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おかしな転生  作者: 古流 望
第3章 蜂蜜の月

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031話 飴と飴

 男盛りは幾つからかと問われれば、三十過ぎてからが脂の乗る年頃と言われる。十代二十代などは、子供と変わらないと世の人はしたり顔で語るもの。四十五十ははなたれ小僧と、語るジジイも居たりする。


 では、女の盛りはいつからか。


 神王国のみならず、南大陸の一般常識として、女性の結婚は十代前半が適齢期。であるならば、やはり十代が女性の一番輝かしい年頃。

 などと考える男は多い。

 日本にも女房と畳は新しい方が良いという古い言葉があるように、女性の年は若ければ若いほど良いと考える男というのは、悲しいかな、多い。


 しかし、十代を過ぎても。いや、十代でないからこそ醸し出される色気と言うものがある。

 幾つもの恋愛を経験し、或いは世間の好奇をかいくぐってきた、厚みのある底深さ。そこからにじみ出てくるような、或いはそのまま吸い込まれそうな魅力。妖艶さ。


 赤いドレスを身に纏い、胸元と太ももの辺りをやや露出気味にした女性。

 レーテシュ女伯爵が魅せるのもまたそんな魅力であった。

 彼女がやや軽く足を曲げて挨拶する時、さりげなく前かがみになりかけた所で、テーブルに居た貴族子の目は胸元に吸い込まれそうになる。盛り上がった谷間に、年若い男たちの目は釘づけだ。

 露骨な視線誘導に、男連中の中で引っかからなかったのは唯一ペイストリーだけである。ただ単に、身長が足りていなかっただけではあるが。


 「皆さま、本日はお越しいただきありがとうございます」

 「はっ、ご招待いただき感謝の極みです」


 口々に、社交辞令を交わす。


 「ペイストリー=モルテールン卿も、いらして下さって嬉しいわ」

 「閣下の御指名がありましたので、光栄なことと参上しました。こちらに居りますのが、婚約者のリコリス嬢です」

 「お初に御目に掛かります」


 リコリスの紹介があった瞬間。

 女伯爵の目は、流石に一瞬剣呑なものになった。金の卵を産む鶏を巡る、駆け引き相手のカードの一枚。この場に居ることは想定外ではあったものの、折角の機会にどのようなものか見定めてやろうという思惑からだ。

 思わずリコリスは、ペイスの後ろに隠れてしまった。


 「あら、ごめんなさい。怖がらせてしまったかしら」

 「いえ……」

 「それで、モルテールン卿のさっきのお話。続きを聞かせていただいても良いかしら。出来れば、商売っ気のある話は私を通して貰えるとありがたいのだけれど」

 「いえいえ、商売などと。私はただ手土産の話をしていたに過ぎませんとも。砂糖菓子をこうして持参したのですが、なにせ“急なお話“で数が用意できませんでした。折角こうして縁も出来たので、日をあらためてお持ちするのが良いかと話していた所です」


 レーテシュ女伯爵も、ペイストリーも、互いに笑顔である。どちらも油断していない証拠だろう。

 女伯爵が、大事なお客を食い散らかすんじゃない。うちに話を通せと釘をさせば、ペイスはあくまで商売の話とは無関係だとシラをきり、おまけにその原因はあんただろうとやり返す。

 この場面だけを見るならば、片方が子供であることが酷く不自然に見えてくるから不思議な話である。


 だが、流石に周囲の人間は、その様子に引き気味だ。互いの間に飛び散る火花を幻視しそうな感じすらある。

 そして、そんな雰囲気を察することが出来ない当事者でもない。


 「どうも、ここで話すことでもなさそうね。ちょっと場所を変えましょうか」

 「分かりました」


 釣れた魚は大きい。

 試飲もそこそこに、場所を変えるとの提案。ペイスとしては作戦通りの事でもあり、否は無い。だが、そこで予定外の事も起きた。

 女伯爵が、ペイストリーの傍に居たリコリスに対して、試飲会の場に残るように言ったのだ。

 婚約者同士を突き放すような格好になり、少年は眉をひそめたが、伯爵側にも言い分があった。


 「これからお話しする事には、我が家とモルテールン家の利害に絡む話もあると予想されます。幾ら婚約者であるとはいえ、他家の人間には聞かせられないこともあるはずです。素敵な婚約者と離れたくない気持ちは分かるけど、フバーレク家のお嬢様はこの場でお待ちいただけないかしら」


