表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかしな転生  作者: 古流 望
第22章 詐欺師は焼き菓子と共に
202/541

202話 天才予言者爆誕!!

 ワイワイガヤガヤと賑やかな雰囲気。

 実際、伯爵家の家人や、物見高い貴人が見物に押しかけてきている。

 ペイスがわざわざ人を集めた為だ。本当の魔法の力とはどれほどすごいのか、見せつける意味もある。

 先の社交会で集まっていた面々も呼ばれ、人垣と呼べるものも出来上がっていた。


 「わざわざお呼びだてして申し訳ありません」


 そんな人垣の中心部。騒動の根本原因が、一人の男性に声を掛ける。魔力の迸る様子が“見える”人間であれば、すなわち魔法使いであれば、この男も又魔法使いであると分かる。


 「いえ。モルテールン卿には当家の屋敷が襲われた際に助けて頂いた恩義があります故、その借りを返すと思えば、さほどのこともありません」


 ペイスと会話をするのは「二の矢要らず」の異名を持つゴードン=ブフェルトン。カドレチェク公爵家の家人では、ひと際名の通った歴戦の猛者であり、風の動きを読む魔法を使う魔法使いでもある。

 弓を取っては達人級の腕前であり、更に魔法を使うことで、常人では不可能な弓術を使いこなす有名人。

 モルテールン男爵カセロールと同じように、世間で良く知られた魔法使いなのだ。

 ペイストリーとはスクヮーレを通して面識があり、それはすなわちヴァッレンナ伯爵とも近しい存在ということ。

 彼をわざわざペイスが呼び出したのは勿論理由があってのことである。


 「さて、それでは始めましょうか」


 ペイスの指示で、皿の上にティーカップが置かれる。ティーカップを用意したのはペイスだが、給仕するのはヴァッレンナ伯爵家で働く人間だ。

 陶磁のポットに茶が用意され、それをそっとカップに注ぐ。途端にあたりに立ち込める芳しいお茶の香り。

 カップと皿のセットは、全部で五組。お茶の量もさほど差は無い。入れ替わっていたなら、どれがどれか分からない程の均一さ。決められた量をぴったり注ぐヴァッレンナ伯爵家の使用人の力量の高さが伺える。


 「一体、何をするのだ?」

 「それはこれから説明します」


 お茶のセットが五組。一体何をするのかと、皆が興味津々である。

 ヴァッレンナ伯爵の言葉に、ペイスは平静を保ったまま。


 「その前にまず、皆さんに確認しておきたいことがあります。皆さんは、魔法使いが魔法を使ったことを知覚できることをご存知でしょうか」

 「知覚?」

 「ええ。僕やシイツ、或いはゴードン殿は魔法を使います。魔法使いの数自体が少なく、また魔法というものは隠匿されることが当たり前なので、あまり知られることが無いのですが、魔法というのは、使った時に“形跡”が残るものなのです」


 これが、ペイスをしてゾッズビーが魔法使いでないと判じた理由の一つ。

 過去、フバーレク家の令嬢だったリコリスが攫われた時、敵に魔法使いが居ると即座に判じたカセロールの判断なども、これに由来する。


 「ほう、それは知らなかった」

 「伯爵閣下がご存じないのも無理はありません。魔法使いが魔法使いの前で魔法を使って見せる時は、大抵が戦場で殺し合う時ですから」


 モルテールン家に親しむと感覚がマヒしがちだが、魔法というのはとにかく情報を徹底的に秘匿される。

 特に、直接的な武力となりえない魔法、例えば聖国の聖女のような【治癒】のようなものであれば、身柄ごと攫われる危険もあるわけで、余程の庇護と利益が無い限り、魔法を不特定多数に知られるような真似はしない。

 人々の目の前で魔法が使われる場面で一番多いのは何処か。それは、戦場である。魔法の隠匿云々を言っていられないような危急の有事であれば、使える手札として魔法も隠さず使用される。そして、人の力を越えた魔法に最も有効に対抗できるのは、同じように人の力を越えた魔法であることも事実。

 魔法使いが他の魔法使いの魔法を知るのは、戦場でのケースが多いのはそのためだ。戦場で巨大な力同士がぶつかり合う時。魔法を持たない人間は、巻き込まれるのを恐れて離れる。魔力の知覚云々を言っている余裕など有るはずもない。


 「魔法とは、魔力を自分なりに操作して超常の現象を引き起こすもの。故に、魔法を使えばそれがどんな魔法であれ、常ならざる魔力というのがその場に残るものなのです。魔法使いは元々魔力の操作と知覚に長けているものなので、魔法使いは尚のこと、この手の形跡に敏感になる」

 「ほう」

 「ですよね、ゴードン殿」

 「ああ」


 ゴードンは、自分が呼ばれた理由の一端をこの問答で理解した。

 世の中に、広く魔法使いであると知られている人間は、さほど多くない。カセロールやシイツ、そして自分を除けば、国内では片手で足りるぐらいだろうか、とも考えた。公然の秘密ということになっている者も多いが、公になっている中で、比較的ゴードンは名前が知られている方だ。

