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おかしな転生  作者: 古流 望
24章 綿あめの恋模様
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233話 ボーイミーツガール

 ルミがマルクと喧嘩別れする前のこと。

 軟派男が女の子達に食堂で声を掛けていた時の話。


 「ルミニートさん、今いいかな」


 寄宿士官学校の食堂で、女の子の品評という馬鹿なことをしていた三人組のうちの一人が、女の子達が集まっている場所にきてルミに声を掛けた。

 色恋沙汰に疎く、それでいて幼馴染を始め男連中に混じって育って来たルミには、別に男に対する忌避感も無いわけで、話がしたいと同級生が言うのなら、それに応えるぐらいのことは構わない。


 「あん? 別にいいぞ。なんだ?」


 だが、鷹揚に構えるルミとは違い、周りの女子は警戒心が強い。

 元よりモルテールンのように男女がフラットな家風は珍しい世界。女であるというただそれだけで、男より劣った生き物であるとか、男に従って生きるべきだなどいう価値観を押し付けられてきた。

 不合理な目にあっても泣き寝入りせざるを得ないことも多く、下心には敏感になるわけだ。

 その上で近寄って来た男を見れば、どう見ても下心がある。いっそ女の子と仲良くなって、一晩だけのお付き合いをしたい、と顔に書いてある。簡潔にいって糞野郎だ。分かりやすくいって女の敵である。


 故に、警戒心の薄いルミの前に、庇うようにして立ちはだかる。


 「おっと、ルミちゃんを口説きたいならあたしを通してからにしてもらおうか」

 「ルミちゃんは私のだから、渡さないわよ」


 リンことリンバースと、シリルことエシライルーの二人が、男とルミの間に立つ。これで結構可愛らしいところの有るルミは、自分たちのものだと一歩も引かない構えである。

 しかし、そんな友情の気持ちを理解しがたいルミにとっては、同性に所有物扱いされた気がして気分がよろしくない。


 「おい、いつ俺がお前らのもんになったんだよ。勝手なこと言うんじゃねえよ!!」


 ぷんすかと怒って見せるルミだったが、リンやシリルには逆効果。彼女たちは、女の身で寄宿士官学校に入学した、即ち軍人になろうと志すような人間なのだ。肝の座り方が違う。周りから散々悪口雑言で罵倒されて来たことを思えば、ルミの荒っぽい口調程度なら可愛いものである。子犬がきゃんきゃん吠えているようなものだ。


 「えぇ、だってこんなにカッコいいのに。男になんてやらんぞぉ」

 「そうだそうだ」


 女性陣二人から、猫かわいがりされ始めたルミ。やめろと言いつつもがくのは、火に油を注ぐ行為だと早く気付くべきであろう。


 そんな女の子達の様子を見て、軟派男は慌てて言い訳をする。


 「ちょっと待って。別に変な下心は無いから」

 「本当に?」

 「ホントホント。俺は仲間内でも正直者で通ってるから」


 自分で正直者であると宣言する人間に、正直者はいない。子供でも分かりそうなものだが、口から出まかせを簡単にひねり出せるのがナンパなのだろう。

 ちょっとだけ話をしたかっただけであるとか、疚しい気持ちなんて無いと言い張る。果ては、自分は軍人だからストイックなのだと言い出す。

 下心が無いと信じてもらいたくて、必死である。


 そんな軟派男の会話に、茶々を入れるのがリンやシリルの二人である。


 「聞いたルミちゃん。この男はルミちゃんに魅力を感じないって言ってるわよ」

 「何て酷い男なの。あたしの大事なルミに何か不満でもあるのか」


 ルミに下心が無いのは、ルミに魅力がないと言っているのだ、という曲解。実に強かなものであるが、ルミに対して仲良くなりたい下心が無ければ、何で近寄って来たのかという話で男を攻撃する。この男の言葉には、誠意など感じられないと、女性陣の目は厳しい。


 軟派男は、かなり追い込まれている。しかし、そう簡単に諦めるようではナンパは成功しない。努力の方向性が歪んでいる男は、更にルミと話がしたいとあの手この手の言い訳を捻り出そうとする。


 「なんでそうなるんだよ。だから、普通に用事があるんだって」

 「ならその用事ってのを言ってみろ」

 「言ってみろ!!」


 どうせ嘘だろう、と言わんばかりのリンとシリルの態度。それも仕方ない。事実、軟派男には別にルミに用事など無かったのだから。いや、実際は上手に言いくるめて部屋なり暗がりに連れ込もうという用事があったわけだが、そんなものは用事と認められない。


 「ちょっとお願いがあるんだ」

 「お願い?」

 「ルミニートさんって、モルテールン教官と親しいんだよな」


 軟派男は、咄嗟に用事をでっちあげる。頭の中でどうやってルミと二人きりになるかの算段をしているのだ。二人きりになってしまいさえすれば、未熟(おぼこ)くて警戒心の薄いルミを丸め込んで、上手くすれば手籠めに出来ると考えている。

