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おかしな転生  作者: 古流 望
第35章 アイスクリームはタイミング
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426話 人気者

 「おい、どこだ?」

 「イテっ!! 押すなって」

 「うわ、ホントに居るじゃん。可愛いぃ」


 男たちが、群れている。

 訓練帰りの者も居るのだろう。汗臭さをそのままにして密集しているものだから、実に酷い。

 十代も半ばから後半の、若い男たち。そして日頃から鍛えている者たちとなると、集まった時の圧力が半端ない。

 気弱なものなら泣き出しそうなほどの圧力である。

 不良的な、ヤンキーな兄ちゃんたちに囲まれた感じを想像してもらいたい。我欲だけで学友たちを押しのけ、それでお互いがお互いに力づくの場所取り合戦を始めている様。

 どけよ、邪魔だろ。お前こそどけ。なんだテメエは、失せろ、などとののしり合い、それでいて誰もが一つの目的の為に集まる。

 馬鹿のようなというならば、まさしくその通り。十代が騒ぐのはバカ騒ぎと相場が決まっている。

 彼らが集まっている理由は一つ。


 美少女の見物。

 美少女が学内を見て回るというのが正しいのだが、阿呆どもは見学する美少女を逆に見物しようとしているのだ。


 野次馬根性の豊かな、好奇心に満ちた青少年の中に、うら若き美少女がやってくればどうなるか。それも、一般人なら近づくこともない、高貴な身分であるとしたら。

 好奇心の導くままに、どんな子かと見物に集まるというもの。何百人もの思春期男子が、押すな押すなと固まっている。

 学生有志と護衛によって一定の距離以上は近づけないように防がれているが、日頃女っ気に乏しい、群れる餓狼どもにはそれでも十分。


 「あいつらが変なことをしないように、俺らがいるから安心してください」


 同性ということで、ルミが目を白黒させている姫に、安心するようにという。


 「ありがとうございます」

 「それじゃあ早速案内します」


 連れ立って学内を歩き出す一同。


 「訓練場の説明は不要ですよね」

 「ええ。一番目立ちますから」


 ルミとマルクの二人の案内による施設見学。

 誰の意志によって組まれたのか、うっすらとだがお菓子の甘い香りが漂いそうである。

 最初に訓練場を案内しようとしたのだが、訓練場は学内の真ん中にあるので、わざわざ足を運ばなくても、どこからでも見えた。

 そこで、一同はまず訓練場以外で一番長く過ごすであろう場所を案内する。


 「あっちが寮だな。ちいせえ方が女子寮です」

 「バカマルク。せめて綺麗な方って言えよ」


 マルクの説明は、ルミにとっては不満だったらしい。

 男子用の寮は大きく、そして汚い。

 汚れている訳では無いし、掃除もしっかりされているのだが、如何せん建物を綺麗に飾り付けようなどと考える風流な人間が居ないのが悪いのだ。

 経年劣化による塗装の剥離などはどうしても起きてしまう訳で、パッと見た感じはボロく見えてしまう。

 対して女子寮は、小さく、そして彩りが華やかだ。

 元々女子の数自体が少なく、女子寮もそれに合わせてかなりこじんまりとしている。そして、今回姫が滞在するということで、多少なりとも飾りつけが有った。

 玄関先に花が飾ってあるなどがそれだ。

 マルクは、男子寮が大きい方で、小さい方が女子寮と説明する。ルミは、汚い方が男子寮で、綺麗な方が女子寮と表現した。

 どっちも間違いでは無いのだが、自分たちが使う方がいい所だと言いたげなところに、張り合っている感じがある


 「うるせえ。だいたい、女子だけ綺麗な建物ってのはずるいだろう」

 「俺に文句言っても仕方ねえだろ。校長にでも言え」


 姫に対する口調こそ日ごろの訓練のお陰か幾分丁寧であるものの、お互いに気やすく遠慮のない関係性であることから、夫婦二人の会話だけみれば相変わらずの様子。

 やいのやいの。モルテールンの人間ならば、口の悪い二人が言い争うのは普通だろうが、慣れない姫からすれば面食らう。


 「あの……喧嘩は止めて貰えると嬉しいのですが」


 ぎゃあぎゃあと言い争う二人を、姫が止める。

 一瞬、シェラ姫の言葉を受けて口喧嘩が止まった二人。お互いに見つめ合ったのち、ややあって大笑いし始めた