 そんな自分を呼びつけたのだから、魔法使いについて公平な意見を欲しているのだろう。カセロールやシイツは言わずもがなモルテールン家の家人であり、中立とは言い難い。

 カドレチェク家に世話になっている自分であれば、中立と言える。一般論として、ある程度知られている“魔法使いの常識”を語る程度なら、何ほどのことも無い。

 だが、それは一般人の常識とは違うもの。魔法使いという極めて限られた人種のみで経験的に知られる暗黙の了解。


 「分かりますか、ゾッズビー殿。“魔法使いは魔法が使われると分かる”のです。さて……あなたが以前行った予言で“魔法を使っていない”と断言できる理由は、理解できましたか?」

 「うるさい!!」


 魔法を使っていないのに、予言の言葉を吐いた。それが事実だとするなら、ずいぶんと胡散臭い話であると、ヴァッレンナ伯爵も訝し気な表情を浮かべ始める。


 「我々は貴方の言葉が“魔法の予言”ではないと確信し、にもかかわらず予言めいた言葉を強弁した貴方の態度に不信を持った。これは極自然なことではないですか? そうでしょう伯爵閣下」

 「遺憾ながら、その通りかと思う」


 それはそうだ。魔法を使って予言をしていると言いながら、魔法を使わずに予言をしてみせる。何故なのかと不思議に思うだろう。

 伯爵でもそう思うのだ。元々信頼を持ち合わせていない人間ならば、不審に感じてもおかしくはない。


 「そこで我々は、予言の中にあった水という言葉から推測し、領内の水回りを徹底的に警備したのです。すると、あからさまな不審者が現れたのです」

 「なるほど。そういう経緯であったか」

 「これは偶然だろうか。そんなはずはありません。我々は、このゾッズビーなる男が、魔法使いを僭称し、伯爵閣下やその周囲の人間を騙す詐欺師ではないか……という思いに至った」

 「うむ。今では私も同じ思いだ」


 聞けば聞く程、ペイスの論理には筋が通っている。

 魔法使いは魔法を使われると分かる、というのは、ゴードン氏の言葉で裏付けられた。これが事実ならば、モルテールン家の嫡男が魔法を使われていないことに気付くのも当然だし、その経緯から予言を疑ってかかるのも自然なこと。

 ゾッズビーを貶める為の作り話かと思っていたが、どうやら満更根拠のない話でもなさそうだと感じ始める伯爵。


 「ここではっきりさせましょう。ゾッズビー殿。このお茶から一つを選んでもらいたい。伯爵閣下にはその選ぶ場面を見ないでいただき、ゾッズビー殿が一つを選んだ後、改めて何も知らない状態で、一つを選んでいただきたい」

 「うん?」

 「ゾッズビー殿が本当に未来を見ることが出来るのなら、伯爵閣下が選ぶであろうカップを、事前に指定しておくことなど容易いはずです」

 「ふむ、なるほど」


 ゾッズビーの方を皆が注目する。注目された男の額には、明らかに分かる脂汗が浮いており、動揺している様子がはっきり表れていた。

 もうこの時点で正体が知れたようなものだが、それでも確定ではないと伯爵やその周りの人間は考える。

 確かに、本当に未来が見えるというのなら、五択の選択肢程度ならば軽く当てねばおかしい。本来ならば、もっと複雑な、無数の選択肢の中から正解を選んでいるはずなのだから。


 「さあ、確率は二〇パーセントもあります。適当に選んでも、当たるかもしれません」

 「そんなことを言って、俺を罠に嵌める気だな!!」

 「罠?」

 「絵描きの魔法をどうやって使うかは分からんが、きっと何かイカサマを仕掛けているんだ。そうに違いない!!」


 ゾッズビーも往生際が悪い。

 ペイスが魔法使いであることは知られているし、その魔法の内容は絵描きに関することだという噂だった。どういう使い方をするかは不明だが、何か奇策を弄するかもしれないと強弁する。

 しかし、ペイスはそんな男の意見など一考だにしない。


 「だからこそ、ゴードン殿にお越しいただいたのです。僕やシイツが魔法を使えば、その時点でゴードン殿が気づく」

 「くっ」

 「伯爵閣下、とりあえず後ろを向いて頂けますか」

 「ああ」

 「さあ、閣下がこの後選ぶであろうカップはどれです。魔法を使って、未来を見てごらんなさい」

 「ぐぐ……ぐう」


 有無を言わさず、自分のペースに巻き込むペイス。

 伯爵からは五つのカップは見えない。自称魔法使いも、衆人環視の只中にある。ゴードンは公平な立会人という立場に立つ。これでは、ペイスの側も、そしてゾッズビーの側も、下手な真似は出来ようはずもない。

