434話 救助要請
夕食の終わった自由時間のこと。
「頼む、力を貸してくれ」
シンが、マルカルロを呼び出して頭を下げている。
誇り高いシンが頭を下げるなどというのは珍しいことであり、呼び出されたマルクとしても戸惑いは大きい。
いきなり頭を下げられても困るのだが、事情を聴くため話をする。
「一体、何なんだよ」
マルクとシンは、友人と言って良い。
国外にも一緒に同行した仲だし、特殊な事情で学校に入学したという点も似ているからだ。
社交的で遠慮のないマルクだから、自分からは人に絡みに行かないシンにも遠慮しないということも有る。
仲は良い。比較してというのならばもっと他に仲のいい相手はいるだろうが、他の教官に教わっている同期の中でと括れば、五指に入るだろう。
しかし、だからと言って夜中こっそり呼び出し合うような仲では無い。
そそっかしい性格を自認しているマルクとしては、俺何かやらかしたかと、不安もよぎる。
人目に付かない寮の裏手。
切羽詰まった感じで、シンが意を決してマルクに話す。
「実は……シェラ姫のことだ」
「お? いよいよ告白か?」
最近、シンと姫が良い雰囲気なのは、マルクとしても理解していた。
妻のルミに聞く限りでは、既に学内女子からは“公認カップル”として扱われているという。
当人同士はまだそこまで自覚がないようだが、憎からず想う相手同士であることは明らかであり、定期的に逢瀬を繰り返している疑惑もある。女性はそういったことに敏いのだ。
そのシンから、姫について相談というのだ。
いよいよ好意を自覚して、告白でもするのかとマルクは前のめりになる。人の恋バナが楽しいのは、男女変わらぬ野次馬根性というものだろう。
「そうじゃない」
「なんでぇ」
マルクは、近頃それなりに恋愛相談を受けている。
それも当然だろう。ルミという美人を妻にしたのだ。片思い中の純情男子や、想い人に上手く気持ちを伝えられない奥手ボーイから見れば、一歩も二歩も先に進んだ、経験豊富な恋愛大ベテランに見える。
実態は別にして。
しかも、マルクの友人関係には女性も含まれる。
ルミを介してということも多いのだが、既に妻帯しているマルクは、士官学校の女生徒からすれば“安全牌”なのだ。
ただでさえ女性の人権など無視されがちな世界。おまけに男所帯の士官学校。現代であればセクハラど真ん中の行為も横行している。身体に触ってコミュニケーションだと開き直るスケベ野郎もざら。下手に男子と仲良くなればすぐに色恋沙汰にもなるし、それでなくとも男と話すと色々と邪推されがちだ。
翻ってマルカルロはルミにぞっこん。傍から見ていても明らかにマルクはルミにベタ惚れである。
結婚もしているし、何なら常にルミの眼も光っているわけで、女生徒からすれば“安心して仲良くなれる男友達”の枠に入れられている訳だ。
寄宿士官学校という閉鎖環境で、男友達が居ることの利点は大きい。マルクとしても、ルミの友達から相談を受ければのるのも普通のこと。元々長男ということも有って世話焼きな性分だし、ストーカーになっていた奴を窘めるぐらいは朝飯前。
これを傍から見れば、ルミのみならず学内の貴重な女生徒の多くと仲良くなっている、プレイボーイに見える。
色惚けた男子生徒の眼は大いに曇っているものだ。
どうしたら女生徒とイチャコラできるのか。どうかご指導ご鞭撻のほどをと、最近は特に男子からの相談も多かった。
てっきり、シンもその手の相談事だと思ったマルクだったが、違うという。
どうも、それ以上に深刻な内容らしいと、青年は続きを促す。
「マルカルロは、魔法が使えたよな?」
「ああ」
魔法使い。
二万人に一人ともいわれる、稀有な才能を持ったものの総称。
マルクは元々魔法使いでは無かったのだが、ペイスの発明した魔法の飴を使うことで、魔法を使えるということが知られてしまった。
