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おかしな転生  作者: 古流 望
第35章 アイスクリームはタイミング
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425話 初めての寄宿士官学校

 晴天の日。

 世の中は天下泰平ことも無し。

 どこからどう見ても平和で穏やかな一日の始まりは、誰にとっても好ましい。

 農民にとっても、行商人にとっても、兵士にとっても、そして留学初日の姫にとっても。


 「姫様、何を見ておられるのですか?」


 ぼんやりと馬車の中から外を見ていた姫に、同席していた傍仕えが尋ねる。

 馬車の中は案内役に姫、そして傍仕え二人の四人が居て、誰もが口を重くしている中のこと。傍仕えなりの気遣いなのだろう。


 「空よ」

 「空?」

 「てっきり外国だから変わっているのかと思って見ていたのだけれど、うちの空と変わらないわね」

 「それは面白い発見をされましたね」


 ヴォルトゥザラ王国は遊牧の民の国だ。

 定住を選ぶ人間が増えてきているとは言っても、根本のところのアイデンティティは変わらない。

 遊牧民にとって、空とは情報の塊である。

 空の色、流れる雲霞(うんか)、薫る風、感じる全てが教えてくれる。雨が降るのはいつか、寒くなるのはどれぐらいからか、今がいつ頃の季節なのか、豊かな牧草は有りそうか、今日は良い日になりそうか。

 何をするにも、まずは空を見るのが遊牧民の癖でもある。

 シェラ姫も、何と無しに空を見ていた。

 綺麗に晴れている空。秋の気配と澄み渡る空気。雲は空の遥か高い場所に僅かに流れているだけ。

 国に居た時に見ていた空と、何の違いも無い。

 いや、違いというなら、空は毎日違うのだ。同じ空の日など祖国に居た時から、無いと言って良い。ならば今見ている空も初めて見る景色なのだろうが、姫にとっては驚きも感動も無い。ただの空であった。


 「どうせなら、変わった空であって欲しかったわ」


 退屈なのか、或いは緊張しているのか。

 普段考えもしないことを、何となく頭に思い浮かべる。

 新しいことが始まる不安と、期待と、願望と、現実と。

 普段とは違う姫の言葉に、傍仕えは軽く聞き返す。


 「変わったと言いますと?」

 「……ドラゴンが飛んでいるとか」

 「それはそれは。大層な空でございますね」


 伝説に謳われる大龍(ドラゴン)

 姫が噂に聞くところによれば、神王国では大龍をたった一人で討伐した勇者が居るという。

 吟遊詩人が歌いあげる内容だけにどれだけ誇張されているか分かったものではないが、日頃は箱入りの姫の耳にさえ入る噂だ。

 火の無い所に煙は立たない。きっと、神王国に大龍を倒したものが居るのは事実に違いない。

 少なくとも、姫が王城を訪ねた折、大龍の頭と思われるものがあったのは事実。とても巨大な頭骨であり、大龍の骨だと言われて納得してしまう程度には圧倒された。

 ただの巨大な動物の頭蓋骨か、或いは作り物かもしれないと供のものは言っていたが、好奇心旺盛な年頃の少女としては、本物だと信じて疑わない。

 大事なことは、神王国では大龍が実在していたと誰もが疑っていないということ。

 姫は、大龍が空を飛んでいるところが見たかったのだ。


 「もしそのようなことがありますと、私はこの身に換えても姫様をお守りいたす責務があります。大龍などと、恐ろしいものは居ない方が嬉しいですわ」

 「そうね。恐ろしい目には遭わない方がいいもの。でも、見てみたいじゃない」

 「でしたらせめて、姫をお守りする“姫の守り人”が必要でしょうか」

 「あら、それはいいわね」


 傍仕えの“姫の守り人”というのは勿論、神王国が誇る若き英雄の称号をもじったものだ。

 龍の守り人と称される英傑が居る。

 ロズモ公が姫を神王国に送り込んだ理由の一端であると、姫は聞かされていた。


 「姫様、もう間もなく到着します」

 「楽しみですね」


 ガタゴトと、馬車が移動する。

 ヴォルトゥザラ王国の姫君が乗る馬車だ。警備は厳重であり、怪しい人間は近づくことすら出来ない。近づく前に、排除される。

 護衛の戦力に不足は無い。


 ただし、神王国にやって来た時とは違って、今は隠密行動だ。

 馬車の飾りは極力取り払っていて、一見するだけでは誰の馬車か分からない。ロズモの身分を示す飾りもないし、ヴォルトゥザラ王国を示すものも何一つない。ただ、豪華な馬車というだけ。

 先だって、盛大にパレードをやった目的の一つが、ヴォルトゥザラ王国の姫の来訪を印象付けると同時に、今日のような移動の際に姫の乗る御料車であると気づかれにくくするという目的もあったのだ。

