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おかしな転生  作者: 古流 望
25章 Pie in the sky
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236話 久しぶりの邂逅

Pie in the sky.

非現実的なもの。絵空事。画餅。





 天高く馬肥ゆる秋。程よく吹く風に涼しさを覚え、降り注ぐ陽光に温かさを感じる。丁度いいという言葉が、左右が釣り合った天秤の如くぴたりとバランスを取る。

 暑さも和らぎ始める白上月。今日のように秋晴れの日は、のんびりと外に出てピクニックというのも悪くない。

 王立研究所研究員デジデリオは、気分よく母校を訪ねていた。


 「先輩、お久しぶりです!!」


 デジデリオが母校を卒業してからまだ一年ほど。後輩たちの多くは、まだ先輩の顔を覚えている。

 士官学校卒業生としては背の低めな青年は、在学中に色々と“副業”をしていたこともあり、後輩たちには特に知られている人物でもあった。

 かつての後輩たちが自分に敬礼してくる様を見て、略式の答礼を返すのも面映ゆいものがある。

 つい、頑張れよなどと先輩風を吹かせてしまいそうだ。青年は、後輩たちを横目に目的地に急ぐ。


 校内の中で、最も面積の広い場所が、屋外訓練場である。運動場のようなだだっ広い場所で、ようは只の更地だ。

 体力がものを言う軍人を育てる学校として、最も使用頻度の高い施設でもある屋外訓練場は、どこの建物からも行き来しやすいよう設計されている。普通の学校ならば校舎を基準にして運動場は従であるが、寄宿士官学校では訓練場が主であり、校舎の建物のほうがオマケなのだ。建物が訓練場を囲う形の敷地配置となっている。

 つまり訓練場を通るのが、大抵の目的地にとって一番の近道になると、卒業生なら体で覚えているわけだ。

 今日も今日とて、ほぼ無意識に訓練場に向かっていたところで、懐かしい声が聞こえてきた。


 「そこ、手が止まってますよ!!」

 「「はい、モルテールン教官!!」」

 「疲れた時こそ無駄なく動くことを意識するように」

 「「はい!!」」


 黙っていれば実に過ごしやすい気候にもかかわらず、大声を張り上げているのはペイストリー=ミル=モルテールン。モルテールン男爵家次期後継の嫡子であり、神王国寄宿士官学校で教導役を担う俊英。青銀の髪に母親似の女顔であるが、体つきは引き締まり、立ち居振る舞いには古豪の風格さえ漂う。

 デジデリオは、頼もしき恩師の姿を見つけると声を掛けた。


 「教官」


 士官教育を受けた人間の端くれとして、腹から声を出すデジデリオ。つい背筋を伸ばしてしまうのは、訓練で染みついた癖というべきだろう。

 聞き覚えのある声だったからか、すぐにペイスは呼ばれた方に顔を向けた。


 「おや、デジデリオ=ハーボンチ卿。今日はどうしました?」


 元教え子を確認したペイスは、鬼教官の顔から優し気な顔になる。名物教官はあくまで学校内での立場であって、普段は自称温厚な一般人だ。

 デジデリオが恩師に対し正式な軍式敬礼をすると、ペイスもそれに答礼する。

 礼をしつつ尋ねたペイスの質問には、青年も気楽に答えた。


 「す、少し、学校に用事がありまして。教官は何を?」

 「……甘えた子供を躾け直しています」


 ペイスの目線の先には、十人程の学生の姿があった。皆、今年入ったばかりの新入生であろう。

 木剣を使った、休みなしの連続組手。地稽古の一環であるが、力量が同じような者同士が手加減無しで戦うと、とにかく尋常でない程疲労する。手加減や力配分というものが出来ないからだ。常に全力を出し続けなければならない相手との組手。これは疲れる。

 更にはそれを休みなしで続けるとなると、体力を丸ごと絞り切るぐらいの有様となり、終わった時には指一本動かすのすら億劫になる、地獄の稽古だ。

 スパルタ教育がモットーのモルテールン流教育においては特に珍しい稽古では無いのだが、慣れないうちは辛さのあまり泣き出す学生が居るほどである。

 ああ、自分も通った道だ、あれ辛いんだよなと、デジデリオは温かい目を学生たちに向けた。


 「しかし、教官は今、が、学生への直接指導からは退いていたのでは?」


 ふと、デジデリオが思い出す。ペイスは以前“やり過ぎた”ことから、学生を直接受け持って教えることを暗に避けるよう言われていたはずなのだ。


 「うちから入学した二名に、例の飴の件で不祥事がありまして」


 ペイスが、小声でひそひそと喋る。


 「罰も与えましたし、今後も厳しく指導して頂くよう他の教官方にはお願いしているのですが、それ以前の問題として、何かあっても誰かが守ってくれるだろう、という甘えた意識を変えねばなりません。軍人としての教育ならともかく、この手の意識改革については、他に出来る人が居ない」

