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おかしな転生  作者: 古流 望
第22章 詐欺師は焼き菓子と共に
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199話 怒れるペイストリー

 ヴァッレンナ伯爵邸では、今日も今日とて盛大なパーティーが開かれていた。

 社交の名目は何であったのか。招待客であるはずのペイスは、綺麗さっぱり忘れている。

 どうせ開いた理由などは大したことは無かったし、そもそも招待する理由も胡散臭いことこの上ないのだ。

 何でここに居るのだろうと、ペイスは重たい溜息をついた。


 「俺まで狩り出されるってのは、何でっすかね?」

 「そりゃ、一人じゃ寂しいですし」


 そんなペイスを、護衛役という名目で連れてこられたガラガンが咎める。

 彼は若手の内では腕っぷしが立つ方なのでモルテールン家の上層部は重宝しているわけだが、こういった社交の場は彼の苦手とする場だ。

 元々、フバーレク辺境伯家に多少の縁があったのだが、社交の場に出るような立場でも無かった。平民に毛が生えたような生まれ育ちであった彼にとってみれば、華やかな社交界などはおとぎ話の世界と同義である。雲の上の人たちがきゃっきゃうふふと楽しむ、想像の産物だった。それが何の因果か、着飾って社交の場に立っている。


 これで一緒に来ているのが美しい女性であればマシなのだが、そんなこともあろうはずがない。

 一緒に居るのは、見た目と中身の不一致が甚だしい自分の上司である。

 いっそのこと、胸がデカくて無駄に色気を振り撒くような、美人系のお姉さんが一緒だったらよかったのにと考えたところで、悲しくなってきたので妄想をやめておく。


 「リコリス様と一緒に行けば良いじゃないっすか」

 「どうにも不穏な気配がするので、リコには安全なところに居て欲しいでしょう?」


 ペイスの直感が、トラブルを予感させている。これこそ未来予知ではないかとも思うのだが、残念なことに魔法や特殊な能力を使わずとも、ペイスがトラブルに遭うのは予想できることだ。少なくとも、モルテールン家の家人なら全員が可能だ。

 危ないことにはならないだろうと思われるが、モルテールン家を狙った襲撃は何時だって起こり得る。用心するに越したことは無いのだ。


 「俺は?」

 「ガラガンは危険な場所に行くのも仕事のうちですから」

 「ひでえ」


 ヴァッレンナ伯爵家に呼ばれて出向いたペイス。不本意極まりない状況なのだが、何故呼ばれたのかを知る為にも欠席はしないでおいた。

 せめてただ飯でもかっ食らって、少しでも元を取るべき。そうせっつかれて、ガラガンが食事をかき集めてきた。大きな皿を山盛りにする勢いだ。


 「食事の質は良いですね」

 「食通で名高いってことでしたし、面目躍如ですかね?」


 パーティーは立食形式。

 出されているのは、基本的には肉料理が主体のようである。

 恐らく炭火でじっくり焼いたであろう子羊の肉。これは、軽く塩を振っているようだったが、風味が独特だった。岩塩を念入りにすり潰して使っているのだろうが、使っている岩塩は察するところヴォルトゥザラ王国産だ。ピリっと強い辛みが有ると同時に、落ち着いた甘みが僅かに感じられる。高級品として名高いコンニィ塩に違いない。


 丸いパンに挟んだ肉もいける。肉自体は燻製肉のようで噛み応えがあるが、パン自体はふんわりもっちり。こんなところで黒パンがあろうはずもなく、真っ白な白パン。上等の小麦粉が産みだす味わいに、ペイスも満足げだ。グルテンの含有量が比較的少ない粉を練り上げ、たっぷりと時間を掛けて丁寧に発酵させて膨らませなければこれほどのふんわり感はえられないはず。中々いい仕事をしている。


 他に美味しいと思えたのは、根野菜のサラダ。火を通していないことは分かるのだが、まるで湯通ししたような食感。シャクシャクとしながらも、柔らかさもある歯ごたえ。実に不思議な味わいで、幾らでも食べれそうな感じだ。

 掛かっているドレッシングは、どうやら肉にも使われている岩塩が味の決め手のようだ。油と酢と塩。軽く混ぜたシンプルな調味料が、野菜の持つ瑞々しさを際立たせ、肉料理の多い会食での絶妙な引き立て役となっている。


