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おかしな転生  作者: 古流 望
26章 ドラゴンはフルーツがお好き
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263話 ペイスの反攻

 人が走る。

 弱き者も幼き者も老いた者も病んだ者も、死から逃れるためにただただ走る。

 足を動かせないものが倒れ、それを助けるのは(つるぎ)持つ兵士。

 戦う力無き者たちを守る為、戦人が声を荒げる。


 「急げ!!」


 手荷物さえ捨て去り、精いっぱいで逃げ惑うルンスバッジ領の人々を誘導するのはモルテールン家の兵士たちだ。

 もしもペイスが居て、魔法を使えるならばこんなに走る必要も無かったかもしれない。

 しかし今、ペイスは単身で龍の気を惹き、たった一人で殿を務めている。魔法はその為に使われていて、とても他所に使える余裕などない。

 子供や老人も居るため、走ると言っても亀の歩み。成人男性の速足未満の速度しか出ない全力疾走を、焦りを感じながら急かす兵士たち。


 「ったくよう、何で俺らがこんなことを」


 兵士の一人がぼやいた。

 暁に所属する兵士として、傭兵として、自分が戦って死ぬのならまだ構わない。しかし、今やっていることは何だ。自分たちはモルテールン家の人間として、ルンスバッジ家の尻ぬぐいの為、縁も所縁も無いルンスバッジ領の村人を、これまた何故かボンビーノ領まで誘導している。

 なんでこんなことをしなければならないのか。モルテールン家の兵士であるなら、別に見捨てて逃げ出しても良いではないかと感じる。いつ何時龍が追いついてくるのか分からず、追いつかれれば死を覚悟せねばならない状況。

