261話 ルンスバッジ家の現状
ジョゼが危険な場所に出向くと言い張るのを何とか押しとどめたペイスとウランタ。幾ら何でも、戦う心得の一切ない素人が前線に出ることを、良しと出来る二人では無かったのだ。ウランタは情愛から、ペイスは専門的見地からの反対だった。
素人で体力の低い、鍛えていない普通の女性が、過酷な戦場に出るなど、戦を舐めていると叱ったのがペイス。
妻を守るのが夫の役割であり、幾ら利が有ろうとも心情的に過酷な場所へ連れ回すことが心苦しいと説得したのがウランタ。
この両者に懇々と諭されれば、幾らお転婆と言えども無理押しは出来なかった。
ジョゼは諦めた。だが、代わりにペイスがウランタに付いていくことも押し通した。こればかりは、モルテールン家がボンビーノ家にとって役に立つと見せておくことで、ジョゼの言い分が単なる我がままではないのだと証明しておかねばならなかったからだ。押しの強さは流石というべきだろうか。
ウランタとペイス。結局彼らはそれぞれに百程の軍を率い、ルンスバッジ男爵領に足を踏み入れていたのだった。
「酷い……」
男爵領に行軍したボンビーノ・モルテールン連合軍は、想定以上の惨劇の跡に絶句することになる。
最初、害獣の群れが領地を荒らしたと聞いていただけだったので、そうは言っても甘く見ていたきらいがあった。
しかし、いざ実際に現場を目にすると、これが酷いの一言。
まず、死人が多数出ている。
害獣の中に大型の獣や肉食の獣が多数含まれていた為、獣如き追い払ってやると蛮勇を振るった領民に、相当数の死者が出ていたのだ。また、獣相手ということで対応を軽んじた領軍が、対応を間違えた為に被害を出している。
害獣が多数発生と聞いた時、所詮は畜生だと数人規模で対処に向かったらしいのだ。ところが、これが間違いだった。
まず、魔の森の獣は、大きさがデカい。どれもこれも普通の獣の三倍から四倍以上の体躯を持つ。大きいものに至っては十倍ほどもある。最早別の生き物だ。しかも、人に対して恐れを持っていない。一般的な獣であれば人を怖がって近づかないし、逃げる。ところが魔の森からの侵略者たちは、人を見ても怖がらず、むしろ積極的に襲う。人という生き物に接してこなかった、真に野生の生き物なのだ。
常識外にデカい、思っていた以上に獰猛な獣が、想定以上の数で襲ってきたことで、死者を出すような被害を受ける。これに対して小領主達は追加で人員を送る。そして被害を受けて増員し、と繰り返した。
典型的な、人員の小出し。戦力逐次投入の愚を犯してしまったことになる。
戦力逐次投入の、何が悪いか。
例えばスポーツの世界、サッカーの試合があるとする。十一人同士のチームで一回戦って勝てる確率と、四人で十一人を相手にして三回の勝負に全て勝つ確率と。どちらが高いだろうか。考えるまでもなく、大劣勢を数回繰り返す方が、互角で一発勝負をやる方より勝率が下がる。それも極端に下がる。
戦力を小出しにしてしまう愚とは、自分から劣勢を作り、しかもそれを繰り返してしまうという意味で愚かなのだ。
理想論を言うならば、持てる最大戦力を、短期間に、全力でぶつける方が、結局のところ損害も少なくなるもの。
小出しの戦力で、だらだらと、敵を舐め切って戦った。
結果生まれたのは、害獣に蹂躙され、対処不能になった小領地の数々。
これに対処しようとルンスバッジ男爵が動いた時には、全てが手遅れになっていた。
被害を受けた地域は拡散しまくり、広範囲に渡って害獣がうろつくようになってしまったのだ。ある個所で害獣が襲ってくる被害があったと連絡があり、それに対処するべく人を遣れば、その間に複数個所に被害が生まれる。初期の抑え込みに失敗したことで、害獣被害のキリが無くなってしまった。しかも、そうこうして対処している間にも、森から害獣が湧き出してきているという。
はっきり、ルンスバッジ男爵家と小領主の残存戦力だけでは、対処不能と結論付けるほかない。
それ故の援軍要請であったが、要請を受けたのが無駄に正義感の溢れるボンビーノ家だけであったというからルンスバッジ家の人望の無さが伺える。
ルンスバッジ領が蹂躙され、男爵家が没落するような状況にでもなれば国軍が動くだろうが、そうなってからではルンスバッジ家は御取り潰し一直線である。
