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おかしな転生  作者: 古流 望
第23章 学生たちには飴と鞭

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214話 不味い食事は精神鍛錬です

 寄宿士官学校の食堂でのとある風景。


 「おーす」

 「先輩!! お疲れ様です!!」


 先輩の気楽な挨拶に、後輩が飛び跳ねるように姿勢を正し、敬礼を見せる。寄宿士官学校ならではの光景かもしれない。

 上下関係には厳しい風潮のある体育会系学生の中でも、軍人は更に特別だ。上下関係、先輩後輩の関係が、そのまま就職後の上司部下の関係に置換(スライド)しがちな為だ。十年二十年とキャリアを積めば、後輩が先輩の上官になるということも起こりうるが、入隊後、或いは仕官後の数年であれば、一年から三年の差というのはとても大きい。故に、上官の命令には理不尽であっても絶対服従と教え込まれる学生は、別にそうしろと命令されているわけでもないのだが、先輩には上官のように接する。

 誰かが明文化したわけでもないが、皆が皆同じように倣う風潮。伝統ともいえるそれは、寄宿士官学校の特異な制度によっても育まれるのだ。


 寄宿士官学校は極一部の例外(有事緊急時の王族の安全確保など)を除いて、全員が寮に入り、寮で寝起きする。例え高位貴族の子弟であろうと、強制的に。

 これは、軍人として基本的なことを身に着ける為に必要なことであり、設立当初から変わっていない。

 集団行動の規律を覚え、同胞意識と仲間意識の連帯感を向上させ、王家への奉仕の精神を心に刻み、必要最低限の常識を叩きこむ場所。それが王立誠心寮。通称、学生寮。

 設立以来、多くの名将の卵が生白い戦術論や未熟な戦略論を議論し合い、多くの能吏の卵が青臭い国家論や理想主義的外交論を討議し合った、青春のエネルギー滾る若者の聖地(サンクチュアリ)

 卒業生ならば誰もが若かりし頃の思い出と共に郷愁を覚えるこの寮ではあるが、どの卒業生も一つだけ、苦い思い出としていることがあった。


 それは、食事である。


 ン百人という大所帯で、しかも育ちざかりの年ごろが大半で、おまけに常人以上に運動を強要される環境にある学生達。彼らが消費するカロリーたるや、想像を絶するものが有る。

 一例を挙げるなら、最も基本的な徒歩演習。荷物をもって列を組んで歩くだけというものだが、十キロ以上の荷物をもって三時間も歩けば、千数百キロカロリーは消費する。成人男性の一日の平均代謝量が二千キロカロリーほどなので、一番初歩の訓練でも一日やれば常人の倍以上は食事を摂らねばならない。尚、最低でも、という言葉が付く。体が成長する為には、更に多くの栄養が必要になる。水練なんぞをやった教官が居た日には、そこの学生の腹減り具合は更に五割増しだ。

 一人の例外もなく、学生ならばこの有様なのだ。学校と言えど予算は有限。食事の質よりも、量に重点が置かれるのは至極当然のことである。食事の質を多少落としても人は死なないが、食事の量が足りなければ、学生は倒れるのだから。

 結果、学生寮のメシは、学生を満足させられる量を用意することと引き換えに、味が犠牲になる。早い話がクソ不味い。お上品に言っても、豚の餌である。下品に言うなら生ごみの親戚だ。


 「相変わらず、マジイ……」


 ルイゾは、口にした料理の味の感想を言う。もう何十回言ったかも覚えていない、変わり映えのしないセリフである。

 馬の為であれば嬉々として苦労を背負い込む男だが、それはそれとして馬の餌以下とも思える食事には不満しかない。


 「ま、まともに食べるといけない。スープにぜ、全部入れて、塩をかけて食べると、マシになる」


 デジデリオが、貴族子弟とは思えないことを言い出す。食事を全部混ぜてしまうなど、食事のマナーとしては下品とされることである。少なくとも、貴族として求められる上品さとは対極にある。

 水をそのまま飲んだ方が幾らかマシと思える、旨味も何もない野菜汁。これに、味が一切ついていない青臭い芋か何かのペーストと、木材並みに堅い上に臭い肉。全部を混ぜてしまえば、煮込み料理の出来損ないと言えなくもないシチューもどきのような物体になる。


