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おかしな転生  作者: 古流 望
第35章 アイスクリームはタイミング
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430話 葛藤

 ある日の夕方のことだった。

 毎度のように決闘もどきの戦いを吹っかけていた相手を探して、学内を探索していたシェラ姫が、件の喧嘩相手を見つけた。

 学内の中でも外れの方にあり、薄暗い日陰になる場所。

 あまり居心地の良さそうな場所ではないし、日当たりの悪さから学生は余り寄り付かないところ。

 薄暗くなってきている夕方の日陰だ。真っ暗と言って良いほど暗いなかで、同じぐらい暗い雰囲気で佇むシンの姿を見て、姫は思わず尋ねた。


 「こんなところで何してるのよ」

 「放っておけ。俺の勝手だ」


 シンが、ぶっきらぼうに返事をする。

 元々社交的とは言い難い、よく言えばクール、悪く言えば不愛想な態度を見せる彼ではあったが、何時にもまして突き放すような態度である。

 普通の人間ならば、明らかに突き放した態度を取られれば一歩引くものだが、幸いと言うのか何なのか。シェラ姫は、王族ゆえの鍛えられたメンタルを持っていた。

 少々邪険にされたぐらいでへこんでいては、魑魅魍魎蠢く王族の世界では生きていけないのだ。


 「何それ。折角心配してあげたのに」


 何やら、事情がありそうだと察した姫は、護衛を少し離れたところにやり、シンの座っている隣に腰掛けた。

 護衛は勿論姫から目を離すことは無いし、立ち位置的には挟むような形で立っている。単に、小声で喋れば声が聞こえない程度に離れたということ。

 何を言っても無駄だと察したシンは、仕方なく姫の相手をする。


 「お前はこんなところにいて良いのか?」

 「たまには、一人になりたいことも有るのよ」


 四六時中護衛が居る王女としての生活は、生まれた時からのことなので気にもならない。

 ごく当たり前のこととして生活してきたのだから、違和感すらない。

 だが、違和感がないからと言ってずっとそうしたいかと言えばそうでもないのだ。

 時には、護衛を付けない時間が有ってもいいと、姫は笑う。

 今のように、護衛が離れている状況というのは、本国でもない異国の地では割と珍しい。ましてや、人目を忍ぶような状況では。


 「ここには俺が居るぞ?」

 「あんたは良いのよ。私のことを姫様扱いしないから」

 「よくわからんな」

 「そういうものなのよ」


 シェラズド姫は、シンが迷惑そうにしているのもお構いなしでしゃべり続ける。

 自分が、族長の系譜に生まれた公女であること。王家の一員としての義務と、一族の長の孫としての義務の重さ。小さい時から詰め込まれてきたお勉強の数々。自分の意思を無視して決められる物事に、神王国に来てからの自由さ。