 少なくともここで足手まといを置いていけば、自分たちの助かる可能性は高まる。ならば、非情とは言えどそれも止む無しと判断すべきではないか。

 そんな思いは、傭兵たちの多くが感じていることだった。


 「ぶつくさ言うな」


 モルテールン家の従士として避難の指揮を執っていたプローホルが、兵士の言葉を嗜める。


 「でもよ、あんな足の遅い連中連れてると、碌に進めやしねえ」

 「分かってるよ」


 何故自分たちが苦労しているかといえば、間違いなく避難民を連れているからだ。

 イラつく気持ちは、分からなくもない。


 「やっぱ、置いていかねえか?」


 ついに口に出した兵士の一人を、プローホルは胸倉掴んでにらみつける。


 「その言葉、二度というな」


 プローホルの剣幕には、怒気がはっきりと表れていた。

 自分は合理的な判断をしていると信じる傭兵は、戸惑いながらもにらみ返す。


 「な、なんだよ」

 「我々は何のためにあるのか。人を殺す為か? 宝を奪う為か? 人を虐げるためか?」

 「ああ゛?」


 訳の分からないことを言い出したプローホルに、胸倉を掴まれたまま言い返す男。

 こんなところで問答をする気は無いと、ガンを付ける。

 しかし、プローホルとて引けない。ひいてはいけない。

 彼らは、絶対に忘れてはならない大事な心構えがあるのだ。


 「我々は、弱きものを守るためにある。それは、モルテールン家に忠誠を誓う全員の想いだ」


 モルテールン家に従士として採用された若手は、全員士官学校の卒業生。

 彼らが最初に教え込まれ、またペイスを始めとするモルテールン家上層部から叩き込まれたのは、力が何のためにあるかということだった。

 ともすれば好き勝手に出来る暴力というものを、使っていいのはどういう時なのか。力無きものを守るときだ。

 今がその時である。

 金の為に戦う傭兵ではなく、兵士としての心構え。それを、プローホルに諭された男は自分の過ちを悟る。


 「……ああ」

 「傭兵がどれほど実戦経験があるのかは知らない。しかし、我々は既に傭兵ではない。兵士だ。誇りを捨てるのであれば、自分だけさっさと逃げたらどうだ」

 「舐めんじゃねえ!!」


 胸倉の手を放されたことで、男は軽くよろめくが、すぐに自分を取り戻す。

 むしろ今まで、弱いものから奪うだけだった勝手な連中を罵って来たのは、他ならぬ自分たちだと。

 ここで女子供を置いて逃げる。そんなクソみたいな真似が出来るかと、奮起したのだ。


 「口だけでなく、態度で示せ。いざとなれば、自分の体を張ってでも、皆を守るぞ」

 「やってやらあ」


 図らずも士気高揚となったプローホルの言葉。聞こえていたものは皆、奮い立って人々を誘導しだす。

 息の上がって足のもつれる老婆を背負い、泣きじゃくる幼児を抱え、大声を上げながら走る様などは頼もしささえ覚える。

 急げ急げと発破をかける兵士たち。それを見ていた団長が、片頬を上げながらプローホルに近づく。


 「素晴らしい心構えだな」


 多分に揶揄が含まれる言葉だった。海千山千の貴族と相対してきた傭兵団長として、パイロンはプローホルの言葉を面白がったのだ。

 綺麗ごとを口にする人間は腐るほど居る。それこそ、言うだけは立派な指揮官や貴族など、そこら中にごろごろしている。

 だが、こと危急の事態に直面しているとき、綺麗事を額面通りに実行できる人間は数少ない。

 そんな気持ちを込めた揶揄いだった。


 「……モルテールン教官から教わった」


 頭に血が上って思わず口にした自分の言葉に、今更ながら恥ずかしさを覚えたプローホル。

 心構えはペイスから教わっただけだと言う。


 「教わった?」

 「元々、自分は士官学校で士官教育を受けていた。ペイストリー様はその時の教官だ」


 パイロンは、目の前の若者の来歴に驚く。

 名前から分かる通り、プローホルは別に貴族でもない。貴族家出身でもない。にも拘わらず、貴族の為の学校で高等教育を受けていたという。

 これだけでも驚くには十分だが、おまけに教官がペイスだというのだ。どう考えても普通のことではない。


 「どえらい相手に教わってたんだな」


 パイロンは、心の底から驚いた。

 凄い相手に教わっていたのだなと感心して見せるが、凄いの意味が二つある。

 一つは、明らかに教える側より教わる側が相応しいような年頃の人間に、教わっていたという事実。

 一つは、明らかに傑出した能力の人間に教わっていたという幸運。

 どちらの意味にしても、スゴイ相手であることは間違いない。


 「あの方から教わったことは数多いが、一番の基本は心構えだと叩き込まれた」

 「心構えねえ」


 ペイスの教え方はバランス重視。元よりモルテールン家が必要とする人材を確保したいという裏の目的があったため、何でも出来るオールマイティーな人材育成が主眼だった。

 そのため、足りない部分を埋めることに重点が置かれている。

 知識の足りないものには知識を与え、体力が無いものには体力を鍛えさせ、頭の固い人間は柔軟な思考を身に着けさせる。

 そして、全てを持ち得る能力がありながらも卑屈になっていた人間には、精神的な強さを叩き込んだ。

 プローホルがペイスに徹底的に叩き込まれたのは、現実から逃げない心の強さである。


 「少なくとも私は、自分の最善を尽くす。そのうえで、全員を守って見せる」


 急ぎながらも周りに気を配り、絶対に全員を避難させてみせると豪語するプローホルの態度に、パイロンは感じ入るものがあった。


 「いいね、その心構え。気に入った。正直、いきなりの仕事がこんなクソッタレな仕事で文句もあったが、弱いものを何が何でも守ろうってのは男じゃねえか」

 「……当たり前のことだ」

 「当たり前を当たり前に出来る奴は、信頼出来るってもんよ。傭兵は何より信義あってのもんだ。野郎共!! 一人も逃がすな!!」

 「「おお!!」」


 従士が準騎士としての誇りを掛け、通すべき筋を体を張って通すというのであれば、傭兵には傭兵なりの応え方というものがある。

 目には目を、歯には歯を、信頼出来る(おとこ)に応えるなら、信頼に応える働きで返す。

 パイロンは吠えた。部下たちに対し、一人として置いていくなと命じる。一人残らず連れていく。逃がすんじゃねえと叫びながら。

 プローホルは、その言葉を心から頼もしく感じつつも、どうしても言いたかった。