 「マジか……お、ホントだ。ゲロマズ料理が、味も素っ気も無い塩スープになった。鼻を抓めば一気にいけるな」


 友人の、裏技的な豆知識を得て、早速とばかりに試す青年。

 マイナス側に振り切れていたものが、多少ゼロ近傍に戻ったというなら、成功と言えるのだろう。何とか食えるようになったと、ご満悦である。


 「うわあ、お父様に知られたら、下品過ぎるって怒られるだろうな」

 「だ、大丈夫。この食べ方は、で、伝統だと聞いた」


 アベイルが、友人たちの食事風景を見て、顔をしかめた。体つきが大きく、人の倍以上を食う男であるが、これでも貴族の端くれ。父親のことはお父様と呼ぶし、食事の仕方自体は躾の行き届いた上品な所作である。

 デカイ身体で、大人しくスープを匙で食べているのだが、彼にかかれば大き目の匙もデザートスプーンかティースプーン並みに小さく見える。


 ちなみに、どもり症気味のデジデリオがこの下品な食べ方を教わったのは、父親の友人からだ。寄宿士官学校のOBであるその人は、こっそりと裏技的な伝統の数々を教えてくれたのだ。

 消灯後にこっそり抜け出す方法や、訓練を上手にサボるやり方。或いは、御禁制の品々(お菓子やら何やら)を隠せる場所、などなど。

 いつの時代も「俺も昔はワルだった」と、昔の悪さ自慢をしたがる男というのはいるらしく、件のOBもその一人だったという話である。それがこうして今役に立っているのだから、知識というのも使い方次第であろう。


 「……だったら、もっと早く知りたかった。卒業間近に知ってもなあ……」

 「違いない」


 ここ最近で随分と仲良くなった男たちが、笑い合う。

 同じ苦難を手を携えて乗り越え、同じ釜の飯を食い、共通のペイスを持つ彼らは、最早心の友。親友同士と言える。

 もっと早くに知り合い、或いは語り合っていればというのは、お互いの共通認識。それは、ゲロマズ飯の処理方法だけでなく、お互いが持つ知識が相互に補完し合えるものであるという実感からだった。


 「おい、貴様ら、ここにいたか」


 男連中の語らいの場に、毛色の違った声が掛かる。

 声を掛けてきたのは、寄宿士官学校でも数人ほどしかいない女生徒の一人だ。男連中の同輩でもある。


 「ん? 何だ、フリーダか。お前も食事?」


 ルイゾが首だけフリーダの方に向きつつ、食事を続ける。行儀の悪さなど今更だろうと、周りもそれを指摘したりしない。そして、フリーダも細かいことは気にしない得な性格をしている。

 男連中の座る席の横にどかりと腰を落とし、片ひじだけをテーブルに置き、半身で話を切り出す。


 「呑気に食事している場合か。大変だぞ」

 「何だ?」

 「模擬戦をやることになった」


 如何にも大ごとであるかのように語るフリーダではあったが、同輩四人の反応は冷淡、というより無反応に近い。それも仕方がない。軍人の訓練をする学校に三年以上いるわけで、手合わせの百や二百は誰しもやってきているのだから。

 模擬戦と言われても、日常のことである。明日は雨が降るらしい、と言われたのと大して違いが無い。ふぅんそうかい、それよりこの飯は不味いよな、というような反応である。


 この反応には、フリーダも不満気である。折角耳寄りな情報を独自に仕入れてきたから教えてやろうと思ったのに。教え甲斐の無い奴等だ。彼女の心情は、こんなところだろう。

 そんな不機嫌な女性の感情を拾ったのは、細かいことに良く気が付くプローホルだった。士官学校では非貴族階級の彼は少数派。それだけに、周りの空気を察する能力が磨かれている。

