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おかしな転生  作者: 古流 望
第22章 詐欺師は焼き菓子と共に
200/521

200話 ペイストリーの大予言

 「と、いうことです父様」


 モルテールン家の王都別邸。


 シイツやガラガンの前で、珍しく感情を爆発させたペイスであったが、ひとしきり荒ぶると、お菓子への愛情を再確認して落ち着きを取り戻した。

 感情の発露の経緯も理解不能なことだし、平静に至る過程も摩訶不思議である。長らくモルテールン家の番頭役を務め、ペイスが生まれた時からの付き合いであるシイツでさえ、完全には理解しきれていないペイスの奇行。

 どうしてそうなったのか。説明できるものは本人しかいないと、わざわざ自分で父親のところに報告に来ていたのだ。

 かくかくしかじかと説明を終えたところが今である。


 「ふむ……なるほど」


 ペイスの説明を聞き、ひとしきり自分の理解の追いつくところまで内容を整理したカセロールが、重々しく口を開いた。

 お菓子に対する侮辱がどうであるとか、スイーツはもっと崇められるべきであるとか、あのような不出来なもので菓子の完成形だと(うそぶ)くのは不敬を通り越して冒涜であるとか、ところどころにカセロールでは理解できない内容が含まれていたのだが、それらを除いて整理すれば、おおよそペイスが言いたいことも見えて来る。

 伊達に十年近くペイスの父親をやっていない。息子の理解不明な言動は、今に始まったことでもないし、神から授かった智謀は常人の理解が及ぶものでもないと“理解”しているのだ。


 「ヴァッレンナ伯爵家が近頃羽振りがいいという話だったな」


 それは、単なる確認であった。

 だが、無関係な確認というわけでは無い。


 「ええ。それについて調べたところ、やはりあの“未来視の魔法使い”を名乗る男の力によるものだとか」

 「ほう」


 ペイスが、独自に調べ回った結果を口にする。

 こと今回に関しては、自重や遠慮などという言葉は生ごみとして捨てられている。【鳥類使役】なども、露見のリスクを冒してまで使い、情報収集に努めた。勿論、【瞬間移動】は使いまくりである。

 王都で傭兵に金貨を積み、レーテシュ領では船乗りたちにモルテールン家の威光をチラつかせ、ヴァッレンナ伯爵領では【転写】を使って他人に成りすまして忍び込み、更には国中至る所に鳥の目を飛ばした。やりたい放題である。

 普通の情報収集をしたのだろうと思い込んでいるカセロールは、息子のハチャメチャにはまだ気づけていない。

 短時間でかなりの情報を集めた息子の優秀さに対し、嬉し気に目を細める程度だ。


 「未来が予知できるとうそぶき、実際に幾つもの予言を的中させているそうです。噂を聞いた者が、大金を積んで未来を見てもらおうと訪ねて来るようになっているとか」


 ヴァッレンナ伯爵家の躍進と、羽振りの良さの理由。それはやはり例の男に起因する者であった。ペイスの調べで確証の得られた、確かな情報だ。

 男の魔法とやらを目的に、金持ちの好事家が興味本位に近づいているとも調べがついている。

 財布の緩い金持ちが集まるのだ。ヴァッレンナ伯爵家にも余禄はあるし、ついでの話が意外と大きな商いになったりすることもあるから侮れない。


 「なるほど。しかし、噂だけでは本当かどうかも分かるまい。実際に大金を積む者が居る以上、予言は当たっているのではないのか?」

 「信じる者が居るようです。実際の予言というものを調べてみました」


 カセロールは、ゾッズビーなる人物を実際に見たわけでは無いし、【未来視】の予言とやらも実際のところを知らない。


 彼の者の元を訪れ、実際に大金を出す人間が一人ならず居るという。

 元々この世界では魔法については絶対視する向きがある。カセロールはその恩恵をたっぷりと受けてきた身。魔法の有用さ、絶対性を誰よりも理解している。

 だからこそ、それほどに人を惹きつけるものがあるなら、もしかしたら本当の魔法ではないかと感じてしまう。生粋の神王国人ならではの思考と言える。


 本当に【未来視】なるものがあるのか。どんな魔法であると喧伝しているのか。言い張っている内容がどれほどの真実を含むのか。

 勿論ペイスがその辺のところを調べていないわけもなく、手抜かりなく詳しいことを調査してある。


 「どんなものだ?」

 「例えば去年の夏にルーン子爵家の御令嬢が視てもらったというものが『赤き獣の災いが起きる。聖なる七の前には更なる青い災いが起きるだろう。二つの災い過ぎし時、新しき出会いを得る』というものです」

