413話 ご利益
移住希望者四百人。
カセロールがペイスから伝えられた言葉に、驚きを隠せない。
「四百? 本当か?」
「はい。それも最低限の数字で、もっと増える可能性が高いです」
予想を遥かに超える応募者の数。
四百人ともなれば、ちょっとした町が出来上がる人数である。
さらに言えば、ペイスが示した四百人には老人や子供の数は含まれていない。純粋に労働者として数えられる人数だけで四百人だ。
人口の、それも労働者人口というのは領地にとってみれば国力そのものと言って良い。
機械化も未熟な社会では、生産能力とは即ち人の数である。
四百人規模の人口を抱える町となると、最低でも十人は従士を養える。騎士爵家程度であれば恥ずかしくないほどには生産能力が期待できるということ。
領地規模で言えば、準男爵領の領都がそれぐらいでもおかしくない。
かつてのモルテールン家であれば、どうあっても集められなかった規模だろう。
「まさか、魔の森に行きたがる人間がそれほど多いとは」
魔の森は、かなりの悪評が立つ程度には被害の出ている場所。
悪名高き、という言葉がぴったり当てはまる、危険地帯である。
幾らモルテールン家が関わるとはいえ、王都のスラムよりも危険な場所にわざわざ行きたがる人間がいるとは思っていなかった。
正直、カセロールとしては五十人でも集めるのに十年かける覚悟でいたのだ。
これだけ簡単に人が集まってしまうとなると、かつての開拓初期に経験した苦労は何だったのかと泣きたくなるぐらいだ。
あの当時であれば、数人集めるのにも必死に駆け回っていた。
カセロールの複雑な心境の吐露。
周りにいる部下たちは気持ちが分かる者も多いので、頷くこと頻りだ。
「理由が幾つかあるようです」
「ほう」
ペイスは、父親への報告に先立って分析を行っていた。
「一つは、王家の肝いり事業の一環であること」
今次の魔の森開拓は、王家にも事前に根回しをして行っている。
国軍の派遣の要請も通っているし、モルテールン家が用意した予算も潤沢。
人も金もたっぷりあって、王家も賛同する事業となれば、傍から見れば国家事業と見えてもおかしくない。
予算豊富な国家事業で行う、領民募集。
これは、無学な人間から見ても“なんか凄そう”と思えるもの。
普通の庶民からしてみれば、偉い人と言えばせいぜいが自分の街の代官。貴族の従士クラスだ。面識を持てて、ある程度言葉を交わすことも有る偉い人というのがそのレベル。
稀に、貴族様も見かけることが有るかもしれない。
現代でも市長やら知事やらを街で見かけるというのも、無くは無いだろう。モルテールン家のように領民と領主の距離が近しい例外も有るが、庶民からしてみれば貴族様でも相当に上の“偉い人”である。
そこに来て、更にその上の王様が関わる事業。
もしかしたら、一攫千金を狙えるぐらいいい仕事なのかも、という物凄く曖昧なイメージで、応募する人間も居たと、ペイスは報告する。
「もう一つは、例のボンビーノ家の一件」
「ボンビーノ家の件が、うちの領民募集に関係してるのか?」
「はい、どうやらそのようです」
ボンビーノ家の赤子を取り合って、神王国の四伯とも称される大貴族同士が火花を散らして衝突した事件。
モルテールン家の介入の結果、解決というよりは丁度いい落としどころに決着したわけだが、事情通のボンビーノ子爵夫人やレーテシュ伯爵あたりは、ペイスの狙いに薄々気づいている。
魔の森を入念に偵察し、何度も軍を入れた。その上で国軍に根回しをして一隊借り受け、開拓を進めようとしている。
他ならぬペイスが。
さてもさても、ペイスのことをとてもよく知っているジョゼや、執拗なほどペイスについて情報収集しているレーテシュ伯などから見たとして、ペイスが態々王都で国軍にまで根回しし、王家にまで話を通すほど準備に手間をかけた事業が、幾ら魔の森だからとはいえ“ただの開拓”で済むように思えるだろうか。
賢明なる女傑にしてみれば、そんなはずは無いと即座に否定して見せる内容だ。
今までも散々にやらかしてきているペイスが、自分から率先して動き回っていることでただの開拓だというのか。はっ、と鼻で笑ってしまう。
ただの開拓で済まないというなら、何が有るだろうか。
