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おかしな転生  作者: 古流 望
25章 Pie in the sky

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237話 密談1

 お金が欲しい、と思ったことは無いだろうか。

 貨幣経済の中に生きている人間であれば、少なからず思ったことがあるはずだ。


 神王国において、裕福な家というのは基本的に貴族を指す。例外的に商家が富豪になることもあるには有るが、一定以上になることは無いだろう。

 この世界においては商売には必ず有力者の後ろ盾が必要であり、利益を吸い上げられてしまう構造が起きやすい以上、貴族と商家の力関係で言えば貴族の方が圧倒的に上である。庇護者より金持ちになる被庇護者は居ない。


 金持ちとはほぼイコールで貴族。

 しかし、そんな裕福な貴族というものにも種類がある。


 領地貴族で裕福な者。これは、単に領地の管理運営が上手な者のことだ。鉱山を持っている者などは特に美味しい。タダで有るものが、結構な金額で売れるのだから。相当なアホが経営するか、運営にコストを掛け過ぎでもしない限り、金がザクザク湧いてくるようなものだ。一度儲かる体制が出来てしまえば、寝ていても金が入ってくるようになる。阿漕な話だ。


 宮廷貴族で裕福な者。これは、職権を乱用しているか、或いは賄賂を貰っている者のことだ。

 神王国では、職権乱用は罪だが、賄賂は別に違法ではない。商売人の商売を物理的に保護したり、不当な扱いを受けた者の権利保護などを行ったなら、当然見返りを求めるものだからだ。

 また、祝い事の挨拶であったりといった冠婚葬祭との見分けも付けづらい。お祝いという気持ちで人付き合いの一環で贈り物をしているのか、贈り物を名目として下心が包んであるのか。一見して区別はつかない。


 乱用せず、無茶な公私混同をしないのであれば、親しい人間や好ましい人間に便宜を図るのは職権の内。それがこの世界の常識だ。

 例えば特殊な補助金の制度が出来た時、身内だけにその補助金を配るなら公私混同だが、公平な基準を順守した上で、親しい人間に補助金の手続き方法について教えてあげるぐらいなら職権の内だろう。そして、教えてもらって得をした人間が礼を言うのも人付き合いの範疇で、御礼に一杯奢るぐらいなら常識の範疇と言える。この間はありがとうと礼状を送り、土産の一つも添えておくぐらいなら、社会的に許容される水準だ。

 便宜供与とその謝礼と言う意味では賄賂なのだが、やり過ぎない程度で、他に迷惑が掛からない分別を持っていれば、黙認されているのが常である。


 そして、目こぼしの大きさというのは、地位が上がるほど大きくなる。

 供与される便宜の大きさと、それに伴う謝礼の額の増加。これが、宮廷貴族が職位や地位を欲する理由である。

 

 外務貴族として、かなり高位に居るコウェンバール伯爵などは、自らの職権を利用して利益を得ることに長けている。

 法と社会規範に抵触しない程度に便益を供与し、見返りとして謝礼や返礼を受け取り、金を稼いだところで運用し、裕福になっていく。

 インサイダー取引など概念すらない社会。外務貴族として耳聡い伯爵が本気で資産運用を図れば、得られる利益も又膨大である。


 「所長、相変わらずお元気そうですな」

 「伯爵閣下もお変わりなく」


 王立研究室の所長室で、コウェンバール伯爵は所長に笑顔で挨拶した。

 伯爵は、ただ単に金儲けが上手いだけの人間ではない。儲けた金を気前よくばらまくことで好意を集め、金に物を言わせて情報を集め、より広範で強い人脈を形成している。

 繋がった多くの人脈はより多くの富を生むわけで、人付き合いが金を産むというサイクルを体現した人物こそコウェンバール伯爵である。

 今日も今日とて、色々な思惑と(はかりごと)をもって王立研究所を訪ねていた。


 「おや、所長の付けておられるのはエメラルドですかな?」


 人の観察が得意なコウェンバール伯爵が、所長の手にキラリと光る宝石を見た。

 深い森を思わせる濃い、それでいて透き通る鮮やかな緑をした宝石は、エメラルドと呼ばれる宝石だろう。発色の良さや透明度から見て、相当な値打ちものだ。宝石や美術品には造詣の深い人間として、見誤ることはない。

 これまで幾度か所長と会合をもっていたが、このように高級な宝石を身に着けていたのは初めて。これほどに目立つものであれば、必ず気付いていたはずなのだから。


 「左様です。私も立場のある人間ですから、こういった指輪の一つや二つは持っておかねばと、最近購入したのです」


 伯爵に指摘され、嬉しそうに応える所長。顕示欲の強い男であるから、宝石もまた自慢げに見せびらかす。これほどの宝石であれば、研究所の一管理職と呼べる人間が、給料だけで買えるものだとは思えない。ならば、何らかの臨時収入があったはず。

