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おかしな転生  作者: 古流 望
第22章 詐欺師は焼き菓子と共に
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198話 ペイスの推論

 モルテールン家本宅。

 一応は領都となっているザースデンで、一番の好立地に位置するモルテールン家の屋敷では、ペイスと従士長による首脳会議が行われていた。


 「へえ、そんな魔法使いが居たんですかい」


 シイツは、ペイスから事情を聴いて、本気で感心した。

 自分自身も魔法使い。障害物如何を問わずに遠くのものを見れる魔法を持っているわけで、魔法がどれほど便利なものかも熟知している。

 未来を見ることが出来る魔法。そんなものがあれば、今までの常識は全て覆る。ギャンブル好きな男としては、是非ともペイスあたりに盗んでもらって、自分もその恩恵をたっぷりと頂きたいものである。


 「……本人は、そう言っていましたし、伯爵閣下はその言葉を全面的に信じている様子でした」

 「そりゃいい。折角向こうが寄って来たんなら、適当におだててやれば隙もみせるんじゃねえですかい?」


 ヴァッレンナ伯爵が、モルテールン家に砂糖を卸して欲しいと願っているというのがそもそもの発端。最近は羽振りがいいとも聞いているし、元より狡猾さには乏しい相手。

 ペイスであれば、相手の顔を立てて何のかんの、のらりくらりと相手をしつつ、【未来視】なる魔法を使っているところを見ることも可能。仮に対価が要るとしても、砂糖を幾許かと引き換えというなら、かなり得する取引。

 実際に目にして、詳しい使い方を知れば、ペイスの【転写】は魔法を写し取れる。未来が視られるとなれば、その有用性は【瞬間移動】に勝るとも劣らない。

 従士長が興奮気味にするのも、その辺の損得が計算できたからだ。


 だが、ペイスはそんな従士長の様子を不満げに見る。

 やれやれ、と肩をすくめるに至って、シイツとしてもどういうことか怪訝に感じた。


 「そう簡単に信じられるシイツが羨ましいですね」

 「坊は信じてないと?」

 「ええ。信じるには値しません」


 次期領主の少年は、ずばり言い切った。

 頭脳は明晰で、論拠のない推測をすることは無いペイスが言うのだ。そこに何がしかの理由があるはずだ。


 「そりゃまた何でですかい?」

 「理由は幾つかありますが、一つは、出されたお菓子が、彼の言う十年先を行くものだとは思えなかったことです」


 お菓子についてであれば、ペイスは一晩中でも語れる。二日や三日なら、徹夜で語り明かすことも可能だろう。残念ながらそれに付き合える人間が居ないだけで。

 そのペイスから見て、出された菓子がそれほどの先進性を持っているとは思えなかった点。まずこの点がペイスには引っかかった。

 ペイスは、これから生まれて来るであろう未来のお菓子が見えている。文字通り“知っている”のだ。


 例えば、チョコレート。モルテールン家ではキャロブの代用チョコで再現を試みているところではあるが、代用品はあくまで代用品。カカオ豆から作られるチョコレートは、世界のお菓子史を茶色に塗り替えたともいわれる一大発明である。チョコレート専門の職人まで生まれるほどであり、ミルクチョコレートの発見、ホワイトチョコレートの発明、ルビーチョコレートの登場など、今尚新しい味が模索されている。

 チョコレートなしに近代菓子史は語れず、モノカルチャー農業の発展を促し、一国の財政を左右し、世界の経済を動かしたともいわれるのがチョコだ。


 或いはアイスクリーム。

 このスイーツの登場は、近代科学の発展なしには語れない。

 産業革命と共に発展した近代工業社会。お菓子の世界も、機械化が進んだ。その一つの成果がアイスクリームである。

 気体を圧縮することで液体化させ、それが気体に戻るときに周囲から熱を奪う。冷気を産みだす技術。夏場でも物を凍らせることのできる機械の発明は、お菓子の世界にもセンセーションを巻き起こした。現代においては、夏場に冷たいお菓子を食することは普通のことである。しかし、冷蔵庫や冷凍庫が存在しない社会においては、想像すらできない埒外のものである。

