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おかしな転生  作者: 古流 望
25章 Pie in the sky
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240話 レーテシュ伯の打算

 寒さの続く日。澄み渡るような奇麗な空が広がる中、白亜の城は輝きを増していた。近年は好景気に沸くレーテシュバルの街の中、ひと際輝いて見える海賊城。

 この城はレーテシュ領が一つの国であった時に建てられ、王都の象徴という意味合いがあったため、見栄えをとても重視して建てられた。当時の技術の粋を集めて、また交易で成した財を惜しみなく費やして出来た城は、建立時には南大陸でも1、2を争うほどの美しさで知られていたという。今では見物人が訪れる観光名所にもなっているが、高台に建てられたこの城が、遠洋まで見渡せる灯台のように、実戦的な機能があることを知る人間は少ない。展望台が備えてある城という珍しさは、軍事機密に抵触する部分でもある。

 誰もが憧れと共に仰ぎ見る城の一室。展望の良さが自慢の部屋の中で、レーテシュ伯は溜息をついた。


 「はあ」


 ついた溜息が、外の寒さにも関わらず白くなることがないのは、部屋の中の暖炉が煌々と活躍しているからだ。科学技術が中世どまりな世界では、冬の時期には薪が手に入らずに凍死するものも居るのだが、ここに限っては最も縁遠い話だろう。城の薪小屋には、冬用の薪がこんもりと山になっている。

 時折パチリと何かが弾ける音がする。

 世界でも屈指の贅沢な部屋で、指折りに贅沢な暮らしをする美女が、何の不満があって溜息をつくのか。


 愛する妻の気鬱な様子に、旦那であるセルジャンは気遣いを見せる。


 「どうした、何かあったのか?」


 少し冷えてきたかもしれないと、薄手のブランケットを妻の肩に掛ける夫。


 「やっぱり、モルテールンは汎用研での研究成果を意図的に隠蔽しているわね」


 レーテシュ伯は、モルテールンの小倅が研究所に入り浸っているという情報を得てから、色々と活発に動いていた。王都に張り巡らされた情報網と、そこで得た情報を正確かつ迅速にレーテシュバルまで運ぶ伝達網。これらを駆使することで、彼女は南部に居ながら王都のことを事細かに把握している。

 汎用魔法研究室で何かしらの活動をしているらしいということも突き止めていて、ここに危機感も持っていた。

 元々、モルテールン家とレーテシュ家の仲は悪くない。時に政敵となることから良くもないのだが、必要に応じて協力関係を築ける程度には関係性を維持している。つかず離れずの距離と考えるならば、貴族家同士の関係性として理想的とさえいえる。

 しかし、だからと言ってモルテールン家を警戒していないわけではない。才女と名高い当代レーテシュ伯をして、今までことあるごとに悔しい思いをさせられてきた相手がモルテールン家。より正確に言えばペイストリー=ミル=モルテールンだ。この銀髪の坊やに、何度裏をかかれたことか。勿論やり返したこともあるわけだが、神王国で指折りの大貴族の当主として辣腕を振るう人間が、全精力を傾けて全力をもって相手をしなければならない相手が彼なのだ。

 そんな少年が、汎用研に入り浸っていると知ったとき。そして、何故かここ最近汎用研から研究成果の報告が上がらなくなったという報告を受けたとき。彼女の頭の中では、ペイスが重大な研究成果を隠匿しているという結論に至った。彼の少年の抜け目のなさをよく知るが故に、そういう結論にならざるを得なかった。

 この疑いを確信に変えるべく、汎用研を調査したのが先日のこと。その結果得られたものは、レーテシュ伯の疑惑を確信に近づけるに十分な状況証拠の数々だった。


 「確たる証拠は未だありませんが」


 物的証拠や、確実な証拠は出てこなかった。あくまで疑わしい、という範疇を出ることは無い。

 部下の指摘を、不機嫌そうな態度のままレーテシュ伯は否定する。


 「そんなもの、汎用研に乗り込んだ時の研究員の態度で確定よ」

 「そうでしょうか」

 「あんなあからさまに知らぬ存ぜぬを通す研究員なんて居るわけないじゃない」


 汎用研にレーテシュ伯が乗り込んだ時、接待を担当したのは若い研究員だった。子供と呼んでもおかしくないような非常に若い青年で、聞けば士官学校を卒業して間がないという。つまり、まだ二十歳にもなっていない年頃だ。

 しかも、士官学校の卒業年次に師事していた教官が、こともあろうにモルテールン家のペイストリーだったという。自分の身内とも呼べる子飼いの人間を使って研究をする。機密保持という面では、これ以上無い状況だろう。怪しいと疑うなら、これも立派な状況証拠である。