 「あんた……シンはさ、生まれた時から進む道が全部決められてるのって、どう思う?」

 「どうも思わん」

 「何それ、ちょっと冷たくない?」

 「人は、誰しも生まれた時に決められたものが有る。決めごとが多いか少ないかは人それぞれだが、少ないからいいというものでもないだろう」

 「よく分からないわ」

 「お前が姫として生まれた時に多くを定められたように、他の人間も生まれた時から決められていることが有ると言っている」

 「なるほど」


 貴族社会の神王国に生まれ育ったシンにしてみれば、生まれた時から制約や制限のある生き方をすることは自然なことだ。

 制限の多い少ないの違いは有れど、誰しもが制約を受けているとシンは語る。

 農家に生まれれば田畑を耕し続ける人生を送るだろうし、貴族に生まれれば家を背負っての義務と献身を求められる。

 王族が王族の義務を果たすのと同じように、この世界では人それぞれ果たさねばならない義務が有るのだ。

 シンなりに、姫の悩み事の愚痴を真面目に考えたのだろう。

 姫も、公女として上に立つ人間は窮屈だと感じていたが、シンに悩みをぶちまければ、少しは気持ちが楽になる気がした。


 「大体さ、姫様姫様って言うけど、別にこの国じゃ他国の王族が偉い訳じゃないでしょ?」

 「そうだな」


 基本的に、他国で爵位を持っていようと、自国での地位がそれで変わるわけではない。

 爵位の制度自体がない国や、爵位が神王国とは全然違う国も多いからだ。

 例えば外国で第一位爵である、などと威張られたところで、神王国人からすればそれがどの程度偉いのかさえさっぱり分からない。

 ふんだら階級の、かんだらという立場だと威張られたとして、神王国内で通じなければ何のことやら。

 外国との折衝を仕事とする外務貴族でも無ければ、正確な地位の高さは分かるまい。


 「王女っていうのも、いっぱいいるしね。ありがたみも無いわ」

 「ほう、そうなのか」


 姫個人の情報はともかく、他国の王室の内部情報というのなら、シンも多少は興味が有る。

 自分の話に興味を持ってくれたことが嬉しかったのか、姫もより一層おしゃべりになった。


 「うちの国は、父様……国王が、それぞれの部族から女性を娶るの。だから、兄弟姉妹が結構多くてね。二十人よりは多いはずだけど、私も知らないうちに弟妹が増えていたりするから、知らない子もいるのよ」

