213話 会議は踊る
王都にある寄宿士官学校の一室に人が集まっている。
教職にある教官や役職者、そして一部の職員のみが立ち入ることのできるエリアだ。現代的に表現すれば会議室と呼ぶのだろうが、大きな長方形のテーブルと、テーブルの各辺に等間隔で置かれた椅子がメインの部屋である。会議室というからには会議の為に使われる部屋であり、本日もその為に大勢が集まっていた。
もっとも、会議室と呼ぶのに違和感を持つとすれば、部屋の調度品や装飾が、煌びやかに過ぎるからかもしれない。天井のシャンデリア、壁の絵画、壁面装飾の箔模様や金装飾、床の絨毯。そして勿論、椅子とテーブルも、余すことなく全て高級品である。金というものは有るところには有るものだと思わせる、贅沢な空間。
部屋の中の隅々にまで行き届いた清掃や、テーブルの上に置かれた軽食の数々を見ても、とても会議の為に用意された部屋とは思えない。パーティーか何かの為だと言われた方がしっくりくる。
しかし、今日はこの部屋は本来の用途で使われる。こんなキンキラの眩しい部屋で会議が出来るものか、などと思うなら現代的な価値観だ。貴族的な価値観では、これが普通の会議室。選良たる貴族は常に最高級のものに囲まれるべきだという、古くからの価値観がここに凝縮していた。
「諸卿、忙しい中ご参集頂いたこと感謝する」
校長が、一同を見回す。集まっている人間の全員が武術武芸を嗜むのだ。どこか物騒な雰囲気が漂う。それでも、校長は堂々としていた。
部屋の中で一番の上座に居るのだから、現状では校長が最上位者。最初に挨拶するのは、義務とも言える。
見回した視線の先には、寄宿士官学校の教官達が揃っていた。極一部の例外、すなわち、教官の地位を持ちながら会議に参加できない理由を持つ者(教官就任後に貴族位を失った者など)以外は、全て集まっている。それなりに広いはずの部屋が、手狭に感じるほどの人の数。百には満たないかもしれないが、十や二十といった数でもない。
「さて、今回の定例会議は、幾つか新しい通達事項がある。まずは、新しい教官方の紹介だ。最初にホンドック教官」
呼ばれて、会議室の中ほどに居た人物が立ち上がる。
「ホンドック伯爵家の御出身で、西部の情勢には非常にお詳しい。ヴォルトゥザラ王国にもその名を知られ、我が国と彼の国との懸け橋とも言われている御仁だ。最近は西部の情勢も落ち着いていると聞き、諸領、諸外国の有為な人材と交流を深められた知見を活かしてもらうため、当校にお招きした」
会議の最初の話題は、新任教官の紹介だった。色々と政治的な思惑も飛び交う士官学校では、教官の顔ぶれが入れ替わるのは結構な重大ニュースである。最初に紹介された教官など、紹介内容から分かる通りあからさまに外務系の人物であり、校長の身内に近い。
今年度は、神王国内の主要な各派閥持ち回りのポスト、すなわち校長の席に座る人物が代わっている。内務閥の影響下にあった校長から、外務閥の影響の強い校長に代わったことで、色々と綱引きがあったのも記憶に新しい。
寄宿士官学校のトップである校長は幾つかの特権を有しているが、主要なものが学校内の人事権。そして、採用に関わる決定権だ。
学校と言えども組織である以上、予算の制約はある。また、不適格な人物が教官となることを防ぐ為に、教官新規採用に関しては、副校長を始めとする上級の教官の過半数の賛同も必要とする。故に、形の上では、新規採用も校長の好き勝手には出来ない、ということになっている。
しかし採用はともかく、クビにするのは校長の一存で出来る為、上級の教官も校長の意向に露骨に逆らったりはしない。校長が「素晴らしい人物」と推薦したならば、よほどのことが無い限りは校長の顔を立てる。
労働基準法も労働組合法も無い世界。やろうと思えば、校長は自分に逆らう人間を片っ端からクビにした上で、イエスマンだけを上級の役職に就け、自分のシンパだけを採用し、自分の城にして君臨することも可能だ。もっとも、狭い貴族社会ではどこで報復があるかもわからない為、露骨にやる人間はいないのだが。弱小貴族が派閥の庇護を求めるのは、こういう情実人事がそこかしこに転がっていて、身を守る術の一つが有力者の庇護だからだ。
やろうと思えばすぐにでも自派閥に染められる。しかし、その時は他所からの報復は覚悟せねばならない。校長とは、その席にいる間だけの権力者。本物の権力者には敵いはしない。