 汎用研が実は成果を隠匿しているのではないかとの疑惑を持つレーテシュ伯は、その若者に対して色々と揺さぶりをかけてみたのだ。

 自分の胸をさりげなく押し付けてみる色仕掛け、目の前に金貨を積み上げてみる買収、親しいものに対して危害が及ぶかもしれないという脅しに、涙目で訴えかける泣き落としまで。色々と手練手管を駆使して情報を引き出そうとしたのだが、結局無駄に終わった。情報を聞き出そうとすればするほど、青年の態度は頑なになり、情報どころか世間話さえ口をつぐむようになったところで、情報を聞き出すことはあきらめざるを得なかった。


 よほど入念に緘口令がされている。

 本当に知らないならば、目の前に自分の欲しいものを積まれたときや、身の危険を感じたとき、欲望や保身から、それっぽいことを言いそうなものだ。口から出まかせであっても、なんとなくそれっぽいことを言えば、もしかしたらいい思いが出来るかもしれない。或いは、不幸を回避するためにも、嘘をつく。人間とはそういうものだ。


しかし、本当に何をしても知らないと言い張ったのだ。自分は何も知らない。金のない新人のはずなのに金貨の山にも全く動じることなく言い切って見せたし、脅しにも眉一つ動かさず言を翻すことは無かった。

 これはこれで不自然である。


 「金を欲しがらない倫理観や、脅しに屈しない正義感を持っていただけではないのか」


 研究職には、元々守秘義務というのが存在する。特に、出資者(パトロン)がいる場合、パトロンの利益が大前提。明文化されているものではないが、自然と根付いた不文律というやつだ。

 自分の研究過程で知りえた成果は、基本的に出資者以外には黙っておくべきものである。金も出さずに、成果だけ欲しがる人間は多い。或いは、研究失敗のリスクを取らずに、成功だけを欲しがる人間もいる。こういった輩が増えれば、研究者全体にとって不利益となる。

うっかり口を滑らせることで不利益が生まれれば、出資する人間は怒りもするし、報復もしてくる。第一、義理に欠ける。出資者のおかげで研究ができ、成果を出せるのに、その成果を自分の所有物として扱って、自分のみが利益を得る。こんな研究者に、金を出してくれるパトロンはいまい。一方的に損をしたパトロンは、以後は研究分野に金を出すことを渋るようになる。他の研究者にとってはいい迷惑だ。

 研究職にある者の常識として、代々言い含められる倫理観は存在するのだ。


 大なり小なり、研究者にはしがらみがある。金を出してくれるところには誠意を尽くすのが研究者の道義。

 今、金をやるから成果を寄越せであるとか、成果を寄越さないと不幸な目に遭うと脅すのは、そもそも不文律として存在する研究者の倫理と相反するものであり、正義感が強ければ逆効果ではないか。

 そうセルジャンは指摘する。


 パトロンがモルテールンではないのか、という疑惑で情報を得ようとした。そこで口をつぐんでいたのが怪しいというわけだが、そもそも王立研究所は王家が創立以来定額の金を出している。成果が本当に出てないとしても、最低限とはいえ予算をもらっている以上、王家に忠誠を尽くす意味で、口をつぐんでいたのかもしれない。

 倫理的に優れている人物、或いは原理原則に拘る人間であったなら、モルテールンが緘口令を徹底しているのと同じ状況が生まれるのではないか。そして、見分けるのは難しいのではないか。セルジャンは、妻にそう尋ねる。


 「私もそれは疑ってかかったの。でも、そういった“当たり前の倫理観”による行動と、“明確な指示の下での黙秘”には違いがあるものよ」

 「そうなのか?」

 「ええ」


 レーテシュ伯は、夫に対し諭すように言う。

 彼女は長年色々な人間と相対し、腹の探り合いをしてきた。その経験上、分かったことがある。

 自分の信条や道徳に従って行動する人間と、誰かに指示されて動く人間では、行動に差があるということだ。

 具体的には、結論を出すまでの反応の速さに違いが生まれる。


 自分の信条で判断するという場合は、主体性が自分にある。つまり、判断をするときに自分で考えなければならない。

 一方、指示を受けて行動する人間は、言われたことを機械的に守るわけであり、そこに自分の判断が介在しない。

 つまり、指示を受けている人間は反応が早いのだ。


 例えば、門番などがそうだ。

 ただ単に「危険を防げ」と言われていた場合。何が危険かは個人の裁量や信条に委ねられる。訪ねてきた人間が門の中に入れろといった場合、まずその相手が危険なのかどうかを考えるだろう。小さい子供が、門の中の人物にお礼をしたいのだ、などと言ってきたらば、優しい人間ならば門の中に入れてしまうかもしれない。

 しかし、「何人なんぴとたりとも通すな」と言われていたら、子供だろうが何だろうが、通さないと終始一貫して行動する。

 入れてと言われたとき、駄目だと答えるまでの反応の速さに差が生まれるのは、指示の具体性による。


 研究所の若者が、頑として知らないと言い張った事実。その反応の速さ。態度や状況。レーテシュ伯にしてみれば、疑惑は更に深まったとさえいえる。


 「もう一度、探りを入れに行ってみるか?」


 怪しいと睨んだのなら、回数を重ねてボロが出るのを待つというのもいい手だ。人間が嘘をつくとき、嘘に嘘を重ねようとするならば、接触回数と嘘の回数を増やすほど矛盾が生まれてくる。