 自然、五人の中では間に立って潤滑油になることが多い。


 「フリーダ、誰と誰が模擬戦をするの?」


 普通の模擬戦といえば、一対一(タイマン)である。

 騎士が社会構造・社会階級の基盤となっている神王国では、戦いとは基本的に決闘なのだ。故に、誰と誰が戦うのかと聞いたプローホルは常識人である。

 この質問を、是非ともして欲しかったのだろう。思い通りに質問して貰ったことで機嫌を良くし、実は、とネタ晴らしを嬉々としてやろうとしたフリーダ。

 しかし、後ろから、彼女の発言を遮るようにして、声が掛かる。


 「俺達と、お前達全員がだよ」


 そこに立っていたのは、筋肉の厳つい最上級生五人だった。フリーダなどは、折角の披露を先にされてしまったこともあって、乱入者にキツイ目線を向ける。

 男五人組。全員が、相当にハードなトレーニングを積んでいることが伺えた。何しろ、服の上からでもわかるほどに筋肉が盛り上がっているのだから。


 「あん? 何だお前ら。バッツィエン教官のところのがどうした?」


 最上級生ということは、ペイスが教える五人と同じ年次の学生ということになる。親しく話したことは無くても、お互いに寮で暮らし、四年も一緒に居れば顔位は嫌でも覚える。


 「情報に疎いお前たちに教えてやろう。今度、俺達とお前達で模擬戦をやることになった」


 男たちは、フリーダを見下ろす。それなりに背は高い方のフリーダであるが、それもあくまで女性の中では、という範疇。まして、座っている時の座高はさほど高くもない体形だ。

 バッツィエン教官の元には、代々軍人として鍛えてきた軍務系の貴族子弟が集まるわけで、彼らは総じて背が高い。男性の中でも、特に高い。

 故に、フリーダが幾ら背を伸ばし胸を張ろうと、見下ろされることになるわけだ。


 「模擬戦?」


 馬オタクのルイゾが匙を咥えながら男たちに尋ねた。これも行儀が悪いが、食事の作法など今更だろうか。


 「刃を殺した訓練用の武器で戦うアレだよ。知らないわけじゃないだろ?」

 「そりゃ知ってるが、俺達? 勝ち抜き戦でもやるのか?」

 「ははは、本当に何も知らないんだな。複数対複数のチーム戦だそうだ」

 「チーム戦? マジかよ……」


 ルイゾ達が知らなかったのは、ペイスに理由がある。少年教官は、食事時にはこっそり教官室の鍵をかけて引きこもり、モルテールン領や王都の家に魔法で跳び、美味しく食事をしているのだ。その為、フリーダが偶然バッツィエン教官に会って話を聞かなければ、食事の後に模擬戦の話が為されるはずだった。一刻でも早く気合を入れてやると、決まってからすぐに学生に伝えたバッツィエン教官とは、熱量と方向性が違うのだろう。


 現代人的な感覚を持つペイスは、栄養状態が心身に及ぼす影響を熟知しており、量だけあれば良い、というような学校の食事に不満があった。しかし、新人の教官が学校の食事事情をすぐさま改善できるわけもなく、また学生がとても不味い食事をしている中で自分だけ美味しい食事をしているとバレるのも問題がある。その為、こっそりと抜け出して食事をしているのだ。

 脱走や抜け駆けの常習犯であるところは、昔から変わらず悪戯坊主である。


 「どんなのが相手になるかと思って見に来た。ま、敵情視察って奴だが、期待外れだったかな」


 逞しい青年五人が、揃いも揃って嘲笑する。馬鹿にされた側は、いい気分がするはずもない。


 「どういう意味だよ」

 「そのままの意味だ。顔ぶれを見てみろ。碌なのが居ない。フリーダは多少はマシだが、女だ。馬術オタクは筋肉が偏っているし、そっちのはモヤシか? おまけに落ちこぼれで有名なのも居る」

 「んだと!!」


 バッツィエン教官の教え子からしてみれば、ペイスの教え子の五人は、どれもこれも低い評価の学生だった。

 不本意ながら実力を認めるフリーダ。しかし彼女は女性というだけで評価点が下がる。女など軍人には向いていないと、彼らは本気で信じている。

 ルイゾは、馬術に関してはかなりのものだが、馬に乗る為の筋肉は美しくない。剣を振る筋肉や、殴り合う筋肉とは違った筋肉なので、そう見えるのだ。成績や実力に関しては、女であるフリーダ以下だ。

 デジデリオは最早評価にすら値しない程のひ弱さである。学校の入学試験をギリギリで通過し、試験の度に体力の無さが足を引っ張るこの男は、筋肉的には落第だ。さっさと辞めればいいのにと、口に出す者さえいる。

 プローホルなどは、有名な落第生だ。筋肉的にもひ弱な部類だし、頭に関しても出来が悪いと言われている。内務系のランディアン教官に教わっておきながら、知識も指揮能力も低いと評価されて来た。そして、軍務系の基準ではデジデリオと似たり寄ったりのひ弱さ。どの定規を使おうが、落第生という扱いになる学生が彼だ。