期間限定の権力者という校長職。大抵の人間は、じっくりと少しづつ、自分に近しい人間や自分の派閥の人間を増やしていき、教官たちの色を変えていこうとする。校長はチャンスを待ち、他の教官は隙を見せないよう警戒する。ここもまた貴族社会。
つまり、今年度新規に採用された教員は、校長の意向を受けた先兵ということ。あえて言うなら、校長派ともいうべき校内派閥になる。
前校長の引きで出世したような連中は、この新規採用の教官に対して厳しい目を向けがち。下手をすれば、敵を見るような目で観察する。
じろり、と目線が新しい教官たちに向けられる。校長の手先であり、今までの自分たちとは異色、という敵対的な目線。
今年度は三人が入れ替わり、一人が新規採用だ。三人の交代については特に大きな問題は無い。勿論、校長の意向が多分に含まれているのは事実だが、交代する場合は前任者の推薦も無視できないので、校内の力関係にはあまり変化が起きない。
問題は、新規採用の一人。通常、教官のポスト数は限られている為、全くの新規採用というのは珍しい。十年以上前に一人分の枠が増えて以降、純粋な新規採用は無かった。今回が久々の話になる。
故に、少年は誰よりも多くの注目を浴びる。
「最後が、モルテールン教官」
「ペイストリー=ミル=モルテールンです。今年度は五名を受け持ちます」
ぺこりと礼をするペイスに、校長は満足そうに頷く。
校長からしてみれば、自分の派閥ではないのに、自分の思想に近しい見識を持っている教官なのだ。自派閥贔屓と言われずとも済む、実に都合のいい人材である。
いっそ自分の下に付いてくれても構わないとも思っているし、勧誘していたりもする。もっとも、ペイスの返事はつれないものなのだが。
「モルテールン卿のことは、ここにいる多くが知っていよう。まだお若いが、知っての通り、既に多くの武勲をたてられておられる。力量に関しては、コウェンバール伯爵はじめ多くの方からも保証を頂き、強い推薦を頂戴した。また、御父君は彼の英雄モルテールン男爵だ。若き俊英を迎えられたことは、当校にとっても幸運であろう」
手放しの称賛に、まばらながら拍手が起きる。
まだ若いどころか、どうみても子供にしか見えないわけだが、それでも功績は疑いようがない。目ぼしい高位貴族が揃って太鼓判を押すわけで、その点のみを抜き出せば、間違いなく教官の地位に相応しいと言える。少なくとも、今までたてた手柄が本当ならば。
軽く頭を下げたペイス。これで紹介は終りだ。あっさりとしたものである。
その後も、幾つかの連絡事項の通達が続く。困った保護者、悩ましい生徒が居る問題などが教官から報告されたりと、この辺は何処の学校も似たようなものだ。
「次に、卒業試験の試験内容についてだ。これも皆に伝えることがある」
ざわり、と空気が揺らいだ。
士官学校において、卒業時の成績というのは重要なことである。学生にとってみれば、それが一生、変えられない評価として付いて回るので、人生を左右すると言っても良い。
つまりは、教官にとっても自己評価に繋がる大事な基準の一つなのだ。自分の担当する学生は、一つでも席次を上げて卒業させたいのが普通の発想。それだけに、校長の話には皆が耳を傾けて集中する。
「今年度より、卒業試験の内容を大きく変える。現在詳細は詰めているところだが、行軍演習を基本とすることとなった」
「行軍演習?」
校長の言葉に、先ほどよりも明らかに大きなざわつきがあった。
行軍演習とは、実際の軍事行動を模して行う校外練習のことだ。大抵は、作戦目標であるとか、状況設定などが予め決められていて、それに則した行動を取るよう練習する為、或いは則した行動が出来るか確認するために行われる。
過去に実際にあった事例などを基にすることも多く、学生泣かせの実技演習の一つだ。基本は、ある地点から別の地点への移動という形になるのだが、実戦を想定する為、鎧を身に着け、食料等に相当する重量を背負う。重たい荷物を持ったまま長距離移動は、身体のまだ出来ていない一年次生などは地獄と表現したりもする。
この演習を、実戦に近い力が付くと好んでやらせる教官も居るが、無駄に疲れるだけの精神論の産物だと忌避する教官も居る。