 「駄目ね」

 「何故だ。取り調べで何度も同じことを聞くのは基本だろう。同じ質問への答えに微妙な差異が出てくるかもしれない」

 「それでも駄目。だって、汎用研が無くなっちゃったもの」

 「何と!?」


 打つ手が早い、とセルジャンは感心した。まさか、怪しいと睨み、動き出した所で丸ごと潰すとは。どのような力学が動き、どんな陰謀が動いたかは知らないが、やることが実に大胆だ。


 「状況証拠だけなら、真っ黒よね」

 「ならば、モルテールン家が研究成果を得たことは間違いないと」

 「ええ」


 モルテールン家が、魔法の汎用化に成功したというならば、一大事。どうあっても放置は出来ないわけだが、対応が難しくなる。モルテールン家には不必要にちょっかいを掛けないという合意を過去に行っており、下手に動いてしまえば逆に、合意を盾にレーテシュ家を絞り取ろうと動き出してくる。そこら辺、容赦のない悪ガキが控えているのだから、慎重さは大事だ。


 「どういたしますか?」


 部下の問いに、考え込む伯爵。


 「……敵対は愚策よね。相手の手にしたものがどれほどのものか見えない状況で、攻めるのは無謀よ」

 「然り」


 レーテシュ伯は、基本的に保守的な人間だ。リスクを取ってでもリターンを追い求めるギャンブラータイプではない。勿論、取るべきリスクは許容する程度の度量は持ち合わせているが、取らずに済むリスクであるなら、例えリターンが多めに減るとしてもリスクを減らす方を優先する考え方を支持する。

 七割で得られる十を追うより、十割で得られる一を追うメンタリティだ。

 その点、博打が大好きで冒険家であった彼女の父とは違うと、部下たちからは専らの評判である。

 今の現状、恐らく魔法汎用化技術について、何らかの成果をモルテールンが手にしていることは確かだろう。しかし、確証が持てない現時点で、思い込んで動くのはリスクが大きい。相手が持つカードが役なしではないにしても、低い手役かもしれないのだ。こちらが下手に動いてブタになる方がバカだ。

 かといって、明確に勝負を仕掛けるのも怖い。どれほどの隠し玉や爆弾を抱えているかわからないのだ。まして相手は交渉上手なペイス。有効な切り札を持っていれば、ここぞというときに出してくるはずで、準備もなければ対抗しようが無い。

 向う見ずに突っ張るのは、レーテシュ伯としては選択出来ない。


 「中立も悪手ね。放置と変わらないことになるわけだけど、汎用研の研究内容から察するに、後手に回ると手痛いことになりそう」


 攻めることはできない。ならばせめて、自分たちに影響のない形の穏便な解決方法はないだろうか。

 そんな都合のいいものが、ほいほい現れるわけもない。

 仮に、魔法の汎用化が成功したと仮定する。それをモルテールンが独占したらば、モルテールン家は世界の覇権を握ることすら可能だろう。モルテールン家にそれほどの野心があるとは思えないが、放置して万が一があれば、最初の被害者は間違いなく隣接する神王国南部。それも、最大勢力であるレーテシュ家だ。

 見て見ぬふりをするには、あまりにも大きすぎる問題である。


 「魔法の汎用化ですからなあ」


 部下も、そして夫も、レーテシュ伯の意見には頷く。


 「なら、積極的に、そして友好的に接するしかない」

 「出来れば、成果を当家にも欲しいところですが」


 結局、出てくる結論は大して変わり映えのしないものになる。できる限り穏便に、かつ秘密裡に事を運び、何とか確証を得て、更には利益をもぎ取る。

 にこにこと近づき、仲間の立場を作り上げ、共存共栄を図る。これしかない。


 「それが出来れば最良よ。でも、取引材料がないわよね」

 「はい」


 現状では、レーテシュ家の持つ手札は弱い。交易をちらつかせようにも、他の港を使えるならば効果は薄かろう。新たな国道を敷設し、ボンビーノ家と婚姻外交をしているモルテールン家に、レーテシュ家が持つ交易カードは使いづらい。

 金も論外だ。ただでさえ利益がとんでもないことになっている事業を持っている相手。生半可な金額で動かせる相手ではなくなっている。十年前なら金貨数枚というような小銭でも命を張ってくれたモルテールン家だが、今の現状で金に靡くわけもない。金など幾らでも稼げると豪語しかねない相手だ。


 「モルテールンを今まで以上に探って頂戴。何とかして弱みを掴むのよ」

 「承知しました」


 何とかしなければ。

 レーテシュ伯には、焦りが募る一方だった。


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