 姫の“らくだ車”を神王国人に強く印象付けるとともに、ヴォルトゥザラ王国の貴人の移動は、駱駝を使うのだとアピールする狙い。

 ヴォルトゥザラ王国人は馬より駱駝の方が優れた生き物だと妄信しているところが有る為、自分たちの国の優れた生き物を宣伝しているつもりでもあった。

 どこまでも豪華に、どこまでも盛大に、国家の威信をかけたパレードであったのだ。


 あれほど盛大にお披露目をして、日も置かずに目立たぬように移動する。

 何のためかと言えば、本義を果たす為。

 移動先は、シェラ姫の本来の目的の為の場所。

 すなわち、留学の為の士官学校への移動だ。


 「神王国は騎士の国と聞いていますが」


 姫が、案内役の男に尋ねる。

 ヴォルゥトザラ王国の大使も務める男で、ロズモとは違う一族の人間だ。

 その為、ロズモの公女であるシェラ姫に対しても一歩引いた態度を見せており、中々に堅苦しい雰囲気。

 沈黙を(いと)ったのだろう。

 シェラ姫は、積極的に男に話しかける。

 まさか自国の王家の姫君に話しかけられて、無視するわけにもいかず、男は遠慮がちに言葉を発した。


 「左様です。この国では駱駝の代わりに馬に乗った戦士が民を率いるそうです」


 ヴォルトゥザラ王国の戦士たちは、馬も乗るが駱駝も乗る。

 乾燥地帯の遊牧を行う部族などは、馬などよりも持久力が高く、乾燥に強い駱駝の方を好む。

 自分たちの部族の文様を駱駝にしているところもあり、また財産の多さを駱駝で表現する慣用句も有ったりする。

 ヴォルトゥザラ王国で最も一般的な動物が、駱駝なのだ。

 彼らにとって馬というのは、神王国人が駱駝を見る意見と近しい。

 お互い、馴染みの無いものを見る感覚である。


 「変わった国ですね」

 「そういうものです。国が変われば色々と常識も変わる」


 姫の好奇心を、刺激したのだろう。

 男も大使として赴任して以降、色々な面で国ごとに変わる常識というものに面食らった。

 ところ変われば品変わるというが、国が変われば当たり前の知識すら変わる。


 「例えば?」

 「先ほどの駱駝の代わりの馬についても、高貴な身分の人間は馬に乗れることが当たり前なのだとか」

 「馬は荷車や車を引くためのものかと思っていましたわ」


 ヴォルトゥザラ王国人にとっては、馬は駱駝の“代わり”なのだ。

 駱駝が居れば事足りるが、いない時に代用する家畜として馬が有る。

 ロバと馬の区別もしない。ひっくるめて馬と呼ぶ。むしろ、小さい馬がロバという扱い。神王国では馬とロバを一緒にしようものなら、騎士の誇りを穢すのかと激怒する人間も居るだろうが、ヴォルトゥザラ人にはそんな意識は無い。

 大きい馬か、小さい馬かぐらいの区別だ。ちなみに、どちらも食用でもある。食べるのに美味しいのは大きい方だが、小さいほうの馬も食べられないことは無い、というのがヴォルトゥザラ人の一般的な馬評である。

 駱駝に関しては細かく区分が有るのと比べれば、馬に馴染みがないため語彙も少ないのだ。

 ちなみに、駱駝であれば大小雌雄の他に、野生のものと飼われている駱駝を区別する言葉もある。


 「そしてこの国では、駱駝には乗りません」

 「え? それじゃあどうやって砂の地を回るの?」


 シェラ姫は、案内役の言葉に驚いた。

 砂漠において、駱駝を使った移動はヴォルトゥザラでは一般的だ。というより、砂漠の移動には駱駝が必須と言って良い。

 乾燥に強く、力が有って、砂漠を行き来するのに駱駝を使わないなどありえないと言っても過言ではない。

 姫は、流石にそれは常識だと思っていた。

 故に、神王国人が駱駝に乗らないと聞いて驚いたのだ。

 それで一体、どうやって生活しているのだろうと、心底不思議だと。


 「この国には砂の地が無いということです」

 「へぇ面白いわね」


 聞けば聞くほど、興味深い話だ。砂の地が無いのだから、そもそも駱駝を必要としない。神王国の常識だ。

 馴染みのある家畜一つとっても違いがある。

 人の風貌も違うし、なんならファッションも違う。

 これから学ぶ学舎では、さぞ驚きが待っていることだろう。多くを学べるであろう予感に、少女は前途を想う。


 姫がワクワクと期待を膨らませていたところで、一行は王都の一角に着く。

 神王国の未来を作る為の施設。将来の国の礎を育てる為の学校である。


 「これが寄宿士官学校ですか」


 姫は、着いて早々建屋を見やる。

 寄宿士官学校は王都に建てられていることも有り、謁見からさほど日も明けずに足を運ぶことが出来た。

 建屋は幾つもあるのだが、基本的に軍人を育てる学校だけあって訓練用の施設が充実している。特に、建物に囲まれた中央にあるのが、とても広大な訓練場。これこそメインの施設(?)と言って良い。

 昼夜を問わず訓練が行われている場所であり、寄宿士官学校生からすれば一番馴染みの深い場所。


 「では姫様、こちらへ」


 正面の門から、訓練場を通ることなく最も近い建物に進む。

 教職員が仕事を行う、本部棟である。

 寄宿士官学校の来客をもてなす為の部屋も、ここにある。


 「ようこそお越しくださいました」


 部屋に入れば、既に校長が待っていた。

 寄宿士官学校の当代の校長は、外務閥に属する宮廷貴族の一人。

 諸貴族、諸外国との折衝が専門分野とあって、外国からの賓客をもてなすという役目に関しては文句のつけようもない。


 しばらく挨拶と社交辞令を交換し合う両者。

 校長もその道の専門家であるし、少女にしても幼き頃から教育されてきただけあってどちらもそつがない。

 歓談も盛り上がったころ、校長が徐に切り出した。


 「早速ですが、学内を案内いたしましょうか」

 「そうですね、お願いいたします」


 これからしばらく通うことになる学校。

 どこにどんな施設が有るのか、知っておくことも大事。


 「それでは、学内を案内させる学生を呼びましょう」


 校長の部下が部屋を出てしばらく。

 姫の元に、学生がやってきた。


 「お呼びと伺い、参りました」

 「姫様のご案内はお任せください」


 案内役に選ばれたのは、ルミニートとマルカルロの二人。

 モルテールン家の従士夫婦であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 案内役の顔ぶれは波乱の予感しかしない。楽しみです。
[一言] 絶対に『やっぱ面倒ごとに巻き込まれた』と思ってるだろうなw
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