是が非でも、ルンスバッジ男爵主体、他所の人間が“援軍”という名目を保てるうちに解決しておきたい。
ボンビーノ・モルテールンの連合軍を歓迎したルンスバッジ男爵には、斯様な意図が透けて見えた。
「おお、ボンビーノ卿、よく来てくれた」
「ルンスバッジ男爵、この度は大変なことになったようですね。危急の報せを聞き、駆け付けてまいりました」
天幕を張ったテントの中で、ウランタを迎え入れるルンスバッジ男爵。
ウランタの横にはペイスが居たりもするのだが、子爵家当主と男爵家嫡子、どちらが連合軍の頭かといえば、普通は子爵家当主の方が立場が上だろうと考える。
実態はともかく、常識的な判断として、連合を率いてきてくれた主体であろうと思われる方に挨拶をするのは間違っていない。むしろ、ウランタを差し置いてペイスに挨拶する方が、貴族的な常識でいえば拙い。
「忝い。持つべきものは友というが、それを実感する」
「いえ、ルンスバッジ領が蹂躙されれば、当家も他人事ではありませんので」
少し屈み気味にウランタの手を握った男爵。
友というにはいささか年が離れすぎているようにも思えるが、貴族の当主同士は年が離れていても友となれる。お互いの利害が一致する間は。
「そう言ってもらえるだけでもありがたい。他の周辺諸領の面々にも連絡したのだが、どうやらそちらもうちと同じような状況になっているらしく、芳しい返事を貰えなんだ。卿が来てくれたことは、百万の味方を得たように心強い」
「そうですか」
男爵は、実際のところ他の貴族にも連絡を取っている。中央の貴族辺りにも連絡を取り、SOSを伝えてはみたのだ。しかし、ことが害獣被害。男爵や小領主がそうだったように、完全に舐め切ってしまっていて、援軍を送ろうともしない。むしろ、獣風情に領地を荒らされた連中を不甲斐ないと蔑み、笑いものにする勢いだ。
それに比べて、実際に苦しめられているであろう領民達を思い、義憤によって駆け付けたウランタは、どれだけお人よしなのかという話である。
ウランタ自身、没落寸前の時、困っていても助けてもらえない悲しさと寂しさを経験していなければ、今回ももしかすれば要請を黙殺していたかもしれない。
男爵の運が良かったといえばそれまでだが、ウランタ自身は別に男爵に好意的なわけでは無く、むしろ嫌いなタイプの人間である。それを感じさせない程度の白々しい社交辞令の応酬は、腐っても貴族のやり取りだ。
美辞麗句を並べ立て、ウランタを褒め殺しにする勢いの男爵。彼は、ひとしきりウランタを褒めまくったところで、傍に居るもう一人にも声を掛ける。
「それと、そちらの方々は……もしかして、モルテールン家の方々かな?」
「はい。当家の妻がモルテールン家の出ということで、駆け付けてくれました」
ルンスバッジ男爵も、モルテールン家とは多少の付き合いがある。同じ南部貴族としての付き合いがあるし、十年以上前にはなるがモルテールン家に礼金を払って援軍を頼んだこともある。カセロールが傭兵もどきだった頃のお客さんということだ。
社交の場でカセロールと会えば挨拶と軽い雑談を交わす程度には交流を持っていて、当然モルテールン家の麒麟児についても聞き及んでいる。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いのボンビーノ家当主が、自分と同じ立場として接する同世代の貴族子弟となれば、モルテールン家の嫡子ではないかとの推測は容易い。
水を向けられたことで、ペイスは半歩進み出て礼をする。
「ルンスバッジ男爵におかれましては、この度の被災に際し大変なご苦労をされたご様子。神王国貴族の一員として、同じく陛下の臣たる男爵を御救いするのも忠誠であると馳せ参じました」
「心遣いありがたく頂戴する」
今回の援軍、ボンビーノ家の要請でモルテールン家が参戦した形となる。が、戦いの名目は別にボンビーノ家の為ではない。あくまでルンスバッジ家救援の為、ボンビーノ家と足並みを揃えましょうという立場であり、出兵の名目は“同僚を助ける”というもの。
建前としては国王に忠誠を尽くす者同士。困っているのを助けるのは、ひいては陛下の部下を助けることに外ならず、国王への忠義から援軍に来た、という形。
