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おかしな転生  作者: 古流 望
24章 綿あめの恋模様

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231話 サバト

 「ふふふ、うふふふふ」

 「ひっひっひっひ」


 王立研究所の最奥。普段は誰も寄り付かないような廃れた薄暗い場所に、怪しげな笑い声がする。時間は深夜。草木も眠る時間に、そこだけは灯りが灯っていた。

 いや、正確には灯りではない。大きな鍋が火にかけられており、鍋の中身は怪しげな液体。時折ぽこぽこと泡が立つところを見れば、オカルト的な儀式にも見える。

 儀式らしきものの人数は三人。これは何がしかの意味がある数字なのだろうか。


 「これをこうやって、これを入れて……」

 「ひひ、ひひひ」


 鍋の中に、小柄な人間が何かを放り込んだ。それを見ていたほかの二人は、奇妙な笑い声で囃し立てる。


 「練れば練るほど色が変わって、こうやって付けて」

 「ひひひ、たまりませんな」


 儀式らしき怪しげな動きは続く。

 小柄な人間が、鍋の中に棒を突っ込み、しばらくかき混ぜたかと思うと棒を捻りながら持ち上げる。棒の先には、鍋の中身がどろりと絡み取られていた。


 「魔力を込めてみて……」


 そして、明らかに魔法使いと思われる膨大な魔力がその場に迸る。


 「う~ん、失敗ですか」


 部屋の灯りを付け、怪しげな様子から普通の研究室に変わった室内。

 鍋の中は飴が煮られていて、棒の先についた飴を睨むペイスの姿があった。


 「や、やはり、液体状の時には魔力が上手く定着しませんね」


 傍にいた二人のうち、デジデリオが同じように反応する。実際に見てみて、上手くいっていないことが明らかだったために多少は消沈している。


 「これは過去の実験から予測できたことです。水銀なども試したことがありますので」


 一方、予想通りであったというのは主任研究員ホーウッド。色々な物質に魔力の定着を試す実験を行って来た先駆者であり、液体状のものに魔力を定着させるのは難しいという仮説を自分なりに立てていた。それ故、失敗は当然という風で、平然としている。


 「先に言っておいて欲しかったですね」

 「飴だとまた違うかもしれませんし。何事も、実験して確かめねばなりません。推測は確定しない限りいつまでたっても推測のままですしな。幾ら確実らしいと推定できたとしても、確定と推定の間には不確実性という名の深い谷間があるのです」


 予想だけで確実に物事が分かるなら、世の中に研究者など要らないのだ。ブラックホールの理論とて、アインシュタインが存在を予測してから長きにわたり、その姿が撮影されるまで理論上の存在であったのだ。おおよそ確からしいと推測されていて、他の多くの事象とも矛盾しない、明らかに正しいと思えるものであっても、推論は所詮推論。

 幾ら、お互いに両想いらしいと誰もが感じていても、お互い同士がちゃんと気持ちを伝えあわない限りは恋人同士と呼べないのと同じだ。


 「そういうものですか?」


 研究者ではないペイスにはその辺の機微は何となくしか分からないが、そういうものなのだろうと納得することにした。


 「では、今度は固まった飴とやらに魔力が定着するかを確かめねば」


 さっきまでウキウキしていたのはお菓子作り大好きっ子のペイスだが、今度張り切り出したのは主任だ。自分ではこれほど大量の砂糖を用意することは難しかったわけで、新しい試料がどういう結果をもたらすのか。早く知りたくて仕方がない。


 「僕がやった方が良いですか?」


 ペイスが主任に尋ねる。研究のやり方や進め方は専門たる彼に任されており、ペイスはあくまでオブザーバー。パトロン兼任のお手伝いでしかない。


 「そうですな。その方が良いかもしれません。出来れば、魔法を発動するのと同じような感じで魔力を込めてもらえると嬉しいです。いやあ、改めて、魔法使いの協力が得られると実験が大いに捗ります」


 以前であれば、魔力を込めてもらう事すら面倒くさがられ、大金を積んだとしてもおざなりで対応されるのが常だったのだ。こうして細かい注文が出来る魔法使いと協力できるなら、今まで出来なかったことが色々出来そうである。