 咄嗟に思いついたのがペイスについてのことであったのは、彼の頭にも有名人の名前がこびりついていたからだろうか。今の寄宿士官学校で、ペイスのことを知らない人間はいない。例え、姿を見たことが無くても、名前は皆知っている。


 「まあな。あいつとはガキの時からの付き合いだ。ま、あいつは今でもガキだけどな」

 「じゃあ、直接話をすることも出来る間柄だよね」

 「ああ。喋るぐらいは普通のことだろ?」


 ペイスは貴族である。しかし、だからと言ってお高く留まるような性格はしていない。一見すると優しげで愛らしく、見た目だけなら大人しい良家の子息といった雰囲気で、表面上はとても話しかけやすい感じのする人間である。

 しかし、ここに寄宿士官学校の有名人というファクターが加わると、学生にとっては少しばかり違った意味を持つ。


 「俺らにはその喋ることすら難しいんだよ」

 「はあ? そうなのか?」


 誰もがお近づきになりたいと目をぎらつかせて狙っているのがペイスだ。特に大した用もなく話しかけては、何処で変な恨みを買うか分かったものではない。そういう意味では、寄宿士官学校の数少ない女性陣に話しかけるのも、モテない男達からの嫉妬という、要らぬ恨みを買いかねない行動なのだが、軟派男に行動の一貫性を求める方が間違っている。


 「ああ。そこで、お願いなんだけど、モルテールン教官に担当教官になってもらえないかって頼んで欲しいんだよ」

 「どういうことだ?」

 「ルミニートさんは、最近の社交会の噂を知らない?」


 男は内心でガッツポーズだ。会話のキャッチボールが出来るだけで、一歩前進なのだから。このままドアに足をこじ入れて、無理やりにでも心の扉を開かせ、自分という存在を捻じりこんでやる。そう男は舌なめずりした。


 「俺は貴族じゃねえし、んなもん知らねえな」


 男の下心に気付かない初心な少女は、普通に会話を続ける。


 「モルテールン教官に師事した卒業生や、教えを齧った卒業生が、今すごい活躍しているらしいんだ。例えば、王家直参の騎士として王宮に勤めることになった女性なんかだと、配属早々に並み居る現役騎士を倒しまくったらしい。勿論訓練だけど、男の騎士相手でも引けを取らないって話。新人なのに、既に次期副長が内々定って噂さ。でも、本人が言うには、モルテールン教官に教われば自分程度の人間は最低限のレベルだろうってさ」

 「ああ、分かる気がするな」


 かなりのマシンガントークで会話している軟派男だが、話している内容はルミにとって興味深いものである。特に、女性の卒業生が大活躍していて、それがペイスによってもたらされたものだという点は、ペイスを良く知る幼馴染として誇らしくもある。

 そして、その女性が言ったとされる言葉にも納得だ。何せ、昔から突拍子も無いことばかりやらかしてきた、どうしようもない奴なのだ。あいつが本気を出せば、それぐらいはやりそうだよなと、理解も出来る。


 「他にも色々と逸話があってさ。卒業生の殆どが、モルテールン教官の教えは画期的だと口を揃えているみたいな。凄い話だろ?」

 「あいつは色々とやらかすからなあ」

 「こんな話を聞いてたらさ、是非教えてもらいたいって思うでしょ」


 男の会話には、意外にも他の女性陣も食いついた。


 「あ、わかる」

 「あたしもその噂聞いて、教官の希望でモルテールン教官って指定したもん。駄目だったけど」

 「私もだ。どんな教育内容なのか、内容を出来るだけ細かく報告しろって父様から言われた」


 大胆な、スパイ宣言が飛び出す。勿論父親も、秘密裏に探り出すような情報戦は求めていないだろうが、自分は情報収集の為の手駒ですと宣言している人間を、近寄らせるペイスでもない。


 「それ、言って大丈夫なの?」

 「あ、マズイ。聞かなかったことにしておいて」


 テヘペロと軽く茶目っ気を出したリン。ルミなどは仲良くなって間もない間柄であるが、別に言いふらすことでもねえなと黙秘には同意した。


 思わぬところで女性陣同士が盛り上がり、困ったのは軟派男だ。どうあっても会話の主導権を握っておきたいと、更に強引に会話へ混ざる。


 「ってことで、是非俺も教わりたい。でも、中々捕まらない上に、話を聞いてもらうのも難しくてさ」

 「ふぅん」

 「その点、ルミニートさんならモルテールン教官も無下にはしないでしょ」

 「そりゃそうかも知れねえけどさ。俺には別にお前を助けてやる義理はねえぞ」


 確かに、ルミであればペイスに話しかけるのは容易い。というより、向こうから話しかけて来ることも多い。しかし、だからと言って仲良くもない男の為に骨を折ってやろうとも思えない。