 ちなみに、臨時収入の元凶は、所長の目の前に今座っている男である。


 「ほほう。流石は我が国随一の賢者ですな。景気がよろしいようで、羨ましい」

 「いやいや、景気はさほど。ちょっとばかり珍しい相手との面会予定がありまして、止む無くといったところです。研究所を軽んじられることの無いように、保つべき体面というものでして」

 「ははあ、なるほど。お偉い方々は大変ですな」


 所長の言う珍しい相手とは誰であるか。コウェンバール伯爵には幾つかの候補が思い浮かんだ。

 例えば、今外国からきている要人。これらは常に神王国の技術や知識を狙っているし、あわよくば自分たちで手に入れて利用したいと考えている。産業スパイとも呼ぶべき連中と言うことになるわけだが、スパイ合戦もまた国対国の見えざる戦い。暗闘の一つである。

 或いは、新興貴族。急に成長する貴族家というのは、得てして歪な実力を抱えがちだ。ありとあらゆる実力をバランスよく伸ばしつつ急成長する。そんなことは極めて困難だというのが世界の常識である。画期的な軍事制度を整備して軍事力を著しく伸ばすことで影響力を高めるであるとか、海上貿易でとんでもない太客を捕まえて利益を独占したであるとか、何かしら急成長の“理由”が有るものだ。そして、そういう何か特定の分野にのみ偏って成長した家は、どこかで頭打ちになる。或いは、急激に膨らんだ分、急激にしぼむ。これを避けようとするならば、新たな技術、未知の知見に活路を見出すというのが一つのパターンである。

 もしかしたら、王族というのもあり得る。基本的に王族が必死になって知識や技術を求めるようなことは無いのだが、例外的には後継者争いが盛り上がっている時など、より優位になるべく新技術を求めるケースもあるだろう。

 どれにしたところで、穏便な話ではない。高級な宝石が簡単に買える程度には資金援助を行っていることが窺えるのだ。そこそこな立場の人間が動いている様子だ。


 ならば、上手く煽てて、情報を得たいのが伯爵の心情。


 「いやいや、閣下ほどでは。聞けば、最近ナヌーテック国から来られた使者の方々を持て成す大役を果たされたとか」


 しかし、所長もさるもの。伯爵の意図を見抜いたうえで、話を露骨に逸らした上での情報誘導だ。研究所という隔離空間に居る以上、外の情報を欲しているのである。


 「ははは、あれは親善交流の一環です。公国の方々と一緒に来られていまして、陛下に御挨拶をされたぐらいでしょう。持て成すという程のこともありませんな」

 「ほう」


 所長は、外交というものには疎い人種だ。しかし、幾らなんでも複数の外国の使節が揃ってやってきて、ただの挨拶だけで終わりなわけがないことぐらいは分かる。

 ナヌーテックと言えば神王国に並ぶ大陸の強国。緩衝国たる公国の使節と共に来たというなら恐らく平和的な理由なのだろうが、何がしかの思惑がありそうだ。


 「そうそう、外国の使者と言えば、この間ロックウェル伯爵の主催するパーティーに出向いたのですが、そこで所長の噂を聞きましたぞ」

 「ほう、ロックウェル伯爵と言えば諸外国の、特に公国と強い人脈をお持ちの外務貴族ですな」


 ロックウェル伯爵の名前は、社交に疎い所長でも知っている。外務閥の重鎮で、どちらかと言えば目の前のコウェンバール伯爵とは仲の悪い人間のはずだ。外務閥も一枚岩とは言い難く、細かいところで利権や主導権を派閥内でも争っている。

 しかし、ここが外務閥の面白いところだが、こういった政敵とも呼べる人間同士でも、表面上はニコニコとした仲の良さをアピールするのだ。世の中、敵の敵は味方という言葉もある。常に諸外国という仮想敵を相手にする外務閥にとって、同じ外務貴族は敵の敵であり続ける。潜在的に競争相手であると同時に、常に協力関係を模索できる味方でもあるのだ。

 謀を共謀する相手としては、持って来いと言うことでもある。


 「然り。北部貴族の多くは、直接公国とやり取りすることが躊躇われることについて、ロックウェル伯爵を通すことが多い。外務閥の重鎮中の重鎮であられる方です。公国の方々が来られたわけで、賓客の接遇は我らの仕事。伯の招待客は勿論公国の関係者が多かったのですが……そこで研究所のことが話題になりましてな」

 「ほう」

 「何でも、研究所を大胆に改革されるとか」

 「……何ですと?」


 研究所の改革。それは、勿論所長の同意なしに出来る話ではない。しかし、当の研究所トップは改革など考えても居なかった。勿論、必要に応じて変えるべきは変えるという気持ちは有るものの、最も望ましいのは現状維持である。自分がトップに居て、色々と美味しい思いが出来て、それなりに敬意を払ってもらえる立場。これを守り続けるのが大事だ。改革などと言う話は、基本的には現状に不満のある人間が言い出すこと。