ルンスバッジ家だから助けるのではなく、陛下の臣であるから助けるという形式をとっているのだ。
余計な政治的介入や、これからの影響を加味した、ペイスの弁舌である。
勿論男爵としても自分の苦境が“忠誠アピール”の道具にされていることは理解しつつも、援軍そのものはありがたいわけで、腹の中はともかく表向きは大歓迎という姿勢でモルテールン家にも感謝してみせた。
「して、敵はどういった具合でしょうか」
「うむ。襲ってきたのは、熊、狼、猿、猪、鹿、貂熊、山猫辺りが人を襲う。兎や鼠の類は数知れず。農地はほぼ壊滅と言っていい」
対応が後手後手に回ったことで、大量の獣がルンスバッジ領近郊に広がっているという。人が襲われる、死者まで出ている状況は勿論大変なことであるが、長期的影響というのなら農地への被害も無視できるものではない。
家畜は軒並み荒らされ、野菜は食われ、畑は壊され、そして何より病気を運んできている。
動物の死体が伝染病の温床であることや、野生生物が寄生虫の媒介者となることも厄介なのだが、何よりもあちこちに糞尿をバラまく。水を飲むついでに大量の糞尿をまき散らしていくなどの被害が出ているわけで、飲み水と生活用水の汚染は、現代であっても起こり得る食中毒と伝染病の感染経路だ。
獣の襲撃を撃退したはずの場所であっても、その後は赤ん坊や子供が病気に罹ってバタバタと亡くなる事態も起きているという。
「数は?」
「はっきり言って分からん。数えきれない。数える傍から新手が来ていた。全体では万を超えるかもしれん」
「なるほど」
何より、害獣の数が凄い。一時に大量に森から現れたものだから、まるでモグラ叩きのようになる。あちらを叩けばこちら、こちらを叩けばそちらと、キリがない有様。
解決には、絶対的に人手が足りていないのだと、男爵が重ねて謝意を示す。
「どう動きますか?」
大よその状況を聞いたところで、ウランタとペイスは男爵の元を辞した。会話を聞かれない程度に離れたところで、少年同士の悪だくみの時間である。
「我々としては、ボンビーノ領に被害が波及することを防げればいい。対し、ルンスバッジ男爵としては、我々を上手く使って、領地を綺麗にしたい。思惑が違っている以上、分かれて行動するべきです。少なくとも主導権は渡せない。ルンスバッジ男爵に主導権を取られては、我々は消耗だけして、猛獣たちをボンビーノ領に追いやっただけ、となるかもしれません。そうなっては得をするのはルンスバッジ男爵だけです」
今回の猛獣被害、モルテールン家とボンビーノ家の共通の利益とすれば、ボンビーノ領への波及阻止となる。
対し、ルンスバッジ家にとってはルンスバッジ領近郊からの害獣排除となる。
これは、似ているようで違う。
獣を相手にするとき、真正面からぶつかるのはリスクがある。例えば猛突進するイノシシの前に生身の人間が立ちはだかって、危険が無いわけがない。通常よりも大きい獣であることも併せて考えれば、自動車がぶつかって来る状況に近しい。
真正面で防ごうとする危険性を考えれば、後ろから追い立てて行き先を誘導する方が遥かに楽だしリスクも少ない。
男爵が楽をしようと思うのなら、新たに流入してくる害獣と正面切ってぶつかる役目を援軍にやらせて、自分たちは既に居る害獣を追い払う役目で済ませたいだろう。危ない役目は他にやらせて、楽な仕事は自分たちがやる。男爵からすればベストだ。
しかしそれを許せば最悪の場合、現状ほぼ留守番しかいないボンビーノ領に、獣の大軍が押し寄せることになりかねない。
ルンスバッジ家の西に小領地や魔の森、東に小領地やボンビーノ領。西から来た獣を追い払うのなら、そのまま東にシッシとやる方が断然に楽だ。
ルンスバッジ家として自分たちの被害が無くなって万々歳だろうが、被害を押し付けられることになるボンビーノ家としてはふざけるなという話だ。援軍で出かけて行って、自分たちの危険を増やして帰るなど、あり得ない。
男爵に指揮権を渡すのはリスクがある。連合軍は、独自で動くべきだと結論付けた二人。
「なら、男爵とは別行動ですね」
「ウランタ殿が指揮を執るといえば、爵位から言ってルンスバッジ男爵も否定しづらい。最初にそう言っておいて軍を分けると言い出せば、向こうは乗って来るでしょう」