 昔話の王子様でも、この菓子だけは口にしたことはあり得ない。


 和菓子というのも、捨てがたい。

 神王国では貧民の食事とされている豆も、和菓子に使うのであれば立派な製菓材料だ。

 ペイスからすれば多少専門外ではあるが、お菓子について偏執の気があるわけで、人並み以上には詳しい。

 葛を用いたお菓子や、餡を用いたスイーツなども、ペイスは手掛けたことがある。これだって、神王国人から見れば十分に新鮮な感動を覚える技術革新である。


 そういった、数々の偉業を既に知っている人間からすれば、たかだか色が均一な程度のお菓子が、それも味に洗練さの欠片も無いお菓子が、十年後の大ヒットになると言われても違和感しかない。出てきたのが先に挙げたようなものであれば、納得もしよう。何がしかのブレイクスルーがあったのだろうと、理解も出来るし、大流行りするという言葉にも、十年後の菓子と銘打つ先進性にも、得心がいくからだ。


 勿論、流行というのは曖昧なものだ。これから先、何が流行るかなど分かったものではない。つまらないもの、くだらないものだと思っていたものが、ある日突然ブームになることもあるだろう。


 しかし、出された菓子には何の目新しさも無かったとペイスは断じた。色こそ人工物のようで、一見すれば物珍しいかもしれない。しかし、菓子に色を付けるなど今に始まったことではないのだ。

 また、最近では王都でもモルテールン印の菓子が人気になっている。胃がもたれるほどに砂糖を使う従来の菓子に比べ、上品な甘さと素材を活かす味わいで、上流階級の噂の的である。

 それらと比べられれば、ヴァッレンナ伯爵家のお菓子など児戯に等しい。


 「当家の菓子の噂の中で、今までと違った焼き菓子という点だけを、今までの菓子の延長線上だけで想像したら、あの妙なお菓子になるのかもしれません」

 「なるほど、そりゃ分かりやすい」


 あの時、ペイスがお菓子を口にしつつ考えていたことだ。

 今までの砂糖だらけの菓子のみを知る人間が、噂だけで「変わった焼き菓子」と聞き、モルテールン家の菓子を知らぬままに試行錯誤すれば、ヴァッレンナ伯爵家のお菓子になるのかもしれない。

 ビーフシチューを知らず、牛肉とじゃが芋を使うとだけ聞き、試行錯誤して出来上がった、肉じゃが。そんな感じがするお菓子だったとペイスは考えた。


 神王国にも今まで菓子作りを生業としてきた人間が居る。彼らとて、一端の職人。ペイスから見ればまだまだであっても、この世界の標準から見ればずば抜けて素晴らしい技術を持つ職人も大勢いるのだ。

 そんな彼らが、今までの技術を活かしつつ、出来る範囲で“変わったお菓子”を作ろうとしたならばどうなるか。

 色を変えてみる、というような試行錯誤は、むしろ真っ当な方向性では無いだろうか。そして、ペイスの菓子をよく知らない人間ならば、それでも十分“新しい菓子“と思えるのではないか。


 つまり、ペイスはヴァッレンナ伯爵の菓子を「試作品」と位置付けた。


 本来あるべき姿から、かけ離れているであろう存在。仮に本当に十年後に焼き菓子が流行るとしても、アレでは無いだろう、と思えるのだ。

 ペイスの意見には、シイツは面白そうに頷く。


 「次に、未来が分かると述べたことです」

 「それのどこがおかしいんで?」


 魔法というのは、この世界では何でもありと思われている。質量保存法則や、エネルギー保存の法則といった物理法則が成り立たないのが魔法。聖国の聖女は医療技術も細胞の分裂限界も栄養状況も無視して怪我人を治療するし、火を使う魔法使いは何もないところに炎という高エネルギー体を産みだす。

 自然を超越する、人智を超えた力。ならば、未来の予知ぐらいはあり得るのではないか。

 シイツのみならず、常識人ならそう考える。少なくとも、その点に関してはペイスも同意見ではある。

 しかし、魔法と言えども一定の法則は有るし、魔法の内容自体に自家撞着を抱えていては、そもそも能力の把握に支障をきたす。

 例えば「水を凍らせる」という魔法があったとして、水が一切存在しないところでは、魔法を使えるはずもない。魔法と言えども、実現が不可能な状況や、発現不能なタイミングというのは、存在するのだ。