 魔法の汎用化。夢ではないかもしれないと、主任はもうウッキウキだ。羽があったならどこまでも飛んでいきそうなほどである。


 「それは結構。では……こんな感じでしょうか」

 「はい、良いですね。どんな感じです?」


 ペイスは、固まった飴に魔力を流そうとしてみた。すると、魔法を授かる為に教会の地下で試した時のような不思議な感覚があった。何かが体の中から出ていく感覚。

 その上、手の中の飴は明らかに魔力に反応した。


 「……少し、重さが変わった気がします」


 ペイスの言葉に、主任は更に小躍りし出す。今までの研究試料などとは比べ物にならない好反応。これは期待が持てそうだ。


 「やはり軽金と同じような感じなのでしょう。どの程度重さが変わったか、軽金との差がどれくらいあるのか、違った質量の試料に対し同じ量の魔力でも変化は同じかどうか……調べるべき項目は多々ありますが、とりあえず魔力が溜まったまま、一定時間は固着していることを確認したい」

 「ふむ」


 ペイスは、飴を所定の場所に置いた。秤の上であり、重さが変わったことがこれで分かる。無論、飴を置いた方が下になる形で天秤が斜めになっていた。

 軽金であれば一定時間で魔力が抜け、そのうち秤は元に戻るはずである。


 砂時計を使って時間を計る主任。

 そして、砂時計を返すこと十回目になろうとした時だった。かたん、と秤の天秤が動き、飴の重さが軽くなったことを示した。


 「おお、これは!!」

 「どうです?」

 「効率としては軽金に比べるべくも無いですが、今までのどの素材よりも良い結果ですな。これは良い。期待が持てます。ひっひっひ」


 これまでの砂に水を撒くような研究に比べれば、一気に芽が出て花が咲いた並みに素晴らしい結果。主任は、思わず笑いだす。


 「あひゃひゃひゃひゃ」


 ペイスも、良い結果が出たとのことで、笑いだす。


 「ふふふ、ふふふふ」


 明らかに普通でない笑い方をし出した主任とペイス。

 脇で記録を取りつつ見ていたデジデリオは、ドン引きである。


 「あの、お、お二方ともだ、大丈夫なのですか?」

 「何がです?」

 「さ、先ほどから頭がおかしく…、いえ、少々普段とは違った言動が多々見られるので」


 頭がおかしくなったのではないか。と言えれば気持ちはすっきりしただろう。なまじ普段の主任や、教官として常に冷静だったペイスを知るだけに、たがが外れたように高笑いをする二人の姿についていけないデジデリオ。

 彼は、お菓子作りをしているペイスは常にこれぐらい気持ち悪いということを知らない。笑いながら作業するのは、通常営業である。


 「我々はいたって正常です。デジデリオは、ワクワクしませんか?」

 「ワクワクですか」

 「そう!! 新しいお菓子が産みだされる予感!! 歴史の一頁を綴る偉業!! 美味しいお菓子が作れるこの幸せ。スイーツは世界を変える!!」

 「はあ」


 オーバーアクションと共に、ビバスイーツ!!と叫ぶペイスを見るデジデリオ。一体何が教官をそこまで突き動かすのかと、心底不思議がる。


 「そうです。新人君はこの素晴らしさが分かっていない!! 魔法史に不滅の金字塔を打ち立てるのです!! いざ戦いの時!! 我らが夢に向かって!!」

 「夢の為に!!」


 桃園の誓いもかくやという、硬く熱い誓いが高らかに宣言されたところで、一人冷静なデジデリオは、予定されている次の実験を促した。


 「……どうでもいいですが、時間は測らなくていいのでしょうか」

 「おおっとそうでした。一定時間経っても魔力が固着しているようなら、いよいよ前人未到の領域に挑戦です」

 「前人未踏の領域?」

 「魔法の定着。魔力を、魔法として形にする実験だよ。これが叶えば、少なくとも魔法を定着させた当人には魔法が使えることになる」


 今まで、例えば軽金を使い、魔力を物体に固定するところまでは成功してきた。

 魔法は魔力が無くては使えないが、魔力があるからと言って魔法が使えるとは限らない。魔力の定着が適ったとするならば、さらにその定着した魔力を魔法として利用出来て、初めて魔法の汎用化の道が開ける。

 人類の歴史を変えるかもしれない大発見。主任などは、先ほどから気持ちが高ぶり過ぎてどうにかなりそうなほどである。


 「つまり、モルテールン教官のみであれば、汎用化と言えなくもない状況になると?」

 「そうです!! そこまでくれば、我々の大目標も目前!! 誰もが魔法を使える世界は、あと一歩!! 人生の成功!! 今まで我々を見下してきた連中が、足元に跪く日がやって来るのです!! ふはははは!!」