 「あはははは」

 「ははは、あの、すいません。あははは」


 笑い出した二人に挟まれた姫としては、戸惑うばかり。


 「実は俺ら、夫婦なんです」

 「そうそう。こういうのはいつものことなんです」


 ルミが、笑い過ぎて湿った目じりを拭いながら、ちょっと恥ずかし気に言った。

 姫は、思いもかけなかった言葉に驚く。


 「え? そうなんですか。ご夫婦で学生というのは、この国では良くあることなんでしょうか」


 早速の異文化交流なのだろうかと姫が尋ねるが、勿論そんなはずは無い。

 ルミとマルクは揃って否定する。


 「いやいや、俺らは珍しいと思う。そもそも学校に女ってのが珍しいし、貴族の子ってのは普通婚約者を決めてることが多いからな。実際に結婚までしてるのは稀でしょう」


 寄宿士官学校は貴族子弟の為の学校である。必然、学内に居るものの多くは貴族の子だ。マルクやルミのように従士というのは、少数派になる。

 大凡見合いが結婚の主流の神王国においては、士官学校生も貴族として婚約者を持っていることが多い。貴族の婚約というのは、成人前に決められているのがごく普通だ。特に、高位貴族の子弟ではその傾向が高い。

 将来の結婚が決まっている“女性”は、わざわざ士官教育など受けない。家庭に入った時に役立つ知識や技能を親や家庭教師に教わっていたり、結婚後に内助の功として支えられるように交友関係を広げたり、といったことに注力しがちだ。

 つまり、士官学校に入学して、“夫婦”のまま過ごす人間はかなりレアということ。


 「そうなんですね。何か事情がおありですか?」


 他人の恋愛事情に好奇心がそそられるのは、どこの国の人間であろうと同じ。


 「あ~、まあ、事情もあるっちゃ有るんですが」

 「俺らの、お家の事情も絡むんで、言えないことも有ります」

 「お家?」

 「うちらは、モルテールンの従士家なんですよ。二人ともね」

 「まぁ」


 モルテールンの家名は、流石にシェラ姫も知っている。

 そして、この二人が自分の案内役に抜擢された裏事情も、だいたい察する。

 モルテールン家がヴォルトゥザラ王国といい意味でも悪い意味でも深い繋がりがあることは事実。

 将来的にヴォルトゥザラ王国との交渉事を必要とした際、シェラ姫とモルテールン家の従士が面識を持っているというのは大きいだろう。

 更に“既婚者の同性”という珍しい属性がルミには有る訳で、仲良くなっておけばお互いに何かと役に立つことも有るはず。

 将来を見越した布石として、モルテールン家の人間が動いた結果の案内役。

 シェラ姫は、深く納得した。


 しばらく雑談をしながら、学内を案内するルミとマルク。

 あそこが何々、あれが何々、ここがどこそこと、日頃利用している人間として、案内はスムーズに進む。


 「ああ、あとは食堂で最後ですね」

 「食事の内容は期待しない方が良いです。ゲロマズなんで」

 「あらあら」


 案内の最後として、食堂を遠目から説明する。

 流石に、学生でごった返しているところに姫を放り込むわけにもいかないからだ。食堂は学生が全員集まれるような場所であり、校内でも訓練場に次いで広めのスペースが有る場所であり、雨風を凌げる場所であり、誰もが利用する場所だ。

 必然、学生たちの憩いの場にもなる。

 何かというなら学生は食堂にたむろする訳で、今日のような特別な来客が有れば猶更みなが集まって噂し合う。友達同士で駄弁るのが楽しいのは、十代の日常である。


 「案内ありがとうございました」

 「いえ、任務ですから」


 一通り、学内を案内し終わったところで、シェラ姫は案内してくれた二人に礼を言う。


 「それじゃあ、自分らはこれで。案内終了を報告してきます」


 ピシっと敬礼する二人に、シェラ姫も見様見真似の敬礼を返す。

 ルミとマルクが走り去るのを見送ったシェラ姫は、護衛達とともに宿舎に足を向けた。


 姫の留学生活は、こうして始まったのだ。


◇◇◇◇◇


 「お姫様~」


 掛けられる声に、手を振る。

 寄宿士官学校に入学後、姫様は真摯に学業と訓練に励んでいた。

 朝は皆と同じように起きて朝練で汗を流し、酷く不味い上に量だけは大量にあるご飯でお腹を一杯にし、多少マシに食える裏技を聞いて試し、講義では分からないことを積極的に質問をし、午後の訓練ではまたしっかりと汗を流す。