「場所は陛下のご厚意とご温情により、王家所有の“狩りの森”を借りる。この森の各所に学生を試す仕組み等を揃えた上で、行軍を模してもらう。何か質問はあるだろうか」
会議室に居る教官達の多くには、初耳となる話。質問しようとする人間は多い。
「校長、質問しても宜しいでしょうか」
最初に手を上げたのは、初老の教官だった。こういう場で、若手が率先して手を上げるのは遠慮もあるのだろう。
「何かね」
「森での行軍となると、期間はどれぐらいになるのでしょう」
「三日を予定して最長で五日、各所と調整中だ」
「三日……」
行軍を模して、宿泊を伴う。それも二泊以上。これは現役の軍人でもキツイと感じる内容になる。質問者や多くの教官はそう感じた。
「校長」
次に手を上げたのは、二十代後半の男。精悍な顔つきで、エリート然としている。前校長のお気に入りだった教官であり、生粋の内務閥だ。専門が兵站と経理。輜重畑で軍歴を積んだが、担当した学生は殆どが王宮貴族として官僚働きをしているという、ガチガチの内政派である。
「うむ」
「昨年度までの図上演習から、実際の行軍演習に変更した理由をお聞かせ頂きたい。目的は那辺にありましょうや」
昨年度までは、卒業試験は机上で行う図上演習が基本だった。兵棋演習と呼ばれたりもするが、物凄く細かくルールを決めた将棋のようなものと思えば分かりやすい。現代人的に言うならば、ターン制の軍事シミュレーションといったところだろうか。不確定要素をサイコロ等で決めながら、兵を模した駒などを操作する。
この試験の良いところは、実際に用意するのが難しい数百、数千人規模の軍隊を指揮させてみることが出来るということ。また、戦術能力の向上と応用を図れることにある。
理論を重視する内務系の人間には強く支持され、実践実働を重視する軍務系の人間には頭でっかちと批判されて来た内容である。
ちなみに、この図上演習で極めて優秀な成績を修めて主席となったのが、ペイスの友人で姻戚でもあるスクヮーレ=カドレチェク公爵子だったりする。軍務閥が必ずしも脳筋ばかりではないという証左でもあるが、彼が特別視される程度には珍しいことでもあった。
「良い質問だ。それこそ、先の会議で議論が大きく盛り上がったところでね。まず、先々代の校長は、学生たちには何よりも心身の充実をもって本校の範たるべしとおっしゃっておられた。確かに、軍人を鍛えるのが本学の目的である以上、まずは心身壮健であることが大前提だ。素晴らしい知見であると、小職も感銘を受けた」
先々代の校長の時から席を置く教官達は、一斉に頷く。総じてみると、逞しい風貌の人間が多く、殆どが軍務閥に属する者だ。
「しかし、先代の校長は、それだけでは不十分だとお考えになられた。これはここに居られる諸先生方も御存じのことと思う。軍人が体力を必要とするのは当然。しかし、本校が軍人の中でも更に高級の軍人を育てることを忘れてはならないとお考えになられた。故に、実際の指揮を模した図上演習をもって、卒業する学生の能力を測ろうとした」
今度は、先代校長を良く知る人間が頷く。大半は色白な、細身な人間だ。軍事教官である以上鍛えてはいるのだろうが、相対的な比較の問題である。あからさまな日焼けマッチョと比べると、白くて細く見えるというだけの話。殆どが内務閥に属し、現状では最多勢力にある一派でもある。
「私は、このお二方の深い見識を活かすべきだと考えた。体力と、そして実際の軍事行動における知識や判断力を、同時に試す方法は無いだろうかと。その点を徹底的に議論し、先ごろ会議で行軍演習を課すべきと決まったわけだ。勿論、そう決めたからには全力を尽くすし、学生たちの為に最善を尽くすつもりであると、ご承知おき願う」
校長の言葉に、今度は年かさの面々が頷いた。ただの教官ではなく、学校の運営方針や教育体制を討議する立場にある役職者たちだ。彼らは、ここ数日議論を重ねている。
戦闘面や戦術の能力を重視する軍務閥と、知識面や管理の能力を重視する内務閥。そのどちらとも違う、現校長のオリジナリティを出しつつも、体面的には先任者に敬意を払う試験内容について。バランス感覚を重視する、外務系らしい試験と言えなくもない。
「校長に深いお考えがあるのは分かりました。しかし、これから学生に教え込むとなると……急なことで……」