 「逃がすなってのは違うんじゃ……」


 傭兵のガラの悪さは、如何ともしがたいと思いつつ駆け続けるプローホルだった。


◇◇◇◇◇



 皆の頑張りの甲斐あってか、ルンスバッジ領民を引き連れたモルテールン軍は、ボンビーノ領の領都までたどり着いていた。

 いつ追いつかれるかとの恐怖と闘いつつ、もしかしたら自分たちの頭を超えて先回りされているかもと心配しながらの逃避行。

 簡単なことでは無かったが、やり遂げたのは褒められるべき偉業であろう。


 「よし、ナイリエは無事か」

 「皆さん、よくご無事で」


 今にも倒れそうな面々を、やきもきしながら待ち構えていたウランタが迎える。

 流石に優秀で、食料や飲み水、衣料品や医薬品、毛布の手配まで完了しており、受け入れ態勢は万全の状態にしてあった。

 ルンスバッジ領民と合流など想定外のはずなのに、こんなこともあろうかと準備してあるのだから、ボンビーノ家の手回しの良さと偵察能力の高さは称賛に値する。


 「おや? ペイストリー殿はどうしました?」


 そんなウランタが、きょろきょろと見回しながら、探し人について尋ねる。

 居れば絶対に目立つはずの人間を探しているのだ。居ないと結論付けるのは簡単なこと。どこに行ったのかを尋ねたところで、傭兵の一人が水をがぶ飲みしながら答える。


 「ドラゴン相手に時間稼ぎでさあ」


 あれ、頭のネジが何本か外れてるよな、という傭兵の意見に、周りの賛同は多かった。

 何をトチ狂ったのか、自分ところの領民でもない平民の為に、一人残って命がけで殿(しんがり)の囮をやると言ったのだ。

 おおよそまともな神経があるとは思えない。


 「え!?」

 「相変わらず、やらかしやがるんでさあ」

 「だだだだ大丈夫なのでしょうか」


 まさかペイスが残って足止めしているとは思いもよらなかったウランタ。自分が真っ先に領地に戻っただけに、すぐにもペイスは戻ってくるとさえ思っていたのだから。

 予想外のことに、ウランタは心配でならない。


 「さあ?」

 「さあって!!」

 「若大将には魔法もありますんで……大丈夫だと思いやす。逃げるぐらいなら容易くやってのけるでしょう」

 「そうですね、魔法、魔法がありました」


 傭兵の意見に、ウランタはそうだったと少し安堵した。自分ひとり逃げるだけであれば、ペイスは難なくやってのける。魔法もあれば実力もあるし、知恵も回るのだ。

 大丈夫なはずだと、言い聞かせるしかない。


 勿論、心配は無用だった。

 ウランタの心配など毛ほども気にすることのない、心臓に毛の生えた少年が姿を現す。領民が着くのを見計らっていたようなタイミングに【瞬間移動】で飛んできたのだ。

 実際、何がしかの手段で見計らっていたのだろうと、モルテールン家の人間はいつものことだと驚きもしない。

 驚き、安堵するのはウランタだけである。


 「全員、無事ですか?」


 分かっていることではあっても、ペイスは確認を行う。

 一見無事なように見えても、無事でない可能性だってあるのだ。いつだって、世の中は予想外の事態に満ち満ちている。特に、ペイスの周りには多い為、確認を怠るわけにはいかない。


 「お、若大将。大丈夫ですぜ。全員引きずってきましたんで」


 走れなくなった人間も、兵士たちが担ぎ上げて運んだ。

 誰一人として脱落者を出さないという決意の元の逃避行であったわけで、結果として全員連れてこられたことは兵士の働きによるもの。功績大なりとペイスは兵士たちを褒める。


 「結構。しかし……ルンスバッジ軍のせいで、ドラゴンをすぐ近くまで引っ張ってきてしまいました」


 逃がすには逃がせた。

 しかし、領民達を囮にしようとしていた連中が途中で倒れていたことや、ペイスの魔法に龍が慣れてしまったことなどから、遅滞させつつも完全に足止めが出来たわけでは無かったとペイスは言う。


 「そりゃあ大変で。俺らはこの辺で逃げますか?」


 もう流石に用は無いだろう。

 モルテールン家としては、ここで引き上げても十分なはずだ。当初の目的は果たして害獣も居なくなったし、非戦闘員も匿った。

 アリクイが蟻を食うかのように人を食う龍がうろつくところなど、一刻も早く逃げ出したいというのが兵士たちの偽らざる本音である。


 「いえ、そうもいきません」


 しかし、ペイスはまだ仕事があると、傭兵たちの意見に反対した。


 「はい?」

 「あのトカゲ野郎は、僕の大切なものを台無しにしました」

 「大切なもの?」


 まさか、ボンビーノ子爵婦人か、或いは他に誰か大事な人が食われたのか。そんな緊張が兵士たちに走る。


 「ボンビーノ領にあった、僕の果樹園を食い荒らしたのです!!」

 「何だ、そんなことで」


 しかし、ペイスの言葉で一気に脱力した。

 ボンビーノ領にはモルテールン家の租借している広大な農地があり、そこでは貿易で手に入れた海外の果物であったり、神王国国内で手に入る果樹の類が育てられていたのだ。

 ペイスが壊血病の治療を名目に手に入れた、重要な在外地権益の一つ。

 それが、遅滞しながらも歩みを進めた龍に、ペロンチョと食われてしまったのだ。肉のみならず果樹までもが食欲の対象。

 これを放置しておいては、他の果樹園まで危なくなり、ペイス自身がフルーツを手に入れられなくなるかもしれない。

 そんなことはあってはならないと、ペイスは激怒した。


 「絶対に許しません!! こうなってはあのデカトカゲはモルテールン家の敵です。是が非でも、落とし前を付けさせます!!」

 「ちょ、若大将!!」

 「いざ、出陣!!」


 率先して動き出したペイスを止める人間は、一人も居なかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] プローホルが格好良い。 傭兵とのいざこざの原因である モルテールン家の戦士としての心構えを口だけで無く行動で示す これ以上ない場面だと思う。 [気になる点] 相変わらず、やらかしやがる…
[気になる点] ドラゴンが鳥類に分類されるなら、ペイスの魔法にもワンチャンありそう... 魔力はたくさんあるわけだし...
[一言] 王道として体内から攻撃はすると思うんだけど、流石の巨体だし剣で切った程度ならなかなか致命傷にはならない。 でも手持ちの魔法で倒せるのあったかな?
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