 脂汗を浮かべた男は、悩みに悩んだ末に一つのカップを指さす。真ん中のものだ。

 どうやら、確率五分の一に賭ける気になったらしい。これで当たれば、男は予言の力を本物だと言い張ることだろう。


 「伯爵閣下、お直り下さい」

 「もうよいのか?」

 「はい。それでは、どれでもお好きなカップをお選びください。ゾッズビー殿が真の予言者ならば、それと閣下の選択は一致するはずです」

 「そうだな」


 伯爵は、全部のカップを軽く見回した後、一つのカップを指さす。

 結局、どれを選ぶにしても一緒のはずだ。何せ、未来を視られているのだから。ゾッズビーの言葉が本当ならば。

 適当に選んだカップ。それは他の四つと比べても違いなど何もないもの。


 「これだ」


 指さしたカップは、ペイスから見て一番左。どう見ても、真ん中ではない。

 つまり、ゾッズビーの未来視が完全な出鱈目であることが証明されたのだ。


 「外れですね」

 「くっ……魔法とは、とてもデリケートなのだ。そう、条件が厳しいのだよ」


 往生際の悪い男である。

 魔法とは、使用条件も前提条件も、使う本人しか分からないもの。分かりやすいもので言えば【発火】の魔法。この魔法を使う魔法使いは比較的多いが、水の中では使えないという者が殆どだ。水を燃やせるような魔法使いは、歴史上でも存在していない。

 【治癒】の魔法は、そもそも怪我をしていなくては使えないし、【瞬間移動】の魔法は運べる質量や距離に制約がある。

 魔法が、ある一定の条件下でしか使えないというのは、常識の範疇だ。


 それ故に、最後っ屁のようなあがきで胸を張って見せるゾッズビーは、どうだと顔をキメてみせた。


 「ふ……ふふふ……やはり貴方は詐欺師だ。本当の未来視。千里神眼を知らない」


 だが、ペイスは不敵に笑う。


 「何!?」

 「シイツ」


 ペイスは、自分の傍にいた腹心に声を掛ける。呼ばれて出てきたのは『覗き屋シイツ』ことシイツ=ビートウィンである。


 「へいへい。伯爵閣下、そのカップの底を、見てもらえませんかね」

 「底?」


 大分おざなりな感じで、シイツは伯爵に言った。

 お茶を零さぬよう、目線よりも上にカップを持ち上げて底を見る伯爵。カップの底には、くっきりと分かりやすい文字で言葉が書かれてあった。


 「……何と!! このカップを選ぶと書いてある!!」

 「なっ!!」


 自分の雇い主であることも忘れ、ゾッズビーが伯爵の手からカップを奪い取る。お茶が床に零れるなどはお構いなしだ。

 そうしてカップをひっくり返せば、誰にも見えるような字が明らかになる。確かに「このカップを選ぶ」という字が書いてあった。


 「そ……そんな」

 「分かりましたか?」


 あくまで冷徹なペイスの視線。

 だが、あくまで往生際が悪い男が、更に動く。


 「は、はは、ははは、分かったぞ、きっと全部のカップに書いてあるのだ!!」


 お茶が、ものの見事に零れる。飲み物を粗末にする行いに、ペイスの顔からは更に表情が消えていくが、そんなものはゾッズビーには分からない。気付けない。

 伯爵が選んだもの以外のカップをひっくり返してみたゾッズビー。きっと、全部のカップに同じようなことが書いてある詐欺に違いない。そうであってほしいという希望的観測。自分がやることを他人もやるはずという浅ましい思い。

 だが他のカップの底には、何も書いていなかった。ただ、無地あるのみである。


 「そ、そんな……じゃあ、本当に予知が……嘘だ……」


 がちゃん、と音を立ててカップが割れる。

 力を無くした手から、持っていたものが落ちたからだ。

 どさりと崩れ落ちる男。自分の化けの皮が完全に剥がれてしまったと理解したのだろう。


 「……閣下」

 「連れて行け」


 兵士に連れられ、引きずられるようにして運ばれるゾッズビー。


 「モルテールン卿、済まなかった。そしてありがとう」


 伯爵は、深々と頭を下げた。


 「はて? 何を指しての謝罪と感謝なのでしょう」

 「邪な人間に騙され、迷惑を掛けてしまったことへの謝罪。そして、それを暴いてくれたことへの感謝だ」

 「そうですか。では謝罪と感謝を受け取っておきます」

 「ああ」

 「それで、以前要請されていた砂糖の件は如何されますか?」


 ペイスとしては、これこそが本題だった。詐欺師の一人が化けの皮を剥がされて赤っ恥をかくことなどオマケに過ぎない。大事な大事な、お砂糖ちゃんをどうするのか。そっちの方が極めて重要な案件である。


 「今更、あいつの言葉を信じて投資も出来ないだろう。恐らく、そうやって私や他の者から金を巻き上げる企みだったのだろうな」

 「そうかもしれません」


 十中八九そうだろうと思われるが、確定ではない。今ある事実は、嘘つきが魔法使いを騙っていたことだけである。金をだまし取られる前で良かったと喜ぶべきなのだろう。


 「今後とも、当家はモルテールン家の菓子を楽しむとしよう。それで構わないだろう?」

 「ええ。勿論。最高のお菓子を用意しますとも」


 伯爵とペイスが握手を交わす。

 こうして、一人の詐欺師が消え、一人の天才予言者が現れることとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