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おかしな転生  作者: 古流 望
第35章 アイスクリームはタイミング
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431話 拉致

 シェラズド姫が、元気よく剣を振る。

 調子が良いのだろう。ぶんと風切り音がして、鋭い振りおろしが空気を切り裂く。


 「勝負よ、シン!!」

 「またか」


 シンと語り合った次の日から。

 深い事情を抱えたシンに対して、姫は距離を置くのかと思えばさにあらず。

 むしろ、以前にもましてシンに突っかかっていくようになった。

 今までは何処か敵意のようなものが垣間見えていたのだが、あれ以来向かってくるときは笑顔で襲い掛かるようになったのだ。

 何とも不気味であり、一見すれば姫がシンを虐げているようにも見えなくもないため、周囲の人間はいよいよシンに対して同情を始める。

 襲い掛かる当人はどこか楽し気で、襲われる側は心底から鬱陶しがっていながらも何故か都度真面目に相手をしていた。

 奇妙だが、どこかコミカルな関係性。


 「ほら、早く準備して」

 「俺は訓練で疲れてるんだよ」


 最近、シェラ姫と仲良くしていることが多いせいか、合同訓練などではシンはやたらときつい訓練を割り当てられる。

 掛かり稽古では一番最初に掛かっていかされて一番長い時間やらされるし、戦闘訓練では何故かシンだけハンディキャップを与えられて戦うこともあった。今日も、二対一のハンデ戦をやらされている。勿論、一の方がシンだ。

 教官連中の中にも、きゃっきゃうふふと青春しているように見える人間には厳しく当たるものが居るのだろう。

 軍人たるもの硬派でなくてはならず、女生徒に対して鼻の下を伸ばすようなものは気合が足りていないのだから、根性を叩きなおしてやる、などと嫉妬を正当化する人間も居る。にんげんだもの。

 シンとしては、訓練がきつくなること自体は特に問題視していない。元より優秀な人間であり、より強く鍛えられるならむしろ望むところ。

 何事も前向きに取り組めば成長も有るもので、ここ最近のシンはメキメキと実力を伸ばしている。

 教える側としても、教え甲斐のある学生には満足だろう。

 しかし、成長していくことと、疲労することとは話が別。シンとて人間である以上、ハードなトレーニングをすれば疲れもする。

 これで疲れを知らないとなれば化け物だ。体力お化けなパティシエでもない限りは、訓練の後で更に戦おうなどという気は起きない。

 起きないったら起きない。


 「私もよ。条件は五分五分ってことだから、構わないわよね」

 「……お前、俺の言ってること分かってないだろ」


 自分は訓練後で疲れている。そう、はっきり言ったはずだ。

 暗に断っているのに気づかないのかと、不満を伝えるシン。

 シェラ姫は、ふふんと何故か自慢げだ。 


 「だから、お互い疲れてるんだから、公平に勝負できるってことよね」


 言葉尻を捉えて曲解するのは、貴族社会では良くあること。

 シンは訓練後で疲れていると言った。自分も同じように訓練後で疲れている。

 ならば、お互いに対等の条件として考慮外における。

 という、斜め上の結論を出す。

 何が何でも、シンと一手組み合おうというつもりなのだろう。


 「違う。疲れてるんだから、勝負なんてしたくないって言ってんだ」

 「私はやりたいわよ」


 ほら、早くなさいとばかりに、訓練用の木剣を二人分用意するお姫様。

 手際の良さは、何故か護衛の人間も手伝っているからだ。

 普通は姫の暴走を止める側だろうが、実に不思議なことに姫の背中を押すかのように協力していた。

 訓練用の武器を用意したのも彼らであるし、なんならシンが逃げないよう、逃げ道をさりげなく塞いでいるのも彼らだ。

 なぜそうなるのだと、シンは世の理不尽を嘆く。


 「知らん。他の奴とやれば良いだろ」

 「他の人は、私相手には変に手加減したり、遠慮したりするのよ」


 姫が、シンを相手に訓練したがるのにも、れっきとした理由がある。

 そうでも無ければ護衛が手助けまでしたりしない。

 シェラ姫は、寄宿士官学校には留学に来ている。留学、つまりは勉強に来ているのだ。

 この学校で可能な限り多くを学び、出来る限りのことを身に着け、そして国に持って帰る。

 身に着けて帰ったものが、ヴォルトゥザラ王国としての成果物だ。一族の期待を背負って来ているという自負があるだけに、生半可な成果で帰るつもりはない。

 となれば、訓練であっても出来るだけ真っ当にこなしたい。それこそ、自分に与えられた使命だと姫は確信するからだ。

 出来る限りの智者と言葉を交わして知恵を授かり、出来る限りの強者と戦って教えを受けるのが、姫として望むこと。

 ところが、姫の想いは中々実らないというのが相場である。

 一国の姫君相手に、ましてやお客さんとも言うべき留学生相手に、真剣に叩きのめそうと相手をする人間が居るだろうか。

 そんなもの、居るはずが無い。

 ましてや、シェラ姫は周囲に分け隔てなく愛想よく振舞う。優しく笑顔を向けられたことでコロっとファンになってしまう男も多い。

 お姫様相手に良い恰好したい思春期男子は、だいたいが2パターンに分かれる。

 姫より高い実力者が手加減して余裕を見せるか、姫より低い実力の人間があえて負けたと嘯くか。

 本気で戦って、本気で勝ち負けが付き、本気で悔しがるような相手は、居ない。どこか手抜きの勝負しかしてもらえず、勝てば「流石ですね」と煽てられ、負ければ「なかなか良かったです」と誤魔化される。