 この言い分には、ペイスも仕方ないと納得させられるものがあった。

 確かに、婚約者という立場は、見方を変えれば他家の第三者。辺境伯家の人間には聞かせ辛い話というのもあるかもしれない。

 少年は婚約者の方を見ると、申し訳なさそうな目をした。そして小さく待っていてくれと呟いた。


 「……分かりました。お待ちしています」


 リコリスとしても、自分がまだモルテールン家の人間でないという自覚はあった。それ故、家同士の話であると言われてしまえば、出しゃばる訳にもいかないと理解も出来た。

 だが、彼女の本音からいえば、ペイスと離れたくないという思いはある。

 賊に襲われたこともある身。見知らぬ人間の多い中で、頼れる少年が居なくなるのは不安でもある。

 きゅっと一度ペイスの服を握ってから離れたのは、そんな寂しさの表れだったのかも知れない。

 そんな儚げな少女の様子に後ろ髪を引かれる思いのペイスではあったが、今日の目的のこともあって、少女の事を侍女と従士に任せた。


 「ニコロ、リコリスの事は頼みます」

 「お任せを」


 年若い従士は、自分以上に若い主人代理に対して、そうこたえる。


 「コアトン、後の事は任せるわね。くれぐれも皆様に失礼の無いように」

 「承知しました」


 レーテシュ伯爵も、腹心の部下にそう告げる。

 今日の主役は貴族の子女であり、彼らが大過なく新茶の試飲と権利配分の追認を終えるまで、形式ばった実務は従士長の仕事となる。


 「さあ、それじゃあこっちへ来て下さるかしら」


 そう言って、少年を少女から引き離すことしばし。

 女伯爵がペイストリーを連れ込んだのは、彼女の執務室とも呼べる部屋だった。試飲会をしている広間からは、廊下を少し歩かねばならないほどには離れた場所。

 そして、部屋の中は広い。恐らくちょっとした2LDKの間取り位なら取れそうなほどの広さがある。


 だがこれは、別にわざわざ広い部屋に誘ったわけではない。単に土地が余っている為に、部屋を小さくする必要がそもそもないのだ。

 そこの家主は、執務室の机に座ると、傍にあったソファへと少年を(いざな)う。


 「さて、それじゃあさっきの話の続きといきましょう」


 少年がソファに座ったところで、会話(たたかい)の続きが始まる。


 伯爵側の陣容は手厚い。

 女伯爵本人に加え、従士が五名ほどついでに入って来ていた。その誰もが完全武装で居ることからして、明らかに少年を警戒している。


 「中々に物々しいですね」

 「御気になさらず。これでも伯爵家の当主ですから、身の回りの警護は怠れないのよ」

 「私が貴女を害するとでも?」

 「まさか。もしそう思っていたなら、この十倍は用意するわよ。魔法使い相手に数人の護衛なんて、無いも同然ですから。私もか弱い女ですもの」

 「ははは、これはご謙遜を」

 「あら、失礼しちゃうわ」


 まずは挨拶代わり。

 ペイストリーの周り。というよりかは、ソファの周囲を囲むような従士は、伯爵側の一手。どうせ意味が薄いとは分かってはいても、交渉時の強硬手段を防ぐためのカードとして用意しておく必要があるのだ。無防備で首元に剣を突き付けられれば、したくも無いサインをする羽目にだってなるのだから。


 「それで、貴方のさっきのお話。確か関税がどうとか言っていたわね」

 「ええ、そうですね」

 「まわりくどい駆け引きはやめて、率直に聞くわ。狙いは何?」


 女伯爵は、ペイストリーを舐めてはいない。

 一回痛い目を見ているからには、今回の件では最初から本気であたる。


 「そうですね。単にお土産を贈るのに税金を取られるのは困る、という建前は、閣下には通じませんよね」

 「ええ」

 「では、狙いをお話しする前に、これを一つ如何(いかが)ですか?」


 そう言ってペイストリーが差し出したもの。

 無論、さっきも配っていた鼈甲飴だ。黄金色のお菓子といえば賄賂の隠語ではあっても、ここでは文字通りの意味しかない。決して『お主も悪よのう』とやりたいわけではないのだ。


 少年が差し出した飴を、まずは従士の一人が手に取って、そのまま口に入れる。流石に毒見も無しにと言うほどに互いを信頼した場では無い。信頼してはいけない場だ。

 毒見と言う役得を得て、普段食べることも無い砂糖菓子の甘さに従士が内心喜んだのち、(あるじ)へと幾つかのスイーツが渡る。


 猫、花、牛、羊と、形も非常に面白く、目を楽しませる飴。

 レーテシュ女史が手に取ったのは、意外にも一番可愛げが無い牛の飴だった。そのまま鼈甲飴を舐めだすと、彼女はまずその味に驚く。


 この世界の砂糖菓子は、砂糖を大量に使う。富の顕示という意味合いもあるからだ。

 レーテシュ女伯爵は、立場柄砂糖を使った菓子を食べる機会は多いが、それらとの違いがはっきりと分かった。

 一言でいうなら、上品な味なのだ。

 砂糖と、風味づけに蜂蜜を使っているであろうことは分かる。だが、その味がくどく感じない程度のサイズにしてあるのだと、食べてみると分かる。


 「美味しいお菓子ね」


 レーテシュ伯は本気でそう言えた。

 社交辞令で褒め言葉を使う機会は多いものの、透き通った美しい菓子にはそんな不粋なものを抜きにしても称賛が似合う。


 「ありがとうございます。さて閣下。閣下も今お召し上がりになられたもの、実は私の手作りでして」

 「あら、そうでしたの」

 「使った材料は、水、砂糖、蜂蜜といったところですか。時には香りづけのハーブであったり、蜂蜜の代わりに水飴を使ったりする場合もありますが、今回使ったのはそれだけです」

