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おかしな転生  作者: 古流 望
第4章 失敗の味
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039話 タルト・タタン

 戦勝を祝うことには意味がある。

 戦いに勝ったという事実を流布する為、自分たちの正義を喧伝する為、敵の不正義を批難する為。

 そして、死んでいったもの達への鎮魂と、生者の慰めの為。


 「この度の勝利を祝い、乾杯!!」

 「「乾杯っ!!」」


 フバーレク辺境伯領、領都アルコム。そのほぼ中央にある城では、現在大広間が開放されている。

 賑やかな喧騒の中、子羊の丸焼きを始めとする豪華な料理が次々と運ばれていた。中央のテーブルに所狭しと並べられた料理の数々は、何よりも人目を惹く。が、それは褒められることではない。本来であれば、料理などは来賓の引き立て役であるべきなのだから。


 料理が広間で目立つのは、この手の社交にありがちな色合いが欠けているためだ。戦勝祝いの為であり、集められたのが軍人ばかり。一般的な社交の場に比べると、女性の数が明らかに少ない。家族連れで戦場に来る人間も居ないので、総じて女性の数も限られた、男だらけの社交になる。


 それでも広間の中には二百人以上の人が集まっていて、警備の従士と給仕の下働きを除けば、全員の手には何がしかの飲食物がある。この場は慰労も兼ねているので、飲み食いの全てが辺境伯の奢りであるためだ。

 報奨するほどでも無い軍功は、こういった場に参加する権利を報奨代わりとして与えられるのが常。真っ当に輸送任務を果たしていた班長であるとか、哨戒任務をこなしていた小隊長などが多いのもそのためである。

 そんな彼らの多くは、従士として辺境伯家を始めとする諸家に仕えている立場の者がほとんど。日頃贅沢も出来ない彼らからすれば、辺境伯家の振舞うご馳走と美酒をたらふく味わえる絶好の機会であり、ここぞとばかりに胃袋を膨れさせていた。

 その中でも特に人気なのが、辺境伯家の領内で作られるワイン。大きなワイン樽ごと中央にデンと置かれており、その場から人が絶えることが無いほどの人気である。


 「しかし、結局また小競り合いで終わってしまいましたな」

 「折角手柄を立てようと思っておりましたが、存外に敵も情けない」


 酒も入り、周りには男ばかりとなれば、お堅い人間でも口が軽くなることも多い。特に、日頃は従士として主人に仕える身の人間が多いとあっては、他人の愚痴であっても同感だと感じ入る人間が居るもの。

 上司の愚痴や、家族の愚痴。てんでばらばらな愚痴の言い合いではあっても、やはり多いのは今回の戦いについてだった。


 「ルトルートの馬鹿どものこと。てっきり頭に血を滾らせて襲ってくると思っていたがな」

 「おかげで手柄を立て損ねた。結局、今回の戦いで手柄を立てたのは、余所から来た坊ちゃん達だけ。良いよなぁ、生まれが高貴だと馬の上でふんぞり返っていても手柄になるんだからさ」


 今回の戦いで軍功として数えられた者の中には、スクヮーレやペイストリーが含まれていた。実際、まともな戦闘になったのが開拓村での攻防戦ぐらいなので、仕方のないことではあっただろうが、不平や不満も多い。

 戦勝祝いの宴が始まった当初こそ声も小さかったが、酒が入れば声の大きくなる連中のなんと多いことか。


 「全く、どいつもこいつも不満ばかり。若様、御気になさらずに」

 「ああ」


 戦勝祝いには勿論殊勲者も参加する。スクヮーレとしても、渋々ながら参加していたが、そこで耳にする言葉の多くは、彼の心を(えぐ)る。

 今日の彼の護衛の従士は、まだ年若い。普段身の回りに居る主だった連中が、揃って怪我をしたからだ。うち一人は亡くなった。最も長い付き合いのある男だった。

 戦いに臨む以上、そういった犠牲は覚悟の上であったはずだが、余りに突然のことに最初は慣れなかった。つい、いつも通りに声を掛けようとして、居ないのに気付く。それを繰り返すたびに、心が深く冷たく、暗くなっていく。