 実に模範的な学生の姿だ。

 当初は外国の要人がやってくるということで警戒していた教師陣も、今ではすっかり不安を拭い去って仕事に専念していた。


 一生懸命に頑張る外国のお姫様。


 普段は女っ気に乏しい士官学校の男たちが、こんな健気でひたむきな美少女を無視する訳もない。

 むしろ、崇め奉るレベルで人気になっている。

 姫様が朝練でグラウンドを走っていると聞けば、夜間訓練で徹夜していた連中すら訓練場に飛び出して走り始めるし、学業で分からないことが有ると聞けば、皆がこぞって教えてあげるよと押しかける。

 勿論、護衛の人間も居るのでナンパしようなどという不届きものは今のところ出ていないが、それも時間の問題かもしれない。

 ダメ元で吶喊する勇者がいつ出てもおかしくないほど、お姫様に対する熱狂は盛り上がっていた。


 案の定、無謀な野郎がまた一人。


 「シェラズド様、少し良いですか」

 「はい。それで、えっと貴方は?」


 姫に近づいて、男は挨拶する。

 自分が侯爵家の人間であるということや、寄宿士官学校で最も優秀な学生であることなどを滔々と語り始めた。

 姫もその自慢話を笑顔で聞くだけ、王族としての躾が行き届いている。


 「おい、その辺にしておけ」

 「何!?」


 姫がずっと黙って聞いているところに、また別の男が割って入る。

 侯爵家の人間に対抗するだけの、家柄のいい男だ。

 何故か姫の方にきらりと笑顔を向けながら、侯爵家の男に対峙している。


 「お姫様が困っているだろうが。それぐらい分かれよ」

 「何を言うか。姫様は俺の話を楽しく聞いていただろう」

 「愛想笑いってのを知らないのか。いいから、そこを退けよ」

 「何だと!!」

 「あの、私の為に争わないでください」


 どこかで聞いたようなセリフを、姫が口にする。

 私の為に争わないで、などというセリフは、普通の人間なら口にすることは無い。

 だが、ナンパ野郎や正義感ぶった似非ナイトが争っていれば、そういわざるを得ない。


 「「はい、そうします」」


 どぅへへへへ、と実にだらしない顔になる男。

 先ほど自慢げに語らっていたのは何なのか。優秀とは思えない顔つきで、鼻の下を盛大に伸ばす。

 そして、護衛の人間に追い払われた。


 こんなことは、最早日常茶飯事になってきている。

 美少女が、自分たちと一緒に気さくに居るのだから、仕方のないことなのかもしれない。


 勿論、そんなバカ騒ぎを一歩引いたところで見ている者たちもいた。

 女生徒などは姫に熱狂することもないし、そもそも他人のばか騒ぎに興味を持たないクールな人間も居る。

 例えば、シン=ミル=クルムなどもそんな中の一人。

 銀髪の美少年であり、女生徒からも人気の高い優秀な学生だ。

 食堂の端で同期と食事を取りつつ、喧騒に呆れていた。


 「シンはいかないの? 姫様は滅茶苦茶美人らしいぞ?」

 「ふん、下らん」


 我関せずと一人黙々と訓練に励む者にとっては、平穏が戻ってくることを願う日々であった。


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― 新着の感想 ―
色ボケ王国と買春大使に挟まれたヴォルトゥザラ王国の皆様に心からお悔やみ申し上げます。
[一言] ああ当時男子校だった、うちの高校の面談におかんが妹連れてきた時の反応まんまだw 先に妹の面談があって、そのまま連れてきたんだよなぁ… 一応は美少女の端に引っかかる感じだったし。ま、性格が男前…
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