 「はあ」


 ペイスの言う二名とは、マルクことマルカルロと、ルミことルミニートの悪戯ペアである。つまみ食いと建造物侵入の常習犯だった過去があり、それを含めて性根を叩き直し、礼儀作法を身体に染みつかせるための修業が今ということらしい。


 「だから、これは指導というより、懲罰の一環です。一見そのように見えたとしても、あくまで指導ではなく罰ですね。罰なのだから厳しくやって当然ですし、他の教官の手を煩わせるに忍びない、という話です」

 「屁理屈のような……」


 学生の指導は遠慮して欲しいと言われているペイスが、指導ではなく懲罰を行うのは有りなのだろうか。微妙なところだろうが、こういう点で言い訳をさせたらぴか一なのが少年教官である。彼の少年のしたたかさをしるデジデリオは、心配する必要も無いと勝手に納得した。


 「あと、貴族的な、間違った特権意識を持っていた子達の中で、特に酷い者もついでに矯正中です。というより、此方が校長からの依頼である本義であって、例の二人の教育は、こっそり紛れ込ませたオマケですね」


 寄宿士官学校は貴族子弟の為の学校。集まる学生は、当然ながら貴族の子だ。だからこそ、驕りや傲慢さを見せる学生も居る。

 特に領地貴族の子弟などはその傾向が顕著だ。

 領地貴族であれば、封地(ほうち)に居る時は絶対権力者である。その土地において、やろうと思えば何だって出来るのだから。

 立法権、行政権、裁判権、外交権、財産権、全てが領地貴族の好き勝手に出来る。彼らを罰する上位存在は、領地内に存在しない。


 だからと言って苛政を敷けば、不利益を被るのは結局領地貴族自身であるのだが、自分たちは何でも思い通りに出来る存在なのだと勘違いしがちな環境でもある。幼く未熟な時期であれば、尚更この手の思い込みをしやすい。

 親が偉いだけなのに、自分も偉そうにする子供。これは、どうしても一定数存在してしまう、貴族の学校のジレンマだ。

 そして、自らに付属する権力や地位が高いものであると、自分の能力さえ高いものであると誤解しがちである。

 偉さと強さと賢さはそれぞれ別のものであるのだが、未熟なうちは、よくこれを混同してしまう。

 自分の足が速いわけでも無いのに、身分が下の人間が前を走っていれば不機嫌になるタイプ。自分は偉いのだから、常に称賛されるべきと考える、我儘な餓鬼だ。


 毎年のことではあるのだが、この手の“プライドだけは一人前”な連中に対し、鼻っ柱をへし折ることから教育は始まる。やり方はその時々によって違うが、基本は同じ。


 今年のやり方は、校長が主導した。

 軍務系の校長が居た時には腕力的な実力行使でもって鼻っ柱をへし折っていたし、内務系の校長が居た時は口撃と論戦によって心を折っていた。殴られるのも辛かろうが、出来ないことを延々と責められ続けるのも酷である。

 ならば今年はと言えば、とにかく理性的にことを為すべきだという方針があった。去年は就任早々であまり大きく教育内容を変えられなかった分、今年こそは自分のカラーを出していきたい、というのが現校長の想いだ。

 駄目なことが何故駄目なのか、何が悪いのか、懇切丁寧に説明する、というのがその方針。

 士官学校のエリート達は、なんだかんだ言っても賢い。大多数は、理路整然と理非曲直を諭せば理解し、反省も出来る。校長の方針は、極一部の例外を除いて成功と言える結果を出した。


 ところが、この極一部が問題となってくる。

 教官達が一生懸命に道理を説き、何とか矯正しようと試みたものの、一向に態度を改めない学生が、僅かに数人居たのだ。

 寄宿士官学校の教官と言えば、実力や実績を買われて職に就いた者も多い。実績を積むということは、実際の戦いの現場で最前線に近いところに居たということ。つまりは、身分的には低いことを意味する。多くの教官が似たり寄ったりの環境である。

