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おかしな転生  作者: 古流 望
24章 綿あめの恋模様
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閑話 その後

 ある晴れた日。空に綿菓子のような雲がもこもこと並んでいる昼下がり。王都の貴族街の一角にあるコウェンバール伯爵邸では、館の主が部下からの報告を聞いていた。


 「コウェンバール伯爵、例のモルテールンについての報告が上がっています」

 「ふむ、聞こう」


 コウェンバール伯爵は、鷹揚に頷いて部下からの報告を促した。


 先般、伯爵が主導し、モルテールンに対して工作活動を行ったのは記憶に新しい。少なくとも伯爵にとってはしっかりと記憶に残っている話だった。

 色々と目障りな人間を大人しくさせるために、実権の無い名誉職的な役に出世させ、生まれた余暇を浪費させるために王立研究所の窓際部署に縛られるよう工作したのだ。

 その結果がどうなったのか。伯爵としては、気になるところである。


 「結論から言えば、非常に上手くいきました」

 「ほほう」


 部下の開口一番の報告に、コウェンバール伯爵は相好を崩す。


 「順を追って説明いたします。ペイストリー=ミル=モルテールンは、寄宿士官学校の新入生を含め、多くの学生が自分の元に殺到したことで、教導の役職に就くことを了承致しました。事前に各所で彼の少年の功績を吹聴して回った効果かと思われます」

 「ふむ」

 「更に、さりげなく王立研究所の汎用魔法研究室に誘導することに成功。どうやら教え子に頼まれたらしく、研究に協力するようになった模様です。研究所内で噂を撒いた成果と考えられます」

 「結構結構」


 汎用魔法研究室は、元々魔法使いを特別にしない為の研究を行っているところだ。ここに協力するということは、魔法使いの影響力を削ぐことになる。

 つまり、ペイスが協力すればするほど、ペイス自身の脅威が薄まっていく。或いは、魔法の力でもって成り上がったモルテールン家の勢力を弱めることに繋がる。

 かといって、研究成果が出ないようにするのも、研究協力をしだした時点で困りものだ。手間と金を浪費することになるわけで、それもまたモルテールンの力を削ぐことに繋がる。

 何にせよ、ペイスを含むモルテールン家が勢いを落とす切っ掛け程度にはなる。コウェンバール伯爵は報告を聞き、そう思った。


 「研究成果の方はどうか?」

 「思わしくないようです」


 部下は、自分が精いっぱい調べた内容を報告する。


 「ここしばらく研究室に頻繁に顔を出しているという報告がありましたが、目ぼしい成果報告は上がっておらず、恐らく研究が失敗続きなのだろうと推測されています」

 「ふむふむ」


 汎用魔法研究室は、最近研究成果の発表を行っていない。上司への報告すらない。

 この研究室は典型的な窓際部署なので、今までであれば頻繁に成果報告を行っていた。その内容自体は過去の二番煎じ三番煎じであったり、研究と呼ぶのも烏滸がましい微小な成果の発表であったが、それでも何とか成果であると強調し、不遇な境遇を抜け出そうともがいていたのだ。

 そして、ここ最近はそんな足掻きすら見せなくなった。いよいよもって、汎用研も取り潰しの時が近い。

 そうコウェンバール伯爵は考えた。


 まさか、世界を一変させるほどの大発見をし、事実隠蔽に躍起になっているなどと、誰が思うのか。

 研究成果が表立って出てきていないのなら、発表できるような研究成果が出ていないのだと考える方が常識的で、当たり前の思考だ。


 「思惑通りということか」

 「左様です。モルテールンの息子はこのまま日陰部署で逼塞しましょう。いずれ、匙を投げてしまうはずです」

 「ようやく、大人しくなってくれそうだな。ふは、ふははは」


 コウェンバール伯爵は莞爾と笑った。


◇◇◇◇◇


 神王国南部レーテシュ伯爵領領都レーテシュバル。

 海賊城との異名を持つこの町の城は、潮風に長年晒されながらも威容を保ち続ける。

 この歴史的建造物の主が、領内産の最高級茶を楽しんでいる頃、一つの報せがもたらされた。


 「あのモルテールンの坊やが、左遷?」

 「ああ。形式的には昇進だが、実態は左遷その物という報告があった」


 レーテシュ女伯爵とその伴侶が、従士長達と共に話し合う非公式の最高意思決定会議。その場で為されたのは、レーテシュ家にとって因縁の相手ともいえるモルテールン家の嫡子が、左遷されたという情報だった。