結論としてルンスバッジ領から獣が居なくなればいいのだ。方法論は色々とあるだろうから、それは調整次第といったところだろうか。
無駄に知恵の回る二人組が、改めて男爵の元を訪ねて説得するのに、さほどの苦労は無かったということは余談である。
「では、男爵は村々を回っての救援と、増援阻止を。我々は、領内の一斉駆除を受け持ちます」
「頼みますぞ」
男爵と連合軍の話し合いの結果、男爵軍はバラバラに散っている戦力の再編を急ぎつつ、待ち受ける形で居座ることになった。森から出てくるであろう新手に指向性を持たせるのが役目。無秩序に新手が湧き出るとなると終わりが見えないため、せめてそれぐらいはということで男爵家が担当することになった。新手を全て追い返せればベストだが、それまで行かずとも北へ逃がすように仕向けるぐらいは出来るだろうと目されている。
それに合わせ、連合軍は掃討を担当することとなった。
「……ペイストリー殿。少し相談が」
「何でしょう」
晴れて堂々とルンスバッジ領を好き勝手に動きまわれることになった連合軍。
移動中、ウランタがこっそりとペイスに相談を持ち掛ける。
「義弟として……身内として信用して打ち明けますが、当家の魔法使いは鳥を使って空からの偵察が出来ます」
「ほほう、それは便利な」
勿論、ボンビーノ家が鳥使いの魔法使いを雇い入れており、鳥を使った様々なことが出来ることはペイスも承知している。それこそ今更という奴だ。
ウランタとしても、ある程度は鳥使いの能力がモルテールン家にバレていることは承知している。
ここでいうのは、あくまで公式な立場でということ。これ以降は、少なくとも両家の間では“公然の秘密”から“明らかな事実”となって共有されるということ。
「しばらく前からルンスバッジ領を偵察させていたのですが……情報を共有しませんか?」
「……良いでしょう」
正確な情報を共有することで、作戦の精度は上がる。
鳥使いの航空偵察の結果は、驚くべきものだった。
「ここからここ、かなり濃いです。凶暴なのも多く、村人が襲われています。こことこのあたりにも分布があり、逆にこちらは殆ど居ない」
ウランタがペイスに見せた地図は、いつから準備していたのかと疑問を挟みたくなるほどには手の込んだものだった。何故ボンビーノ子爵家がルンスバッジ男爵領の詳細な地図を準備していたのか、などと野暮なことは聞く必要はない。
モルテールン家とて、主要な領地の地図はこっそり隠し持っている。
問題はボンビーノ家の裏事情ではなく、地図に追加されていく情報の方。思っていた以上に被害が偏っている。酷いところだと、村が全滅しているところもあった。猪の群れに慌てていたところを狼の大軍に襲われて、その後に血の匂いで興奮した熊が襲ってきて、更に野犬や山猫も相当数が血に惹かれてやって来たようだ。今は、腐肉を鳥獣が漁っている様子で、偵察に出ていた鳥はカラスに追い払われたという。
一度大型の猛獣に襲われたところは、血の匂いや腐肉に惹かれ、更に獣を寄せ付けてしまうという状況が起きているようで、獣の分布は点在というのだろう。恐ろしいほどの数が集まっている一帯があるかと思えば、影も形も、或いは人さえも逃げ出して見当たらない地域が有ったりと、偏在が凄いのだ。
この情報を知らずにいたとしたら、ローラー作戦などは危険だったに違いない。獣の薄い所はともかく、濃い所では数の暴力に負けかねないのだから。
「驚きました。これほどの精度で分かるとは」
「ペイストリー殿であれば、この情報を元に、どういった作戦をたてますか?」
ウランタは、自分以上の能力をペイスが持っていると確信している。いや、確信を通り越して信奉していると言っていい。
いずれ追いつく目標として、ペイスの意見を聞き、全てを教材として学ぼうという熱意をもっている。
そんなウランタの熱い目線を知ってか知らずか、ペイスは、じっと地図と睨めっこをしながら作戦を考えた。
「やるなら、ここからこうですね。北に追いやってしまえば、我々としては特に問題ない。中央まで行ってくれれば、父様にも事前に連絡してあるので、国軍が大兵力でもって対処してくれます」
「なるほど」
ペイスが考えた作戦はシンプル。