 「分かってる。だから、これでどうだろう」


 ここが攻め時と見たのだろう。軟派男は、ナンパ用の武器を颯爽と取り出した。


 「何だこりゃ?」

 「ナータ商会直販のシュトレン引換券と、リコリスクッキーの予約割符」


 取り出したのは、木で出来た割符だった。


 「ええ!! あのナータ商会の?」

 「うわあ、いいなあ……あたしも欲しい」


 女性陣は物欲しげに割符を見る。

 今、王都ではナータ商会の美味しいお菓子が空前のブームになっているのだ。いや、ブームと呼ぶのは既におかしいかもしれない。文化として定着しつつある。手に入れてない人間は大損をしている人間だとまで言われ、貴族たちもこぞって手に入れようとしているのがナータ商会のスイーツなのだ。


 「……俺、ナータ商会だと目ぼしい連中は顔なじみなんだけどよ。欲しいなら、普通に買えるだろ?」


 しかし、ルミにとっては有難味の無い話だ。何せ、ナータ商会の会頭と顔見知りの仲だ。ナータ商会本店たるモルテールン領の店であれば、ルミは顔パスで店に入れる。買い物というなら、ナータ商会で小遣いを散財した経験もあり、取り立てて珍しいことだとは思えなかったのだ。


 「甘い!! 甘すぎる。ここの商品は常に品薄。高位貴族であっても、並ばないと手に入らない!! 確かにルミニートさんは出身がモルテールン。ナータ商会の商品なんて、今までなら簡単に手に入ったかもしれない。しかぁし!! ここは王都。地元とは大きく違う!! それに、ここのお菓子の美味しさは、ルミニートさんの方が良く知ってるんじゃないか?」

 「……じゅるり」


 言われてみて、ナータ商会のお菓子の味を思い出す。シュトレンやクッキーを始めとする、ペイス発端の甘いスイーツ。あれは美味しい。特に食事の不味い学校に居ると、尚更恋しくなるほどの美味である。


 「この引換券と割符があれば、並ばずとも最高のお菓子が手に入る!! 上手くモルテールン教官に師事出来た暁には、これを君に進呈すると誓おう」


 手に入れる為には結構な金がかかったが、ここで美人を落とせるなら安いものだと、軟派男は押しまくる。


 「うわあ、太っ腹」

 「確か、シュトレンだけでも数シロットはしたわよね」

 「それは店売りならって話でしょ。好事家の間では、金貨が積まれるって話じゃない」

 「ルミちゃん、あたし達親友よね!!」

 「うわ、ずるい。私も!! 私もルミちゃんとはずっと親友だから」


 しかし、当のルミよりも周りが盛り上がってしまった。

 こうなると攻撃目標が分散してしまい、軟派男的には効果的な攻撃が出来なくなる。


 「ああ、うるせえ。分かったよ。ペイス……もるてーるん教官に、学生を取ってやってくれって頼めばいいんだな?」


 周りの圧力に負けたのだろう。ペイスとの間を取り持つと約束するルミ。


 「そう、お願いします」

 「分かったよ」

 「やった!!」


 喜ぶ軟派男。これでルミとも接点が出来ると喜んでいた……のだが。

 結局、リンとシリルに追い出され、連絡は彼女たちを通すということになってしまったのだった。



◇◇◇◇◇



 「一体何なんだよ……」


 マルクは、食堂から去っていったルミを見送りつつ、一人ごちる。

 彼女たちがどういう会話をしていたか知らない彼にとってみれば、男として最低な奴と仲良く盛り上がっていたように見えた。

 まさか、スイーツに釣られて、食い意地で妙な約束をしてしまったとは考えない。ルミにしても、そんな恥ずかしいことを、他ならぬマルクには言えない。乙女心的に言えるはずもない。


 「やっぱり、謝るか?」


 悶々と、悩み続けるマルク。

 一体何が悪かったのかはさっぱりわからないのだが、とにかくルミと喧嘩別れしてしまった事実がそこにある。

 これからルミに話しかけずに学生生活を送るなど、あまり良い想像は出来ない。

 ならば、いつぞやモルテールン家の既婚者連中が語っていた、仲直り法を試してみるしかない。とにかく自分から謝ること。これが仲直りの近道だと、おっさん連中が言っていたのだ。


 「話ぐらいはしておいた方が良いよな。うん、そうしよう」


 一度決めたら、すぐに動くのがモルテールン家の家風である。

 マルクは、ルミに謝って話をしようと、後を追いかける。既に見失ってしまっているが、方向からすればどうやらペイスのところに向かったらしいと察せられた。ペイスの教官室なら入学初日に道順を覚えたのでばっちりである。


 しばらくして、ペイスの教官室の前にたどり着くマルク。

 一応ノックして、部屋の中に入る。鍵は開いていた。


 「あれ?」


 しかし、そこには誰も居なかった。ペイスも居らず、ルミも居ない。


 「おぉい、ペイス? ルミ? どこ行った?」


 おかしい。ここには来なかったのだろうか。そう考えもしたマルクであったが、何か違和感がある。


 「ん? ……これは!!」


 マルクは気付く。

 ペイスのお決まりの隠し場所に、散乱している物体があることに。


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