 王都にも抜かりなく情報網を整備しているレーテシュ家は、相当の精度と速さで中央の情勢を掴むことが出来る。


 「詳しく聞かせて頂戴」

 「私も報告を受けただけだが、どうやら裏にコウェンバール伯爵が居るらしい。教導役という聞きなれない役職に祭り上げて、学生との接触を殆ど無くしたそうだ」

 「……なるほどね」


 レーテシュ伯は、考えを纏めながらお茶を一口飲んだ。


 「流石のコウェンバール伯爵でも、あの坊やは手に余ったようね」

 「どういうことだ?」


 元々軍人であり、味方の足を引っ張り合うような暗闘に疎いレーテシュ伯家の婿セルジャン。左遷というなら疎んじてのことだろうということは分かるが、それがどうして“手に余る”という表現になるのか。どちらかというなら“目に余る”として左遷される方が普通のことではないかと訝しがった。


 「元々、領地を預かる貴族を中央に呼びつけるというのは、足を引っ張りたい宮廷雀共が良く使う手よ。恐らく、モルテールンが発展してきたことに焦った連中が、モルテールン男爵やその跡継ぎを中央に呼び出した。色々ともっともらしい理屈を張り付けてね」

 「そうだな」


 組織というものは、トップが不在だと正常には機能しない。また、トップ不在でも機能するように体系化してしまえば、いざトップが帰還したとしてもお飾りになってしまう危険性も内包する。

 元々地方の領地貴族に敵意を抱きがちな宮廷貴族は、これを利用して領地貴族たちの足を散々に引っ張って来た。神王国の伝統ともいえる。


 「そして、モルテールンの坊やは、それを逆に利用して、人材を確保して見せた……のよね」

 「そういえば、そんな報告もあったな」


 ペイスが寄宿士官学校の教官として招聘される。南部を取り仕切るレーテシュ家がこの情報を知らないはずもなく、更には裏にある意図を即座に読み取って見せた。夫からしてみれば、頼もしい妻である。

 そして今、女傑はここで更にもう一歩深いところに考えを巡らせる。


 「それが、恐らくだけどコウェンバール伯爵の想定外だったのでしょうね」

 「……なるほどな。確かに、想定外かもしれん」


 セルジャンは、過去にペイスと決闘までやらかしたことがある。中々に濃いお付き合いを経験した相手だけに、ペイスの突拍子も無い行動は今更だと思っていた。

 しかし、自分たちにとって当たり前のことが、他人にもそうであるとは限らない。セルジャンは、それに気付いた。

 寄宿士官学校に招聘したのは十中八九、モルテールンの勢力伸長・経済発展が外務閥として目障りになったからである。そうセルジャン達は結論付けていた。

 それに一定の歯止めを掛け、あわよくば自勢力に勢いを取り込もうとした策謀が、ペイスの王都招聘であったはず。

 しかしその策謀の中には、将来有望であり、相当に金をつぎ込んで育てた人材を掻っ攫われることまでは入っていなかったに違いない。


 「つまり、左遷はコウェンバール伯爵のあがきよ」

 「あがき?」

 「網を食いちぎられそうになって、慌てて銛を撃ったってところよね」

 「なるほど」


 モルテールンの息子が、コウェンバール伯爵の想定の上を行く成果をあげて、寄宿士官学校で暴れた。そこで、更なる一手を打った。レーテシュ伯には、コウェンバール伯爵のその様子が、拙い漁師がもがいている様に見えたらしい。何とも辛辣な評価である。

 決して、銀髪の坊やにしてやられたお仲間が増えたと喜んでいるわけでは無い。


 「それで、左遷された坊やは大人しくしてるの?」


 そんなはずはない。確信をもって断言できることではあっても、一応は確認しておこうとレーテシュ伯は従士長に尋ねた。

 ペイスが少々の左遷で大人しくするようならば、自分たちもこれほどまでに苦労をせずに済んでいる。


 「いえ。部下の調べでは、王立研究所に入り浸っているらしいとあります」


 その一言に、鋭敏な政治的嗅覚を持つレーテシュ伯が反応した。

 大人しく飲んでいたお茶のカップがカタカタと鳴り、茶の中には波紋が起きる。


 「入り浸っている研究室は何処か分かる?」

 「……確か、汎用魔法研究室、でしたか。ここ何年も成果を出せていない、左遷部署ということでした」

 「成果は出ているの?」

 「いえ。全く成果が上がっていないようです。振り回されて来た我々としても、一安心ですな。ははは」


 レーテシュ家従士長コアトンは、部下の報告を聞いて安堵した時と同じように、軽い気持ちで笑った。今まで散々に虚仮にされて来た者として、あの少年が大人しくしていてくれるのなら万々歳なのだ。


 成果が全く出ていない。しかして、その言葉を聞いたレーテシュ伯の顔色は明らかに変わった。


 「すぐにモルテールン家に使いをだして!!」


 ガタリ、と椅子を蹴とばして立ち上がったレーテシュ伯。

 その勢いに、従士長や夫は鼻白んだ。


 「おい、何をそんなに慌てているんだ?」

 「これが落ち着いていられますか。汎用魔法研究室なんて、あの坊やからは一番遠ざけておくべきところじゃない!!」


 汎用魔法研究室。これについては、レーテシュ伯も簡単なことしか知らない。しかし、それだけでものっぴきならない事態であるということは分かった。

 魔法の汎用化、つまりは誰でも魔法が使えるようになる事態。魔法を使って著しい発展を遂げている最中にあるモルテールン家が、この技術を独占したらどうなるか。南部のパワーバランスがひっくり返り、モルテールン家が南部貴族のトップとなる懸念が産まれる。