 「意外とシンプルなのね」

 「それがこの菓子の良い所です」


 単に作るだけであれば、砂糖と水だけでも鼈甲飴は出来る。最も簡単に作れる菓子の一つ。

 現代日本でも、子供が作る事の出来る菓子として有名であり、小学生や中学生が、理科の実験や家庭科の調理実習で作ることもあるほどだ。


 「これらの材料は、今回は私の小遣いで賄ったものですが……」

 「高くついたことでしょうね。砂糖も蜂蜜も、子供のお小遣いで買えるような物では無いでしょうから」


 砂糖も蜂蜜も、高級品であることは常識だ。特に砂糖は、神王国以外からの輸入品が流通の専らの主役。神王国内でも作っている領地が無いわけではないが、流通している量が限られているのも事実だった。蜂蜜に関しても同様である。

 どちらにしても子供の小遣いで買えるような物ではなく、そこら辺に彼の少年の意図があるのではないかと女伯爵は推察する。


 明らかな高級品を、土産として持ってきた意味。当然、将来の貴族当主となるべき子女に顔つなぎをする道具としての意味合いはあったのだろう。だが、彼女が警戒するのは、彼の少年が、そんな普通のことだけで手のかかる品を用意するはずが無いという、自分の予感。


 その狙いは、何処にあるのか。

 恐らく、関税と関係がある。そこに疑いは無かった。そうであるならばと考えを深めた所で、彼女は一つの可能性に思い当たる。


 中継貿易による利潤の可能性。


 現状、海運に頼る砂糖の貿易。これを、上手く自領を介する貿易と出来る方策を見つけたのではないか。そう考えた。

 彼の少年の父親は、瞬間移動の使い手である。距離の障害をものともしない反則技。その使い方として、小さい割に高級品である砂糖菓子の運搬は、色々と都合が良さそうに思えた。

 砂糖や蜂蜜を購入し、それを自領で加工し、余所で売りさばくことで利潤を得る。単価の高いものほど、加工部分の利潤は大きい。なるほど、この場合であれば、関税などは邪魔になる。

 ()の狙いはそのあたりにありそうだと、女伯爵は考えた。


 そこまで経済的な発想に至る点では、彼女は非凡な才能の持ち主といえた。

 しかし、その推察は、外れる。


 「実はこの菓子。将来的には当家で材料から全て揃えるつもりでいるのです」

 「材料からですって?」


 不可能だ。思わずそう言いそうになった。

 女伯爵は、自分の声がやや上ずったところで、何とか抑えられた自分を褒めたい気分になった。


 モルテールン領は、難治の土地。そこに否は無く、神王国のみならず南大陸の貴族の間では常識だ。

 土地は酷く荒れていて貧しく、水気が乏しい粗末な土地。それがモルテールン領。

 とても、蜂蜜や砂糖を、商売になるほどに作れる土地とは思えない。

 しかし、少年の目には揺らぎの無い意思があった。


 「はい閣下。当家は、三年以内にこの菓子を量産できる体制を整えて御覧に入れます。つきましては、港をお持ちの閣下にも流通の面でご助力頂きたく、こうして迂遠ながらも場を設けていただけるよう仕組んだわけでして」

 「それで、あんな目立つ真似をしてまで関税がどうのと喋っていたわけ」

 「ご明察恐れ入ります」

 「全く……」


 相も変わらず油断も隙も、おまけに常識も無い。伯爵は少年を、あらためてそう評した。

 自分の予感は正しかった。であるならば、やはりここは少年ごと懐に入れてしまうべき。高級貴族の打算として、伯爵はそう考える。


 「いいわ。このお菓子に関してのみ、私に出来る協力はさせて貰いましょう」

 「ありがとうございます」


 お互いに立ち上がり、握手を交わす。

 交渉妥結の形式だ。


 「さて、めでたく交渉もまとまった事ですし、皆様方も飴は如何ですか? 伯爵ももう一つどうぞ」

 「頂くわ」


 レーテシュ伯は飴を口に放り込む。

 その甘い味は、モルテールン領の発展を予感させる味だった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 3年以内に量産体制を整えるってことは蜂蜜が取れる森だけじゃなく砂糖を取るためのサトウキビの生産や砂糖の生産工場の目処まである程度着いているのかな? [一言] 10代前半の歳若い貴族子女…
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