 一体どこからそんな話が出たのかと、所長は前のめりで話を聞こうとした。


 「成果の挙がらぬ研究室を廃止し、より有用な研究室にこれまで以上に手厚い待遇を与える、などという内容でしたか」

 「事実無根の内容ですな。そのような事実はありません」


 どんな研究室で有れ、どこかを廃止するということは、先例を作ってしまうことになる。あれが潰されたのだから、こっちが残っているのはおかしい、という議論を生じさせてしまう。

 出来る事なら今あるものはそのままに、変化が必要な、或いは新たな研究が必要とされるのならば、研究室の新設という形が望ましい。勿論、予算もそれに応じてアップだ。今までのものに手を付けず、建て増しを続ける研究機関。少なくとも当代までの所長たちは皆、そのようにして研究所を運営してきた。


 「左様ですか。まあ噂などというのはいい加減なものですからな。私なども時折不確かな伝聞で喚く輩の相手をすることもありますから、あの手の出鱈目な噂話を吹聴する連中はけしからんと思っております」

 「そうですか」


 噂の否定。つまり所長は、研究所を改革するつもりなど無い、と答えた。コウェンバール伯爵は、自分の持ち込んだ話を全否定されたにもかかわらず、平然としている。むしろ、これからが話の本題だったのだろう。


 「しかし、この噂が流れたのが、公の場だったというのが気になりましてな」


 ずいっと身を乗り出した伯爵。先ほどまでとは身を乗り出している人間が逆になっている。


 「と言いますと」

 「今の時期は、宮廷の方でも予算について侃々諤々の議論が行われる。些細な噂であっても、利用しようとする輩は少なからずいるでしょう」

 「そうでしょうな」

 「特に、私の聞き及んでいる話ですと、今年は軍務閥の、特に中央軍に予算配分が偏りそうだということです」


 近年、予算折衝の際は軍部に配分が偏りつつあるというのが、宮廷内部での専らの見方だ。限られた予算を奪い合うわけだから、そこには貴族同士の力関係が如実に表れる。

 つまり、ここ最近は軍部に属する人間たちの影響力が増大しているということだ。中心には、カドレチェク家を筆頭とする中央軍部の影響力増大と団結にあるというのが伯爵の推測するところである。


 「軍に、ですか?」

 「先だって中央軍の再編が為されたこともあったのでしょうが、カドレチェク公爵子の下に団結も固く、今年の予算はかなり手厚くなるのではないか、というのが我々の見方です」

 「ほう、羨ましい話ですな」


 予算は多ければ多いほど良い。特に、研究などというものは、金が有れば有っただけ使い道が出てくるものなのだ。

 金を得るためには良い研究をして良い成果を出さねばならないが、良い研究をする為にはお金がかかる。卵が先か鶏が先かという話だが、金が有るに越したことは無い。


 「そこで、何処が割を食うかと言う事になりましょうが……ここで先の噂ですな。これの対応を所長はなさるべきでしょう」

 「どういう意味でしょう」


 如何にも善人面をし、心配そうな姿勢を見せる伯爵。ここら辺の演技は流石と言わざるを得ない。

 予算は有限である以上、何処かが予算を増やされる時、何処かの予算は減らされる。割を食うという言葉の意味は明らかだ。


 「公の場で、改革を噂された研究所が、いざ予算の時になると今まで通りを要求する。これが他の者達の目にどう映るのか……」


 公の場で発言させたのは、恐らく目の前の伯爵だろう。推測でしかないが、恐らくそうだろう。しかし、第三者に発言させているだけたちが悪い。

 いったい何を考えているのか。思惑が何処にあるのか。所長は、目の前の男の真意を測ろうとする。


 「予算の為に、不必要な研究室を庇っている、とでも?」

 「私はそうは思いませんが、少なからずそのような意見も出るでしょう。前年度並みに予算を貰いたいがために、組織を不必要に肥大化させているのではないか……と。これに対する反論は、今のうちに用意しておかれた方が良い」


 予算の獲得合戦では、足の引っ張り合いが横行する。少なくとも公に改革の是非を議論された組織が、予算申請の時に前年度並みを求めたならばどうなるか。これは足を引っ張ってくれと宣伝しているようなものだ。


 「なるほど」

 「……研究所の中でも、一つぐらいは、成果の挙がらない研究室がありましょう。そこを、何も潰せとは言いません。予算を削り、他の成長部門に手厚くした、という格好(ポーズ)だけでも、取るのが上策だろうと愚考いたします」

 「貴重な助言を頂き、ありがたいですな」


 自分たちで噂を撒いて火をつけておいて、親切そうに火消しの助言をする。

 これを世間ではマッチポンプと言う。


 「いやいや、こういった社交の噂といった無分別なものとは縁遠い、高尚なお立場に居られる所長をお助けするのも、我々の仕事と思っています。長々とお邪魔しました。これからも所長とは手を携えていきたいものですな」

 「今後とも、どうぞよろしく」


 何をしたかったのか、結局忠告をしに来ただけという形で、コウェンバール伯爵は研究所を後にする。


 そして後日、所長の下に意外な人物が現れた。


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