 怪我や病気、或いは加齢で第一線を退くことになった者や、望んで後進の指導にあたる者の中には身分の比較的高い者も居るが、そんな人間なぞ学内では少数派だ。身分の高い、実績豊かな実力派軍人など、それこそ軍上層部が喉から手が出るほど欲しがるのだから。まかり間違って教官の職に就いたとしても、何かにつけて引き抜かれることになる。


 身分が低い人間が、幾ら身分と実力の別を説いたところで、身分を笠に着ている学生の心に届かない。

 苦心した校長は、自らの懐刀を取り出した。誰あろう、ペイスだ。

 校長の掲げる『視野の広い学生の育成』について深い理解と知識があり、当人の能力や功績については文句のつけようもなく、父親の英名は世に高く、おまけに学生達と年も近い。

 そこで、ペイスに対して校長から「高慢さの治らない高位貴族子弟の矯正」の依頼があったのだ。


 「こ、校長の依頼ですか」

 「ええ。どうしても手に負えない学生を、何とかしてほしいという依頼です。教導役として、一般教官では難しい教育を引き受けて欲しいと言われまして」


 面倒なことですねとペイスは呟く。


 「それが、彼らですか」

 「ええ。一番身分の高い者で侯爵家の長子。低い者でも子爵家です。皆、揃いも揃って家の権力を笠に着るものですから、一度しっかり教育してやって欲しいと」

 「大変そうですね」

 「いえいえ。去年のことを思えば楽なものです」

 「あはは……」


 他ならぬ去年の卒業生で、ペイスに担当してもらっていたデジデリオは苦笑いだ。問題児であったと言われるなら、言い訳出来ないぐらいアレだった面々だったのだから。

 デジデリオ達去年の教え子が、教官の実力を試すとして、初対面早々いきなり喧嘩を吹っ掛けて襲い掛かったことを思えば、妙な特権意識を持っているぐらいは可愛いものかもしれない。集まっていた連中も劣等生ばかりだったのだから、面倒を掛けた数はかなり多いはずだ。

 少なくとも、大変さの度合いで言うなら甲乙つけがたいだろう。


 「それにしてもどうやってあんな真面目にしたんですか?」


 デジデリオの見るところ、学生達はかなり真面目に訓練しているように見える。高慢さというなら、あそこまでハードな訓練は嫌がってもおかしくない。


 「簡単です。陛下の前に引きずり出しました。地位で威張りだす連中なら、彼らより更に上の地位から問答無用で叱ってもらうのが、一番手っ取り早く簡単でしょう?」

 「陛下って、国王陛下ですか!?」


 よりにもよって、とんでもない相手が出てきたものである。

 この国のトップの前にいきなり連れていかれて、叱られる学生たちの胸中は察して余りある。


 「他に居ますか?」

 「幾らなんでもそんなことで……」

 「陛下には父様も僕も少々貸しがありまして。返してもらえるうちにと要望を伝えたのです。陛下も僕に会ってみたかったそうで、かなり早くに謁見が叶いました。言葉を交わしたのは僕だけでしたが、陛下の前では皆大人しくなってましてね。教官の言うことを良く聞き、学友と親しんで切磋琢磨し、真面目に勉学と訓練に励むようにとのお言葉を賜った後は、それはもう模範生です」

 「ははあ……」


 デジデリオには、呆れの溜息しか出なかった。

 権力のトップに居る人間が、直接声を掛けたのだ。その内容を軽んじるならば、最悪は不敬罪で死刑ものである。

 たかが学生の躾けに、国の最高権力者を引っ張り出そうと考えるのも異常だが、実現できてしまうだけの人脈とコネと実力もまた異常だ。


 「で、ついでなので地位に(こだわ)らないようになる訓練、という名目でルミとマルクを放り込みました。二人にとっても、決して粗相の出来ない相手で、少なからず好ましからざる相手と仲良くするという訓練になります。両者に意義の有る訓練ですね」


 従士家出身の平民というルミとマルクには、高位貴族に対して失礼にならないよう接する訓練。高位貴族出身の学生達には、身分の上下で実力を判断しないようにする訓練。どちらにとっても意義は有るのだろうが、一歩間違えれば大騒動になりかねない。