 姫に嫌われる覚悟で、「お前のここが駄目だ」などと指摘してくれる人間が、居ようはずもない。

 教官でさえ、遠慮する。

 教官と言えども、学校を離れればただの人。貴族位を持っている者も多いのだが、そもそも継ぐべき領地や守るべき役職を持たない弱小貴族で有ることが多い。

 跡を継ぐような立場なら、教官になどならないからだ。

 跡継ぎでも無く、爵位も高くはないが、実力と知識は有る。

 そういう人間が、寄宿士官学校で教官になるのだ。

 正規の学生であれば職務として厳しくも出来るが、ひと月も経たず国へ帰ってしまう留学生相手に、強くでれようはずも無い。

 もしも万が一にでも厳しい訓練で恨まれ、不興を被れば、学校から離れたところでは姫の方が圧倒的に強い立場である。

 教官たちは貴族社会での立ち回りも知る優秀な人間であり、だからこそ姫にはほどよく頑張ってもらい、適当に誉めそやし、そこそこ満足して帰ってもらいたいと思っているのだ。


 「遠慮か。そりゃそうだろうな」


 シンとて、姫が本当に心底自分を高めたいと願っていることを知っていなければ、こんなにぞんざいな扱いはしないだろう。

 頑張っていることには素直に賞賛も贈るが、不出来な部分は出来るだけ指摘してやる。もちろん、改善の方策も付けて。

 きっと、そこらの色ボケと十回訓練するより、シンと一回訓練した方が有益に違いない。

 違いないのだが、だからと言って疲れていることには違いは無いのだ。


 「だから、さあ。さあ」


 ぐい、ぐいと剣を押し付ける姫の態度に、シンも最早諦念を覚える。


 「はぁ……一本だけだぞ」

 「やった!!」


 シンが受けてくれたことに、小さく拳を握って喜ぶ姫。


 それじゃあ一本勝負。と、言うが早いか、青年に襲い掛かる美少女。

 顔はどちらも美形で見目麗しいのに、やってることは乱暴極まりない暴力の具現化である。

 これまでの経験上から、姫の振りは遠慮がない。当たり所を間違えたら、大怪我しかねない本気の振り。

 ビュンビュンと空気を切り裂く鋭さがある。それなりに訓練をしてきた成果でもあるのだろうが、可愛げの欠片も無い。

 だが、シンには当たらない。

 元より避けることが上手いシンとしては、何年も訓練してきた自分が、簡単にあたってやるわけにもいかないのだ。

 手加減してわざと当たるなど、それこそ姫が望んでいないというのもある。


 しばらく、姫の剣の素振りが続く。

 したくてしている素振りでは無い。とにかく振る剣が当たらない。

 姫本人としては本気でシンをしばき倒すつもりで剣を振るっているのだが、シンが華麗に躱すものだから素振りにしかなっていないのだ。

 姫の息が上がり始め、剣速も鈍ってきた頃合いで、シンはシェラ姫の木剣を上から叩いて地面に落とす。握りが甘いと、峰を強く上から叩かれるとすぽっと抜けてしまうのだ。

 案の定、息も上がって握力も落ちていた姫の手から、訓練用の木剣が落ちる。

 からんからんと地面を転がる木剣。


 慌てて拾おうとする姫だが、対戦相手はそれを見逃してくれたりしない。

 剣を叩き落とした力をそのままくるりと回し、姫の目の前に切っ先を突きつけるシン。


 「もう、また負けた!!」

 「そうだな」


 容赦というものが欠片も見えない、一方的な試合だった。

 いや、最初からいきなり叩きのめさないでいるだけ、シンとしては容赦しているのかもしれない。

 少しは訓練になるようにと、最初は受けに回っているところあたりは優しさなのだろうか。


 「悔しい!!悔しい!! なんで勝てないのよ」

 「知らん。お前が弱いだけだろ」


 クールに言葉を吐く美形。

 だが、それでもここが良かった、ここが駄目だったと、幾つかの指摘事項を教えてくれる。

 言葉の言い方こそ乱暴だが、言っている内容は正しいのだから怒りようもない。


 「腹立つわね。どうせなら手加減してくれてもいいでしょ」

 「されて勝って、嬉しいのか?」

 「嬉しい訳ないでしょ。実力で勝たないと」

 「そういうことだ」


 ぷんすかと怒りながらも、どこか肩の力の抜けている姫。

 呆れて鬱陶しがりながらも、律儀に相手をするシン。

 ここ最近、ほぼ毎日見かけるようになった風景である。


 しばらく訓練について言い合うが、もう一本と姫が言い出したところで流石にシンは部屋に戻ると言い張った。

 訓練続きで疲れているのは事実だし、こうして姫と絡んでいると、また明日以降の訓練が厳しくなることが目に見えているからだ。

 さっさと汗を落として飯を食って寝たいと、シンは言う。


 「じゃあ、また明日ね」

 「嫌だ。明日はやらない」

 「えー」


 毎日毎日、よく飽きないものだ。シンは、いつもと同じように返事をし、いつもと同じように帰路に就く。

 シンが彼女を鬱陶しがれたのも、これが最後だった。


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― 新着の感想 ―
こういう迷惑な押しの強い迷惑女好きじゃないんだよなぁ
[気になる点] 向こうの国のシェラ姫留学反対組じゃないけど、この留学の目的が分からん! まさか本当に勉強と交流が目的なわけないしなー
[一言] > 教官たちは貴族社会での立ち回りも知る優秀な人間であり、だからこそ姫にはほどよく頑張ってもらい、適当に誉めそやし、そこそこ満足してもらって帰ってもらいたいと思っているのだ。 何の為にこの…
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