341話 ひらめきは茶話会で
余り大っぴらに会話できない内容の時の、限られた人数での密談。少人数での集まりの場合、雑事を行うのは一番立場の低い人間である。普段であれば使用人を動かす立場の人間でも、やる人間がいないから雑用もこなす。
王子殿下、公爵嫡子、お菓子馬鹿となれば、誰が雑事をするかは明らかだ。
日頃は頭のねじが数本は外れていそうな非常識の塊でも、場を弁えることは出来るらしい。
ペイスが率先して入れた紅茶の香りが、部屋を満たす。
「うむ、美味い。ペイストリーはお茶を入れるのが上手いな」
「お褒めにあずかり光栄です」
「本当ですね。お世辞抜きに美味しい。この葉はフバーレク産ですか?」
スクヮーレは生まれ育ちがとても良いため、お茶の味も多少は分かる。ルニキス王子も生まれ育ちで言えばスクヮーレ以上に良いのだが、如何せん育ちが良すぎて最上級のものしか普段は口にしておらず、違いが分かるかというと疑問符が付く。
その点、軍人として教育を受け、寄宿士官学校で泥水と生ごみの親戚のような食事を経験しているスクヮーレの方が、味の良し悪しの差が分かりやすいという話だ。
違いの分かる男スクヮーレが、お茶の葉をフバーレク産かと聞いたのは、味に違和感があったから。
お茶というのは基本的に暖かい地域で育つ。神王国でもそれは変わらず、お茶の名産地といえば南部になる。特にレーテシュ産のお茶は神王国のみならず諸外国でも有名であり、王子が普段飲んでいるようなお茶もこれだ。
南部のお茶は特に香りと味が良い。
それに比べると、フバーレク産を始めとする神王国東部のお茶は一段落ちる。
気候や土地の問題である以上仕方ないのだ。東部はお茶を育てるのに最適とは言えない。
それでもフバーレク家を含む東部では細々とお茶が作られている。これは何故か。
社交の潤滑油ともなるお茶は、貴族にとっては重要な外交的戦略物資。人が訪ねてきたのにお茶も出さない家に対して、いい気分になるだろうか。お茶会を開いて人を集められない家に魅力を覚えるだろうか。
否である。
まともな持て成しすら出来ない家は、軽んじられて当然だ。
故に、それほど重要な物資を、人任せには出来ない。流通を止められた時に備えるのは当たり前。
他の貴族に頼り切ることを良しとしない政治的事情から、フバーレク家などが独自にお茶を作っているのだ。
全く供給出来ないで輸入頼みであるのと、品質は落ちるにしても自領で供給できるのとでは、お茶を供給する人間に対しての交渉力が違ってくる。
「ふむ、確かにそんな感じも受けるお茶だ。ペイストリーが義父繋がりで持ち込んでいたのか?」
作っている意図が、政治的な思惑を含む東部産のお茶。
これに近しい味だとスクヮーレやルニキスが感じた。
それはつまり、ヴォルトゥザラ王国のお茶の品質が、神王国のものより劣るということではないか。
スクヮーレの意見を要約すると、お茶の味ではなく“ヴォルトゥザラ王国の技術力や生産力の予想”を聞いている。
「いえ、この国で仕入れたものです。詳しい産地までは分かりませんが、一番良いものを仕入れました。以前は多少国内でも美味しいお茶も採れたそうなのですが、今はどうやら、最高級品といえば海外からの輸入ものだそうですよ? ああ、勿論輸入先は我が国ではありません」
公爵嫡子の含みある質問を、勿論ペイスは察している。察していて尚、返答に気を使った。
ペイスの意見を要約するなら「お茶を物差しにするのなら、ヴォルトゥザラ王国の国力は落ちている」である。
最高の防諜対策をしているとはいえ、場所が場所。仮想敵国のど真ん中に居るのだ。明らかにヤバい話題は、発言する方も気を遣う。
「けしからんな。我が国からの輸入を増やしても良さそうなものを」
ルニキス王子も、部下二人の会話について意図するところを察した。
隣国の国力が減退しているらしいのは朗報だ。このまま、神王国との関係を改善していく中で、従属の度合いを強めてくれれば言うことなし。
王子の発言は、将来の希望的観測である。
「南部貴族として申し上げますと、今でも国内需要を満たせているとは言い難い状況です。物が高級品となりますと、そうそう簡単に生産量を増やすことも出来ません。輸出で外貨を稼ごうというのであれば、お茶以外にしていただければと思います」
「ペイストリーもしっかり言うじゃないか」
「恐縮です」
先ずは国内の整備が先である。
外国のことに気を取られて、自国内を疎かにしては駄目だ。
特に、南部には目を向けて欲しい。
ペイスの言いたいことを察した王子は、軽く首肯して同意した。
確かに、今の神王国は不安定要素が多い。その大本の原因は今、王子の目の前でのほほんとお茶をかっ食らっていやがるのだが、それは脇に置くとしても外国の付け入る隙をそのままにしておくのは一国の指導者として拙いだろう。
良薬は口に苦けれども病に利あり。忠言は耳に逆らえども行いに利あり。ペイスが王子に教えた言葉だ。
急激に膨張したことで目の届かないところも多くなっている南部。ここに気を配るべきだというペイスの助言には、王子も頷くしかなかった。
「さて、そろそろ本題に入ろう」
一通り、全員がお茶を飲み終えたところで、王子の雰囲気が変わった。
同世代同士の気楽なお茶会から、国政を左右するエリートたちの会合に変わったのだ。
「前に述べたと思うが、ソラミ共和国から要人が来るとの一報があった。そして、父の……陛下からの密命として、これと繋がりをもてとのことだ」