 グルメとして知られるヴァッレンナ伯爵家の食事。中々に金のかかる内容で、料理人の腕がいいのかどれも美味しい。このレベルの料理を、さほど間も空けずに何度となく用意できるとあっては、驚嘆せざるを得ない。


 「持って帰れたりしませんかね? 俺だけこんな旨いもの食ったって知れたら、他の連中に妬まれそうで」

 「流石にそこまで意地汚い真似が出来るとも思えませんが、どうしてもというなら頼んでみますか?」


 折角ならいくらか持ち帰れないものかと埒も無く考えていた二人の傍に、来てほしくなかった人物がやってきた。


 「やあ、ペイストリー殿。よく来てくれた」

 「ヴァッレンナ伯爵閣下のお呼びとあれば、いつでも喜んで参上いたします。お招きいただきありがとうございます」


 この屋敷の主人である、ヴァッレンナ伯爵である。パーティーの主催者として、参加者に声を掛けて回ってたのだろう。しかも、後々に時間を使えるよう、ご丁寧に最後に挨拶しにきた。

 ペイスとしても、露骨に嫌な顔を出来るわけもなく、社交用の作り笑顔を顔に張り付けて対応する。

 元々母親似で美形な女顔で、子ども特有のぴちぴちつやつやの肌をしたペイスが見せる笑顔。誰がどう見ても美少年と評する笑顔であり、パッと見ただけなら一切の毒気が無いあどけない顔。

 幼さの残る中性的なハニーフェイス。甘いマスク。これで腹黒っていうんだから、これこそ詐欺だよなと、ガラガンは心の中でぼやいた。


 「それは嬉しいことを言ってくれる。こうして何度も顔を見られて、本当に嬉しいよ。今日は奥方……そう、リコリスさんは一緒ではないのかな?」

 「妻は今日は気分がすぐれないということでしたので。今日、ここに来られないことを残念がっておりました」


 シレっと毒を吐くペイス。貴族らしく、婉曲で回りくどい言い回しながら、さりげなくヴァッレンナ伯爵への非難をする。弁の立つこと、とても少年とは思えない。

 ここに来るのに気分がすぐれないという言葉の裏には、来たら何かしら害されるかもしれないということで、嫌な気分になったという意味を含ませているわけだ。

 来られないことを残念がっていたというのは、まともな招待であれば遠慮することなく来られたものを、足を運べない理由があるのは残念だと言っている。要はヴァッレンナ伯爵が残念な男だというに等しい。

 ペイスと一緒に出掛けられれば良かったのにと残念がって居たのは事実なのだが、それを言えば惚気になるだろう。


 「して、今日の要件は何でしょう? 招待状にはよくわからない言葉が並んでおりましたが」


 さっさと呼び出した要件を言え。ペイスが言外にそう語る。

 さもなければ、散々ただ飯食っただけで帰るぞと、そんな雰囲気。笑顔で対応しつつも、非友好的な態度。

 しかし、そんなペイスの態度にも、ヴァッレンナ伯爵はどこ吹く風と平気な顔だ。


 「よく分からないとは、どこを指してのことだろうか。こちらとしては、出来るだけわかりやすいようにしたつもりなのだが」

 「今回の招待の趣旨です。ヴァッレンナ伯爵家とモルテールン家の両家において、大きな利益について話し合いたい、とのことでした。内容が曖昧過ぎて、僕にはさっぱり意味が分かりませんでした」


 今日の招待状は、前回と違って露骨に呼び出すような内容だった。しかし、その理由が曖昧過ぎるのだ。お互いの大きな利益について、などと言われても、ペイスには何のことか理解できなかった。彼の少年でさえ分からないのだ。他の誰にも分かるまい。