 「若様……」

 「大丈夫、大丈夫さ。エドマークも楽しむと良いよ。ほら、美味しそうなものがいっぱいあるよ?」


 無理に笑おうとしたスクヮーレの笑顔。口元だけで笑おうとしたせいか、目元や眉間に力が入っているのが見て取れる。傍に居た従士も、主のそんな顔に心を痛める。

 笑顔になり切れていない笑顔。その中にある哀惜の念は如何ばかりか。

 彼の青年は優しい。高位貴族家に生まれ、嫡孫として育てられ、軍家のトップに立つべく学んできたにもかかわらず、下の者への愛情を忘れない心優しき傑物。

 普段であれば心の底から誇らしい主人の気質。それが今は不安の種にしかならない。


 「食が進んでおらぬご様子ですな。当家の食事は御口に合いませなんだかな?」


 気落ちするスクヮーレに声を掛けてきた人物。

 公爵嫡孫の彼に、それが出来るのはこの場にたった一人。将来の義父であり、パーティの主催者。フバーレク辺境伯の地位にあるドナシェルだ。

 スクヮーレの持つ飲食物が、一向に減っていない様子を見て、ドナシェルは内心で溜息をつく。

 このまま気落ちされた様子を続けられては、義父としても悲しいし、折角の祝いの席と今後に差し障るのだ。


 「大変美味しいお食事です。頂いたお酒も素晴らしいもので、口に合わぬということはありません。ただ……そうですね、疲れているのかもしれません」

 「そうですか。いや、私も初陣の時にはそれなりに疲れたものです。それでも卿は武勲を挙げられた。そのような顔をされずとも、誇って良いと思いますが?」

 「お心遣いありがたく思います」


 謝辞と共に、青年は顔を伏せた。

 そうでもしなければ、武勲と言われて思わず反発してしまいそうになったからだ。自らの不始末で亡くした者達の前で、何の面目があって武勲を誇るのか、と。

 生来の生真面目さ故に、スクヮーレは未だに葛藤を処理できずにいた。


 ドナシェルとスクヮーレが互いに思いやりながらも気まずい雰囲気を作りかけていた時、会場の一角に雑談とは違ったどよめきが走った。

 それはドナシェルがこの場で切れるカードの一枚。切り札の少年。

 その少年は、目敏くスクヮーレとドナシェルの姿を見つけ、そして目が合う。


 「ペイストリー=モルテールン卿、こちらへ。ささ、どうぞ」


 目上に当たる辺境伯から呼ばれれば、ペイスとしてもその場に行かざるを得ない。

 図らずも、辺境伯にとって義息子となる予定の二人が揃って並ぶことになった。ペイスの後ろには、荷物を持ったニコロが侍っている。


 「閣下、この度の戦勝おめでとうございます。父に成り代わりまして心よりお祝い申し上げます」

 「はは、ペイストリー=モルテールン卿にもわざわざ遠い御領地からご助力頂き、感謝いたします」


 ペイストリーとドナシェル。二人の挨拶は社交辞令から始まった。社交に(こな)れたやり取りは、不思議と落ち着きがある。


 「閣下の御采配の確かなこと、父より聞き及んではおりましたが、実際に目にしますとそれ以上でした。迅速果断で堅実なこと、流石は国家の重鎮であらせられます」

 「こそばゆいな、そこまで褒められると。それも、御父君と貴君の助言があったればこそだ」

 「我々の力などは微々たるものです。フバーレク辺境伯、そしてここに居られませんがカドレチェク公爵閣下のお力に比べれば、些細な物でありましょう」


 ペイスの話に、ドナシェルは目線をスクヮーレ青年に向ける。やはり気落ちしたままであり、さっきから会話の端々にネガティブな反応をしているのが見て取れた。自分と比べてどうかと自省する謙虚な姿勢は、平時ならば望ましいが、今だけは痛々しい。

 それ故、辺境伯は軽く目線でペイスに懇願の念を送る。何とかして欲しい、という懇願だ。

 それを受け、ペイスは会話をやや強引に変える。


 「ああ、そうそう。私どもも急いで駆け付けました故、手土産の品も持参いたしませんでした。そこで、ここの厨房を少々お借りして作ったものを、お祝いの品とさせていただきたく思っております。閣下、この場で披露してもよろしいでしょうか」

 「勿論だとも。すぐに運ばせようか」

 「それには及びません。ここに持ってきております。ニコロ」

 「はい若様」


 ペイスに呼びかけられて、ニコロは手に持っていた平籠(バスケット)を差し出す。すぐにも下働きによってテーブルが用意されてその上に置かれた。

 中身は当然、菓子(スイーツ)である。


 「ほほう、これは美味しそうだ」


 籠の中身を見たドナシェルは、思わずそう呟いた。立場柄甘いものを食べる機会は多いが、それらに比べると明らかに異質である。まず見た目からして、とてもドナシェルの知る菓子とは違うのだから。

 一見すると、果物の煮物のような雰囲気がある。だが、香ばしい香りからすれば、焼き菓子であろうか、と彼は推測した。


 今の気分はブルーなスクヮーレにしても、お菓子が嫌いなわけではない。ましてや、ペイスの菓子の旨さを知る一人として、今度は何の菓子かと気にもなる。


 「これは何です、ペイストリー殿」

 「スクヮーレ殿の為に焼きました、焼き菓子。その名をタルト・タタンと言います」

 「ほう、焼き菓子ですか」


 すぐにも切り分けられて配られるタルト。果物らしい仄かで爽やかな香りが、焼き上げられた生地の香りと混然となる、美しささえ感じる香り。周りの者などは、香りだけで腹が減って来そうな顔をしている。