「陛下の勅命とあらば謹んで。しかし……ソラミ共和国ですか?」
王家の抱える魔法使いには、戦う力こそ無いものの有益な能力を持つものが多い。
複数の手段で、遠方とも連絡を取れるようになっている。
どういう魔法なのかは機密とされていて、探るだけでも犯罪。故に、ペイスとしてもそこは探ろうとしていない。
ただただ、国王陛下からの勅命というのが本当にあり得るということを知っているだけだ。
「ソラミ共和国は、我が国からすると一切交流の無い国だ。聞いたことが無くても不思議は無い」
「不勉強で申し訳ありません。どのような国なのでしょう」
南大陸も広大であり、現代で言うならユーラシア大陸のようなものだ。国の数など何十と存在するし、気づけば新しく出来ていたり、或いは滅んでいたりする。
縁の薄い遠方の国家について、知らないとしても仕方がない。
「我が国の西方にあるのが、今いるヴォルトゥザラ王国。このヴォルトゥザラ王国の更に西方にデューミラン国がある訳だが、デューミラン国の北西に位置するのがソラミ共和国となる」
「我が国から見れば、西の西の、更に北西ですか。なるほど、聞き馴染みが無い訳だ」
「この共和国は一風変わった国だそうだ」
「……国王が居ない、ですか?」
共和国という政体について、現代の知識を持つペイスはすぐに思い当たった。
代表的なものは民主共和政体だろうが、代表者を選んで政治を行う代議制と共に運用されることが多い政体である。
「ほう、流石は賢才の誉れも高いペイストリーだ。その通りだとも。何でも、市民から代表者を選び、その代表者の合議によって政を行っているそうだ」
「共和政体ですか。確かに、神王国には馴染みがない制度ですね」
神王国は、比較的に王権の強い王政である。
共和政体とは馴染みがないのは事実。知っているペイスの方が、珍しい部類になる。外務貴族であれば代々そういったことも学ぶが、軍人となるとあまり学ぶこともない知識だろう。
事実、スクヮーレはよく分かっていない。
「このソラミ共和国、国自体は新興であり、元々はソラミ市という街だったらしいな」
「それが独立を?」
「そうだ。昔から、幾つかの小国が接する境界にあるような街だったそうだ。ところが、三十年ほど前に大きな戦乱が幾つも興り、小国同士が街を取ったり取られたりを繰り返すうちに、自衛を為すようになった。結果として、小国同士の緩衝地帯として独立を果たした、という訳だ」
「なるほど」
三十年前といえば、南大陸全土に戦乱の風が吹き荒れていた時代である。神王国も存亡の危機に立たされたことがあり、ドミノ倒しのようにあちらこちらで戦いが起きた鉄血の時代。
都市国家もまた、自分たちの命と財産を守るために自衛を余儀なくされた。
紆余曲折の結果として、独立を果たしたのだという。
しかし、話だけであれば別に特別視するようなことは無い。戦乱のゴタゴタに紛れて自立をしたり潰れたりというのは、よくある話だ。
「殿下がその共和国というものを重視する理由をお聞かせ願えますか?」
「一つは、外交姿勢。オース公国の様に大国同士の緩衝地帯という立ち位置で無く、複数ある小国同士の間に立って立ち回るという点が気になった。政治的に難しい立ち位置であろうが、周囲を仮想敵国に囲まれているという点では我が国と同じだ。是非とも話を聞きたいと思うし、学ぶところは多いと思う」
「素晴らしいお考えです」
なるほど、とペイスとスクヮーレは頷いた。
弱者として大国に挟まれるのでなく、利害調停者として睨みを利かせる。
神王国のトップとしては、いずれ神王国もそうあるべきだと考えているのだろう。
今でこそ神王国に対抗する大国は幾つか有るが、いずれ全ての国を凌駕したいという願望の表れでもある。
「もう一つは、将来性だ」
「将来性?」
「この国で情報を集めていたのだが、どうやら共和国は軍備の増強にも手を抜いていないらしい。その上デューミラン国が今荒れている。ソラミ共和国が保護国化するか、或いは併呑する日もそう遠くないという分析が出た。共和国が勢力を拡大することになれば、いずれヴォルトゥザラ王国と国境を接する可能性もある」
「なるほど、確かに“将来を見据えた話”でありますね」
今現在、神王国の使節団は友好使節として振る舞っている。
しかし、王子やその側近の親世代では、実際に戦争を起こして戦った間柄。長い歴史をみれば、両国が緊張感を持ちつつも平衡を保っている今が珍しいともいえる。
つまりこれから将来、いつまた干戈を交えるとも限らない。
だとすれば、対ヴォルトゥザラ王国を考えた時に、丁度挟みこむ形に“なるかもしれない“国との友好は、布石としては極めて面白いものになる。
将来を見据えた一手を考えるのは、将来を担うものの仕事であろう。
「遠方の国の、それなりの権限を持った人間と直接交渉できる機会。逃したくはない」
「ならば……滞在期間を延長する名目が必要ですね」
ヴォルトゥザラ王国の人間も、神王国使節団の行状は逐一監視していることだろう。
将来貴方方を潰す布石を打っています、などとバレれば邪魔されるに違いない。邪魔だけならばいいが、敵対行動として報復があるかもしれないと思えば、慎重に行動すべき。
出来れば、これから来るというソラミ共和国と関係のない、それでいて自然な滞在延長の“大義名分”が欲しい所である。
じっと考え込んでいた三人だったが、こういう時に案を出すのが補佐官の仕事。
「僕に良い考えが有ります」
ポンと手を叩いたのは、銀髪の若者だった。