幼馴染であるルミを守る為であったことから後悔は一切していないが、それでモルテールン家に迷惑をかけたことは事実。
以来、実は魔法使いであったことを隠していたと言い張ることで、モルテールン家の魔法の飴については秘匿することにしている。
精一杯、魔法使いの振りをするマルク。
ペイスの演技指導もみっちり受けているマルクの擬態は、シンも騙される。いや、薄々気づいていても、背後の事情に恐ろしいものを透かして見ているため、騙されていることにしている。
マルクは魔法使い。
これは、学内での公式な立場だ。隠す必要も無い。
「魔法使いの手が、必要な事態が起きたんだ」
「魔法使いが必要な事態?」
魔法使いは、どんな能力であっても凄い力を持っている。
普通の人間ではどう頑張ったところで不可能な超常現象を起こせるからだ。
そんな人間兵器とも言うべき存在を頼る。
生半可な事態では無さそうだと、マルクも真剣になる。
「姫が、攫われたんだ」
「はぁ!? なんだそりゃ。本当かよ」
「本当だ。俺には分かる」
「そうなのか? ま、お前はそういうことで冗談を言う奴じゃねえよな」
普段はぶっきらぼうで排他的な態度を見せるシン。
人によってはクールに見える性格ではあるが、人を騙して喜ぶような趣味も持ち合わせていない。
外見はどことなく似ていても、モルテールン家の筆頭悪戯坊主とは大分性格が違うのだ。
あっちの銀髪野郎は、人を騙すのが滅法得意だ。本人は騙したくて騙している訳では無いというが、そもそも外見と中身のギャップからして詐欺師である。
天然のペテン師から比べると、同じ銀髪でもシンはまだ誠実だろう。
嘘をついて人を騙すこともしないし、大人を相手取って裏をかくようなこともしない。
ただ、だからこそ姫が攫われたという言葉にはマルクも驚きを隠せない。
「恐らく、魔法を使って攫ったんだと思う」
「マジか」
本来、お姫様が攫われるなどありえない。それも学校の中でというのなら猶更。護衛も常から侍っている様を、マルクも何度となく見ている。
手練れの護衛であった。
実際に戦っているところを見た訳では無いが、一国の王女を護衛する人間が弱いはずも無い。事実、姫に近づこうとしていた色ボケ野郎達は誰一人お近づきになれず護衛に排除されていた。
厳重に警護されている中、人ひとりを攫う。一聴するだけなら、何を馬鹿なことをと鼻で笑う。
しかし、魔法を使って誘拐したとなると、話の信ぴょう性も出てくる。
魔法とは、多種多様。千差万別。
風を見る魔法、火を熾す魔法、嘘を見抜く魔法。そして瞬間移動や転写の魔法。マルクが知っているだけでも、いっぱいある。
使う魔法によっては、厳重な警護の中から掻っ攫うことも可能だろう。
少なくとも、マルクの仕えるモルテールン家の魔法使いなら、鼻歌雑じりでやってのけそうである。
「ああ。だが、俺は正直魔法については詳しくない」
「俺も詳しくはねえぞ」
似非魔法使いであるマルクは、魔法のことは正直一般的なことしか分からない。
「魔法の使えない俺よりは、マシだろう」
「ああ」
まさか、魔法使いではないとは言えない。
魔法のことを出来るだけ言いたくない魔法使い、という風を装わなくてはならない一般人マルク。
魔法について詳しくないという訳にもいかず、シンの話には戸惑うばかり。
「それで、俺にどうしろって言うんだよ」
「手が足りない。捜索に、力を貸してほしい」
真剣に頭を下げられ、じっと考え込むマルク。
答えはすぐに出る。
「分かった」
マルクは、元より正義感の強い男。
女の子が攫われて、助けてやりたいという男が居る。それも一緒に外国にも行った友達が助けてと言ってきたのだ。
ここで動かねば男が廃ると、快く請け負う。
「ありがとう」
シンはマルクと握手して感謝すると、他にも手を借りてくるとその場を去る。
「……ペイスにも連絡しといた方が良いよなぁ」
マルクは、至急の連絡手段を用いてペイスに繋ぎを取った。