 毎年寄宿士官学校で起きるトラブルの何割かは、身分の上下を問わないルールを破ることで起きる。問題を起こすのが上下どちらのパターンでも。

 つまり、今の訓練状況は爆弾をお手玉しているような状況であり、よほど扱いに自信が無ければできない訓練である。

 流石はモルテールン教官と、デジデリオは感心すること(しき)りだ。


 「ところで、貴方は何故学校に?」


 そんな事情はさておき、ようやくペイスが、元教え子が学校に居る違和感に言及した。


 「じ、実は、採用活動の一環でして。王立研究所では一番最近の若手ということもあり、先輩として有望な人材をか、勧誘して来いと言われています」


 寄宿士官学校は、神王国において唯一の国立高等教育機関。だからこそ、より優秀な人間の中には天才と呼ばれるような者も混じっている。また、天才とまではいかずとも、誰が見ても優秀と呼べる秀才は相当数存在する。

 学術研究機関としてはこれらの才能を是非欲しいと望んでいるわけで、最も在校生と近しい研究員が、母校を訊ねて勧誘して回るのは一種の伝統である。


 「なるほど、OB訪問ですか……ふむ、利用できないものか」


 ペイスの不穏な一言に、デジデリオは困惑する。


 「い、一応採用は研究所として一括で行うので、採用後の配属は所長預かりですよ?」

 「むむ、汎用研に優秀な人間を引っ張ってこれませんか?」

 「難しいと思います。最近は“成果を出せていない“こともあって、取り潰しの噂も流れていますし」


 汎用研は魔法研究を行う研究室であるが、ここ一年ほどはめっきり成果を出せていない。というより、ペイスとゆかいな仲間たちの思惑によって、意図的に成果を隠蔽されている。

 これで優秀な人間を寄越せといったところで、土台無理な話というものだ。


 「……取り潰されたら、主任と貴方はうちで厚遇しますから安心してください。出来る限り、自然な形で退職してもらえれば、うちとしても大変に助かりますから」

 「そうなりますか?」

 「なるように、工作しています。実は、ここ最近ちょっかいを掛けてきている家がありまして。そこがどうやら我が家を目の敵にして足を引っ張ろうとして来たので、逆に利用してやろうと思っています」

 「逆に利用?」

 「汎用研で“成果が出るかも”と噂を流しています。その上で、うちの伝手を使って、有名どころの魔法使いを雇う……という打診を入れました。先方にバレる程度に秘密裏に」

 「なるほど」


 ペイスは、こっそり隠れて、の態を装って、モルテールン家と親しいカドレチェク公爵家などに魔法使いのレンタルを打診していた。さりげなく他の貴族にバレるように工作した上で。

 足を引っ張りたい連中は、これを見てどう思うか。

 今まで汎用研の成果が出ていなかった理由の一つが、魔法使いの協力を得難(えに)くかったことにある。魔法を特別にしない研究に、魔法を既得権として利益を得ている人間が協力してくれないという問題。これが解消されれば、汎用研で成果が出るようになる“かも”しれない。そう考える。

 モルテールン家が更なる成果を上げることを好まない連中がどう動くか。公爵家に働きかけるのか、汎用研のネガティブキャンペーンに邁進するのか。はたまた別の手を打ってくるのか。

 虚々実々の駆け引きの一環。情報戦にはめっぽう強いのがモルテールン家である。


 「うちの足を引っ張りたい人間は、必ず逸るでしょうね。焦るように仕向けますから。我々に更なる手柄を立てられたくないとなれば、成果が出る前に潰してやろうと考える事でしょう。長年成果の出てない研究室という、絶好の目標があるのです。突けば割れる泡のようなもの。つい、突きたくなるでしょう。ほんの僅かな労力で、我々は一見すれば多大の損失を被るわけですから……誘惑に抗うのは困難でしょう」

 「はあ」


 ペイスは、敵方の連中には一つの傾向があるという。

 それは、合理的であるということ。

 一見すればとても良いことのように思えるが、ペイスのように策謀を逆手に取ろうと思う人間からすれば、相手の手筋が読みやすいことを意味する。

 非常に少ない労力で、より多くの成果を得られる状況が目の前にある時。あえて、労多く益少ない方を選べる合理主義者が居るだろうか。

 相手が賢く、真っ当な知性派であればあるほど、汎用研の取りつぶしに動くとペイスは断言した。


 「色々と動いていますから、近々汎用研について動きが有ると思います。今からうちに来る心づもりで、準備しておいても良いと思いますよ」


 二人のひそひそ話は、学生たちの声でかき消されていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いや最強の一手すぎる 陛下のことだからそら喜んで協力しただろうな
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