 その一切れを、上品に頬張るスクヮーレ。

 口に入れた瞬間、彼は目を開いて驚く。ジワリと広がる温かな果汁。口は肥えているので、食べた風味からボンカであろうと察することは出来たが、焼いた果実とはここまで味が変わるのかと驚いたのだ。


 「美味しいお菓子です。本当に美味しい」

 「お褒め頂き光栄です。……そういえばこの菓子には謂れが有りましたね。ご存知ですか?」

 「(いわ)れ、ですか? どのような話でしょう」

 「このタルト、実は失敗から産まれた菓子なのです」


 ペイスの言葉に、スクヮーレはぎゅっと手を握った。

 失敗、という言葉に過剰に反応してしまったのだ。その様子を、ペイスはじっと見ながら話を続けた。


 「元々、タルトという菓子は生地を先に作ります。生地の上に具材を乗せて、オーブンなりで焼き上げる家庭的なお菓子。料理と言っても良いですが、その手順はシンプルです。子供でも手順通りにやれば失敗することなど無い料理です」

 「確かに、焼き上げた料理には馴染みがあります」

 「ある街に、タルト作りの上手なタタンという名の姉妹が居たそうです。彼女らも、このボンカのタルトが得意だった。簡単ですからね。ところがある日、焼くときにうっかりタルトの生地を忘れて、果物だけを先に焼いてしまったそうです。思わぬ失敗に、やむなく途中で生地を被せて焼いた。手順を忘れて、おまけに取り繕おうとするなど、誰がどう見ても大失敗です」


 スクヮーレは、自分を責められているような気がした。自らの失敗を殊更強調するようなペイスの言葉に、ややもすれば怒りすら覚えようといった様子。


 「そうして出来たのがこのタルト・タタン。世の人は、このタルトを失敗作と呼ぶかもしれません。しかし僕は、このタルトはもっと大事なことを教えてくれている、美味しい成功作だと思っています」

 「大事なこと?」

 「はい。それは、失敗を失敗のまま終わらせてはいけないという事です。もしタタン姉妹が、途中で失敗に気付いてお菓子作りを止め、果物を捨てて作り直していたなら、このタルトは生まれなかったでしょう。大事なのは失敗してもそれを活かす努力をすること。タタン姉妹が失敗しても尚諦めずに料理したからこそ、このレシピが生まれたように、失敗してからでも前向きな努力を続けることが大事。僕は、このタルトを食べる度にそう感じています」

 「失敗を活かす、ですか。確かに、そうですね……」


 ペイスの言葉に、青年は亡くなった者達の顔を思い浮かべた。

 気の良い連中ばかりで、自分が小さい時からいつも気にかけてくれていた、と感傷すら覚える。

 そんな彼らの死をそのままにするなど、自分には出来ない。

 スクヮーレは、失敗を失敗のままにしない努力という言葉が、今更ながら少し理解出来た気がした。


 そのまま、青年は場を辞した。辺境伯にも丁寧な挨拶をしてからの退席であったが、その様子はそれまでと比べて、どこか前向きになれたような雰囲気であった。


 場に残されたのは、ペイスとドナシェル。二人は、一人の若者がどん底の落ち込みから持ち直した様子に安堵する。


 「ちょっとはマシな顔にはなったかな」

 「はい閣下。これで多少は元気を取り戻して貰えればと思います」

 「卿には今更だがな。初陣の傷心というのは自分で乗り越えるしかない。私も、若い頃には同じ経験をしたものだ」

 「そうですね。僕も、若い頃は苦労しました」

 「おやおや、卿のその年では、その言葉は早すぎる。もうあと二十年は必要だろうな」


 ペイスの、冗談と採れる発言に、辺境伯は大いに笑った。

 その様子に、少年は軽く肩を竦めるに留める。


 「まあ、スクヮーレ殿が持ち直してくれるのならそれでいい」

 「そうですね」

 「卿には礼をせねばならんな。今回の報奨もある。何か希望はあるかな?」


 ドナシェルの言葉に、ペイスは脳内の欲しいものリストを整理する。

 さし当たって必要なものは、一つ。


 「それでしたら閣下、是非とも欲しいものが御座います。ご好意に甘えるようで恐縮ではございますが、お願いしてもよろしいでしょうか」

 「さて、何であろうか」


 即座に安請け合いしないところは辺境伯も政治家らしい。だがその目は好奇心に満ちている。麒麟児の求めるものとは如何なるものか。興味をそそられる。


 「僕の欲しいものは搾汁機。ワイン用の搾汁機を頂きたく存じます」


 想定外の内容に、ドナシェルは目を丸くするのだった。


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[気になる点] そこまで詳しく調べられないだろうから大丈夫だろうけど前世の菓子の逸話を話すのはちょっと危なくない?
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