 実際、シイツやガラガンも内容の具体的な部分は想像すらできなかった。


 「うむ、ならばそれについて説明しよう」

 「お願いします」

 「それでは、付いてきてもらえるかな」


 ヴァッレンナ伯爵の先導にしたがい、奥の応接室に連れていかれるペイス。

 ガラガンなどは折角の食事から引き離されたことに不満げだった。やっぱり持って帰れるように詰めておきゃ良かったなどとほざいている。


 部屋に入り、座るように促されて椅子に腰かけ、前置きも済んだところで早速とばかりに伯爵が喋りだす。


 「先だって、当家の抱える魔法使いをご紹介したと思うが、覚えておられるかな」

 「ええ、勿論」


 忘れるわけがない。【未来視】なる魔法を使うと(うそぶ)いた若者。ペイスとは数歳程度しか離れていない、成人間際の青年だ。

 ヴァッレンナ伯爵の招待を警戒した理由の大半がここにある。


 「実は彼が一つの未来を見たというのだ」

 「未来?」

 「当家と御家が手を取り合い、共に大きな富を得ている未来だ」

 「ほう」


 やはり、というべきか、話す内容も胡散臭いことこの上ないもののようだった。

 お互いに儲かる話がある、などと言われても、はいそうですかと話を前のめりで聞くような人間は、交渉者として失格だろう。


 「内容について、話した方が良いかな?」

 「勿論」

 「当家がこれから新たな菓子を売りに出す。それが王都でも大きな評判となり、飛ぶように売れるようになる、というものだ」


 お菓子、と聞いて、ペイスが僅かに身じろぐ。胡散臭さを感じ、妙な話であると分かっていながら、やはり菓子という言葉には心惹かれるのが菓子狂いの少年なのだ。

 はあ、やれやれ。そんな感じの溜息をついたのは、護衛役としてこの場に居るガラガンだ。


 「それとモルテールン家に何の関係が?」

 「モルテールン家は当家に砂糖を売ることで、膨大な富を得ることになる。実に分かりやすい話だとは思わないかな?」

 「ふむふむ、なるほど」


 話の内容自体は、やはりというべきものだった。前回の社交でも、ヴァッレンナ伯爵は砂糖を欲しがっていた。本当に欲しがっているのが彼なのかは脇に置いて、そう来るだろうということは予想できた内容だった。


 「やはり、信じられないのかな」

 「ええ」


 信じる奴は馬鹿だろう、などとは口が裂けても言わない。上品な、少なくとも素人目にはそう見える笑顔のまま、明確に警戒を見せるペイス。


 「ならば、未来を見た当人の口から語らせよう」


 ヴァッレンナ伯爵も、ペイスのこういう態度は予想していたのだろう。

 すぐにもやって来たのはヴァッレンナ伯爵お抱え魔法使いを名乗るゾッズビー。


 「これはモルテールン卿。お久しぶりです」


 慇懃な礼を取る男。

 片膝をついての礼は、身分の下位者が行う礼だ。目だけは相変わらずぎらつくような雰囲気を受けるものの、傍目には丁寧に見える挨拶。

 すぐに立つ様ペイスが促せば、ではとばかりにヴァッレンナ伯爵の横に座った。


 「久しぶりというほど日はたっておりませんが、お元気そうですね」

 「ええ。伯爵閣下のお陰で、日々健やかに過ごしております」


 ペイスとゾッズビーの笑顔のやり取り。腹に一物も二物も抱えてそうな取り合わせだが、見た目だけは同世代の若者の心温まる交流である。


 「それで、今回、未来を見たという件についてですが、詳しくお聞かせ願います」


 下らない世間話などもせず、ペイスが単刀直入に切り込んだ。


 「さすれば、私が魔法を使い、未来を見ました。両家が手を取り合い、共存する未来です。素晴らしい未来だとは思いませんか?」


 ゾッズビーは、自信満々に言ってのける。

 ペイスでなければ、或いは本当に魔法を使えるのかと思ってしまいそうな態度である。ペイスとさほども変わらぬ年齢ながら、恐らくかなりの経験を積んできているのだろう。


 「それが事実ならば素晴らしい。しかし、それは真でありましょうか?」

 「我が力をお疑いか?」

 「ええ」


 だが、経験豊富で修羅場を何度も潜り抜けてきたという点では、ペイスも負けていない。モルテールン家がしがない騎士爵家であり、弱小の上に貧乏だった時代。冷害があった時など、交渉に失敗すれば死人が出るような時でも顔色一つ変えずに、狡猾な大人とやり合って来たのだ。