 しかし、レーテシュ伯のそんな意見に、部下や夫は考え過ぎだと諫める。


 「もう何年もまともに成果の出ていない左遷部署なのだろう? それが突然成果を上げるとも思えん。幾らあの少年が優秀だとしても、研究は畑違いではないか。だから成果も出ていないと報告にもあったではないか」


 ペイスは、優秀な軍人である。セルジャンの評価はそこに終始する。自分も軍人だからだろうが、自分に勝るとも劣らない実力を知れば、ペイスは生粋の軍人に思える。

 ならば、自分には無理なように、研究開発などというものも門外漢のはず。そうセルジャンは言う。

 しかし、レーテシュ伯は首を横に振る。


 「モルテールン領の過去を知っていて?」

 「ああ。確か、相当に貧しい領地だったそうだな」

 「ええそうよ。開発は不可能とまで言われたわ。それが、今やどうなっているかしら」


 自分の気持ちを落ち着けようとするように、じっくりと話す妻の様子に、セルジャンは段々と不安を覚え始める。


 「……あの少年なら、左遷部署でも成果を出しかねないと?」

 「違うわ。成果を出すかもしれないと危惧しているんじゃないの。成果を既に出したと焦っているのよ」

 「何!?」

 「あの坊やが、左遷部署とは言っても、何の成果も出さないとは思えない。【瞬間移動】を使うだけでも、研究の幅は一気に広がるはず。それでなくとも魔法使いが積極的に協力すれば、研究成果の一つや二つは、上げられて当然よね」


 レーテシュ家は、モルテールン家の嫡子が“父親の魔法を使える”ことまで調べている。表向きトップシークレットとされていることを確信を持てるだけ調べ上げるのも中々に凄いことだが、そこから導き出されるのは、奇妙な違和感だ。


 「……そうだな」

 「にも関わらず、成果が出ていないという。これはおかしいわ。どう見ても不自然よ」


 今まで成果が出ていなかった左遷部署に、ペイスが加わった。ペイスのことをよく知らない人間であれば、あまり成果が捗々しくないという状況も、当たり前のことだろうと見過ごしていたかもしれない。事実、コウェンバール伯爵などはそう考えた。

 しかし、レーテシュ伯はペイスを甘く見たりはしない。毛の先ほども舐めたりしていないのだ。冷静かつ客観的に見て、左遷部署とは言えど一端の研究機関に、ペイスという劇薬を加えたらどうなるか。一切の反応なしという状況が、本当に自然なことなのだろうか。

 レーテシュ伯にはそうは思えなかった。何かがおかしいと感じる。

 明らかに不自然な形として、成果が聞こえてこない。ならば、実は成果を隠蔽しているのではないかという発想に行きつく。情報が無いということもまた情報。ここが才女の才女たる所以だろう。

 あのペイスが、徹底して隠匿する情報とは何だろうか。それも汎用魔法研究室という場所で。


 魔法の汎用化に成功した可能性。


 懇切丁寧に説明され、答えに思い至ったセルジャンもまた顔色が変わった。


 「よし、すぐに使者をだそう」


 魔法の汎用化が実現すれば、そしてそれがモルテールン領で実用化されれば、モルテールン地域一帯は、一気に富の宝庫となり得る。

 広さは国内屈指であり、不毛ながら未開拓地がその大半を占め、発展のポテンシャルは極めて大きい。開拓が一気に進めば、レーテシュ領を超えるという話もあながち笑い話とも思えなくなる。大量の魔法使いに匹敵する新技術が産みだされれば、絵空事ではなくなるだろう。

 その点、既に十分に開発され、成熟しているともいえるレーテシュ領は、遅れをとる可能性が高い。少なくとも、モルテールン地域よりは開発余地が小さい。

 危機感が、レーテシュ家一同を襲う。


 「コアトンに使者として行って貰う……いえ、私が行くわ。馬車を準備して」

 「大丈夫か?」

 「これは、私が直々に行くべき大事よ。領内のことはセルジャン、任せるから」

 「あい分かった」


 レーテシュ伯動く。

 この知らせは、大きな嵐を予感させるものだった。


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― 新着の感想 ―
コウェンバール伯爵とレーテシュ伯爵じゃあ能力が違いすぎた。 洞察力も相手への解像度も感の鋭さも全てが並以下ではペイスを封じるなど出来るはずがなく。 相手に塩を送るどころか、金銀財宝を献上したに等しい愚…
さすが、女狐やら腹黒BBAだの言われているお方鋭い。
[一言] レーテシュ伯の脳裏にフレクサトーンが鳴り響く
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