 「ふむ」

 「だから、私の家族って言えるのは……兄さまと母様ぐらいかな。あ、あと御爺様と御婆様」

 「父親は?」

 「父様とは、本当に滅多に会えないから」

 「そうか」

 「私にとって、親と言えるのは母様だけかな」


 ヴォルトゥザラ王国の王族の生活がどんなものか。

 シンには分からない。

 しかし、姫はそれでもお構いなしに自分の家のことを愚痴る。


 「これ、母様から貰った、私の宝物なのよ」


 そう言って、姫はシンに自分の髪に付けていたリボンを見せる。

 一国の姫君の持ち物としてはシンプルな、赤いリボン。


 「……似合っているな」


 ぼそり、とシンが呟いた。

 思いがけない言葉だったからだろうか。シェラ姫は、急に顔が火照るような感覚を覚えた。


 「え? そ、そう?」


 日頃、お世辞の類ならば聞き飽きているだろう人間が、素朴な一言に狼狽える。

 シェラ姫は自分でも何故こんなに焦っているのかもわからなかったが、褒められて嬉しかったことだけは分かる。

 母との絆。外国に出向くにあたって、どうしても持って行くと決めていたものだ。父親に情を感じられないまま育った姫にとって、唯一と言って良い親の愛情を感じるもの。

 他の人から見れば数多くある装飾品の一部だろう。

 しかし、姫にとっては、唯一の、大切な品なのだ。それを、理解してくれたのだと、何故か感じた。


 「姫様やるのも大変だな」


 続けて呟いたシンの言葉。

 姫は、何故か慌ててその言葉に乗っかる。


 「そうよ。大変なのよ。あなたはどうなの?」

 「俺?」

 「そうよ。なんでこの学校に来たの?」


 突然、自分のことを聞かれたシンは、一瞬目を瞬かせた。

 あまり学友にも自分のことを語らないシンではあるが、ここまであけっぴろげに自分のことを語った相手に、自分だけ何も語らないのも信義に悖ると、少しだけ語ることにした。


 「……親に金が無かったんだ」

 「え?」


 シェラ姫は、驚きで思わず聞き返す。

 理由がとても意外で、内容が想像できなかったからだ。


 「うちの親が、派閥の寄り親に俺を売ったんだよ」


 シンは、何でもないことのように呟く。

 親に売られた。

 かなり衝撃的な言葉であったことに聞き手は驚くが、語り手は既に過去だと何でもないことのように言う。


 「自分で言うのもなんだが、優秀だからな。自分が推薦した学生が上位席次で卒業するのは、貴族にとっちゃ誉れだ」

 「この国の文化?」

 「そうだな」


 寄宿士官学校上位席次の卒業生が、自分の推薦した学生。

 これは、推薦した側にとっても自分の見る目の良さを証明することになる。

 幼少の時分より頭の良かったシンは、自分の家でなく、自家の所属する派閥の偉い人の推薦で入学した。

 将来の上位席次推薦者という立場を、親が外交的なカードに利用したということでもある。

 シンの意思は無視された。


 「本当は、軍人ではなく研究者になりたかった」

 「へぇ」


 成績優秀、品行方正、寡黙で努力家。

 軍人として、高く評価されているシンではあったが、彼は戦いの中に身を投じることを好んではいない。

 同期の中でも指折りの才能が有ると評価されながら、そんなものを望んではいなかったのだ。


 「それで、なんでこんなところで黄昏てたの?」

 「……卒業後の進路でな」

 「さっきの話と関係する?」

 「少しは。このまま仮に上位の席次で卒業したとして。それが何になるのかと、考え込んでいた」

 「上位というなら、良いことじゃないの?」

 「……ああ、一般的にはな」


 シンが応えるまでに間が有ったことに、怪訝そうな顔をする姫。


 「俺がこの学校に入るにあたって、派閥の上の人間が、俺の家にだいぶ援助をした。俺を囲い込むためだろう。金銭的にも相当な支援を受けたと聞いている」

 「うん」

 「王立の研究所に行こうと思えば、上位席次での卒業が必須だ。俺も、それは狙っている」

 「そうね、何となくわかるわ」


 王立の研究所で研究員になるならば、優秀であることが求められる。

 寄宿士官学校卒業というだけでもそれなりに優秀であるとみなされるのだが、やはり頭脳労働の極みともいえる仕事に就くならば、学校の上位三分の一。上位席次で卒業することが必須だ。出来るならば、上位一割に入っておきたい。

 スカウトされるのならばともかく、自分で就職先にアピールするなら、安全圏としてはそれぐらいの結果を出さねばなるまい。


 「だが、上位で卒業すると、援助した人間は自分たちの手元に置こうとするだろう。事前に援助したのはこの為だと。正直、これを跳ねのけるのは難しい」

 「なるほど」


 研究所に入ろうと思えば上位席次での卒業が必須。

 しかし、上位席次で卒業するような学生は、どの貴族家でも部下として採用したい。

 寄宿士官学校に入学するのは、入学時点で優秀ならば出来る。しかし、上位席次の卒業は、そこから更に秀でたものが要る。

 優秀であると認められた人間を選りすぐって集め、競わせ、揉みに揉んだ結果の卒業席次だから。

 元々優秀であることに加えて、学業期間にしっかりと努力し、勉学と鍛錬に励まなければ、上位にはなれない。

 おまけに、周りは皆、同じように努力しているのだ。人と同じ努力で、軽々と上位になれるものではない。余程に優れた才能が有るか、人よりも更に努力するか。

 上位席次の卒業とは、入学時点で優秀であり、学業期間に努力家であり、卒業時点で選ばれたものであることの客観的な証明である。

 部下として手元に置いておきたいのは当たり前だろう。


 徹底的に支援してくれた相手が、自分の所に来いと言ったなら。

 嫌だと言って自分の希望する進路を選べるだろうか。

 恩知らずの汚名を被ってでも、研究所に行くべきだろうか。

 仮に望み通りの職に就けたとして、派閥の長を裏切るような真似をした人間が、その後の生活を上手く営めるだろうか。

 望み通りの職に就くには上位で卒業せねばならない。上位で卒業すれば、希望の職には就けない。

 鬱屈する訳である。


 「ふうん、あなたも色々と悩んでるのね」

 「ふん」


 シェラもシンも、それぞれに悩み多き年頃。

 その日から、シンとシェラ姫はお互いの事情を知る、同志となった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 感情移入できなくてなんとも言えん
[良い点] 「あんた」が「あなた」になって、シェラ姫とシンが近づく感じがすごく良かったです!
[良い点] おかしな転生、が、まともな学園物語、になってる。これ、ほんとうにおかしな転生か、タイトルを二度確かめた。笑。
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