少なくとも一つ二つの村を作って終わり、ではないはず。
最低でも辺境伯家や伯爵家の間を拗らせ、二家から恨まれる可能性すら些事に思える利益を見据えて動いたに決まっているのだ。
つまりは、魔の森の全体からすれば僅かなエリアを開拓するというのは、もっと大きなことの手始めに過ぎないに違いない。
ならば、領民募集というのはあくまで通過点。今後も美味しい話が発掘されるはずだと考えた。
魔の森の開拓を進める自信があるのだと、見切っているともいえる。
開拓が成功すれば、関連する利権や利益はよだれが出そうなほど。今手を付けている小さな駐屯地だけでも、それはそれは香しい香りを放つ。貴族家を経営する人間ならば、見過ごすには惜しい利権が幾らでも転がっている。
例えば、将来確実に重要な軍事拠点、開拓の中心となるであろう町の一等地を早々に押さえる、といった利権。或いは、開拓されるであろう魔の森の土地を、農地として借り上げるといった利権。
流通、税、投資、権利。色々と狙いどころは有るだろうが、総じて言えるのはこれらの利権は早い者勝ちということ。既得権の無いうちに手を出し、既得権を手にしたものが勝者になるということだ。
早めに動けば、それだけ将来美味しい思いが出来るはず。
主に南部の街から、強かな連中の息の掛った人間が送り込まれる為に人数が増えた。
「レーテシュ伯なんて、うちの領民募集が出る前から、候補になりそうな人を領内から見繕って準備していたそうです」
「……恐ろしいほどこちらの動きを見透かしているな。敵にしたくないものだ」
「開拓に手を付けた以上、必ず領民募集や移民の受け入れが有ると見越していた訳です。信頼されているんですかね?」
「お前なら必ずやると思われていたのかもしれん。だとしたら、準備の良さも頷ける」
いざ、開拓が上手くいきそうなので領民募集と声を掛けたら、待ってたわと言われて百人規模の領民希望者を紹介してくる。
レーテシュ家とモルテールン家の関係性を知らない人間からすれば、何処まで先を見通していたのかと怖くもなるだろう。
まあ、あの人ならそれぐらいしてくるでしょう、と受け入れるペイスやカセロールの、肝が太いだけである。
「更にもう一つ」
「まだあるのか」
「あるにはあるんですが……」
若干、ペイスが言いにくそうにして口ごもった。
割と物言いのはっきりしている息子には珍しいとカセロールは怪訝そうにするが、ペイスの言葉を続けたのは、一緒についてきていた従士長だった。
「坊が貰った『龍の守り人』の称号の効果でさあ。ご利益覿面ってやつで」
「ほう?」
シイツの言葉に、息子を揶揄う雰囲気を感じたカセロールが、シイツに続きを促す。
「新しい村の出来る場所が、龍の出てきた魔の森。責任者が国内で唯一龍の名を冠した称号を持つ坊。これはもしかすると龍のことで何かあるんじゃねえか、ってぇ山師がわんさか」
「……頭の痛い話だ」
大龍が、膨大にして莫大な富を生んだことは、この国の貴族なら誰でも知っている。一般人も、金額の具体的な想像までは出来ずとも、龍を倒したのだからさぞ凄い褒美をもらったに違いない、ぐらいは考える。
誰から見ても、大龍というのは伝説に謳われる恐怖の権化であると同時に、金をも超える富の塊だ。
あやかりたいと考える人間は、腐るほどいるだろう。
皆が皆、モルテールン家が大龍討伐で大儲けしたという話を聞いたところで、そのモルテールン家が“龍の居た”魔の森に人手を募集している。
これは一発逆転、自分も大儲け出来るんじゃねえか、と考えるものも出る訳だ。
ましてペイスが龍の守り人という称号を授与されている。
ペイスが率先して動くことに、龍が絡んでるんじゃないかと予想するのは至極当然だ。
「まっ、四百って数字がでけえことは事実だな。予想以上ってだけで、少ないよりは遥かにマシってもんで」
「たしかに、人手の多いことは良いことだし、いずれ人は増やすつもりだったんだ。この際、ペイスに頑張ってもらうか」
「賛成」
「僕がしんどくなるだけじゃないですか。横暴ですよ!!」
カセロール達は、たまにはペイスも苦労するべきだと笑い合った。
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