 誰にしたところで、まともに模擬戦をこなせそうにない。と、五人の青年は思ったわけだ。


 此れには、流石に怒りもする。仲間を馬鹿にされて、座っていた全員が立ち上がる。


 「お、一人は良いのが居たな。良い筋肉してる。体もデカイ。いいねえ。お前、うちに来ないか?」


 立ち上がったことで、アベイルの背の高さが際立った。おまけに、横幅もデカイ。見るからにパワーの有りそうな体つき。

 筋肉指標から言えば、かなりの高得点となる。


 それ故の勧誘だったが、勿論アベイルは即答した。


 「やめておく」


 ペイスに教わりだしてから、軍人としての能力が間違いなく向上していることを実感している。実際の戦場の具体例を挙げて欠点を指摘してくれたり、或いは効果的なトレーニングを、合理的に教えてくれたりもする。

 それも、五人全員それぞれに適した形で、である。

 これには、教わっている全員が目のうろこをポロポロ落とすような感覚を覚えたらしい。勿論、アベイルもその一人だ。

 厳しい訓練を共にし、またペイスの指導の下で実力を確かに伸ばす仲間たち。自分の背中を預けるに足る、頼もしい仲間だ。

 それを馬鹿にした相手に、靡くわけもない。


 「勿体ない。折角の良い筋肉が贅肉になるぞ?」

 「……うちの教官に限って、それは無い」


 何故か、アベイルだけでなく仲間の四人も頷く。


 「モルテールン教官か? あんな子供に何を教わってるんだか」

 「良いよな、何も知らないってのは。脳みそまで筋肉で出来てる奴等はお気楽だよ」

 「あ? 喧嘩売ってんのか?」

 「どっちがだよ」


 無知とは幸福である。

 プローホルの発言には、逆に筋肉馬鹿五人が憤ったわけだが、別にプローホルは彼らを馬鹿にしたわけでは無い。そう聞こえる内容だったとしても、プローホルは事実を事実のまま言っただけである。

 体力や技量の限界をきっちり数字で調べ上げられ、更にその限界ギリギリを僅かに越えるところに目標を置いて、こなせるまで扱き上げるのだ。そして、欠点は即座に指摘され、直し方も教えてくれる。

 がむしゃらにやらせる精神論ではなく、合理的で分かりやすい、実に素晴らしい、鬼畜なハードワーク。

 初めて目標達成した時などは、全員が涙したほどである。

 これに比べれば、ただ筋肉を虐めるだけの連中は、考えないで無駄なトレーニングをしているに等しい。

 お気楽というのは、その辺の皮肉であろう。


 厳つい顔つきでプローホルに迫る五人の筋肉。睨み合う、一触即発の雰囲気。


 「まあいいさ。今日は顔見せのつもりだったからな」


 喧嘩腰になりかけた五対五であったが、矛を収めたのは、絡んで来た筋肉たちの方だった。

 彼らは、自分たちの素晴らしさを疑っていない。事実、過去の先輩たちは結果を出してきている。ここで突っかからなくても、模擬戦があるというのだ。その時に、現実を見せてやればいいという余裕の表れ。


 「そうかい。良かったな。美人の顔が見られて。こっちは不細工揃いの顔を見せられて、いい迷惑だ」


 プローホルは、男たちをあてこする。

 彼らが自分たちに絡んできた理由を、大よそ察したからだ。

 ただでさえ男女比が偏りまくっている士官学校。その中で、筋肉主義者に理解があり、背も高くて見栄えのするフリーダは、彼らにとって絶対に負けられないライバルであると同時に、最も身近なアイドルだったのだろう。

 それが、教官の思惑によって他所に行ってしまった。自分たちのアイドルを“盗った“連中に、一言ぐらいは言ってやりたくなった、というところだろう。

 プローホル達を悪く言ったのも、自分たちの方が良い男だ、という遠回しなアプローチなのかもしれない。

 彼らもまた思春期真っただ中の青年なのだ。プローホルは、それに気付いた。気付いて話術に活かすところが、ペイスの薫陶篤きところである。


 「ちっ、模擬戦の時は覚えてろよ」

 「そっちこそ。負けた時の負け惜しみのセリフを練習しておくことだね」


 案の定、図星だったらしく、多少バツの悪そうな顔で五人は去っていった。

 食事時に、傍迷惑な連中だと、プローホル達は椅子に座り直す。そして、ゲロマズ料理で顔を(しか)める。


 「ふむ……見直したぞプローホル」


 結構やるじゃないか。紅一点がそう言って、殊勲者を褒める。


 「そうかい?」

 「なかなかの度胸だったな。あの五人は、バッツィエン教官の元で学ぶ連中の中でも、実力者揃いだった。それを相手に、あそこまで啖呵を切れるとはな」


 元々バッツィエン教官の元に居たフリーダにしてみれば、良く知る連中だ。今はもう吹っ切れているが、多少は羨ましいと思ったこともある相手。鍛え方には年季の入った連中だ。それを相手取って引かない胆力は、称賛に値する。