 「よく分からん内容だな」


 カセロールは軍人である。軍隊というのは、指揮命令系統を明確にするのが基本であり、伝達事項は簡潔かつ明瞭にするべし、というのが常識。少なくとも、寄宿士官学校などではそのように習うし、実戦を積めば自然とそうなっていく。

 命が掛かっていて、一刻一秒を争うような時、悠長に貴族的で曖昧な言い回しをしている余裕などないのだ。

 故に、軍人は自ずとはっきりとした物言いを好むようになる。

 社交の場などでは貴族らしい振舞いをするとしても、好悪の感情とは話が別だ。

 言いたいことははっきりと分かりやすく。そんな価値観からすれば、予言の内容とやらは対極に位置するように思える。

 一体何が言いたいのか、解説なしには理解できそうもない。


 「そして、この予言の後、赤毛に見えなくもない盗賊に子爵家の家人が襲われ、翌月の七日には家人の娘が海で溺れかけたとか。それですっかり御令嬢は未来視とやらを信じたようです」

 「なるほど。それならばやはり予言の力とやらは本物ではないのか?」


 ほう、とカセロールは感嘆の声を上げた。

 先ほどのよく分からなかった、詩のような内容の予言。それとペイスの言う事件を合わせれば、驚くほどに一致している。

 赤い髪の盗賊というのが赤き獣とやらで、青い災いというのが海での事故のことだろう。あちこち飛び回っているカセロールには、海の青さも理解できた。

 神王国では、海沿いに領地を持つ者は限られる。どちらかといえば、内陸部に領地を持つ貴族の方が多い。生まれてから死ぬまで海を見ることなく過ごす者も珍しくない世界。

 ヴァッレンナ伯爵領も内陸部。ゾッズビーなる人物も、恐らくその近縁の出身のはず。海を知らない人物である可能性は低くない。

 もし海を知らずに、海の災害を予言したとしたなら、それは自らの知識以外に知見を得ているということ。予言云々は脇に置くとしても、人智を越えた知覚力を有する可能性はある。となれば、魔法使いであるという主張にも、満更根拠がないとも言えないのではないか。

 カセロールはそう思った。


 だが、ペイスは首を振る。


 「いいえ。こんなものは予言でもなんでもありません。これを見てください」


 そう言って、ペイスは一枚の木板を差し出した。そこには黒いインクで詩のようなものが書かれている。

 書かれた字の癖を見れば、書いたのがペイスだと分かった。まさかペイスがポエムを書くわけもなく、内容を見たカセロールは怪訝そうにした。


 「うん? 『黒い訪れがやって来る。不幸なる音の傍には幼い賢者の声があるだろう』……なんだこれは?」


 これまた意味が分からない、難解な文言である。

 さっきの予言とやらと雰囲気は似ているのだから、もしかしたらこれも予言だろうか。もしそうだとすればどんな意味か。カセロールには判じかねた。


 「僕が適当にでっち上げた予言です。ちなみに、例の自称魔法使いに会ったその日のうちに書いたものです」

 「それで?」

 「父様、黒い訪れに、心当たりがあるのでは? 例えば来訪者で服装、容姿、持ち物に黒が絡む者です」


 ペイスの言葉に、驚いたのはカセロールだ。

 言われて思い返し、予言の内容を反復すれば、段々とその凄さが分かって来る。


 「さて……ここ最近は訪れる者も多かった。黒髪の者であったり、黒い服であったりといった人間は幾人か居たと思う。持ち物というなら、喪に服す連中は皆そうでは無いか」

 「ええ。では不幸なる音と幼き賢者は?」

 「アジャン男爵の訃報と、ご子息のことだろうか。まだ幼いのに、ずいぶんしっかりした子だった」

 「どうです、予言は当たっていますよね?」


 ペイスの言葉には、頷くしかなかった。

 確かに、木板に書かれたのはペイスの字。ならば、ペイスがこれを書いたのは間違いない。問題は、いつ書いたかだ。仮にアジャン男爵の訃報の前に書かれていたとしたなら、これは間違いなく予言と言える。