 椅子に片足をあげ、右手を腰に、左手を高らかに真上に伸ばし、上げた手は握り込んだまま人差し指だけ伸ばす。ビシっとポーズを決めたまま笑い出した主任。そしてペイス。

 駄目だこりゃと、デジデリオは一人で実験を続ける。


 「で、魔法の定着は出来たんですか?」


 ふと、ペイスが聞いた。

 今まで任せきりで居たが、一番大事なところが成功したかどうかを聞いていなかった。


 「……これからです」

 「魔法の定着の研究は、まだほとんど手つかずなんですよね」

 「ええ。軽金で【発火】の魔法を定着させるという、理論検証の実験は成功していたらしいです。過去には」

 「過去?」

 「軽金なんて希少金属、予算が十年分あっても買えないんですよ。研究室設立当初の予算が潤沢にあった時代には、そんな実験も出来たと記録にあります」


 汎用研も、最初から脇役だったわけでは無い。設立された当初は、とある大貴族の潤沢な資金提供があった。魔法使いの有無で国力が左右されるような状況は好ましくないと考えた人間によって、多くの魔法研究に予算がついた時代。他所の研究室が、特定の条件さえ整えてやれば、魔法を防げることを証明した時などが魔法学の最盛期だろうか。

 以降、魔法学者は画期的と呼べる発明も発見も無いまま、段々と隅に追いやられていった。


 そんな昔の時代であれば、軽金を使った実験も行っていたのだ。記録は、確かに残っている。魔力の定着までは上手くいって、理論上は魔法の発動も出来るはずだ、というところまで、つまりあと一歩のところまで研究は進んだ。

 しかし、そこから先が一歩も進めず、研究予算は減らされ、止む無く軽金に代わる素材を探そうと模索し、結果として代替品は見つからず、予算がさらに減らされ、という悪循環に陥った。


 デジデリオは、そんな過去を知らない。

 それ故に、過去の研究者たちが残した理論に対し、素直に賞賛の気持ちを持つ。


 「凄いじゃないですか。……あれ? でも、それならなぜ今まで結果が出なかったんでしょう?」

 「……過去の実験で、重大な欠陥が見つかったからですよ」

 「重大な欠陥?」

 「軽金に魔力を溜め、魔法を定着させるところまでは過去に実験に成功した。定着させた魔法を使う魔法使い本人にしか使えない代物でしたが、一応成功は成功。ただし、当人が使ったとしても、使い捨てになってしまうという欠点が判明した……らしいのです」

 「使い捨て?」

 「ええ。ただでさえ希少なものを、実験のたびに使い捨てるような真似が許されるわけもない。だからこそ、我々は軽金に代わる物質を何十年、何百年と追い求めて来たのです!!」


 力強く力説する主任。

 実際、軽金を幾らでも使って良いというのなら、かなり劣化した魔法を魔法使い当人が使うぐらいまでは出来たらしいのだ。その理論は今でも残っている。汎用魔法研究室の基礎理論でもある。

 しかし、魔法使い一人居ればことたりることを、国が傾くような金をかけてまで再現する必要があるのか。魔法を定着させた当人しか使えないというなら、結局魔法使いに頼りきりになることには変わりなく、汎用化とは呼べない、という意見が噴出。予算を汎用研に取られていた他所の研究室との政争という面もあったのだが、欠点を真正面から克服できなかった過去の研究者は、失意の中で研究継続を諦めていった。


 「なら今回も?」

 「モルテールン卿、この飴というのは、それなりに数があり、そして“製造”できるのですよね」

 「ええ。当家で“生産“している製品ですね」

 「ふふふ、聞いたかね新人君。つまり、使い捨てになってしまうという欠点も、克服できる可能性が十分に有るということだよ!!」


 だがしかし、ここに過去の失敗を糧に出来る、偉大な菓子職人が居た。

 主任は、今まで散々に呪って来た神や精霊に対し、心からの賛辞と感謝を贈る。現金なものである。


 「ふへえ」

 「さあ、魔法の定着について試そうじゃないか!!」

 「おお!!」


 その後、毎夜毎夜怪しげな魔宴(サバト)が繰り広げられることになった。

 試行錯誤の果てに魔法の飴が出来上がるより先に、とある都市伝説が研究所に生まれる。


 研究所では夜になると奇妙な笑い声の化け物が出るという、怪談がまことしやかに囁かれるのだった。





【妖怪カシスキー】

夜な夜なお菓子を求めて徘徊する妖怪。

奇妙な笑い声と共に現れ、混乱と騒乱を呼ぶ。

べっこう飴をあげると歓び、ポマードの臭いで逃げていくと言われる。


出典:神王国妖怪図鑑(民明書房 1996)

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― 新着の感想 ―
\テーレッテレー!!!/
[一言] ねるねるね~るね♪
[一言] なんか昔懐かしの「魁!○塾」を思い出した(笑)
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