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おかしな転生  作者: 古流 望
第23章 学生たちには飴と鞭
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207話 校長との初対面

 「久しいな、ペイス。息災な様子、安心した」

 「父様もお変わりないご様子で、嬉しく思います」

 「他の皆も変わりないか?」

 「ええ。誰も病気ひとつなく……いえ、シイツがこの間、軽く風邪をひいた以外は特に変わりなく、元気にしています」


 親子の挨拶を交わすのは、モルテールン親子。中央軍第二大隊隊長カセロール=ミル=モルテールン男爵と、その息子ペイストリー。

 普段ならばもっと軽い挨拶で済ますのだが、今回堅苦しい挨拶をしているのは、場所が場所だからだ。端的に言えば、人の目がある。


 王城内の練兵場。

 王都の中心にある王城は、敷地面積だけで相応に広く、いざという時には籠城を想定している為に様々な施設を内包している。果樹園や畑、医療施設、居住空間に数多くの井戸、そして勿論、軍の施設も。

 千人単位、万人単位で籠れるようになっているわけで、寝起きする宿舎や食堂もある。自給自足可能な町が一つあるようなものだ。


 そして何より大事なのが、訓練設備。ここを忘れてはいけない。

 人間の身体というものは、怠けているとすぐに衰える。日頃から鍛えておかねば、いざという時には使い物にならない。王城が戦禍に巻き込まれるなどまずありえないことだが、だからといってのんべんだらりと生活して良いものでもない。ましてや、王城に入れるのは精鋭とされているのだから。

 神王国においては、中央軍人の平時の仕事は訓練と言っていい。街の見回りなどは休憩のようなものだ。

 走り込み、行軍、実戦訓練、模擬演習等々、軍の訓練には広い場所が要る。練兵場というのはその為の施設。いや、施設というよりは土地だろうか。ただの空き地が、練兵場と呼ばれているのだ。単に、軍人以外が寄り付かないというだけで。

 草むしりをしているわけでもないのに、ぺんぺん草すら生えていないむき出しの地面というのを見れば、この練兵場の使用頻度が察せられるというもの。八隊に再編された中央軍の各隊が、場所を取り合うようにして使用する為、常に誰かしらが倒れ込んでいる。

 むさ苦しい、汗と反吐と怒号が染みついた空間。色気が皆無の特殊地帯である。


 何でこんな場所で親子の挨拶を交わしているかと問うならば、ペイスが王都に召喚された為である。

 王都の高官からわざわざペイス宛に届けられた召喚状。ペイスは商人を使った情報網によって事前に召喚を察知し、諸々の領内の仕事を片付けて体制を整備し、偶に顔を出すだけで何とか回るように苦心した上で召喚に応じた。割を食ったのは部下達である。悲しいかな、ペイスの無茶振りに慣れてしまっている面々が、何とか出来てしまうから性質(たち)が悪い。

 突然言われていれば、酷く混乱していたであろうことを思えば、この召喚が善意とは程遠いところにあるのは明らかである。

 ペイスは別に爵位を継いでいるわけでもない、無位無官。別に召喚に応じる義務は無かったし、断ることも出来たのだが、何がしかの作為を感じ取ったペイスが、事情を知る為に召喚に応じた。虎穴に入らずんば虎子を得ず、策源地に行かねば策謀の全容は掴めないと押し通した形だ。


 「召喚について、話は聞いているな?」

 「はい」

 「ならば良し。私も唐突な話で驚いているが、カドレチェク公爵やコウェンバール伯爵からも是非にと言われれば、喜んで受けるほかない。他にも数家から念押しまでされたしな。領地の方は大丈夫か?」


 不本意なことだ、という内心は、カセロールも表に出さなかった。

 カセロールにしてみれば、魔法を使えることが分かって以降、不本意なことなど腐るほどあったし、いちいち不満を表明しても何も解決しないどころか、下手をすれば悪化すると学んでいるからだ。不満を表にだして解決するのなら、苦労は無いと。貴族としては、隠す術を覚えて一人前だ。