「ははは、ランディアン教官。その心配は不要だ。そもそも、軍人としての実力が確かに身についていれば、今更特別なことをせずとも大丈夫だろう。その為の試験だ」
ランディアン教官を始め、保守的な若手は総じて難色を示す。年のいった人間は、校長の交代による方針転換を何度か経験している為戸惑いは無いし、ある程度の処世術に長けた者が多い。対し、若手は先代の校長の影響が非常に強い者ばかりだ。去年の延長線上の準備を学生に強いてきただけに、新たな卒業試験には不安が大きい。それ故の不平不満だ。
しかし、校長はそんな若手の反発などは予想済み。日頃の成果を試すのが試験であって、試験の為に勉強するなど本末転倒であると、正論を押し通す。
尚、そんな校長の思惑など、一切気にしないものも居る。
常在戦場、何時いかなる時も備えよと教える、実践派の教官達だ。
「うむ、鍛え上げた筋肉と精神を持ってすれば、行軍演習などは十分にこなせるだろう。私の教え子たちならば、今すぐ試験でも構わんでしょうな。わはははは」
「然り然り」
結局、決定事項として結論は変わらないまま、今年度の卒業試験は行軍演習を行うこととなった。
◇◇◇◇◇
会議が終わり、三々五々散っていく教官達。
そのうちの最年少を、呼び止める声があった。
「モルテールン教官、少し良いかな」
声を掛けたのは、筋肉だるまな大男である。
「バッツィエン教官。ええ、構いません」
呼び止められたペイスも、笑顔で応じる。
一応はバッツィエン家はモルテールン家とも親しい家だ。愛想の一つも良くしておくに越したことは無い。
「ふむ。相変わらず卿は身体が細いな。軍人たる者、もっと筋肉を付けねばならんと思うが。腹筋も割れていないような腹は、赤ん坊の腹だとは思わんか。大人の男であれば、腹筋の一つも鍛えねばならん」
「僕はまだ一般的な成人年齢にも達していませんから、無理に筋肉をつけると、身体の成長を阻害するのです。適度が一番」
相当に無茶苦茶な筋肉理論を振りかざす先輩教官に、ペイスは笑顔を崩さない。実績をあげている先輩の意見だ。内心はどうあれ、拝して聞くのが出来た後輩というものである。
世が世なら、パワハラとでも言われかねないが、バッツィエン教官自身は百パーセントの善意で忠告しているのだから性質が悪い。
「そういう考えならば仕方ない。しかしいざという時、頼れるのは苦労を共にした戦友と、筋肉だ。鍛えた筋肉は裏切らない。鍛えておくのに越したことは無いと、忠告しておく。ところで、卿に預けたフリーダ嬢の様子はどうか」
極めて男尊女卑の思想の強い神王国では、未婚女性は軍人であろうとお嬢様呼ばわりだ。少なくとも、筋肉教官やその周囲の常識はそうなっている。
つまり、彼らは女性を軍人として鍛えることに、或いは、女性が軍人になることそのものに違和感を持っているのだ。
その点、モルテールン家は実力主義を掲げ、男女も貴賤も宗教も問わず、優秀な人間ならば厚遇する。他の貴族とは比べ物にならない程の高給を払うし、福利厚生も手厚い。他家の人間には信じられないような好待遇を与える。
そしてこき使う。
フリーダという、優秀だが女性という欠点(バッツィエン教官の評価で)がある学生を教えるのに、モルテールン家のペイストリーは適任だとバッツィエン教官は判断した。それ故に紹介したわけだが、元々自分の学生だったわけで、気にならないわけもない。
どんな様子かと、ペイスに尋ねた。
「優秀です。体力的な伸び代は少ないでしょうが、現状では一番でしょう。気質的には、後方指揮官より、前線指揮官の方が適性があるようです。能力的には兵站管理なども可能でしょうが……本人は嫌がるでしょうね」
「伸びそうかな?」
「勿論です。とても“素直“に教えたことを吸収してくれています。それに、どんな学生でも長所を活かし、短所を補えるよう育てるのが、我々の仕事では?」
ペイスの教える学生は、皆が皆、素直にペイスの教えを実践している。素直にならない輩は、素直になるまでペイスが教育している。今では皆、とてもいいお返事をするようになった。ペイスに曰く、モルテールン流とのこと。
モルテールン家の教育は、初代からしてスパルタ教育がモットーだ。幼児に真剣を持たせて扱く親など、世が世なら虐待である。ペイスの常識というより、モルテールン家の常識自体がそもそもおかしい。付き合わされる学生は災難である。