 魔法というものが存在しない世界を知るペイスは、この世界の誰よりも魔法を客観的に評価できる。


 「未来を見ることが出来る、ということは、常に矛盾を抱えているからです」

 「矛盾?」

 「イカサマをする人間と賭け事をして、未来視なるものが役に立つと思いますか?」

 「ああ、そりゃ無理だ」


 例えば、サイコロの目が偶数か奇数か当てるギャンブルがあるとする。未来視が出来るならば、百パーセント当たりそうなものである。

 しかし、ここにイカサマが加わると、百パーセント外れるということになる。

 賽の目を、宣言後に変えられるようなイカサマなら、未来視で見えたであろう将来の目を告げた時点で、その目にならぬよう変えられてしまう。


 百パーセント当たる予言を告げられた場合、予言の実現を防ごうと動いたならば、百パーセント外れることになる。

 そしてその場合、実際に起きていないのだから、魔法使いが視た未来というものは、嘘っぱちだったということになる。

 完全な未来予知はあり得ない。如何に魔法と言えど、神ならぬ人の身では不可能だ。


 「先のお菓子の話も、そう考えると不自然でしょう?」

 「十年後って部分ですかい?」

 「ええ。仮に、本当に十年後に流行るものだったとします。ならば、彼らがそれを“世に出さなかった”場合でも、十年後に流行るということです。しかし、それを“十年前”の今、世に出してしまったなら。目新しさも皆無となる。流行る可能性すら潰す行為です」

 「ふむ」


 十年後に流行るのが仮に事実だとして、それを現在の時点で流布してしまえば、十年後の未来では流行っていないだろう。十年先まで流行り続けるであるとか、リバイバルブームが起きるというならまだ分かるが、仮にその場合でも“十年後に”という表現はおかしいことになる。“十年後も”という表現になるはずだ。

 例の魔法使いの言い方では、十年後に初めて流行るという言い方だった。それが今の瞬間に存在することで、矛盾を生じている。要は、百パーセント外れる予言、というものになっている。


 「そこから見えてくるのは、十年後に流行るという事実ではなく、十年後に流行ると“思わせたい”という意図です」


 ペイスは、ずっと考えていた。

 魔法使いを自称する人間は、それこそ数だけは多い。魔法使いはどこでも高給取りだし、上手くいけば出世も容易い。商売を始めれば、魔法そのものには元手も要らないのだから、大儲け間違いない。何にしても食いっぱぐれることはないだろう。

 それだけに、魔法使いを“騙る“人間は昔から尽きない。

 中には、魔法使いではなく“魔術師”であるとか、“神法使い”であるとか、紛らわしい言葉で誤認させようとする者もいる。奇術の類を魔法であると偽った例なども多い。

 例のゾッズビーなる自称魔法使いもこの類の人間に違いない。


 そして、仮にゾッズビーが嘘つきの詐欺師だとするなら、“それっぽいが間違っている最新の菓子”などは、詐欺の道具であろうと推測できる。

 お菓子を詐欺の道具に使う。ペイスがこの男を許せるわけもない。


 「十年後に流行ると思わせたい? そんなことして、何の意味があるんで?」


 別に将来流行ろうと流行るまいと、お菓子自体が目新しいのであれば、意味はあるだろう。

 シイツはそう考える。どうせ十年後云々も信じる人間は少ないのだ。ペイスにとって不満足なものでも、多少の新規性でしばらくの間デカい顔するぐらいなら放置しておけばいい。


 「……そこで、我々の砂糖ですよ」

 「はい?」

 「詐欺の手口の一つですよ。不確定な未来をさも確実なように謳い、必要な経費や資源への投資を募り、そこそこ集まったところで、全部懐に入れてドロン」

 「なるほどねえ」

 「金を集めるのが目的か。それとも、それ自体の価値が高い砂糖を集めるのが目的か。悪いお金を、砂糖の代金として綺麗にするのが目的かも知れない。何にしても、胡散臭いでしょう?」


 将来値上がり確実な物件に投資しませんか。今後高騰間違いなしな株が有るんです。今買えば間違いなく(きん)は値上がりします。などなど。現代人であれば、聞いただけで即座に胡散臭いと断じられる宣伝文句ではあるし、法律で規制されている勧誘方法であったりもするのだが、神王国では規制する法律も無ければ、その手の知識を知る人間も居ない。

 詐欺師が(かね)を巻き上げる為に、如何にもそれっぽいものを用意するのはよくあることだ。常套手段ともいえる。

 換金価値も高く、貴金属と大差ない高級商品の砂糖などは、大金を集める看板にはもってこい。

 こういった詐欺に免疫のない人間などは、ちょっと頭のいい詐欺師からすれば美味しいカモにしか見えないだろう。


 「何にせよ、注意するに越したことはありませんね」


 それから一週間後。

 件のヴァッレンナ伯爵家から、また招待状が届いた。





全く関係のない独り言ですが…

手品のタネを見破るのに一番向いてるのは、同じ手品を知っている手品師ですよね。

全く関係ないですけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「確定した未来しか見えない」みたいな条件があるかも知らないけど、自分に不利な未来に対して嘘を言わない保証もないのでどのみち胡散臭いですね
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