 魔法が使えることを妬まれた上に危険視されて、実家から不遇な扱いを受け、それを何とかしたいと手柄を挙げれば、貴族から疎まれて碌でもない環境に押し込まれ、酷い環境を改善して見せれば、利益を吸い上げようと寄って来る有象無象。そして今、他人よりもより利益を得たことで足を引っ張ろうとする輩が出てきた。

 弱肉強食の世界は、不本意なことだらけである。自分の思い通りにことが運び、ストレスの無い生活などあり得ない。唯一の救いは、自分の息子が心から頼もしい存在であることだろうか。

 つい、息子の頭を撫でてしまう辺り、カセロールも慣れない王都に疲れ気味かもしれない。


 「一通り、手配はしてきました。とりあえず、一年ほどならば、偶に帰るぐらいで動くようにしてあります。その分、新規の事業は全て止めてありますし、他家との折衝事も棚上げしておきました。御爺様が補佐してくれますし、ジョゼ姉様も嫁入り修行を保留にして代行の権限を任せましたので、余程の緊急事態以外ならば対応できると思います」


 ペイスの言う祖父とは、前デトモルト男爵のこと。病床にあって余命を悟り、娘であるアニエスとの和解を望み、アニエスの息子であるペイスが仲立ちする形で親子仲を修繕した経緯がある。

 今はデトモルト領を離れ、療養中という形でモルテールン領に隠居していた。病気については、“何故か”モルテールン領に住み始めてから綺麗さっぱり完治している。転地療養が上手くいった、というのが対外的な公式発表だ。

 身体は衰えているものの、領主として培ってきた経験と、モルテールン家には無い人脈は心強い。孫であるジョゼの補佐というなら、親身になってくれると期待しての抜擢である。

 立っているなら親でも祖父でも遠慮なくこき使うのがペイスという男なのだ。


 「義父上が補佐してくれるというなら一安心か」

 「一応、領主経験者ですし、保守的な方なので、現状維持には向きます。代官と思えば過不足はありません。……多分、僕たちがそう動くことも誰かの思惑の内でしょうが」

 「そうだろうな。大方、我々に大人しくしておけと言いたいのだろう」


 モルテールン領に限らず領地運営において、今日と変わらぬ明日がやってきて、平和な日々が続くのであれば、変わったことなど必要ないし、才気など不要。前例の存在することであれば、基本的には判断が不要になるからだ。前と同じことを、同じようにする。統治者としてよりは、行政官としての知識が問われる状況。新しい問題の解決策をひねり出す知恵よりは、過去問の答えを思い出す記憶力がものを言う。

 優秀な補佐役が居て、難しい判断の必要なことや新しいことは全てストップしたとなれば、何とかなるはずだと見込んでいる。


 「正直、こんな面倒事に巻き込まれたことに腹立たしさがあるのですが……」

 「私とてそうだが……何か、上層部の思惑があるのだろう。軍人としては命令に従うまでだな」


 カセロールは人の目がある為にあえて言わなかったが、どういう意図でペイスを王都に召喚することになったのか、モルテールン家の裏の人材を統括するコアントローが、目下調査中である。勿論、そういう調査を行っていることを、ペイスは察した。

 言わずとも察するところがペイスの凄みであり、カセロールが親馬鹿をこじらせる所以でもある。


 「ではこれから、学校の方に飛ぶ」

 「お願いします」


 ペイスがわざわざカセロールを訊ねたのは、ペイスが目的地を知らなかったからだ。より正しく言えば、場所は知っているが、行ったことが無い為に直接【瞬間移動】が出来ない。王都にあるという寄宿士官学校。貴族子弟や縁者の子弟が学ぶ学び舎で、教育水準の個人的差異が激しい神王国において、唯一まともに画一的な教育を行っている施設でもある。