 「うん、怖かったよ。威圧感凄かったし。でも、ほら、教官の訓練に比べたら、大抵のことは優しく感じちゃって……」


 優男が、軽く頬を掻く。


 「分かる。けど、分かっちゃいけない気もする」

 「チーム戦で模擬戦か。これも、きっと厳しい訓練になるんだろうね」


 今の今まで、過去三年を足したよりも厳しい特訓を受ける身。自分たちを教える教官が、楽勝なハードルを用意するとも思えない。きっと、チーム戦にしたのにも意味があるはず。無意味なことを嫌うペイスの教えは、十分理解しているつもりだった。


 「そうだな。だが勝つ。このチームには私が居るからな。勝利の女神が居るのだから、勝って当然だろう」


 フリーダが、えへんと胸を張った。紅一点の象徴は、確かに存在感をアピールしている。


 「うわ、自分で女神とか言うか?」


 そんな自信満々な女性の態度に、ルイゾなどは呆れ気味である。


 「何だ、男にでも見えるか?」

 「うん、見える……嘘、ごめん、違う、やめて、フリーダの拳は本気で痛いから。痛ってええ!! 手を出すなら出すって言えよ!!」

 「出したぞ」

 「殴る前に言え!!」


 士官学校で下手な男よりも腕っぷしの強い女性士官候補生を、普通の女性と思ってはいけない。というのが、ルイゾの素朴な意見である。

 無論、言論の自由には(こぶし)による弾圧が伴う。


 「ふん。これぐらいで勘弁しておいてやる。午後からは、特訓だそうだからな。さっさとメシを食ってしまえよ」

 「う~ぃ」


 フリーダに言われ、食事を再開する男四人組。もしゃもしゃもぐもぐと匙を口に運ぶ男達。その顔は、やはり冴えない。


 「俺さ、気付いた」


 ルイゾが、真剣な顔をしている。先ほどの揶揄(からか)いの時とは違った、真面目な顔つき。


 「な、何をかな?」


 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。匙を止めて皆が話を聞こうとした。


 「ここのメシってさ。不味いじゃん」

 「ああ。今更言うまでもないな」

 「でさあ、全部混ぜて塩味にしてしまえってやってたじゃん。俺ら」

 「やってたな。ゲロマズが、ややマズぐらいになった」


 生ごみから、残飯程度にはランクアップする食事方法。代々伝わる、不味い飯を何とかする方法だ。

 おかずが何品あろうと、どうせ不味い。ならば、不味いものたちを寄せ集めても、不味いこと自体は変わらない。元々生ごみならば、混ぜても生ごみだ。

 その最低に不味い塊を、スープに投入して食感をマシにし、塩をぶち込むことで塩味に染める。

 カレー粉を使うと何でもカレーになるようなもので、とにかくスープに入れて塩味にしてしまえば、塩辛くて身体に悪そうでも、味はそれなりに安定はするのだ。塩の塊を齧るのと何が違うのかという話だが。大量に汗をかく士官学校生ならではの解決法だろう。


 「……スープって、普通は冷めると不味くなるもんなんだよな」

 「……よく言うよな」


 汁物は、熱いうちが美味しい。よく言われることである。冷めると塩味がきつく感じられ、油脂は固まり、具材は沈殿する。


 「ややマズの塩スープもさ、冷めるとゲロマズ以下になるんだな」


 最低の食事が、スープで少しはましになった。それは事実だ。

 だが、汁物の神通力も、冷めてしまうと効果を失う。

 つまり、マシだったものが、元に戻った。いや、更に悪化した。

 全員が、冷めてしまった最低の食事を喉に掻き込む。

 せめて温かいうちならマシだったと思えば、湧き上がってくるのは食事を邪魔しやがった筋肉馬鹿どもへの八つ当たりの感情である。


 「……あいつら、絶対ぇぶっ倒すぞ!!」

 「「おおお!!」」


 世の中、食い物の恨み程恐ろしいものは無いのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >>でさあ、全部混ぜて塩味にしてしまえってやってたじゃん。俺ら てっきり、一人一人は落ちこぼれでもチームで協力すれば強くなる、みたいなこと言うのかと思ったら笑笑
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