 笑顔のまま、お前が信じられない、という言葉を断言した。


 「それは異なこと」

 「そうでしょうか。僕には、貴方の言葉一つで全てを信じるほうが妙なことだと思いますが」


 じっと視線をぶつけ合う両者。ことここに至っては伯爵やガラガンは傍観者と等しい。


 「モルテールン卿、失礼ながら、貴方は自家で利益を独占しようとされておられるのではないか? いや、我々の利益を盗み、不当に我々の成果を盗ろうとしている。これは許しがたい行為ではないですか?」

 「はい?」


 いきなり何を言っているのだと、ペイスは呆れた。

 ゾッズビーは、尚もしたり顔で持論を滔々と語り続ける。


 「だって、そうでしょう。私は既に十年後の菓子を証明しております。それは既にそちらもご存知だ。将来確実に利益を産むと分かったのです。モルテールン卿は、その菓子を真似するだけで良い。砂糖を持たない我々は、傍観するだけでしょう。一方的に此方に被害を与える。伯爵閣下が善意と好意で共存の道をお示しになったのに、これは実に卑怯な行いだ。騎士にあるまじき行為です」

 「……つまり、僕の菓子が、あの菓子の真似であると?」

 「今後はそうなる可能性が高いと申しております」


 怒髪天を衝く、とはこのことだろうか。

 ペイスの怒り。それは、横に居たガラガンですら理解できるほど激烈なものだ。

 ペイスとて、ことお菓子に関して、人まねだの模倣だのを咎めるつもりはない。技術とは、物まねから始まって発展していくのだ。しかし、自分があらぬ疑いを掛けられることに関しては我慢ならない。誰よりもお菓子を愛する者として、これほどの侮辱があるのかと。

 この僕が、あの程度の菓子を真似して悦に入ると考えているのかと、怒り心頭。


 「そちらも、見え透いたことをしますね」


 怒り具合を悟らせない笑顔のままで、ペイスが呟く。聞く人が聞けば、今から荷造りをしてそそくさと逃げ出すレベルの怒りの声である。

 俺、逃げてもいいかな、などとガラガンが腰を浮かせたほどに。


 「何のことかな?」

 「僕が焼き菓子を作ったと聞き、適当な焼き菓子を“最新”と銘打って披露する。当家が今後焼き菓子を出し、それが流行れば“自分達の真似”と言い張る。実に卑怯な振る舞いでしょう」


 自分たちがしてきたことは、相手もするはずと思うもの。或いは、自分たちの振舞いを、モルテールン家に擦り付ける気だろう。そう指摘するペイス。

 図星を突かれたせいか、今度はゾッズビーが感情をあらわにした。


 「失礼な!! そのようなことは致しません」

 「失礼はそちらが先でしょう」


 言い合う二人。

 それを止めたのはヴァッレンナ伯爵だった。


 「ペイストリー=モルテールン卿。私は、この者の力をこの目で見ている。その力量には、信を置いてもらってよいと思うのだが?」

 「僕が実際に確かめたわけでもないのに、信じられませんね」


 最早取り繕うことも無く、目の前の男を蔑むペイス。ここまでペイスが露骨に感情を出すのは珍しいのだが、そんなことは自称魔法使いには関係ない。


 「ならば、お前に警告をくれてやる!!」


 立ち上がり、ペイスに指先を突き付けるゾッズビー。


 「ほう?」

 「ここ五日の内、お前には水の災難と女の災難が訪れる。そしてひと月以内に、モルテールン家は剣の災いで傷つくことになる。我の言葉を疑うというのであれば、その災難を避けてみるがいい!!」

 「それは、貴方の魔法の結果ですか?」

 「そうだ。たった今、未来を視た!!」


 急にお互いが無言になる。

 どうやら、自称【未来視】の魔法使いが、新たなカードを切り出したらしい。それも、切り札と呼べるもの。


 「なるほど、ではこれで失礼します」


 挨拶もそこそこに、ガラガンを連れて部屋を後にする。


 モルテールン領に戻ったペイス。

 開口一番、ガラガンやシイツに向かって言う。


 「あの男、間違いなく詐欺師です。絶対に許せません!!」


 モルテールン家の家人たちは、やっぱりトラブルを連れて帰ったと、互いに顔を見合わせた。


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