 カセロールも一応は中央の国軍の中で主要な地位を占める幹部であり、寄宿士官学校の卒業生の幾許かは毎年国軍に入隊することから、学校には顔を出したことがあった。

 一度行ったことのある場所ならば、カセロールの【瞬間移動】でひとっ飛び。

 気が付けば、ペイスとカセロールの二人は寄宿士官学校の建物の前に立っていた。


 「へえ」


 ペイスが感嘆の声を上げた。建物の古さに意表を突かれたからだ。年季の入った建物は、それだけで一種独特な厳粛さを感じる。


 「中々趣がありますね」

 「そうだな。確か築……100年は経っていたか?」


 石造りの建物は、砦を思わせる重厚な佇まい。三階建て。飾り気は乏しい割に、聳えるような雰囲気と、見上げる人間を押し倒そうとするような圧迫感のある建物だった。

 定期的な補修を繰り返し、今でも建築当時の面影を残す歴史的建造物。世が世なら、観光名所にされそうなものである。


 「こっちだペイス。校長室まで案内する」


 カセロールが、息子に先んじて歩き出す。

 大隊長として何度か足を運んだ場所だけに、迷いはない。


 やはり、カセロールは有名人らしい。

 建物の中を歩くだけで、四方から好奇の目線が飛んでくる。学校だけに若者が多いが、すれ違う人間の殆どがカセロールを見ては目をとめる。

 それはそうだろう。軍人の士官を目指す人間にとっては、国軍の、それも精鋭部隊たる中央軍の大隊長を知らないはずがない。更には、カセロールは自分の実力と功績だけで従士から成り上がった、立志伝中の人物。自分たちも功績を立てて、立身出世を目指そうと意欲を燃やす若人にとってみれば、まさに自分たちの目標を体現した理想像そのもの。ああなりたいと思う、登山指標そのものなのだ。

 要は、憧れのヒーローと言える。


 そんな憧憬の的の傍に、小柄な子供がいれば、嫌でも目立つ。

 ちょこちょこと可愛げに歩いている様を見れば、どことなくカセロールに似ている気もするから不思議なものだ。

 ペイスを見る周囲の目線は、好奇、不審、観察、怪訝といったところだろうか。まさかこんなチビが、泣く子も黙る歴戦の猛者だとは夢にも思うまい。


 「ここだ。連絡は事前にしてある」


 カセロールが、古そうな扉の前で立ち止まる。

 ノックをすれば、中から渋い男の声がした。

 入室を促され、ペイスは父と共に部屋に入った。


 「ようこそ、モルテールン卿、そしてご子息のペイストリー殿。お二方とも、当校へ来て下さったこと、歓迎いたします」


 両手を広げて、歓迎のアピールをして、ペイス達を迎え入れる男が居た。年は四十そこそこ。若干カセロールよりは年上のようだが、くっきりと浮かぶ豊齢線(ほうれいせん)や目じりの皺が、年相応の容貌を作っている。髪の毛も白髪交じりで、若さよりは老練さを感じる佇まい。

 この男こそ、ハリーソン=ミル=ボードコリッツ子爵。寄宿士官学校の校長の席に座る、学校内の最高権力者である。

 本来ならば寄宿士官学校の校長職は、伯爵位以上が通例。その前例を覆して校長の地位を得ただけに、実力は確かだ。貴族子弟の教育については深い知見があると専らの評判で、特に外交分野には強いと言われている。根っからの外務閥であり、実力で成り上がった新興貴族でもある。


 「それでは、私はこれで。息子をよろしくお願いいたします」


 カセロールは、そう言って自分の仕事に戻っていった。成人している人間に、道案内ならばともかく、親の付き添いは不要だ。


 「さて、改めて、ようこそペイストリー=モルテールン卿。校長として歓迎する」

 「ありがとうございます」


 椅子に座るよう促され、着席するペイス。

 向かい合わせに座った校長は、しばらくの間ペイスを観察し、そののち(おもむろ)に話し始めた。


 「それで、話は何処まで聞いているかね?」

 「僕がこの学校で教官となる、というところまでです」


 突然の召喚、詳細までを調べる余裕は無かった。

 子爵も、この返答は予想済みだったのだろう。軽く頷くのみで話を続ける。


 「そうか。ならば、一から説明しよう」

 「はい」

 「そもそもの話は、前任の校長が行っていた、学校の運営方針にある。そうだな、まず……彼は、学校の教育内容について、基礎的な部分をより重視するべきという方針を取っていた。それに則り、学校の教育内容も座学に偏りがちであった」