「それは確かに正論だが、女は育て難くはないか? 筋肉も付きにくいぞ?」
「問題ありません」
ペイスは言い切った。どんな食材……もとい、人材でも長所は有り、活かしきるのが料理人……もとい教育者の務めと言うのが彼の信念である。
「そうか。それは良かった。推薦した甲斐がある。……ところで、モルテールン教官、ものは相談なのだが」
「はい?」
ずいっと一歩、ペイスと筋肉の距離が近づく。
「先ほどの校長の話では、森での行軍訓練とあった。狩りの森といえば、王家の猟場として我々貴族でも通常は立ち入りを禁じられていて、獣の多いところだそうだ」
「はあ、そうなのですか」
「野獣や、猛獣の類も生息しているらしいのだ。こうなると、やはり学生にも自衛出来る力量を付けてやりたい」
「そうですね。不測の事態で怪我人や死人を出すのは、よろしくない」
魔獣や野獣が、普通に闊歩している社会に生きる軍人同士。心構えや能力の足りない学生が危険であるという認識は、お互いに共有している。
「そこで……模擬戦をやらんか?」
「模擬戦?」
バッツィエン教官の提案に、ペイスは一瞬首を傾げた。
「うむ。どうもうちの学生が、フリーダ嬢が抜けて以降、腑抜けていてな。気合が入っておらんのだ。ここで一つ、ビシっと筋肉に張りを取り戻してやらねばと思っている。フリーダ嬢が実力を伸ばしているというなら、それを見せてやりたいのだ。さすれば、うちの連中も、鍛え方が足りないと自覚できるだろう」
「なるほど」
ペイスは軽く頷く。
教育において、ライバルの存在、目標の存在は大きい。あいつには負けてなるものかと張り合うというのは、一人では到達できない高みにまで導く原動力足り得る。勿論加減や限度は必要だろうが、良き好敵手は成長の糧になる。
今までは、バッツィエン教官の元に居る学生たちの身近なライバルはフリーダだった。年若い学生達の、それも筋肉至上主義者たちは、“女ふぜいに負ける”ということをとにかく嫌う。負けてなるかと発奮し、ことあるごとに彼女と張り合っていた。
フリーダ自身も、そんな彼らに負けてなるかと頑張る。そんな関係性があったという。
しかし、今ではその関係も崩れ、バッツィエン教官の下にいる学生たちは、一時期に比べて緩んでいるというのだ。
だからこそ、ペイスの下で更に伸びているライバルの姿を見せ、発奮を促してやろうというバッツィエン教官の親切心。教育者としては、思いやりと愛情に満ちていると言えなくもない。
ペイスが気にする点といえば、バッツィエン教官の頭には“自分の学生が女に負ける”という点を一切考慮していないように思えるところ。あくまで腑抜けた学生に奮起してもらいたいだけであって、見方を変えればただの当て馬である。
そこで、ペイスは少し考え込んだ。
「……それならばいっそ五対五のチーム戦でやりますか?」
「チーム戦?」
ペイスは、笑顔でバッツィエン教官に再提案する。
「行軍演習となると、ある程度の人数ごとにまとまっての行動になるはずです。我が国の軍制度は、十人までを班とし、最小の単位として運用するのが伝統。五人対五人なら、実際の遭遇戦に近い感触が得られるのではないかと思いまして」
神王国は、元々都市国家を国の興りとし、騎士を中心にして勢力を伸ばした国。軍事行動では、騎士の一騎を基本とし、従士や従卒を加えて数人が軍事行動における最小単位とされる。
ちなみに、最小の単位どころか、一騎でありながら一個小隊(数十人規模の軍集団)にも比すると言われた規格外が存在したりもするのだが。世の中は不思議に満ちている。
「ふむ、面白い。確かに、余程の筋肉が無ければ、単騎駆けは危険だからな。戦友同士の筋肉の連携もまた良いものであろう。では……明後日辺りはどうだろうか。場所は、いつもの訓練場で」
バッツィエン教官は、ペイスの提案に頷く。
五対五のチーム戦。望むところよと意気顕揚である。
「分かりました。学生には僕から伝えておきましょう」
「では、頼みましたぞ」
むさ苦しい筋肉の塊が、小柄なペイスの背中を叩く。
パン、といい音を残し、筋肉ダルマは去っていった。
【筋肉体操】
https://www.youtube.com/watch?v=1GanGLmDt2I
さあ、貴方も素敵な筋肉を手に入れよう♪