 「うむ。お前、まさか予言の魔法とやらを【転写】したか?」


 そうに違いない。

 未来を視れる。予言できるというのなら、そのような超常の力は魔法に違いない。そして、魔法であるならペイスは自分の魔法で【転写】し、写し取ることが可能。カセロールの【瞬間移動】や、聖国の聖女の魔法など、過去に実例があるのだから、今回もそうでは無いかと考える。


 「いいえ。彼には、魔法を使った形跡が一切ありませんでした。僕の目の前で予言した時もそうです。この予言は、わざと色々な解釈の出来る曖昧な言葉を、意味ありげに並べることで、事後に幾らでもこじつけられるようにしてあるのですよ」


 だが、ペイスはカセロールの予想を否定する。

 ペイスの指摘で思索を巡らせれば、言いたいことの意味が見えてきた。

 人間とは、無秩序なものや、偶然のものにも、意味を持たせたがるもの。雲の形が人に見えたり、紅茶の(おり)の動きや形が動物に見えたり。ならば、曖昧な言葉にも自分なりに意味のある形を思い浮かべてしまうのではないか。

 カセロールなりの理解はこうだ。


 「ほう……なるほど。それが予言の正体というわけか」

 「ええ」

 「詐欺師か。その通りかもしれん」


 ペイスの言う詐欺という言葉。それが、ようやくカセロールにも見えてきた。

 何とも狡猾であるし、知らずに披露されればカセロールでさえも騙されたかもしれない。さすれば、経験の浅い貴族子女などは容易く騙され、予言とやらを信じ込んでしまうだろう。

 ペイスが騙されなかったのは、彼自身が聡いというのもあるが、ノストラダムスの大予言だの何だのと、そういう胡散臭い予言の存在を知識として知っていたからだ。


 「他の予言も、皆こんな感じでした。適当な文言を無理やりこじつけるような予言。ただ……」

 「ただ?」

 「僕に向けられた予言は、酷く具体的な期日があったことが気になっています」

 「そうだな」


 只一点。ペイスが調べた限りでも、自分に対して発せられた予言だけが毛色の違うものだった。

 この手の予言は、曖昧さが大事。特に、具体的な期限は拙い。日時を書くにしても、数年先レベルの長いスパンの予言にしておくべきところだ。

 それを、数日の単位で区切って見せる。実に不自然だ。

 恐らく、魔法を使っているということを強調させてみたいのだろうが、実際に予言の内容が起きなければ逆効果である。


 つまり、予言は“確実に起きる”と確信しているということ。

 これが魔法を使っている故ならば面白いのだが、魔法使いでないということは先の通り明らか。

 ならば、狙いは一つ。


 「未来が見えると豪語する者が、仮に予言を成就させようとしたなら……一番簡単なのは、自分で予言の内容を実現してしまう事でしょう」

 「そりゃそうだ。自分の言葉を自分で再現するのだから、確実に当たる」


 私は右手を上げる、と予言しておいて、自分の右手を上げる。こんなものは予言とはとても呼べないが、言った通りの未来が起きるという意味では、間違っているわけでもない。

 ならば、やはり狙いはこちら。自分の予言を是が非でも実現させるつもりなのだ。

 ペイスが、これこそ相手の切り札であると直感したのは、間違っていなかったのだろう。


 「水の災い……というのが特に気になります。モルテールン領で水のある場所なんて、限られますから」


 モルテールン領は元々水気に乏しい。自然に流れる川もないし、雨も少ない。少なくとも、ここ数日の間に降る気配はない。

 ならば、水のある場所は限られている。村の中の井戸、山の貯水池、貯水池から水を引く地下水路、地上を流れる用水路。こんなところだろうか。各家庭の水がめというのもその一つだろうが、ここはモルテールン家の範疇外。


 仮に事故が起きるとしたら、一番危ないのは貯水池だろうか。

 あそこは大量の水が溜まっているし、決壊でもしたら下流の全てが全部流されかねない。


 「警戒するにこしたことは無いな」

 「……少し、僕に考えがあるのですが」

 「ふむ?」


 ペイスの顔は、何やら悪だくみを思いついた顔であった。






祝、200話!!

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