 寄宿士官学校の校長の任期は六年。正しくは三年だが、二期務めるのが暗黙の了解になっている為、そうなっている。前任の校長は宮廷貴族であり、内務閥の関係者であった為、座学をより重視する教育内容であったという。実技中でも口頭試問を増やし、学生をより賢くしようとし、知識の重要性を教え、真面目で努力型の学生を優等生とした。

 これ自体は、別に非難されることではない。内務閥の、それも宮廷に務める者にとっては、実践能力とは即ちデスクワークの能力であり、優秀さとは記憶力と堅実さであるからだ。

 校長の指導方針の下、優秀とされた人間は内務閥が優先的に囲い込み、自分たちの陣営の強化に努めた。それが去年度までの話。


 「私はね、若者はもっと広い視野を持つべきだと思うのだよ」

 「はあ」

 「学校で学ぶことは多い。しかし、学校だけでは学べないことも多い。当校の生徒は、この国のエリートだ。いずれ人を率いる立場になる。そんな人間が、狭い視野であってはいけない。自分たちの部隊や自分の家のことだけを考えていて良いのか。そうではない。神王国の為に、国を動かすのだという気概を持ち、広く目を諸外国にも向けて欲しいのだ。……教育の具体例で言えば、例えばひとつの戦場に置いて、戦術的な勝利にのみこだわる指揮官を育てるような真似はしたくない。国益や、国際社会という目線を持ち、戦略的に物事を見る指揮官を育てたい。必要とあらば、国際関係を慮って戦闘を避けるような判断も出来る指揮官を育てるつもりなのだ」


 軍人とは、戦いに勝つことが本分である。しかし、外交交渉の一手段として軍を捉えるならば、必ずしも勝つ必要が無い場面も出て来る。

 外交屋と戦争屋の目線の違いというものだろう。


 「閣下の御見識には感服いたします」

 「しかし、残念ながら、国際的な視野を持った人間というのは希少だ。特に、外交的な視野を持ちながら、軍事指揮官としても優秀な人間となれば、国家の宝ともいえる。我が校としては、こういう人材こそ今必要とされているのだ。無論、教える側として」

 「はい」

 「軍事的能力に優れ、かつ国際感覚を持つ。国の至宝とも呼べる人財だ。ほぼ例外なく、国家の重責を担い、様々な職務に精励している。それを外して、うちにくれといったところで、はいそうですかと頷くものは居るまい。未来の人材を育てることも大事だが、今の国家を支えるというのも大事なのだから」

 「そうですね」

 「しかし……唯一、例外があった」


 校長が、ペイスをじっと見る。


 「国家の上層部の知見を理解し、かつ利用できるほどの卓識。若いながらも十二分に積み上げた武功。一軍を率いて諸外国を手玉に取る智謀。全てを兼ね備えていながら、一地方領主の代行という立場にいる人材」

 「……そのような人物が居りましたか?」


 ペイスは、そんな人物に思い当たる節が無いとすっとぼけた。しかし、そんな見え透いた演技が通じる相手ではなかったようだ。


 「卿のことだ。私がこの話を聞いた時、どれほど喜んだか分かるかね? 秘蔵の酒を痛飲し、二日酔いどころか三日酔いになるほどだったのだよ」

 「ご評価いただき、光栄です」

 「卿に望むのは、国際社会で活躍できる人材の育成。その為に、存分に働いてもらう。さしあたって、卿の教官室を用意した。これから案内させよう」


 校長は、そう言い残してドアを開けて出て行った。

 そしてすぐにも一人の若者を連れて戻って来る。


 「ペイストリー殿。いや、モルテールン教官。紹介しよう。ランディアン教官だ。彼に教官室まで案内させる。今後は、何か分からないことが有れば彼に聞くと良い」


 紹介された男は、ペイスをジロりと見た。

 ペイスを引き連れたまま校長の部屋を出て、ペイスに割り当てられたという教官室に向かう。その途中、何度か会話を試みるペイスを無視し、ランディアン教官は一言も喋らなかった。


 「ン」


 恐らくペイスの教官室と思われる場所まで行った後、男は顎をしゃくって部屋に入るよう促した。

 無口な人なのかと怪訝に思いつつ、ペイスが部屋に入る時だった。


 「いい気になるなよ」


 小さな、それでいてはっきりと聞こえる言葉を言い残し、男は去っていった。


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