獣を南から追いやり、北へ追い払ってしまおうというものだ。追い払われる先の領地はご愁傷様ではあるが、ルンスバッジ領の北はさほどの距離もなく神王国中央部と呼ばれる場所だ。そこまで被害が及べば、国軍たる中央軍が出張っていく名目としては十分。つまり、カセロールたちが手ぐすね引いて待ち構えているということ。
「我々が、ルンスバッジ男爵の為に血を流すことも無い。精々、勢子に徹するとしましょう」
無理に戦闘をすることなく、獣を追い立てることに専念すべきという作戦。
ウランタは、それも良い考えだと賛同した。
「ならば、此方からこう、移動して」
街道を避けつつ、出来るだけ効率的に追い立てるならどうするか。
防衛ラインを作り、前線を押し上げつつ進軍するというなら、基礎訓練の範疇である。作戦はすぐにもまとまる。
「では行きましょう」
連合軍は、進撃を開始した。
◇◇◇◇◇◇
ペイス達は、ルンスバッジ領北部に駐屯していた。
「終わってみれば、案外あっけない感じでしたね」
ウランタが、拍子抜けした風に呟く。
一つならず幾つかの領地が蹂躙されたというから、どれほど手ごわいのかと緊張していたのが、始まってみれば順調すぎるほどに順調で、既に作戦は終わりが近い。
これほど順調だったのは何故かと考えれば、やはり参謀役のペイスの助言が光ったからではないだろうか。
「ええ。獰猛であるとは言っても獣。火と煙に弱いのは変わらないです」
「これでおわりと思うと、肩の荷が下りた感じです」
「そうですね……」
ペイスは、獣を追い立てていくにあたり、兵士の消耗を極力抑える策を練った。
その一つが、火と煙による防衛線の構築である。
“何故か”不自然なほどに風を読むペイスが、的確に配置した火と煙によって、獣たちは狙った通りの方向に逃げていく。
猛獣と言えど、火を恐れて逃げる野生の本能は共通しているのだ。
ペイスの、明らかに“魔法を使ったとしか思えない”程の正確な風読み。二の矢要らずと謳われた風読みの魔法使いでもなければ、まさに天才的な観察眼と言える。
そんなペイスではあるが、作戦が上手くいったというのに浮かない顔をしている。
「何か?」
「あれほどの動物、どこからやって来たのでしょう」
ペイスは、作戦が終了間近になったところで、不自然な点に気付いた。
そもそも、あれほど大量の猛獣や野獣が、どこから来たのかと。
「それは……魔の森でしょう」
「魔の森のどこから?」
ウランタは即答する。魔の森から獣が出てきたことは確認していたはずではないかと。
しかしペイスとしては、その答えでは不十分だ。
魔の森から来たのは当然として、では魔の森のどこから来たのか、という疑問が出てくるではないか。
魔の森の掃討戦をごく最近行い、魔の森の害獣について分布をある程度理解しているペイスだからこそ、溢れんばかりの獣の数と、その為に必要であろう森の面積の不自然さに気付いた。
今回確認できたほどの数の獣が出てくるとするなら、かなり広範に渡る魔の森から、根こそぎ獣が這い出てきたような状況であろうと。
「当然、それなりの範囲から来たと思いますが……」
「つまり、局所的な災害などではなく、広範囲に渡って獣が逃げ出すような何かがあった?」
ペイスの懸念。それは、獣が出てきたことそのものではない。獣だって生き物だ。住処を移動するなど日常茶飯事だろうし、群れが大移動することだってありふれている。
ただし、それが相当な範囲にわたって、かつ根こそぎ行われているような状況の原因は何なのか。
ペイスに言われてみて、ウランタもようやく害獣大発生の“元凶”が何かと考え始めた。
「森林火災か、地震か。或いは類する大災害でも有ったのでしょうか」
大量の獣が広範囲に渡ってまとめて移動する。それはすなわち、大災害のようなものが魔の森の奥で起きたからではないかとウランタは考えた。
その意見にはペイスも一応賛同する。そうでもなければ、今回のような害獣大発生が起きるとは考えにくい。
「“その程度“なら良いのですが……」
しかしペイスには一抹の不安があった。
自然発生する火災や、森の円周部に住む人間が一切気づけないほどの地震で、ごっそり逃げ出すような状況になるだろうかと。
もしかしたら、もっと恐ろしい何かが起きているのかもしれない。
このペイスの懸念は、すぐにも当たることになるのだった。