言い始めたお菓子狂い。
「さあ、突撃!!」
言うが早いか。ペイスは、シンやマルクを置き去りにしたまま敵の居る建物の中に飛び込んでいった。
当然、敵もわらわらと出てくるのだが、地形や状況を上手く使い、更には【瞬間移動】や【掘削】や【発火】といった魔法を使いまくって、敵を翻弄していくペイス。
一騎当千、という言葉が、本当にあり得るのだと理解できた瞬間だろう。
呆けていたマルクはともかく、シンの判断は早かった。
ペイスが大立ち回りで敵をひきつけてくれている今こそ、千載一遇のチャンスであると、姫の居る場所に一直線に向かった。
鳥を肩に乗せて索敵させ、敵に見つからないようにしたまま猛ダッシュだ。
奥まった一室。姫が囚われていると鳥が案内した場所。
流石に見張りが二人ほどいたが、ここは強行突破の一手。
「俺に任せろ!!」
一緒についてきていたマルクが、見張りをひきつける。
何年も剣を鍛えてきたマルクは、ここ最近は体格までよくなっていた。多少であれば、一対二でも対応できると、シンを送り出したのだ。
「シン!!」
囚われていた部屋に駆け込んだところで、シンはシェラ姫を見つける。
姫も、助けに来てくれた相手が誰か、すぐに分かった。何度も助けてと願った相手だった。
「助けに来てやったぞ」
姫は、縛めを解かれたところで、思わず涙を流す。
気丈であるとは言っても、やはり不安も大きかったのだろう。ぽろりぽろり、そしてぽたぽたと、目から滴るもので姫の服が濡れる。
少女が涙を流す様。
どうしていいか戸惑っていたシンの背中を、“誰か”が思いっきり“蹴飛ばし”た。
前のめりに数歩よろけたところで、シンは思わず手近なものを抱え込むようにして掴む。
抱え込んだのが姫様であると気づいたのは、じんわりとした人肌のぬくもりが伝わってきたからだ。
戸惑いと初々しさを感じさせる二人。
それを、“ペイス“が温かい目で見守っていた。
蹴りぬいた足を戻しながら。
「さあ、さっさと逃げますよ!!」
【瞬間移動】の使い手は、逃げる時こそ輝くのだった。